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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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 どこか遠くから聞こえてくる水の流れる音と何かの鳴く声に、アランがゆっくりと眠りから目を覚ました。体を起こせば意識がはっきりするのと同時に昨夜のことが記憶に蘇り、既に乾ききった布を拾いつつ瞬きを繰り返す。

 泣き腫らした翌日のような瞼の重さはない。よかった、目は腫れていないようだ。

 そう安堵しながら軽く目をこすって周囲を見回せば、すでに出発の準備を整えたデルドアが遠くを見据えていた。


「デルドアさん?」

「ん、起きたか」

「はい。あの、どうしました?」


 手櫛ながらに身だしなみを整え、彼と同じ方向へと視線を向ける。岩肌の隙間から日が差し込んでいるとはいえ洞窟だけあり視界は暗く、アランの視力ではそう遠くまでは見通せない。

 今向いているのはどの方角なのか、奥へと向いているのかそれとも出口へと続く道を見ているのか、それすらも分からないのだ。それを改めて自覚すればゾッと冷たいものが背を伝った。

 そう深くない洞窟とはいえ、地図もなくそれどころか方向感覚すら失いなんの装備もない状態では命を落とす可能性だってある。

 もしかして彼も方向感覚を失ってそれを危惧しているんじゃ……とアランがデルドアを見上げるも、赤い瞳は何も答えずずっと洞窟の奥を見据え続けていた。


「なにか匂わないか?」

「…何か、ですか?」


 ふいにかけられた言葉にアランがオウム返しで尋ねて首を傾げた。だが次の瞬間慌ててデルドアの視線を追うのは『匂い』に嫌な予感が走ったからだ。

 何かとは、まさか甘く鼻に纏わりつく亜種の匂いのことではないか?

 近くにあの亜種かもしくは別のなにかが潜んでいて、デルドアはその亜種が発する匂いを嗅ぎとったのではないか……?

 だが周囲を嗅いでも甘い匂いはなく、その代わりにフワンと漂い徐々に濃くなるこれは……、


 調味料の匂い。

 この洞窟のなか、あり得ない人工的な匂い。

 食材殺しが食材を殺した残り香である。


「だ、団長が近づいてくる!」


 馴染みのある匂いの接近にアランが思わず声を荒らげれば、次の瞬間、洞窟の奥からドドドとまるで何かがすごい速さで(うごめ)くような音が聞こえてきた。

 それと共に何やら声が聞こえ、


「アランちゃーん、デルドアー。どこぉー?」


 とご飯片手に間延びした声をあげつつ白濁色のダチョウ(・ ・ ・)に跨るロッカと


「馬! 俺は馬を出して欲しかった!」


 とロッカの後ろにしがみつくようにして座るヴィグが現れた。

 ……そう、ダチョウである。尋常ではない早さと揺れだろう。

 そんなダチョウは真っ直ぐにアランとデルドアの元へと駆け寄ってくると、ベッ! と無造作に乗り手二人を降ろして――落として、ともいう――走りさっていった。

 あまりの展開にアランが呆然としたのは言うまでもない。

 走っていったダチョウを気にする余裕も、見事な着地を見せ「探したよー」と何事もなく会話を始めるロッカに対応する余裕もないのだ。

 だけどせめて……としゃがみこんだのは、ダチョウから振り落とされる際に顔面から落ちていったヴィグがあまりにも不憫だからである。

 あのダチョウがロッカの命により参じた魂のみの存在であるのは言うまでもない。つまり聖武器の加護で負傷はしていないはずなのだが、それでもこれは居た堪れない。聖武器の加護は体の傷を治してくれても心の傷はまったく気遣ってくれないのだ。


