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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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 そんなことがあって数日、アランとヴィグはご機嫌で仕事に励んでいた。

 なにせデルドアとロッカに群という特上の仲間意識をもたれていたのだ。日々軽んじられふたりぼっちが常であったアランとヴィグにとってこれ以上嬉しいことはない。


 そうして表情にこそ出さないものの浮かれつつ仕事をこなしていると、コンコンと詰所の扉が叩かれた。いったい誰だと思わす顔を見合わせるのは、この叩き方に覚えがないからだ。

 デルドアはゴンッとやたらと強く叩くや「よぉポンコツ聖騎士団、仕事してるかー?」と返事も聞かずに入ってくるし――彼はノックの意味をよく理解せず「とりあえず叩けばいいんだろ」と拳を握って話していた。おかげで詰所の扉は一箇所だけ妙に凹んでしまっている――対してロッカはノックすらせず「アーランちゃーん、ヴィーグさーん、あっそびーましょっ!」と扉の前で声を上げるのだ。そしてやはり返事も聞かずに飛び込んでくる。


 そんな魔物のノック知らずはさておき人間はちゃんとノックをしてくるのだが、やはり今響いたノック音とは違う。

 クロードやジャルダンはもう少し強めに叩くし、対してフィアーナは控え目だ。時折詰所を訪れて仕事――けして聖騎士の仕事は思えない雑用――を押し付けてくる人達のノック音とも少し違っている。

 ならばいったい誰が……と二人が首を傾げて扉に視線を向ければ、ゆっくりと扉が開かれ、見覚えのない人物が姿を表した。キッチリと着こなされた堅苦しい正装と細身の身体つきを見るに貴族か王宮勤めの者だろうか、少なくとも詰所を訪れたことはないはずだ。


「あの……どちらさまでしょうか?」

「ここに魔物に関しての資料が保管されていると聞きましたが」

「え、えぇ……あれで保管と言ったら本当に本を愛してる人に振りかぶって殴られそうな気もしますが、あるにはあります」

「お借りしても?」

「……別に構いませんけれど」


 言いたいことだけを淡々と告げ、男が胸ポケットから名刺を取り出した。名乗るより自分で確認しろということなのだろうか。

 その有無を言わさぬ態度に圧倒されつつ、アランが受け取った名刺へと視線を落とし……目を白黒とさせながら男と名刺を二度三度と見返した。


「えっと、その……王立研究員の代表が、なんでここに?」


 恐る恐る覗えば、男がコホンと咳払いをする。説明を拒否すると同時に案内を急かしているのだろう。それを察してアランが慌てて資料室へと彼を導けば、ヴィグが訝しげにそれを見送った。



 国一番の研究機関である王立研究所。ただでさえ国内トップクラスの学者や研究員が集うその場所で、さらに男は代表を勤めているという。それがどれだけ名誉のあることか、足を引っ張るだけの称号を授かったアランには想像できないほどだ。

 そんな男の滞在時間は……ほんの十分程度。

 数冊の本をアランに探させると、いったい何を調べているのかという質問には一切答えることなく帰ってしまった。お座なりな礼と長居するまいというその姿勢はいかにも軽視すべき聖騎士相手といったもので、アランが思わす萎縮してしまう。ヴィグに至っては横目でチラと視線を向けるだけで見送りにも出なかった。

 だがそんな態度を取られてもアランの胸に浮かぶのは怒りではなく、なぜ王立研究員にまであのような態度を取られるのかという疑問。


 例えば、聖騎士でありながら本来倒すべき魔物と親しくすることを咎めるジャルダンの考えはまだ分かる。同じ騎士だからこそ尚更なのだろう。

『聖騎士は国から与えられた役割に背いている』

 そう彼の目には写っていたという。――ジャルダンはそれを隠すことなく語り、そして間違っていたと謝罪をしてくれたのだ――

 その考えには同意や肯定など出来たものではないが、それでも拒絶される理由としてな納得できる。騎士としての考えだけに拘れば道理が通っているとも言えるだろう。

 だが王立研究員にまであのような態度を取られる理由が分からない。


 そもそも、どうして聖騎士がここまで落ちぶれてしまったのかもわからないのだ。

 今までは『そういうもの』として耐えてきたが、『そういうもの』になる前は聖騎士団は英雄だった。力を失い一人また一人と抜けて千年のうちにその栄華を枯らしていったとしても、はたしてここまで落ちるものだろうか……。


「今まで、聖騎士は継いだら最後ずっと耐えなきゃいけないって考えてたんです。ずっとそういうものなんだって……でも、そもそもどうしてそうなったんでしょう……」


 そう紅茶に口を付けながらアランが話せば、向かいに座って同じように紅茶を飲んでいたヴィグが相槌代わりに頷く。


「ジャルダン様の言い分は分からないでもないんです。……まぁ物凄い腹たつけど、ああもビアンカ様の横で真っ青になりつつ話されれば納得せざるを得ませんし」

「あれは面白かったな」

「面白い言わない」


 クツクツと笑うヴィグをアランが窘める。

 ――たか確かに、ヴィグか思い出し笑いをしてしまうほど当時の光景は凄まじく一部には面白いものだった。ビアンカの冷ややかな視線を受けるジャルダンは真っ青で話す内容も彼らしくなくしどろもどろで、最後には見ていられなくなったアランが「もう充分です!」と彼に終了の言葉(タオル)を投げた――


「つまりですね、同じ騎士として今の聖騎士の在り方を蔑むというのはまだ分かるんです。でも研究所に関しては、私達は亜種の熊を彼等に提供してるし亜種の情報を早くに掴んでる。だからもう少し協力をあおぐとか対応が良くなってもいいと思いませんか?」


