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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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13


 件の後処理は、さすが第一騎士団という手際の良さで片付けられていった。

 洞窟内の地盤の脆さを考慮し改めて体制を立て直すと亜種を倒し、狼の群に関しては周囲一帯を立ち入り禁止区域に制定する。さらにはギルドと連携し行方不明者の生死と消息を追う手配も整えたのだ。その見事な手腕に、誰もが第一騎士団が剣技だけではないことを感じ取っていた。


 なにより首尾良く彼らを動かしたのが、ベッドの上のジャルダン・スタルス。


 右足は回復を見込まれたものの左足は神経が絶たれており二度と動かせない、それが王宮に勤める最高位クラスの医者達の診断結果だった。

 それを聞いた彼はその場で足を切断し義足に代える決意をしたという。嘆くどころか迷いすら見せぬその決断の早さは、さすが第一騎士団を率いる団長。片足は失えど騎士の心までは失っていないのだ。


「まぁ、それは立派だと思うけどね。でもなんで彼の退院日に私達が呼び出されるのさ」


 とは、あの事件から数ヶ月し長閑な聖騎士団業に戻っていたアラン。その隣にはまったく同意だと頷くヴィグの姿。

 今日も今日とて「魔物がでる夢を見たから不安が募る子供会の運動会の進行表作り」という、もはや依頼する側もよく分からない仕事をしていたところ、詰め所を訪れたクロードにジャルダンが呼んでいると言われて渋々赴いているのだ。


「まったく、こっちのことも考えて欲しいよな。俺達だって暇じゃないんだ」

「……プログラム一覧に黒い固まりを書いていたようにしか見えなかったのですが」

「可愛い黒猫のイラストでプログラムを華やかにしてやろうと思って」

「くろ、ねこ……?」


 あれが……?と困惑の色を示すクロードの背をアランが叩き、話を無理矢理もとに戻す。

 ヴィグの絵心が壊滅的なのは今更な話だし、なにより今はそれを説明している場合ではない。

 なにせ本日退院したばかりのジャルダンがなにやら話があるというのだ。用件に関してはクロードも聞かされていないらしく、怪訝そうなアランとヴィグに申し訳なさそうにしている。


「ところでアラン、俺達なにを怒られると思う?」

「……なぜ怒られること前提なのですか」

「難しいところですね。今三つまで候補を絞ったんですが……」

「アラン、三つは心当たりがあるのか……」

「やっぱりお前があの銅像を『風呂おっさん』の名前で広めたのがまずかったんだろ」

「そんなぁ、団長だって何度撤去されても頑なにあの銅像の腕にタオル引っかけて臨場感を出してたじゃないですか」


 私のせいだけじゃないですよ、とアランが不満げに訴える。

 そんなやりとりを続けていれば呼び出し場所……噴水に設立された銅像の前に辿り着いた。第一騎士団団長の退院とあってか集う人数は多く、そのうちの数割が怪訝そうにおっさんの像を眺めている。

 正確に言うのであれば、おっさんの像の腕にかかった白いタオルを。


「まずい! 今朝引っかけたタオルがそのままだ!」

「やっぱり団長のタオルが原因だ!」


 団長のせいだ! と勝ち誇ったようにアランが笑う。そんな聖騎士団らしい脳天気なやりとりにクロードが引きつった笑みを浮かべつつ、二人を連れて輪の中に入った。

 中央にいるのは勿論ジャルダン・スタルス。

 第一騎士団副団長に支えられてはいるものの、それでも騎士の制服を纏い背筋を正している。その姿はかつての彼そのまま、威厳も風格も損なわれていない。


「ジャルダン様、お待たせいたしました」

「あぁ、ご苦労クロード」


 片手を上げてジャルダンが労う。それを受けたクロードが頭を下げて一歩下がれば、自然とアランとヴィグが彼に向き合う形になった。

 あの一件を知ってか知らずか野次馬達から僅かなざわつきが上がり、ジャルダンを見守る第一騎士団達もまた不安げな表情を浮かべている。


「すまない、もう少し落ち着いて話ができると思ったんだが……」


 とは、申し訳なさそうに周囲を見回すジャルダン。

 聞けば最初は噴水前に誰もおらず、待っている間に彼の退院を聞きつけた者達が集まりだしたという。もちろんそれが全て彼の無事を喜んでのことであり、ジャルダン・スタルスの人望のなせるわざである。

