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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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 そんな長閑な会話から三日後、アランとヴィグは再び先日の洞窟を訪れていた。亜種の討伐であり、国内一を誇る精鋭部隊第一騎士団の同行である。

 なので当然だが二人とも騎士服である。長剣も腰から下げている。

――ところで、同じ作りで同じ騎士服のはずなのだが、どうにも第一騎士団と自分達の騎士服を見比べると布の質感が違う気がしてならない――


「いやー、呼ばれないかと思ってたら呼ばれちゃったな」

「えぇ本当に。てっきり呼ばれないと思ってご飯食べに行っちゃってましたもんね。呼びに来たのがクロードじゃなかったら今頃どうなってたことか」


 と、そんな暢気な会話を交わす。

 その横では第一騎士団がさすが精鋭部隊と言わんばかりに規律正しく隊を組み、戦略や各々の役割を確認しあっていた。その凛々しさ、ピンとのばされた背筋、鍛え抜かれた体つきに腰から下げる磨かれた鞘。迷いのない伝達と復唱はまさに精悍の一言。

 見ているだけで緊張が伝い、そして国民達は彼らの姿に守られていると安堵感を抱くのだ。

 そんな中、つい先日第一騎士団に抜擢されたクロードはこれが初任務らしく、先輩騎士の隣に立ち緊張を隠せぬ表情で地図を覗き込んでいた。その真剣な表情は、初々しさと、それでいて若くして第一騎士団に招かれただけの凛々しさと勇ましさを感じさせる。


「なんかこう、クロードに『同じ騎士として』とか言った自分が凄く恥ずかしくなってきたんですが。出発までちょっと埋まってきて良いですか」

「おいアラン、何を悲観してるんだ。俺達だって正式な騎士団なんだからな、胸を張れ!」

「……そ、そうですよね! いくら二人でボケっとしてても私達だって騎士団ですよね!」

「よし! 俺達も騎士団らしくしてみるか、隊列!」

「私一人しかいません!」

「任務の確認!」

「さっき第一騎士団団長のジャルダン・スタルスに『お前達は大人しく黙って道案内だけしてればいい』って言われました! スタルス家は滅びればいい!」

「よしっ、それじゃ点呼とるぞ! 番号!」

「オチが見えてる! いちっ!」


「にぃー!」

「……さん」


「「……ん?」」


 てっきりアランの1で終わると思いきや、2・3と続いてアランとヴィグが顔を見合わせた。

 聞き覚えのある声。「にぃー!」という声は元気よく愛らしく、対して「さん」と呟かれた声は呆れをおおいに含んでいた。その組み合わせはまるで……というより、あの二人しかいない。


「……ごきげんよう、二人とも」


 あまりの顔馴染みぶりにアランが驚くのも無駄な時間だと冷静に返せば、当然だが見慣れた魔物コンビが頷いて返す。言わずもがな、ロッカとデルドアである。


「今日はどうしました、ギルドの仕事ですか?」

「あぁ、騎士団に仕事は回ったがギルドとしても最後まで見届けたいんだろ、同行の依頼がきた」

「仲間にいーれてっ!」


 そう相変わらず緊張感のない声色で話す二人に、アランとヴィグが溜息をついた。頼もしくもあるのだが、それと同時に場違いな空気が漂う。

 現に二人の登場に第一騎士団の中で僅かにざわつきがあがりはじめた。ちらほらと聞こえてくる「魔物」という単語は、以前にあったラグダル家とコートレス家の結婚パーティーで彼らの正体が周囲に知られたからだ。

 まさか同行するのか? と訝しがるその視線にアランが睨んで返せば、部下の疑問を払うためにか第一騎士団団長のジャルダン・スタルスが歩み出てきた。その隣には困惑気味のクロードの姿。

――ちなみに、第一騎士団の怪訝な視線に対し、ロッカは愛らしい笑顔でペコリとお辞儀をすると可愛く手まで振って返した。このパッションピンク、相手が精鋭部隊でも容赦なく骨を抜きにかかる――


