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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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 そんな騒動があって翌日、アランが市街地を歩いているとコンコンと何かを叩く音が聞こえてきた。

 いったい何かと周囲を見回す。騎士の制服を着ている時なら雑用を押し付けんと声をかけられたり他の騎士たちに冷やかし目的で呼び止められたりもするのだが、休日だけあって今は私服。赤いコートに茶色のスカート、解いた赤髪にはフィアーナにもらった赤い髪飾りもつけており、誰もアランと気付かないほどだ。

 それでも音は止まず、コンコンとまるで「こっちだよ!」と訴えるように鳴り続けている。これにはアランもいよいよをもってわけがわからないとグルリと回って確認し……『迷子預り所』の看板がかかる建物の窓から嬉しそうに手を振るロッカの姿を見つけた。



「あの……そこで一人落ち着いてクッキーとお茶を堪能してる迷子を引き取りたいんですが……」


 そうアランが迷子預り所を訪ねれば、受付係なのだろういかにも子供に好かれそうな穏やかな風貌の女性が「ロッカちゃん、お迎えきたよー」と室内に声をかけた。

 この常連感と言ったらない。


「アランちゃーん」

「……ロッカちゃん、なに預けられてるのさ。獣達が泣くよ」


 嬉しそうにパタパタと駆けよってくるロッカの姿はまさに美少女。花の刺繍とレースのあしらわれたワンピースは可愛らしさをより引立てている。

 迷子というほど幼くはないのだが、預り所送りになったのは彼が纏うホワホワの空気と言動からだろうか。まぁ確かに、こんな美少女がホワホワと街中を歩いていれば保護したくなるというもの。

 だけどその正体は……とまで考え、アランが差し出されたクッキーを口に放り込んで迷子預り所をあとにした。


「で、どうして預けられてたの? デルドアさんは?」

「そもそも今日はデルドアに頼まれて市街地に来てたんだよ。で、目的のお店に行って『今日受取の弾丸三箱くーださい!』って元気よく言ったらアレよと言う間に美味しいクッキー食べてたの」

「それは仕方ない」


 むしろ店員さんは見事な判断だ……と横目でロッカを見れば、さして気にもとめてないのか「クッキー美味しかったね」と笑っている。

 これが実は男で、魔物で、そのうえ獣王の末裔だなんていったい誰が信じられるだろうか。そうアランが小さく溜息をつき、ふと、先程のロッカの発言に引っ掛かりを覚えた。


「ロッカちゃん、デルドアさんは?」

「家で寝てるよ」

「寝てる?」

「うん。昨日帰ってきてからずっと寝てる。一応起こしてみたんだけどね、眠い眠いって煩くて。それで僕が弾丸を受け取りに来たの」


 そう話しながら歩くロッカに、対してアランが足を止めた。


「アランちゃん、どうしたの……?」

「そっか、デルドアさん二日間ずっと起きていてくれたから……」


『二日間寝なくても平気だが三日目寝ないときつい』と、確かに彼はそう話していた。

 一日目は火の番を買って出て、二日目の二人で過ごした時もあのまま起きていてくれたのだろう。ただでさえ洞窟の中を歩きまわり、そのうえ助けに駆けつけてくれたのだ、疲労は通常の倍以上に違いない。

 だから今日寝ているのか。と、そう考えればその人間くささが――人間ではないのだから、人間くさいなんておかしな表現かもしれないが――面白く、そしてなんとも愛おしい。思わずアランが寝入る彼の姿を想像して小さく笑みをこぼせば、ロッカが楽しげに「うちに来なよ」と腕を引っ張ってきた。


「一緒にお昼食べようよ」

「え、でも迷惑じゃ……」

「大丈夫! 作りおきいっぱいあるし、ケーキ買って帰ろう!」


 ね!と半ば強引に腕を掴んだまま歩き出すロッカに、アランはどうしたものかと悩みつつ、それでも促されるままに歩き出した。

 昼時の訪問が迷惑なのは分かっている。それでも心のどこかで、彼の寝顔を見てみたいと思ったのだ。だけどロッカのニマニマとした笑みがどうにも見透かされているようで居心地が悪く、何かを言おうとニンマリとした口が開く瞬間、慌てて「何のケーキを買おうか!」と言葉を被せた。