「……だ、団長。大丈夫ですか?」

「あぁ、加護が働いてるから怪我はしてない……」

「いえ、そっちじゃなくて主に心のほうです」

「そっちはズタボロだ」

「でしょうね」


 そうヴィグを気遣いつつアランがロッカの様子を伺う。

 彼は平然とデルドアと情報交換をしつつ、ピクと肩を震わせるや

「ダチョウさん戻ってきたよー。みんな乗ってく?」

 と愛らしい笑顔で尋ねてきた。

 あぁ、その屈託のない笑顔の何と輝かしいことか……悪意など微塵もないのだ。だからこそ恐ろしくもあるのだが。


「ロッカちゃん、帰りは歩いて帰ろう。じゃないとヴィグ団長がゴリラ嫌いなうえにダチョウ恐怖症になっちゃう」


 ね、とアランが念を押せばロッカが元気よく頷いて返す。そうしてふとアランに視線を向けると、不思議そうにコテンと首を傾げた。


「アランちゃん、どうしてデルドアのコート着てるの? 寒い?」

「これ? 寒いんじゃなくて、この下は下着だけだから」


 だから借りたの、と言いかけたアランの言葉にゴスンと鈍い音が被さった。

 いったい何だと見れば、脇腹をおさえてうずくまるデルドアと、彼の前でナックルを構えて仁王立ちするヴィグの姿……。


「団長ぉー!?」

「デルドアー!?」

「……お、お前は少しこの親ばかの行動を予測して発言しろ」


 ぐぅ、と唸りながら睨みつけてくるデルドアに、アランが素直に頭を下げた。うっかりである。

 しかしさすがはロブスワーク家に伝わる聖武器、効果は抜群のようだ。魔銃の魔物が苦しそうにしている。


「それで、どうしてこんなことになった? 話くらいは聞いてやろう」

「殴る前に聞け……」

「団長、コートを借りたのは私の服が溶けちゃったからです」

「溶けた!? デルドア、おまえ俺の可愛いアランに……溶けた?」


 我に返ったのか、どうしてそんなことに?と疑問符を頭上に浮かべるヴィグに、アランが溜息をつきつつ話しだした。



 あの魔物自体はからくりを知ってしまえば倒すのは簡単だ。

 軟体ゆえに剣や弓での攻撃は通りにくいが、対して炎には弱い。逃げ場を作らないよう周囲を囲んで炎にさらしていれば体内の毒薬が熱に反応し蒸発し始め、その果てに消える。

 柄のないもの同様、時間と手間はかかるが万全の準備で向かえば実質的な被害は少なく済む。

 あの触手も、意識こそ奪うか数人でチームを組んで互いを監視し合えば問題ない。刺された、と思った瞬間に一人が庇い一人が避難させる。その間も一人が攻撃を続け……と、連携が取れれば討伐も容易である。


 その反面、今回のように触手に刺されて捕らわれ逃げられるとことが大きくなる。

 逃げに徹するとそのスピードは人間が追えるものではなく、探している間に溶かされかねないのだ。


「すっごい早かったもんね。僕も追いつけなかったし」


 とは、それを聞いたロッカの感想である。獣王の末裔である彼か「どの獣より早い」と評価するのだから、やはり文献の通り『魔物最速』なのだろう。

 逃がさないように慎重に討伐を進めなくては、と、そう思いつつアランが頷いて返したのだが、どういうわけかロッカの表情がニンマリと楽しげな笑みに変わった。

 ムニッと歪む口元はまるで猫の笑みのようだ。


「あの亜種ね、アランちゃんを捕まえた瞬間すっごい早さで逃げだしたんだよ」

「う、うん……」

「それに追いついちゃうんだから、デルドア凄いよねぇ……あの瞬間、誰より早く反応してアランちやんを追いかけてったんだよ」


 必死なのがまるわかり、とニマニマと笑うロッカの言葉にアランが僅かに頬を赤くさせた。

 だから彼だけが先に助けに来てくれたのか……と、そう納得すると同時に、捕まった瞬間に聞こえたのも彼の声だったことを思い出す。

 だがそれを知ってどうすればいいのか。今この場で改まってお礼を言うのも……とアランがチラとデルドアに視線を向けるも、聞こえていないのか平然と歩いていてこちらを見もしない。

 と、そんな中で話を聞いていたヴィグが「そうか」と呟いた。真剣味を帯びたその声色にアランがはたと我に返り、いまは亜種の討伐を考えなくてはと雑念を掻き消す。


「なるほどな。それでデルドア、お前どこまでアランの裸を見た。返答によっては逆の横腹にもう一発繰り出すぞ」

「やだもうこの人、全然聞いてない」

「正直に話してもいいが、その場合こいつが土に還りたがるぞ」

「デルドアさんも、そんな律儀に返さなくても……どこまで見たのぉお!!」


 悲鳴を上げるアランに、対してデルドアがニヤリと笑う。

 だが笑うだけで答えないあたりアランの反応を見て楽しんでいるのだろう。その悪戯げな笑みのなんと忌々しいことか……。

 もっとも、それを訴えるように睨みつけたところで彼か答えてくれるわけでもなく、答えも怖くて聞きたくない。そう考えてふんとアランがそっぽを向けば、ロッカが「ねぇねぇ」と誰にでもなく話だした。