「おい、そいつらは何だ」

「ギルドから依頼を受けた。勝手について行くだけだ、気にするな」


 威圧的なジャルダンの言葉に、デルドアもまた詳細は不要と簡素な返事を返す。その瞬間に両者の間に走る痺れるような空気と言ったらなく、アランが不安げに二人に交互に視線をやり、どうしたものかと周囲を見回した。

 ジャルダンを睨みつけているヴィグに止める気はないだろう。ロッカに至ってはスカートの端を摘み上げて優雅に挨拶をし、続々と騎士達を骨抜にしている。

 唯一この場の空気を「まずい」と感じているクロードも、さすがに騎士団長のやりとりに口を挟むことはできないのか、困ったように睨みあう両者に視線を向けている。その背後では――ロッカに骨を抜かれていない――騎士達がやりとりを見守っているが、半分近くが腰から下げた長剣に手をかけていて穏やかとは言い難い。


 両軍互いに嫌悪を隠すことなく、仲裁しようとするものは一人もいない。まさに一瞬即発の空気。


 そんな状況に、見兼ねたアランが恐る恐る「あの……」と割って入った。


「あの、彼等は私達の知り合いで、同行しても何ら問題はないかと……」


 顔色を窺うようにジャルダンに話しかけつつ、いざという時のためにと彼とデルドアの間に入り込む。だがそんなアランの言葉も不快だと言いたげにジャルダンは表情をしかめ、嫌悪を露わに見下すように睨みつけてきた。

 殺気すら感じかねないその迫力に思わずアランが小さく体を震わせるも、それでもと自分を奮い立たせて睨み返す。

 スタルス家らしい色合いの彼の瞳に、いったい自分はどう映っているのだろうか。けっして好印象ではないことはわかる。


「ギルドだろうが、勝手な同行を認めるわけにはいかない。それもあんな子供を」

「なにがあっても大丈夫です。彼等は強いし、足を引っ張るようなことはありません」


 さすがに「貴方達(第一騎士団)が束になっても適いませんよ」とは言わないでおく。

 だがそれでもジャルダンは納得しないようで、それどころか嫌悪をさらに強めて「そこまで堕ちたか」とアランとヴィグに視線を向けた。


「聖騎士団のくせに、魔物を信用するのか」

「……え?」

「強い魔物こそお前達の敵じゃないのか。戦うべき相手を見誤り、それどころか信用するなど情けない」


 そう言い捨て睨みつけてくるジャルダンの瞳には、先ほどまでの嫌悪に加えて蔑むような色合いさえ見える。

 それに対してアランはジッと彼を見上げ、沸点に達したヴィグの「てめぇ!」という罵倒を聞きつつ一歩ジャルダンに歩み寄った。


「そういうことは、せめて隣にいるクロードを通していただけませんか?」

「……どういう意味だ」

「魔物だから信用できない、なんて。ほかの誰でもなく『スタルス家』の貴方から言われても笑い話にすらなりません。ご自分の立場を弁えたらどうですか」


 そう冷ややかに言い切れば、ジャルダンの瞳がカッと開かれる。

 だが激昂を含んだ瞳ながらなにも言わず忌々しげに睨みつけてくるだけなのは、彼にも思うところがあるからだ。

 ほかの誰でもなく、スタルス家(・・・・・)なのだから。

 そうして彼が最後に一度「化物どもが」と吐き捨てるよう呟き無言で立ち去れば、重苦しい空気のままに出発の時間となった。




「スタルス家……あぁ、黒騎士の時のか」


 思い出した、とデルドアがポンと手を叩いたのは、先ほどのやりとりからしばらく。道案内役として洞窟内を歩き出して数時間たった頃である。

 対してアランが彼を見上げて「今思い出したんですか?」と尋ねれば、彼は素直に頷くと「妙に突っかかってきていけ好かない奴なだけだと思ってた」とあっさりと言って寄越した。

