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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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「あの肉叩きでガツンってやれば壊れるんじゃない?」

「肉叩きだと破片が飛ぶだろ」


 さも当然のように聖武器を破壊しようと言ってくる二人に、アランが待ったを掛ける。ロッカに至っては「店長さん肉叩き貸ーしてっ!」と厨房に向かってしまうのだから、これにはヴィグが抱きつくようにしがみついて彼を引き留めた。

 だというのに、そんな必死な制止を前にしてもデルドアが首を傾げるのだ。これにはアランも溜息しかでない。

 簡単に言ってくれる……とまで思ってしまう。それほどまでに彼等の考えはシンプルで、そして羨ましいくらいに迷いなく明るい方向へと進んでいくのだ。


「聖武器は代々家に継がれていくもので、聖騎士は国から授かった称号なんです。いらないから壊そう捨てようなんて簡単には出来ないんですよ」

「やっちまったら最後、家どころか国からも責められる。良くて勘当、下手すりゃ反逆罪で牢屋いきだ」


 現状、聖騎士二人の扱いは悪く、そして聖騎士という蔑み者がいるからこそ、騎士達や貴族達のストレスが発散されている。

 つまり捌け口、道化である。その役を勝手に放棄するなど許されるわけがなく、いざとなった時にそれぞれの家が庇ってくれるかも定かではない。

 これ幸いと全てをアランとヴィグに押し付けて、その処分を機に素知らぬ顔で聖騎士団を抜けるかもしれないのだ。

 ――この考えに、いまだ家族への未練があるアランは「でもさすがにそこまで……」という引っ掛かりを感じていた。最後の最後、崖っぷちまで追い詰められれば父は手を差し伸べてくれるかもしれない、そんな思いがあるのだ。対してヴィグはハッキリと「そうなる可能性が高い」と断言する。生い立ちゆえのこの二人の考えの差が後々真逆と言える選択肢に繋がるのだが、もう少し先の話――


「とにかくですね、国中から非難されるのは目に見えて明らかなんですから、いらないから捨てようなんて簡単にはいかないんですよ」

「アランちゃん、非難って国中の人から意地悪されるの?」

「そういうこと。だからロッカちゃん、ヴィグ団長を引きずって厨房に行くのをやめて、こっちに戻ってきて」


 ほら、とアランが手招きすれば、ロッカが素直に頷いて席に戻ってくる。

「ビクともしなかった……」とは、そんなロッカを引き留めようとして引きずられていたヴィグである。額に汗が浮かんでいるあたり奮闘ぶりが伺えるが、対してロッカはケロリと卓上の肉にかぶりついている。

 なんていったって獣王様、人間一人がしがみついても歩みが留まるわけがない。


「でもさ、でもさ、いらないんだからやっぱり壊しちゃうのが一番だと思うよ。要らないものを処分すれば部屋も片付くってパン屋のおばちゃんも言ってたし」

「そんな掃除のワンポイントアドバイスみたいに言わないで」

「それにさ、国中に非難されるって言っても国中の人間に(・・・・・・)でしょ?」

「……う、うん。そうだけど」


 僅かにニュアンスを変えたロッカの発言に、アランが小さく頷いて返す。ヴィグもまた異変を感じとったのか、ロッカの名前を呼んで彼の顔を覗き込んだ。

 そんな二人の視線を受けつつ、ロッカが明るい笑顔を浮かべた。


「アランちゃんとヴィグさんが聖武器を捨てて国中から意地悪されるなら、僕がこの国を潰してあげるよ!」


 それで解解決だね!とまるで子供が自分のアイディアを自慢するような笑顔でロッカが告げる。その無垢で愛らしい表情と言ったらないが、だからこそ恐ろしさが増す。

 だが事実、彼が「やろう!」と思えば――きっとさぞや愛らしい様子で決意するのだろう――国をひとつ潰すことなど造作ないのだ。なにせ獣王、彼が一度咆哮をあげれば国中に魂だけの獣が溢れかえり、一夜で国は跡形もなくなるだろう。