 もっとも、アランとヴィグからしてみれば「そうですか、そりゃ良かった」である。捻くれた聖騎士団からしてみれば、この人混みもその話も彼の人気を見せつけられているようなものなのだ。


 だけど……とアランが彼の左足に視線をやるのは、右足と違い左足だけがズボンの布をはためかせているからである。細身の義足なのか、そこに『無い』とまでは言わないが、はためく布から右足のような逞しい足があるとは思えない。

 目に見えて明らかなその光景を、さすがに「ざまぁみろ」と思えるほど聖騎士団も捻くれてはいない。思わずアランの眉尻が下がり、見ればヴィグも労るような表情を浮かべている。


「その……ジャルダン様、足は……」


 恐る恐る尋ねるアランに、ジャルダンを支えていた副団長が小さく息を呑み咎めようとし……ほかの誰でもなくジャルダンに制止された。

 周囲の空気が重くなるのは、誰もが知っていて彼の足について触れなかったからだ。

 アランとて、本人を前に口にするべきことではないと分かっている。今日が退院日であるのなら尚更。

 それでもとアランがチラと上目遣いで様子を窺えば、ジャルダンが小さく溜息をつきつつ己の足下を見下ろした。


「左足は捨てた。右足は……あのまま放っておけば両足失うところだったらしい」

「あの、今後は……」

「時間はかかるだろうが、義足に慣れれば以前のように動ける」


 そう告げるジャルダンの言葉に、アランが僅かに安堵の息をもらした。

 侮辱もされたし蔑まれもしたがあそこまで関わったのだ、元より彼の騎士としての誇りの高さを知っているからこそ、さすがに歩けなくなるような結末は耐え難い。

「良かった」と声にこそ出さないがヴィグと顔を見合わせれば、ジャルダンが改まったような声色でアランを呼んだ。「代替騎」ではなく「アラン」と。


「あの時お前が命がけで助けてくれなければ、俺は左足を失うどころではなかった」

「ジャルダン様……」

「今までの非礼を詫びたい。許して欲しい……」


 そう謝罪の言葉を口にし、ジャルダンが支えていた副団長の手を離す。

 ゆっくりとまだ慣れぬバランスで杖に重心を預ければ、その動きで彼が頭を下げようとしているのだと察して周囲が再びざわついた。ジャルダン・スタルスが素直に非を認める男だと、例え相手が格下の家の女子供であろうと自分に非があれば陳謝する男だと、そう知っていても第一騎士団団長が聖騎士に頭を下げることが信じられないのだ。

 アランとしては、その考えこそ謝罪して欲しいところなのだが、それをここで言う気にはならずジッとジャルダンを見据えて返した。


 義足ではバランスがとりにくいのだろう。細工の施された杖に体を預け、時折危なげにグラリと体を揺らす彼の姿は見ていて気分の良いものではない。

 それを見守る第一騎士団の表情と言ったらなく、自分たちを率いるジャルダンが聖騎士に頭を下げる姿など見ていられないと悲痛そうに顔を背けている者までいる。

 そんな状況に、アランが盛大に溜息をついた。


「貴方が頭を下げたところで……」

「……アラン?」


 ふいに話し出したアランに、頭を下げようとしていたジャルダンが顔を上げる。


「貴方が頭を下げたくらいで、今までのことが許されるとでも思ってるんですか? 思い上がりも甚だしい」


 ふん、と不満そうにジャルダンを睨みつけるアランに、周囲が言葉を失ったと静まりかえった。

 次いで野次馬や第一騎士団が取った反応はまさに人それぞれ。この期に及んでなんて態度だと聖騎士に怒りを抱く者もいれば、アランの言わんとしていることを察してその不器用さに苦笑を浮かべる者もいる。その数はちょうど半々と言ったところか。