 この魔物、案外に喧嘩っ早い。

 もっとも、その隣を歩くロッカは数度瞬きを繰り返した後「ス、スタルスゥ?」と間の抜けた声を上げて首を傾げた。その声と仕草は思い出せないと言っているようなものだ。

 だが自分だけ思い出せないという状況が不服なのか、しきりに「覚えてるよ!」と繰り返す。その必死さが逆効果なのは言うまでもないのだが。


「あのねロッカちゃん、スタルス家は」

「お、覚えてるよ! あの、ほら……持ち運びやすくて美味しいよね……」

「掠りもしてない! というかその持ち運びやすくて美味しいものって何なの!」


 と、そんな会話を交わしながら洞窟内を進む。相変わらずの緊張感のなさである。

 だが後ろから一定の距離を保って着いてくる第一騎士団からの威圧感は尋常ではなく、アランがチラと一瞥すれば先頭を歩くジャルダンが獰猛な獣顔負けの眼光で睨みつけてきた。

――もっとも、獰猛な獣顔負けと言ってもアランの隣で「もちもちしてるよね!?」と的外れなことを言っているロッカこそ、獰猛な獣を率いる王なのだが……――


 とにかく、そんな尋常ではないプレッシャーに背を取られつつ歩くも、幸いデルドアとロッカがいることで聖武器の加護が働き、アランの緊張はだいぶ緩和されていた。

 先程のジャルダンに対する発言も、加護が働いていたからこそである。……たぶん。カッとなって覚えていないが。


「それでさっきの一言か。さすが聖騎士団、エグいところを突く」

「だろ。俺の可愛いアランの一撃が一番ドギツい」

「人聞きの悪いこと言わないでいただけますか」


 自分でもわかってるんですから、と付け足してアランがデルドアとヴィグを睨みつけた。


 ジャルダン・スタルスはスタルス家の次男。騎士の名家に生まれ、歴戦の将である父に似て武に生きる男。いかにも騎士と言った風貌と才能で、若くして精鋭部隊を率いている。

 まさに実直を絵に描いたような性格の男で、目上であろうが悪しきものには臆することなく立ち向かい、相手が目下だとしても正しければ敬意を払う。清廉潔白なその在り方は老若男女問わず慕われ敬われていた。

 ジャルダン・スタルスは、そういう男である。


 だが彼の弟は違った。

 自分の立場に悩むあまり、全てを危険にさらし聖騎士の権威復興を企んだのだ。

 結果を言えば聖騎士団とデルドアとロッカにより阻止されたが、黒騎士と手を組み混沌の時代を招こうとした彼の行動はスタルス家の評価をおおいに下げるものだった。それこそスタルス家の権威剥奪、第一騎士団団長というジャルダンの地位も剥奪すべきだと話があがっていたほどだ。


「私はレリウス様の行動でジャルダン様まで責を負うべきとは思ってません。家族のそういう柵は絶つべきだと思ってるし……でも、あのとき……」


 そう言い掛け、アランがチラと背後を振り返った。

 第一騎士団を統率するジャルダンが相変わらず睨んでくる。その眼光の鋭さといったらなく、今にも切りかかってきそうではないか。

 それほどまでにアランの一言は彼の痛いところを突いたのだ。そしてそれを、コートレス家の代替騎であるアランは触れていいものではないと考えている。

 ……考えてはいるが、


「あの時、本気で腹立ったんで痛いとこ突いてやろうと思いまして」


 べぇ、とアランが舌を出す。もちろん、ジャルダンに向けて。


「それで繰り出されるあの一撃、さすが俺の可愛いアラン。腹に据えかねているものは誰よりもドス黒い」

「ひ、ひどすぎる!」


 誉められた気がまったくしない! とアランが訴えれば、ようやくスタルス家のことを思い出したのか、ロッカが「あの時の!」と声をあげヴーヴーと唸りながら後方を威嚇しだした。

 そのワンテンポどころかだいぶ遅れた怒りに、思わずアランが苦笑を浮かべた。



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