 現状我が国最強と言える第一騎士団も『死なない獣』を殺すことは出来ず、唯一獣王を討てる聖武器はその時既に無くなっているのだ。

 その自覚があってなおキャッキャと楽しそうに笑うロッカにアランが引きつった笑みで返す。と、それに割って入ってきたのはデルドア。


「おいロッカ、国を潰すだのなんだの話をデカくするな」


 そう、彼にしては珍しくまともなことを言ってロッカを咎めた。

 これに対してアランとヴィグが期待を抱いて彼を見たのは、他でもなく彼が魔銃の魔物だからである。アランの知りうる中で獣王を止められるのは彼しかいない。

 もっとも、すぐさま、


「そんな面倒なことしなくても、俺が偉いやつを数人撃ち殺せば人間の群は壊れるんだぞ」


 と、まったくもって明後日な発言で抱いた期待を打ち壊してくれた。それでこそデルドア、彼も結局は魔物なのだ。


「そっか! デルドアがアランちゃん達に意地悪する人を撃てば良いんだね!」

「あぁ、だからここは俺に任せろ」

「うん!」


 いったいどういう流れなのか、魔物二人が互いにうんと頷きあう。託し託され、傍目から見れば信頼すら感じられる美しい光景ではないか。

 だが内情を知っているものからしたら恐ろしいことほかなく、思わずアランとヴィグが身を寄せ合った。もしや自分達はとんでもない群に入ってしまったのでは……と、今更ながらにそんな考えが浮かんできたのだ。




 そんなデルドアとロッカをなんとか宥め、通常通りの雑談と食事を楽しむ。――途中何度か「でもやっぱり収納のためにも壊したほうが良いと思うよ」だの「楽しくないが撃とうと思えばここからでも撃ち殺せる」だのと急カーブで話題が戻ってその都度ヒヤヒヤとしたのだが――

 そうしてアランが女子寮に戻ってきたのは、既に日付が変わりつつある時刻。壁に並ぶ窓の殆どが暗く、明かりを灯している窓は数える程もない。

 そんな寮を眺めつつ歩き……ふと足を止めた。ゾワリと言い様のない悪寒が走ったのだ。まるで自分の本能が迂闊に近付くなと警告しているかのように、このまま進んではいけないと訴えている。

 だが周囲を覗えど異変はなく、それでも一歩進めばより悪寒が強まる。心臓が締め付けられるような圧迫感、自然と壁に身を寄せて短刀に手を掛けるのは未熟といえど騎士としての防衛本能である。


 そうして耳を澄ませば、こんな時間だというのに人の声が聞こえてくる。二人、いや三人……もっといる。

 その声を探るように息を殺して近付き、大木に身を隠しつつ寮の玄関を窺い……


「帰ってきた?」

「いえ、まだよ。部屋にも戻ってない」

「まさか待ち構えてるのがバレて詰所に行ったんじゃ……」


 と、明らかに誰かを待ち構えるように玄関先に陣取る女性達の姿を確認し、アランが心の中で悲鳴をあげた。


 今か今かと待ち続ける、彼女達が寮で暮らす王宮勤めの女性達であるのは言うまでもなく、彼女達が待っている人物がアランだというのも確認するまでもないだろう。

 なにせ今朝方、あれほどの騒動を起こしてしまったのだ。女性寮に夫や恋人が迎えにくること自体は珍しいことではないのだが、いかんせんデルドアは見目が良すぎる。そのうえ、彼が待っていたのはよりによってアラン(聖騎士)なのだ。今日一日その話題で盛り上がり、帰りの遅いアランを捕まえて尋問しよう……と、そんな流れになったのだろう。

 クラリとアランが目眩を覚えた。それと同時に悪寒と、そしてなにより部屋に戻れないことの切なさが募る。

 この包囲網を考えるに、玄関から寮に入るのは不可能、だが彼女達の話を聞くに部屋も抑えられているだろう。下手をすれば詰所にも監視の目がいっているかもしれない……。もちろん、フィアーナ不在時にアランが野宿(ビバーク)している場所も彼女達が見落としているとは思えない。

 ……つまり、完璧に詰んだわけだ。


「デルドアさん達のところに行こうか……でも夜の森は怖いし……店長に頼んで休憩室で寝泊まりしたら明日働かなきゃならないし……」


 どうしたものか……と悩みつつ、ふとアランが窓の一つに視線を止めた。いまは明かりも落とされ暗いその窓は、時折だがチカと一瞬だか瞬くのだ。といっても眩しいほどではなく、窓辺の小さなランプを灯しては消すような、そんな些細な瞬きである。

 だがそれが続けば不思議に思うのも当然。いったい何だとアランがその窓へと目を凝らし……「フィアーナさん」と、暗い窓辺でこちらに向かって手を振る人物の名を呼んだ。


 フィアーナがこちらに手招きしているのは、寮の三階にある角部屋。

 普通の女性ならば登るのは不可能と思われる高さではあるが、かりにもアランは聖騎士である。あの程度の高さ恐るるに足らず。ゴリラにぶん投げられた時の最高到達点にも満たないし、なにより常に窓トゥ窓の生活なのだ。