――もっとも、最初から理解しているヴィグだけは終始この不器用な演出に苦笑を浮かべているのだが――

 そんな周囲の理解度などお構いなしにアランは傲慢な態度を取り続け、ジャルダンを睨み続けた。目を丸くさせる彼の表情を見るに未だ理解していないようだが、そのうち察してくれるだろう。

 対して隣に立つ副団長は怒気を含んだ鋭い眼光を向けてきていた。アランを無礼者として取ったのだろう。……まぁ、副団長に関しては何か言ってきたらクロードあたりが止めてくれるはずだ。クロードは安堵の表情を浮かべ、それどころかアランに小さく感謝を述べてきているほどなのだ。最悪、彼を盾にして逃げてもいい。。


 そう考えて、アランが改めてジャルダンに向き直った。

 ようやく言わんとしていることを察したのか、申し訳なさそうに眉尻を下げている。


「私は危険を省みず貴方のことを助けたんです。それを頭を下げただけで帳消しなんて冗談じゃない。もっと形のある誠意を見せてください」

「形のある……」

「えぇ、そうです」


 ニンマリと笑うアランに、ジャルダンが首を傾げた。




 それから数日後、聖騎士団の詰め所は今までにないほどの盛り上がりを見せていた。


「ギシギシ言わない!」


 とは、嬉しそうに座る椅子を揺らすアラン。

 真新しい椅子は彼女の動きを受けて揺れるが、以前の椅子のような悲鳴は上げない。アラン程度の重さは苦でもないとしっかりと受け止めており、おまけにお尻を労るフカフカで可愛らしいクッション付である。

 そんなアランと背中合わせで座るヴィグはと言えば、これまた真新しい机を前にガチャガチャと引き出しを開け閉めしていた。


「すごいな! 引き出しが引き出せる!」


 という、事情を知らぬ者が聞けば「何を言ってるんだ」と疑問を抱きそうなことを嬉々として繰り返している。

 そんなまるで新品の玩具を買い与えられた子供のような聖騎士団を、いかにも新品といった洒落たデザインのテーブルに着くデルドアがのんびりと眺めていた。


「で、形のある誠意がこれか。ん、このお茶美味いな……おぉ、高級茶葉」


 そう湯飲みと茶葉の入った缶を手に話すデルドアに、椅子に座ったままのアランが「それだけじゃありませんよ!」と胸を張った。

――いかに胸を張ろうと背をそらそうと、この椅子は優しく受け止めてくれる。以前の椅子でこんな動きをすれば、バランスを崩して後ろに転倒するか、下手すると背もたれが折れて大惨事であっただろう――


「今後も聖騎士団の費用申請には無条件でジャルダン様の判子が貰えるようになったんです。これを機に、聖騎士団は三時のおやつ制度を導入しました!」

「なるほど、確かに頭を下げられるより実益がある」


 満更でもなさそうにデルドアが頷くのは、三時のおやつ制度に便乗するつもりなのだろう。満足気にお茶を飲みそれどころか二杯目を注いでいる。

 そんなデルドアに対し、アランとヴィグが「さらに……」と意味ありげなことを呟きニンマリと笑って顔を見合わせた。ちょうどその時……


「ねぇねぇ! なんであのおっさんの像に風呂桶とタオルの石像が追加されてるの!? おっさんじゃん! 本格的にひとっぷろ浴びるおっさんの像じゃん!」


 と興奮を隠せず尻尾を膨らませたロッカが詰め所に飛び込んできた。


「……風呂桶とタオル」

「ねぇ、あれは芸術なの!? おっさんのワンシーンを切り取ることが人間にとって芸術なの!? というかあれは誰なの! どこのおっさんなの!?」


 よっぽど興奮しているのかキャーキャーと騒ぐロッカに、対してデルドアの瞳が冷ややかなものへと変わっていく。

 そんな温度差を感じさせる二人に、アランとヴィグは顔を見合わせると、


「あれは聖騎士団と第一騎士団の信頼と友情を記念した石像だ」

「とっても素晴らしい芸術的モニュメントだよ」


 と、楽しげに笑って答えた。


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