『扱いが酷い!』だの『理不尽だ!』だのと言った土に還りたい系の嘆きとは違い、今のアランは至って冷静に聖騎士の境遇に疑問を抱いていた。

 不満や不平、それに妬みと恨み……今まではそういった感情が思考を鈍らせていたのだが、今はまるで憑物が落ちたかのように純粋な疑問として浮かんでいる。

『聖騎士もなにも関係ない』

 そう受け入れられてはじめて、冷静に『聖騎士(今の自分)』を考えることができたのだ。


「でもなぁ、聖騎士って元々そういうもんだろ」

「その『そういうもの』っていつからなんでしょう?」

「聖武器が力を失いはじめたあたりか?」

「なんで聖武器は力を失ったんだろう……」


 次から次へと疑問を投げかけるアランに、ヴィグが肩を竦めて小さく溜息をついた。と、そんな部屋の中にゴンッ!と盛大な音が響く。次いで聞こえてきた「アーランちゃーん、ヴィーグさーん、あーそびーましょっ!」という声は勿論デルドアとロッカである。

 だからこそ扉を開けるでもなく待てば、案の定見慣れた二人が勝手に入ってきた。

 そうして、そのまま自分達のカップを棚から持ってくくるや、さっさと席について紅茶に手を伸ばすのだ。我が物顔もいいところである。

 だがそれに対して文句を言うのも今更な話。そうアランが割り切りお茶請けのクッキーを口に放り込めば、それとほぼ同時に、アランの隣に座るデルドアが「なんだ?」と周囲を見回した。


「おい、なんか妙な匂いがしないか?」

「妙な匂い、ですか?」

「気持ち悪いというか、力が抜けるというか…」


 説明しがたいのか、それでも眉をしかめるデルドアに、向かいに座るロッカも難しい表情でスンスンと鼻を鳴らして探るやパタと両手で鼻を抑えた。なにかを嗅ぎつけたらしい。「お腹と胸がモタモタする」とは、彼なりに不快を訴えているのだろう。

 対してずっとこの詰所にいたアランとヴィグは見当がつかず、当然だが匂いも分からずいったいなんのことかと顔を見合わした

 おかしな匂いなど一切していないし、朝方は換気も兼ねて窓を開けていた。風が強くなって閉めたものの、それだってニ時間程前のこと。匂いがこもるようなことはない。


「あ、もしかして前に私がフィアーナさんに貰ったクッキーかな。気付いたら無くなってたけど、もしかしてどこかにあって」

「アラン、その心配はない」

「食べたんですね!? だろうなとは思ってたけど、団長食べたんですね!」


 酷い!と喚くアランをヴィグが笑いながら宥める。

 さり気なくロッカが「ごちそうさまでした」とペロリと舌舐りをしているあたり、きっと共犯なのだろう。第一騎士団の詰所にリスを忍び込ませたことといい、この二人が組むと碌なことがない。

 そんなクッキー泥棒とそれを睨みつけるアラン。相変わらずな光景に、それでもデルドアは怪訝そうに眉間にシワを寄せている。どうやらその匂いが堪えているらしい。

 ロッカも胸やら腹を撫でつつ「モカモカする」と項垂れた。


「おい、大丈夫か二人共」

「ここに来るまでは平気だったんだが……なぁロッカ」

「うん、こんなフナフナしなかったよ……」

「窓とドアを開けてみましょうか。風通しがよくなるかもしれない」


 そう告げて、アランは窓をヴィグは扉を開ける。

 その瞬間ザッ……と強い風が詰め所の中を駆け抜け

 、机の上の名刺が舞った。

 先ほど王立研究員が置いていった名刺だ。どうしたものかと持て余した結果、机の上に置きっぱなしにしたままだった。パサと小さな音と共に床に落ちるそれを拾い上げ机へとしまう。

 そうして再びテーブルへと戻れば、幾分マシになったのかデルドアが深く息を吐き、ロッカも同様に「今はヒナヒナぐらいになった」と楽になったことを――多分、楽になったのだろう――教えてくれた。


 そんな二人の反応に、やはり何か匂っていたのだろうか……と、アランとヴィグが顔を見合わせる。

 嗅覚の優れたロッカだけでなく、デルドアまでもが異臭を訴えていたのだ。彼は以前に嗅覚は優れた人と同等程度だと言っていた。それがここまで反応するのだから、アランとヴィグだって気付けるだろう。だというのに、二人は異臭に気付くことなく頭上に疑問符を浮かべるだけなのだ。


 もしかして魔物にだけ感知できる匂いなのだろうか……。

 だけどそんなもの文献には……いや、待てよ……。


 そこまで考えを巡らせ、アランがなにか引っかかると首を傾げた。何かあったような……と、頭の中で記憶の箱が揺れる。

 だがそれに被さるようにデルドアが「こういうのは酒で流すにかぎる」と言い出し、ロッカとヴィグまでもがそれに賛同して立ち上がるのだ。――ヴィグは何を酒で流すのかとか聖騎士の勤務時間はどうなっているのかとか、そんなのは疑問に思うだけ無駄である――


「アラン、置いてくぞー」


 そう声をかけられてはアランも立ち上がらざるを得ず、チラと自分の机を一瞥し、置いていかれまいと慌てて詰所を後にした。




 酒が入れば帰りも遅くなり、アランが寮に戻る頃には既に日が変わろうとしていた。

 だからこそ油断してしまったのだ。あれから数日たったしこんな時間だ、彼女達の熱りも冷めただろう……と。

 その考えが甘かったと悔やんだのは「帰ってきたわ!」と言う声と駆けよってくるいくつものライト、そして日頃壁を登る時に手をかけている場所にベッタリをついた鳥黐(とりもち)を――というより、鳥黐にベッタリと付けてしまった手を――見た瞬間である。




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