「あの亜種を倒すためには人がいっぱい必要なんだよね。ギルドで集めたほうがいいのかな? 協力しあうなら騎士さん達に来てもらうべきかな?」


 ……。

 …………。

 ……シンと静まった空気のなか、どこかでピチョンと水の跳ねる音が響いた。


「……どうしたのみんな。僕、なにか変なこと言った?」

「いや、ロッカがまともなこと言ってるなぁと思って」

「どうしたロッカちゃん、なにか変なものでも食ったのか?」

「まさか、亜種の毒にやられて意識が混濁してるんじゃ……!」


 どうした、大丈夫?と身を案じる言葉をかけられ、ロッカがプクと頬を膨らませ……


「獣王への侮辱と取った、受けて立つ!」


 と声を荒らげると共に靄かかったゴリラとダチョウを呼び寄せた。




 そんな会話を続け、なんとか洞窟を抜けて帰路につく。別れ際のデルドアとロッカの「おつかれさん」「またねぇー」という言葉のなんと軽々しいことか。

 そうして辿り着いた詰め所は相変わらずのボロ小屋ではあるが、見慣れた風景に安堵さえ湧いて思わずアランが小さく息をついた。

 帰ってこれた、と、そう実感すれば一瞬にして疲労が募り、寮に帰らずに詰め所で寝てしまおうかとそんな物臭なことを考えつつ扉を開ける。その瞬間、


「アラン!」


 と、勢い良く出てきたフィアーナがその勢いのままにアランに抱きついた。

 これにはアランも目を丸くさせ、隣に立つヴィグが「不法侵入者め」と皮肉をつぶやく。


「ギルドの依頼を受けたって聞いて心配したのよ。あんな物騒なところの仕事……酷い目にあってない!? 怖くなかった!?」

「酷い目、直近だとゴリラにぶん投げられたけど平気だよ」

「そ、そう……良かったわ。ところで、なんでコートを着てるの? これ、この間の彼のよね?」

「うん。色々あって下着だけになったから……」


 だから借りたの、と答えようとしたアランの目の前でヴィグが脇腹を押さえて崩れ落ちた。その前に立つフィアーナの右手は逞しい程に力強く拳が握られている。


「フィアーナさん!? 団長ー!」

「ヴィグ・ロブスワーク、貴方が着いていながらどうしてアランが下着姿なんてことになったのか、聞いてあげるから説明なさい」

「……なんだこの理不尽、俺あとでデルドアに謝りに行ってくるわ」


 ぐぅ……と唸り声をあげるヴィグに、アランは溜息をつきつつも二人の間に割って入った。



「なるほど、そういうことがあったのね。アラン、本当に大丈夫なの?」

「聖武器の加護が働いてるから大丈夫だよ」


 心配そうに伺ってくるフィアーナに、アランが苦笑を浮かべて返す。

 相変わらず彼女は姉のようで、過保護気味に思える対応もアランには嬉しくさえあった。もっとも、ヴィグと張りあうのだけは程々にしてほしいところなのだが……。


「それで、その亜種はどうやって退治するの? 話を聞くに相当な人数が必要みたいじゃない」

「流石に連携が必要なら騎士団に話が回ってくるだろ。聖騎士団(俺 達)にも……うん、たぶん、声が……かかる、はず」

「そ、そうですよ……亜種関係だし。呼ばれる……呼ばれる、はず……」


 途端にアランとヴィグがもごもごと言い淀むのは、今までの聖騎士団のハブられぶりからである。

「他の件ならまだしも魔物の亜種関連なのだから聖騎士が呼ばれないわけがない!」という自信と「いやでも、今まで一度もまともな用事で呼ばれたことがないし……」という卑屈な考えが天秤の上でグラグラと揺れているのだ。

 ……いや、正確に言うのなら揺れているというより後者に傾いてギリギリのところで保っていると言ったほうが正しいか。

 そんなネガティブを極めて落ち着きなくソワソワしだす聖騎士団を前に、フィアーナが肩を竦めてため息をついた。




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