 ……まったくもって褒められたことではないが。

 とにかく、あの高さなら……とアランが近くの木に足をかける。そのままヒョイと太めの枝に手をかけ登っていく。建物の二階まで目星をつけて登り、慎重に枝を伝って明かりの灯っていない部屋の窓枠に降りる。一瞬身を縮こませたのは部屋の主の気配を探るためと、あと周囲を探るために行き来する明かりがよぎったからだ。

 だか幸い部屋の主は不在か寝てるかベランダに出てくる気配はなく――それともこの捕獲騒動に出払っているか――外の監視達に見つかった様子もない。

 ホッと胸をなでおろし、窓枠を利用してグイと三階までよじ登れば、窓辺で待ち構えていたフィアーナが腕を引っ張ってくれた。


「心配していいのか呆れていいのか分からなくなってきたわ」


 そう言いつつ窓を閉め、フィアーナが「おかえり」と迎えてくれる。


「フィアーナさん、この部屋は?」

「空き部屋よ、明日には落ち着かせるから今日はここに泊まってちょうだい」


 はい、とフィアーナが渡してくるのは下着と寝間着。見覚えのないそれは、聞けば既にアランの部屋には監視の目が向けられており、フィアーナでさえも入り込むことができなかったから買ってきたという。下手に入って寝間着を持ちだしたのがバレれば匿うことすら気付かれてしまう……そう溜息混じりに話すフィアーナに、アランが引きつった笑みで返した。

 これは最早ビバークしている場合ではない。頼みの綱はフィアーナだけだとアランが請うような瞳を向ければ、察したフィアーナが力強く頷いて返してくれた。それだけでアランの胸に安堵が湧く。


「朝からあの調子なのよ。まったく……」

「大変だね。ところでフィアーナさん」

「窓辺の明かりは付けないようにしてね、怖かったらベッド側のランプをつけて」

「フィアーナさん……あの、もう少し控えめな下着は無かったの?」

「お腹はすいてる? 空いてるなら何か持ってくるけど、食堂も皆がいるからパンと残り物のシチューくらいしか持ってこれないかもしれないわね」

「ねぇ、さすがにサイドが紐なのはどうかと思うの。ねぇフィアーナさん」

「あとはクッキーくらいかしら……朝ごはんはどうする?」

「……とても素敵な下着をありがとう」

「でしょ! それね、私と色違いなのよ!」


 アランが折れるや途端にフィアーナの瞳が輝き出す。曰くアランが渡された赤地に白レースの下着に対し、フィアーナは対の青色に白レースを持っているのだという。

 華やかな色合いと愛らしいデザインで、アランも確かに可愛いと思う。少なくとも上は。しかしいかんせん下の両サイドは紐であり、しかも自分で結ぶ代物である。

 普段見慣れないそのいかにもなデザインに思わすアランがマジマジと見つめれば、フィアーナが小さく笑みをこぼした。


「せっかくのデートなのにアランってば騎士の制服なんですもの、下着ぐらい大胆にいかなきゃ駄目よ」

「デートって……だからデルドアさんとはそういう仲じゃないよ……。でも……」

「アラン?」


 どうしたの? と顔を覗きこんで覗ってくるフィアーナに、アランがはたと我に返って顔を上げた。


「な、なんでもない。疲れちゃったからもう寝るね」

「そうね。私もいい加減に外を鎮めに行かないと」


 溜息をつきつつフィアーナが部屋を去る。

 その姿をアランが見送り……ふと、出て行く間際に彼女の名を呼んだ。


「どうしたのアラン、暗いのが怖い?」

「フィアーナさん、ありがとう」


 改まったようなアランの感謝の言葉にフィアーナが僅かに目を丸くさせる。

 そうしてやんわりと優しげに瞳を細めると「おやすみ」と告げて扉を閉めた。



 シンと静まった部屋の中、外からの喧騒が聞こえてくる。それをボンヤリと聞きながら着替え――腰回りがスースーする――窓辺の机に腰掛けた。見下ろせば光があちこちに行き来し、夜更けに合わぬ若い女性たちが忙しなく行き来している。

「いい加減にしなさい!」というのはフィアーナの声だろうか。ソレが聞こえてくるや喧騒が徐々に小さくなっていくのだから流石の一言である。

 そうして外を彷徨っていた明かりの最後の一つが消えるのを見届け、アランもまたベッドへと潜り込んだ。



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