 デルドアとロッカの家は市街地を抜けた先に広がる森の中にある。質朴ながら暖かみのある家だ。

 初めてここを訪れた時はボロボロに泣き崩れていたのを思い出し、アランは自分の情けなさを恥じつつ促されるままに家の中へと足を踏み入れた。

「おじゃまします……」と伺うように中を覗きんこんでも返事はなく、代わりに廊下の先から野うさぎがヒョコと顔を覗かせるあたり、さすが獣王の末裔の住処である。


「用意してるから、適当に座っててね。暇だったら野うさぎさんとかイタチさんフカフカしてて」

「……う、うん……ふか?」


 可愛らしいエプロンを腰に巻きつけながら台所へと向かうロッカを横目に、言われたとおりにソファーへと腰を下ろす。さすがに野うさぎやイタチをフカフカはせず、失礼にならない程度にと周囲を見回した。

 これといった無駄なものはなく、それでいて生活感を感じさせる屋内。やたらと家具の足が削れているのは獣達の爪研ぎのせいなのだろうか。いったいどんな動物が来ているのか、随分と高い位置に爪痕があり思わずアランがギョッとしてしまう。

 これもまた獣王の末裔の住処ならでは……と、とりあえずその言葉で自分を納得させる。

 そんな家で二人は普段どんなふうに暮らしているのだろうか……そうアランが想像を巡らせていると、台所からロッカがピョコと顔を出した。


「アランちゃん、デルドア起こしてもらってもいい?」

「え、デルドアさんを?」

「うん。このまま寝かせておいてもいいんだけど、変な時間に起きて食べ物漁られても嫌だし」


 だからよろしくねー、と再び台所へと戻っていくロッカに、頼まれたアランが「それなら」と一度頷いてソファーから立ち上がった。


 デルドアの部屋を訪れるのも二度目である。

 一度目はベッドで眠りまでしたのだが、かといって開き直って意気揚々と飛び込めるわけがない。

 男の人の部屋、と考えれば妙な緊張感も湧いてくる。いや、その前に魔銃の魔物の住処と考え聖騎士としての緊張感を抱くのが正しいのかもしれないのだが。

 そんなことを考えつつ、アランがそっとドアノブを回して扉を押し開いた。


 キィ……と扉の金具が鳴る。

 中を覗けば先日となんら変化のない景色が広がっており、その一角にあるベッドが大人一人分程度の山を作っていた。

 もちろん、部屋の主であるデルドアが寝ているのだ。その姿を見つけ、アランが緊張した面持ちでそろりそろりと音を立てないように室内へと足を踏み入れた。

 起こすために来たのだと分かっていても、起こさないようにと息を潜めてしまう。


 そうしてベッドの縁まで辿り着き、そっと寝顔を覗きこんだ。

 普段は悪戯気に細まったり呆れたと言わんばかりに睨みつけてくる赤い瞳も今は閉じられ、軽口を叩いてくる唇も軽く開かれスゥと軽い呼吸が漏れる。熟睡しているのだろう、アランの視線にすら気付かず掛けられた布団がゆっくりと上下している。

 可愛い、と、思わずアランが小さく呟いた。普段の蠱惑的な魅力はなく、無防備に眠る彼の姿は無性に可愛らしく映るのだ。

 だが今は見惚れている場合ではないとはたと我に返り、手を伸ばしてデルドアの頬に触れた。

 驚かさないよう、起きてと心の中で声をかけつつ手の甲でそっと頬を撫でれば、くすぐったいのか彼の口から「んっ……」と小さな吐息が漏れ、思わずアランの心臓が跳ね上がった。


 なにか悪いことをしているような気がしてくる。

 それほどまでに今のデルドアは無防備で、無抵抗で、そして愛おしい。


「デ、デルドアさん……あの、起きてください……」


 胸の内に湧き上がる言いようのない感情を押さえつけ、そっとデルドアの肩を揺らせば、僅かに起きかけたのか彼の眉間に皺がより「んぅー」と子供のような抗議の声があがった。

