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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
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 聖武器のこと、レリウスのこと、そしてデルドアとロッカが自分達を群の一員として考えてくれていること……それらを話せば改めてアランの胸に実感が湧き暖かみが増していく。詰所の机に座り背中越しに話を聞いていたヴィグも「そうか」と相槌を返してくる。

 ――ちなみにジャルダンとビアンカについては詳しく触れずにいた。もちろんそれはジャルダンを気遣ってのことなのだが、後々デルドアによって全て暴露されたのは言うまでもない――

 そうしてコトンと音がして、見ればヴィグの机にナックルが置かれていた。それを見たアランがホッと胸を撫で下ろすのは、ヴィグが話を聞いて父親状態(パパモード)を解除してくれたからだ。

 詰所に戻ってきたアランの目が赤くなっているのを見るや光の早さでナックルを嵌めて殴りこみに行こうとしたのを必死で止めたわけなのだが、どうやら納得してくれたようである。


「そんなふうに思ってくれていたなんて、嬉しいですよね」

「あぁ、そうだな……ところでアラン」

「はい?」


 どうしました? とアランが椅子に座ったまま半身をひねってヴィグを見る。だが彼はこちらを向くことなく、背中を向けたままだ。

 机の上では先程まで書物をしていたペンが転がされており、何か仕事をしているような様子はない。

 項垂れるように僅かに頭を下げているその姿勢は、会話こそしていなかったら転寝(うたたね)でもしているのかと思っただろう。


「……アラン、俺はお前に」

「団長?」


「俺はお前に、謝らなきゃいけないことがある」


 ポツリと漏らされたヴィグの言葉は、まるで懺悔室で己の咎を告白しているような、そんな悲痛めいた声色だった。



 話は今から数年前、コートレス家において聖騎士の引継ぎ問題が発生した頃に遡る。

 アランの前代の聖騎士は父であるコートレス家当主の弟、アランからしてみれば叔父にあたる男だった。

 既に嘲笑の的でしかなかった聖騎士の役を押し付けるに都合の良い気の弱い男。幼いながらにコートレス家の子息令嬢として頭角を現す兄達の影に隠れ、それどころか後に生まれた者にすら気後れするような、そんな男だ。何を言っても響かぬその姿勢に兄弟はおろか親までも意志薄弱と笑っていたのを、ロブスワーク家の聖騎士として彼と共に過ごしたヴィグはいまだに覚えている。

 どんなに謂れのない中傷も言い返すことなく、投げられるままに全てを背負っていた。彼を笑い小馬鹿にすることで憂さ晴らしが出来ると、そう他の騎士や貴族までもが言っているのだ。もちろんコートレス家は関係ないと無視を決め込み、彼を嘲笑い馬鹿にする者も『コートレス家』には尻尾を振る。

 ――なんて気持ちの悪い不条理だろうか。だがそう思うヴィグもまた聖騎士でしかなく、いくら訴えても無意味なのだ――

 だが老いるまで聖騎士を務め上げたことを、ヴィグは……ヴィグだけは何より尊敬すべきだと考え、辺境の地で身分を隠して静かに過ごすと去っていった彼を見送った。


 ついで、話題は『次の聖騎士』に変わる。

 コートレス家の次の哀れな騎士……たが本来その役を負うはずだった次男が王族との婚約を宣言したため、決まりかけていた話が白紙に戻ってしまった。いったい誰が継ぐのか、社交界や騎士の間はしばらくその話題で持ちきりだったという。

 ――そして同時に、いままでコートレス家次男に対して距離をとって接していた者達が慌てて駆け寄り媚を売るのだから最早呆れすら抱かない――


「コートレス家には、その……俺みたいなの(その為に産んだ)はいないだろ。だから、本当に誰が来るのか分からなくて……あの日、お前が詰所にきて……」


『アルネリア・コートレスと申します』

 そう悲痛そうな声色で名乗る騎士服の令嬢にヴィグは全てを察し、憤怒に近い憤りを抱いた。

 コートレス家は倦ねいた結果、騎士の覚悟すらない一人の少女に全てを押し付けたのだ。

 緩やかに広がる赤い髪、騎士になるのだからと切られそうになったのをこれだけはと守り通したという。美しい髪を失うことを恐れる、そのなんとも少女らしい話にヴィグが言葉もないと眉間に皺を寄せて瞳を細めた。


 こんな酷い話がどこにある。

 彼女がいったい何をした、どうしてこんな目に合わなければならないのか……!


