表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第四章『聖騎士団の本当の話』
50/90


 紆余曲折あったがジャルダン・スタルスの名と家紋を入れてもらった手紙を受け取り、スタルス家の聖武器を見せてもらうために屋敷の奥へと進む。

 そうして通されたのは、広く質の良いソファーや調度品のおかれた応接間。席に着けばメイドが紅茶を運び、手際よく準備をすると頭を下げて退室する。その所作一つ一つが無駄なく品が良くさすがはスタルス家のメイドといえる。

 そんなメイドが部屋を出ていくのを見送り、ビアンカが「最初からお通しすれば良かったですね」と苦笑を浮かべて謝罪の言葉を口にする。その優雅さに対してアランがひきつった笑みで返したのは、言わずもがな先ほどの一件があるからである。

 もっとも、デルドアはさして気にもとめていないようで、それどころかビアンカに振り回されるジャルダンの姿が面白いと悪戯気な笑みを浮かべている。これは間違いなく、ロッカとヴィグに話そうと考えている顔だ。


 そんな中、ジャルダンがコホンと咳払いしたのは言うまでもなく誤魔化すためでる。そうして部屋の外にいる使いに命じて一つの箱を室内に運び込ませた。

 子供ならばスッポリと入ってしまいそうな程の箱。頑丈に蓋をされ、いかにも古めかしさが感じられる。中に入っているのは……聞くまでもない、スタルス家の聖武器だ。


「随分でかいな」

「スタルス家の聖武器は弓ですから、これぐらいあってもおかしくないですよ」


 そうアランがデルドアに説明すれば、肯定するようにジャルダンが頷く。そうして彼の手が箱の蓋にかかり、ゆっくりと鍵を外すとギィと軋む音が室内に響いた。

 中には細工の施された弓が一張り。弦もしっかりと張られており、握りや胴にも衰えは見られない。未だに現役で使われていてもおかしくない代物である。

 それを前にアランが小さく息を呑んだのは『力を失った聖武器』を初めて目の当たりにしたからだ。まるで単なる作りの良い弓のようで、それでいて不思議と覇気を感じられない。

「眠るように死んでいる」

 と、そんな例えが脳裏に浮かんだのは腰元に生きている聖武器があるからだろうか。間違いなくこの聖武器は聖武器としての力を失っている、そう感覚が訴えている。


「……あの、触れてみても良いでしょうか?」

「あぁ、構わない」


 ジャルダンの返事を聞き――この際「なぜ上から目線なのですか」というビアンカの冷ややかな一撃によりジャルダンが「是非手にとって確認してくれ」と言い直したのは気にしないでおく――アランがそっと箱の中の弓へと手を伸ばした。

 恐る恐る取り出せばズシリとした重さが伝い、その質感を確かめるようになだらかな曲線に手を這わせば指先が微かな凹凸を感じ取った。

 ここだ。見ればうっすらと何かが列になって彫り込まれている。

 聖武器に彫り込まれた文面……だが目を凝らしたところで読み上げられるでもなく、それでもとアランが鞄から手帳を取り出して模写をしはじめた。


「ミミズがのたくってるな」

「う、うるさいですよ……」

「薄くなってて見にくいんだろ。なんか適当にインクでもぶちまけて布で拭えば溝が見やすくなるんじゃないか?」

「あら明暗ですわね。誰かインクを」

「「さすがにそれは……!」」


 デルドアのとんでもない提案にビアンカが微笑んで頷けば、対してアランとジャルダンが慌てて制止する。その温度差と言ったらない。


「大丈夫です! このままでも読めますから! そ、そうだ、この文面ってスタルス家に伝わってませんか?」


 インクを手配しようとするビアンカの意識をこちらに向けるべく問えば、その意図を察したジャルダンが妻が立ち上がらないよう裾を掴みつつ頷いて返した。どうやら聖武器の力は失われているが、文面は言い伝えられているらしい。


「確か『悪しき者だけを討つ』とか、そんな文面だったはずだ」

「あら、随分とうろ覚えなのですね。ここはやはりインクを……」

「ま、待てビアンカ!今思い出す! ……いや待てよ」


 言葉の途中でふとジャルダンが考え込む。

「あいつなら」と呟くあたり何か思い当たることがあるのだろうか。そうして、いったい何だと尋ねるような三人分の視線を受けつつジャルダンが立ち上がり「少し待っていろ……待っていてくれ」と部屋を出ていった。