 だがそんな抗議に屈するわけにもいかず、今度は強めに肩を揺すって彼の名を呼ぶ。


「デルドアさん、起きてください。ご飯ができますよ」

「……眠い」

「食べてから寝てください。ほら、とりあえず起きて」

「眠い、無理だ。もう少し……アラン?」


 薄っすらと開かれた瞳を「どうしてここに?」と言いたげに向けられ、アランが今更だと溜息を付いた。

 それでも緩慢な瞬きながらこちらを見つめてくるあたり、答えを聞くまで眠るつもりはないのか。思わずアランが肩を竦めつつ「おじゃましてます」と返した。


「ロッカちゃんにお昼ご飯に誘われたんです」

「……なるほど、そうか……そうか、それは都合がいい」


 うんうんとデルドアが布団の中で頷く。そんな彼の態度に、アランはいったい何が都合がいいのかと尋ねようとし……布団の中から伸びてきた手に腕を掴まれた。

 次いで、何事かと尋ねる間もなく強引に引き寄せられ……一度瞬きする間にアランの体が布団の中に引きずり込まれていった。

 いや、正確に言うのなら布団の中にいるデルドアの腕の中に。


「なっ!」


 とアランが悲鳴を上げる余裕もなく体を強張らせる。

 突然のことに理解が追いつかない。もっとも、ならばこの状況を理解できたとして、果たしてそれで落ち着くのかと言われれば不可能な話なのだが。

 だがとうのデルドアは落ち着き払ったもので、アランを腕に抱きしめつつも未だ半分夢の中と言いたげに瞳を細めている。……というより「アランを抱きしめたことだし、さぁ寝よう」と夢の中へと進路を切り替えたと言ったほうが正しいか。

 その表情にも態度にも「異性を抱きしめている」という色恋沙汰めいたものはない。


「デルドアさん!? なんですか!」

「……ロッカは俺が寝過ごすと容赦なく飯を片すんだ」

「……それが、あの……何でしょうか?」

「今日も例に漏れず、俺がこのまま寝続けていたらあいつは自分達の飯が済むや片付けるだろう。そこで俺は考えた」

「……考え?」

「お前が俺に捕まっている限り、お前達の昼食は終わらない。つまり、ロッカは飯を片せない!」

「このやろう!」


 どういう理屈か! とアランが抗議の声を上げつつ布団の中でデルドアの足を蹴る。

 あいにくと腕ごと彼にガッチリと抱きしめられており――この魂胆を知った今では『抱きしめる』という表現を使うのも不服だが――スカートの中に隠し持っている聖武器を取り出すことができないのだ。

 片腕でも自由になれば、今すぐに聖武器を引き抜いて柄でガツンといってやったのに……!


「デルドアさん! 離してください!」

「笑わせるな、聖騎士一人が聖武器も持たずにこの俺(魔銃の魔物)に敵うと思ったか」

「なに布団にくるまりながらかっこいいこと言ってるんですか!?」

「所詮聖騎士も人間、聖武器が無ければこのざまだ」

「このざまなのはお互い様ですよ! デルドアさん嫌な寝ぼけ方しないでください!」

「あと四時間……あと四時間寝たら離してやるから」

「結構ぐっすり寝るつもりだ!」


 いっそう声を荒らげてアランが解放を訴えれば、デルドアが「うるせぇなぁ」と不満そうに呟きつつそれでもギュウと強く抱きしめてきた。

 背に回された腕が苦しいほどに体を締め、蹴り技防止なのか足が絡められる。するりと内股に彼の足が滑りこんできて、その男を感じさせる鍛えられた硬さにアランが小さく悲鳴をあげた。


 胸も、腹も、背も、足さえも彼に触れている。


 それを実感すれば先程までのやりとりで落ち着きを取り戻したはずの心臓が再び跳ね上がり、逃げようと身を捩れば宥めるためか回された腕が背を撫でてくる。

 時に押さえつけて、時に撫で、時に髪を掬う。彼の手の動きは(くすぐ)ったく、それでいてアランの胸を締め付けさせる。感覚で伝わる手の大きさに、アランがどうしていいのかと視線を泳がせながら抱きしめる腕の主を見上げた。


「……あの、デルドアさん。離してください」


 これ以上あなたの腕の中にいたら勘違いしてしまうから。そう心の中で付け足してアランが請うように彼の名を呼ぶ。

 だが腕は相変わらず抱きしめたままで緩まる気配はなく、赤い瞳がジッとこちらを見つめ、次第に細まると共にゆっくりと近付いてきて……。


「そういえばねぇ、アランちゃんに合う前にヴィグさんにも声かけておいたんだよー」

「なぁお前ら、さっさと飯に……」


 と、ノックもせず無遠慮に扉をあけて顔を覗かせたロッカとヴィグの姿に、アランは脳裏で開戦のゴングの音を聞いた。




 それから数十分後、アランはロッカと二人で(・・・・・・・)食卓についていた。

 用意されたポトフはどれもしっかりと味が染み込み美味しく、ロッカ自ら焼いたという――その際の「今回は色仕掛けだよ!」という言葉は例の「美味しくなぁれ」の派生だろうか――パンもまた絶妙で食事が進む。