 不条理に対する憤怒がヴィグの胸のうちに湧き上がる。……それでも、


「それでも俺は……安心したんだ。(アラン)が来て良かったって、そう思ったんだ……!」


 長く胸の奥底に留めていたのだろう。吐き出すヴィグの言葉は辿々しく、「すまないアラン、ごめんな」と謝罪に変わる頃には嗚咽さえ混ざるようになっていた。肩が震え、言葉が詰まるたびに背が揺れる。

 それを眺めるアランは時折小さく相槌を返しながら、そっと瞳を細めた。

 仮にこれが他の誰かであれば、聖騎士を担ったことの無いやつに何が分かると激昂し掴みかかっていただろう。本人を前に『聖騎士が決まって良かった』などと、冗談でも済まされない。

 だか相手はヴィグだ。聖騎士を担うため(そのためだけ)に用意されたスケープゴート。誰よりその辛さを知っている彼だからこそ、アランは静かに続く言葉を待った。

 彼の声が震え、より辿々しく不安定なものになる。


「ふ、不安だったんだ……もしかしたら、コートレス家の聖武器が力を失うかもって……そうしたら、俺は一人で、誰もいないなかでっ……」


 嗚咽の中にグズと洟をすする音がまざり、涙を拭ったのだろう腕が動く。背中からその表情は窺えないが、当時の彼の気持ちを考えれば泣いていてもおかしくない。

 それを思えばアランもまた鼻の奥が痛むのを感じて目元を拭った。


 聖武器が力を失うのは本当に突然のことで、前兆もなければ予測のしようもない。

 ある日ふっと力が無くなり、そしてそれはかつて聖騎士であった家系の者ならば誰もが感じとることができるという。

 ゆえに一つの聖武器が力を失うと、かつて聖騎士団であった貴族達が集まり審議し、そして正式に認められてはじめて聖騎士団を抜けることができるのだ。残された家はそれを羨み、いつの日か……と途方もない夢を見る。これがまた聖騎士に対して『残された』という負の印象を刻々と強めていった。