 残されたのはアランとビアンカと、そしてクツクツと笑みをこぼすデルドア。


「デルドアさん、笑うなんて失礼ですよ」

「悪い。だがあいつは良い(つがい)を持ったと思ってな」

「……番?」


 デルドアの言葉に、ビアンカが不思議そうに首を傾げた。普通であれば妻や伴侶と言うべきところを、よりにもよって『番』なのだからこの反応も仕方あるまい。


「ビアンカ様、彼は魔物で、だからちょっと表現が……」


 そうアランが説明すれば、ビアンカが意外だと言いたげに「まぁ」と小さく声を漏らした。そうして窺うようにデルドアに視線を向ける。この蠱惑的な美丈夫が魔物だなどと信じられないのだろう。

 もっとも、デルドア本人も自分の外観が人間に近いことがわかっているのか、わざとらしく赤い瞳でビアンカを見つめ返して楽しげに笑っている。その行動のなんと人間くさいことか。


「噂には聞いております。なんでも人間に味方する魔物がいると……」

「人間に味方しているわけじゃない」


 キッパリと否定するデルドアに、これにはアランまでもが驚いて彼を見上げた。

 今まで何度も助けてくれたのに、何度も共に戦ったのに「味方ではない」とはどういうことなのか。

 そんなアランの視線にデルドアは気づく様子もなく、まっすぐにビアンカを見据えて


「アランとヴィグの味方なだけだ」


 と告げた。


「それは……人間の味方ということではないのですか?」

「違う。アランとヴィグだけだ。むしろこいつらを蔑むなら、他の人間を敵にまわしたって良い」


 迷いもなく、そしてビアンカを気遣うでもない。

 そのハッキリとした物言いにアランが思わず俯いて、赤くなる頬を誤魔化すように出されたお茶請けのクッキーに口をつけた。

 その瞬間、部屋の中にコンコンと軽い音が響く。次いでゆっくりと扉が開き、現れたのはジャルダンと……


「アラン嬢!」


 レリウスである。

 思わずアランが「ひゃっ」と甲高い声を出してしまうのは、もはや条件反射というやつだ。


「ど、どうしてレリウス様が……」

「アラン嬢、やはり僕と貴女は再びであ」

「愚弟だが聖騎士については俺より詳しいだろう」


 レリウスの発言を遮るように話すジャルダンに、デルドアとビアンカがなるほどと頷く。

 レリウス・スタルスはかつて黒騎士と手を組んで混沌の世界を再び招かんとしていた。その行為こそ愚かとしか言いようがないが、元々のレリウス・スタルスは優れた男だった。むしろスタルス家を名乗るに値すると言えるほど才知に溢れていた。

 たとえ聖騎士の栄光を夢見て溺れていたとしても、彼が考えなしで行動するわけがない。


「アラン嬢、この再会はきっと神が下さった贈り物に違いありません!」

「ヒャー!」

「レリウスなら、少なくともスタルス家の聖武器については俺より詳しいはずだ」

「なるほどな、俺は聖騎士だの聖武器だのには詳しくないが、確かにこいつなら」

「まさか僕の前に再びその姿を現してくれるなんて!愛しい僕の女神!」

「ヒァアアー!ヒャー!」

「……そいつ(アラン)はどうした」

「……そいつ(レリウス)のせいだ」


 デルドアが溜息をつきつつ、小刻みに震えるアランの肩をグイと掴んで抱き寄せた。

 庇うような、それでいてレリウスに見せつけるようなその動きに、さすがにアランの悲鳴も止まる。それどころか思わずポッと頬が赤く染まってしまうのだが、慌てて首を横に振って雑念をかき消した。今はこんなことをしている場合ではない。


「お、お久しぶりですレリウス様。お元気そうでなにより」


 アランが改まって頭を下げれば、レリウスも本来の調子に戻って恭しく頭を下げた。――たまに暴走してしまいがちのようだが、彼だって元はスタルス家の男児らしく紳士的な男なのだ――

 聞けば最近は本邸ではなく離れで暮らしているらしく、そこで家業の末端を手伝っているという。あれだけのことをしでかした処分がこれかと言及の声もあがるらしいが、聖騎士からしてみれば咎めたいのはレリウスだけではない。言及する者たちもまた聖騎士の地位を蔑んでいるのだ。