 ポトフの皿に沈むジャガイモは程よく崩れ、人参は噛めば甘みが口内に広がる。大き目に切られた肉は十分に味が染みこんでおり、噛めばホロホロと解けて旨味を口の中に滲ませる。

 パンは外側がカリッとしており、なかはもっちりとした歯応えをしている。香ばしい香りが鼻をくすぐり、パンだけでも十分に堪能できるほどだ。


 そんな料理を前に、それでもアランはチラと視線を窓へと向けた。

 長閑な昼過ぎ。陽の光が差し込む森の中、激しく戦う二人の男……。


「放っておいていいのかな、あれ」

「いいんじゃない? デルドアは負けないし、ヴィグさんも聖武器があれば怪我しないし。それにゴリラさんに見守るようにお願いしておいたから、酷くなったらぶん投げてくれるはずだよ」

「……そう」


 それなら良いかな、と早々にアランが二人から料理へと視線を移す。

 ことがことなだけに「私が原因で争わないで!」と悲劇のヒロイン気分に浸ることもできず、かといって冷静に止めたところで親心状態(パパモード)のヴィグには火に油を注ぐ様なもの。

 あと、迂闊に近づいてゴリラにぶん投げられるのが怖い。

 そんな考えから「そのうち収まるだろう」と判断し、悩みを吹っ切るように千切ったパンを口に放り込む。もちもちを極めたこの歯応え、恐るべし獣王の色仕掛け。

 そうアランがロッカに賛辞を送れば、嬉しいのだろうエヘヘと照れくさそうに笑ったロッカが笑う。だが次の瞬間、「そうだ!」とピョンと跳ねるように立ち上がった。


 そうして部屋に戻った彼が再び戻ってくれば、その手には小さな箱。白い包み紙に赤いリボン、いかにも贈り物といった外観をしており、それを大事そうに両手で持ち「これあげる!」とアランに差し出した。

 予想外のことに、思わずアランが「え?」と声をあげてロッカを見上げる。赤い瞳がキラキラと輝いており、言葉にこそしないが「早く受け取って!」とこちらのアクションを期待しているようではないか。


「えっと……これ、私に?」

「うん! ねぇ、開けて中見てみて!」


 早く早く! と急かすロッカに促され、アランが小箱を受け取ってそっとリボンを紐解く。

 そうしてゆっくりと開けば、箱の中央、ちょこんと飾るように置かれているのは……銀色のブレスレット。

 全体的に細かな細工が彫り込まれ、中央には真紅の石が埋められている。見たことのないデザインだがセンスがよく、なにより中央にはある石は素人目にもただのガラス球ではないことが分かる。と言っても宝石のような輝き方でもなく、角度を変えると色味を変えるその不思議な色合いと落ち着いた輝き方に、アランが見惚れるようにそっとブレスレットを手にとった。


「……これ」

「アランちゃんのために用意したの。つけてくれる?」

「私のために? そんな、悪いよ……」


 手のひらにのるブレスレットは、素材こそわからないが高価なものだと分かる。

 そんなものを安易に受け取れないと訴えるも、逆にロッカが切なげに眉尻を下げた。


「アランちゃんのために作ったの……アランちゃんが受け取ってくれないなら、もう一度溶かして打ち直さなきゃ……」

「大分本格的だね……」

「お守りだから……」


 だから、と切なげな瞳のロッカに見つめられ、一体どこの世界に断れる者がいるというのか。少なくともアランには無理な話で、頷いて返すやロッカが泣き出さないうちにと慌ててブレスレットを腕にはめた。

 サイズも合わせて作ったのだろうか、手首にしっかりとはまり、それでいてきつくもない。


「ありがとうロッカちゃん、お守りなら外さないようにするね」


 そうアランがブレスレットのはまった手首を見せれば、ロッカの表情がパァッと音がしそうなほど明るくなる。

 その表情にアランもまた胸が暖まるのを感じ、腕に嵌めたブレスレットを軽く揺らせば真紅の石がキラリと光った。



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