 そんな期限のないあやふやさが、当時のヴィグに重く伸し掛かっていた。

 コートレス家が引継に揉めているうちに聖武器が力を失うこともありえるのだ。実際、過去に世代交代のタイミングで聖騎士団を抜けていった家もある。


 もしもそうなったら、ヴィグはたった一人取り残されることになる。

 聖騎士の辛さを分かってくれる前代のコートレス家の聖騎士も居ない中、この詰所でいつ終わるかも分からない日々を嘲笑の中で過ごす……。

 たった数週間といえど、(アラン)がくるまでの間がヴィグにとってどれほど恐怖だったか。

 願ってはいけないと分かっていても、この泥沼に誰かが落ちてくることを望んでしまう。


「怖くて……本当に怖くて……だからあの日、お前がきて、俺は……」


 良かった、と安堵した。

 一人じゃない、と喜んだ。

 哀れな令嬢の運命を嘆き、彼女の家族に憤怒すべきだと分かっていても、自己保身の考えが勝った。


「う、嬉しかった、お前がきたことが……一人にならずにすんだって……喜んだんだ」


 そう嗚咽混じりに告げ謝罪を繰り返すヴィグに、アランがゆっくりと立ち上がると背後から彼を抱きしめた。

 もたれかかるように体を預け、覗きこめば青い瞳から大粒の涙が溢れている。


「ごめんな、アラン……」

「ヴィグ団長、私も団長がいてくれて良かった。二人だったからやってこれたんです」

「アラン……終わらせような」

「えぇ、私達の手で聖騎士を終わらせましょう。例えそれが国に背くことになったとしても」


 そうアランが強く抱きしめて告げれば、ヴィグもまた同様にギュウと強く腕を掴んで返してきた。


 アルネリアか聖騎士になってしばらく、初めてアランと名乗り赤く柔らかな長い髪を初めて三つ編みに縛った日、二人で約束を交わしたのだ。

 例えば、どちらかの聖武器が力を失ったら。

 例えば、このまま聖武器が力を失うことなく交代の日が来たら。

 聖武器を破壊し、それが叶わないのであればこの身を(なげう)ってでも忌々しいしきたりを断とうと、そう誓い合った。

 それが家族に、それどころか国に逆らうことたと分かっていても、……。




「完璧に追い込まれてるな」

「追い込まれてるっていうより、もう崖下にいる感じ」


 とは、琥珀色の酒が入ったグラスを揺らすデルドアと、相変わらず樽から直飲みのストローをくわえるロッカ。


 あの後、アランとヴィグが泣きはらしてフラフラといつもの大衆食堂に向かったところ、まるで待ち合わせでもしたかのように二人が先に席についていたのだ。「遅かったな」だの「先に食べてるよ」だのといった言葉がよりいっそう待ち合わせ感を煽る。

 そうして毎度お馴染みの卓についた……のだが、目元を赤くしたアランとヴィグに何かしら感じたのだろう、普段なら容赦なく手伝わせる――そしてヴィグをこの卓限定の料理担当にする――店長は今日に限っては何も言ってこず、注文通りの品物を出してくれる。

 おまけにどういうわけか、アランの隣にデルドアが座り、その脇では白靄のペンギンがしきりに彼を突っついているのだ。


「ロ、ロッカちゃん……この方は……」

「アデリーさんね、アランちゃんのこと一目見たいって着いてきたの」

「なんで……私を一目って……うわ、目こわっ。で、とうしてアデリーさんはデルドアさんを突っついてるの?」

「『クェークェー(ヒューヒュー)、マブい雌じねぇか!やったな大将!』って」

「アデリーさん俗っぽいね……だから目怖い!」


 こっち見ないで! とアランが顔を背ける。――なにせアデリーの目はポッカリと開いた穴のように黒く光もなく、見ていると不安になってくるのだ――


 そうして改めて卓とメニューを囲み、誰からともなく話しだす。最近あったことや今日のロッカの活躍ぶり――「それでね、捕まえてね!チョキンって!」と興奮気味にロッカが話せば、聞いていたデルドアとヴィグが揃って表情を青ざめさせた――そういった他愛もないことをあれこれと話し……気付けば先程のアランとヴィグの話になった。

 二人が交わした約束。それを聞いて、デルドアとロッカの追い込まれてるだの崖下だのと言った感想である。

 だが感想こそ他人事のような文句だが、デルドアは小さく溜息をつくとアランとヴィグを気遣うように覗い、ロッカからはキューンと切なげな音がする。人間と感覚の違う魔物であっても、この目の前の二人が追い詰められていると分かってくれたのだ。

 労るようで、同じように胸を痛めているようで、不条理なしきたりに対する憤りの色も見せる。それでいて、なにより強く感じるのはそんなしきたりすらも関係ないと受け止めてくれる暖かさ。


 もっとも、


「それなら今すぐ聖武器壊しちゃおうよ。僕、厨房から肉叩き借りてくるね!」

「よし、それならちょっと机片すか」


 とあっさり破壊モードに切り替えるあたり、やはり彼等は魔物なのだ。

 アランとヴィグが慌てて待ったを掛けたのは言うまでもない。

 



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