 そう考えてアランがレリウスの話を聞き、時折は頷いて返した。落ち着き払った彼の瞳に誤魔化しの色はなく、己の非や過ちを真っ直ぐに受け止めているように感じられる。


「最近はよく兄上が訪ねてくれるんです。なにがあったのかは教えてくれないのですが、自分も間違っていたと」

「他家もまわるのであれば長居できないだろ。レリウス、さっさと聖武器について話せ」


 遮ってくるジャルダンの言葉にレリウスが肩を竦め、それでも「はい、兄上」と応えると持っていたノートをテーブルに広げた。


「聖武器に関してなら幾つか調べていました。スタルス家のものと、あと数種類。さすがに没落した家や消息を絶った家までは追うことはできませんでしたが」

「……わ、すごい」


 テーブルに並べられていく資料に、アランが思わず声をあげた。

 聖武器と、そこに書かれている文面の模写。それらを事細かく書き写し、古代文字の解明にまで手を伸ばしている。その量に、細部まで書き込んだ緻密さに、彼の願いが本物だったと知る。

 道は間違えたが、それでも彼は真剣に『聖騎士』に向き合っていたのだ。その熱意を感じつつ、アランがそっと資料に手を伸ばした。

 最初のページに書かれているのはスタルス家の弓。ジャルダンは『悪しき者を討つ』と言っていたが、レリウスの書き記したノートによると、

『放つ矢は民を抜け悪しき者だけを討つ』

 とある。指で追った長さから考えるに、レリウスの調べたとおりで間違いないだろう。


「民を抜け……」


 と、ポツリと呟いたのはアランに並んでノートを覗きこんでいたデルドア。


「ヴィグのナックルにも似たようなことが書いてあったな」

「団長の……確かにそうですね。確かあっちは弱き者とか、そんな感じだった気が」

「僕が調べた限りでは、聖武器の全ての文面に似た言葉が記されています」


 レリウスが手早くノートをめくる。文面の記述だけを読み上げれば、確かにどれも似たニュアンスの言葉が含まれていた。

「弱き者」だったり「民」だったり、表現こそ多少違いはあるがどれも聖騎士ではないと分かる。

 それらをあげたレリウスが「だから……」と小さく呟いてノートを閉じた。


「だから聖騎士が再び騎士や民を率いるべきだと、そう思ったのです……」


 申し訳なさそうなその声色と伏せられた青い瞳に、かつて令嬢たちを虜にした王子様の面影はない。それでも心の落ち着きを表すような深い色合いを見せ、そっとかつての夢を惜しむようにノートの表紙を撫でるとアランに差し出した。


「もし良ければ、差し上げます」

「……私に?」

「えぇ、貴女に」


 念を押すようにレリウスが頷いて返す。それを受け、アランがそっとノートに手を伸ばした。

 写しや他の記述を継ぎ足したノートは分厚く膨れ上がり年期すら感じられる。彼は黒騎士に惑わされる前から……と、そんな考えが浮かんだが、小さく首を振って考えを打ち消すと礼を告げた。



 そうして誰からともなく立ち上がり、玄関へと向かう。

 スタルス家において誰より聖武器に精通しているレリウスが、その知識全てを書き留めたノートを託したのだ、これで十分である。


「お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」


 そう頭を下げるアランに、ビアンカがスカートの裾を摘んで優雅に挨拶を返す。ジャルダンとレリウスも貴族の子息らしく軽い会釈をしてくれるが、デルドアだけが人間の挨拶に興味はないと平然と立っていた。

 その相変わらずな態度にアランとビアンカが苦笑を浮かべて顔を見合す。「ほら、こんなところが」「えぇ、本当に」と、そんな具合である。


「レリウス様、ノートありがとうございました」

「アラン嬢、貴女であればそのノートを有効に……そして正しく活用できると信じております」

「……レリウス様」

「触れるたびに僕のことを、読むたびに僕の声を思い出して下さい。僕の知識が、ノートに込めた想いがアラン嬢の手に納められている……あぁ、なんて至福! なんでしたらベッドで読んでください!枕をともに!」

「ヒッ、ヒァアアア!」

「レリウス!」


 次第に興奮しだすレリウスに、アランの甲高い悲鳴とジャルダンの怒声が被さる。

 そうしてデルドアが「はいはい、次行こうな」と震えるアランの腕を掴んで引きずりながら、二人はスタルス家をあとにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