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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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 ピチャン……とどこかで水音がして、眠りについていたアランの意識が引き戻される。

 ゴツゴツと寝心地が悪い。自室のベッドじゃない……とボンヤリとする意識ながらそれでも起きあがり周囲を見回した。

 ヴィグとロッカが寝ている。その奥では赤い炎が揺らぎ、それを見張るように腰を下ろしてデルドアが銃をいじっている。


「……デルドアさん」

「なんだ、起きたのか」

「今……」

「まだ早い。日が出たら起こすからもう少し寝てろ」

「……寝なくて、良いんですか?」

「俺か? 俺なら平気だ」


 手元に寄せておいた木の枝を折って炎に放り込みつつデルドアが答える。

 その声色にも彼の表情にも、眠そうな様子も無理をしている様子もない。本当に眠くないのだろうか、そんなデルドアに対して「魔物だからですか?」と尋ねるアランの声のなんと眠そうなことか。声色から眠気が漂っている、そもそもウトウトと微睡んでおり目を擦ってもはっきりと開かないほどなのだ。


「魔物にも種類がある。見てみろ、獣王の魔物が(いびき)かいてるぞ」

「……本当だ」


 デルドアが視線で促す先ではロッカが寝入っている。持っていたリュックサックを枕代わりに抱き抱えて、時折クピョ……と不思議な鼾をたてる。その姿のなんと愛らしいことか。まさに熟睡である。


「なら、魔銃の魔物だから……ですか?」

「そこまで詳しくは分からないな。ただ一日や二日寝なくても平気なだけで三日寝なけりゃ流石につらい。他は知らないが俺はそうだ」

「ご飯は……三食ですか?」

「四食」

「結構食べる。そういえば、デルドアさんもロッカちゃんも……お酒を飲みますね……ご飯は、デルドアさんの方が……」


 ウトウトと時折意識をやりながら話すアランに、見かねたデルドアが溜息をついた。

 そうしてもう一本小枝を炎に放ると「もう寝ろ」とだけ告げてきた。

 パチンッと弾ける音と共に、眠りかけていたアランがゆっくりと瞳を開く。もっとも、それもとろんと微睡んでおり瞬きも酷く緩慢としている。


「ロッカちゃんは寝るけど……でも、デルドアさんは……寝なくても平気なんですね」

「話が振り出しに戻ってるな。もう寝とけ」

「もう少し、もう少しだけ。貴方のことを知りたいから……」

「アラン?」

「本当は文献とは違う……だから、きっと……私たちはもっと前から、貴方達を知ろうとしなくちゃいけなかったんです……だから……」


 殆ど目を瞑ったままウトウトと話すアランに、デルドアが仕方ないと言いたげに溜息とともに立ち上がった。

 そうしてアランのそばまで近付くと、ヒョイとしゃがみ込んで顔を覗き込む。


「俺のことが知りたいのなら何だって教えてやる。だから今は寝ろ」

「……本当、ですか?」

「あぁ、お前がよく言う文献とやらが何十冊も書けるくらい教えてやる」


 だから寝ろ、と念を押しつつデルドアがアランの肩をそっと押せば、半ば夢の中にいたアランがそれに抗うことなく横になる。


「私が書くなら、貴方のことはとても優しくて良い人って書いてあげますね」

「良い人、じゃないけどな。あとロッカのことは太字で男って書いておけ」

「ふふ、そうですね。太字で、大きく……」


 書かなきゃ、と言い掛けた言葉が途中で寝息に変わる。

 それを確認するとデルドアが小さく笑みをこぼし、ロングコートを脱ぐとアランにかけてやり、再び火の番へと戻った。




 所々にあいた穴や岩の隙間から光が射し込む。

 ピチャンと朝露が落ちる音と、そして柔く肩を叩かれてアランが目を覚ました。

 意識がボンヤリとする。だがフワァと一度欠伸をすれば眠気も飛び、改めて周囲を見回した。洞窟の中だが朝日が射し込んでいるだけあって明るい。歩きまわるぶんには支障はないだろう。

 いまだ夢の中なのかロッカがムニャムニャと言葉にならない言葉を発しているが、そんなロッカを起こそうとしているデルドアは

「おいロッカ、ヴィグが起きないうちに朝食を作るぞ。食材殺しを料理に近付けるな。朝からあれはきつい」

 と、寝起きといえど容赦のない必死さである。

――もっとも。その背後ではいつの間にか起床していた食材殺しが調味料を手に今まさに食材を殺さんとしているのだが――


 そうして朝と言えどまったく変わらない朝食を食べ、手早く準備をし出発する。

 といっても洞窟自体はそう深いものでもなく、このまま歩き続けていれば昼過ぎには再奥に辿り着くだろう。

 逆に言えば、だからこそ人が迷い戻ってこられなくなるとは考えにくいのだ。とりわけギルドに所属するような者ならなおのこと、この程度の洞窟で行方不明になるとは思えない。


「だからきっと、亜種に襲われたんだと思うんです。でも透明な魔物の亜種ならそんなに強くないはずなんですけど……」

「透明なら、ってことは他にも種類があるのか?」

「文献によると、透明の軟体で洞窟に生息している魔物は二種類。それの亜種であれば、片方は無地で片方は柄有りのはずです。確か透かすと斑点の柄があったはず」

「なんだかお洋服みたいだね」

「でもロッカちゃん、透明だぞ。すかしで柄があるとしても、透明な服って……」

「変態界のお洒落さんだね!」


 想像したのか、ロッカが声を荒らげる。魔物討伐だというのに相変わらず緊張感の欠片もなく、思わずアランが苦笑を漏らした。

 だが次の瞬間、ベチャリと粘着質な音が洞窟内に響き、一瞬にして周囲に満ちた甘い匂いに出かけた言葉を飲み込んだ。


「……いるな」


 周囲を見回しつつデルドアが銃を構える。魔銃ではなく通常の銃なのは警戒に留めているのか。その隣ではロッカがスンスンとしきりに鼻を鳴らしている。だが洞窟という空気の流れの悪さからか、いまいち場所が特定できないようだ。

 そんな二人を横目にヴィグが素早くナックルをはめ、アランも倣うように短剣を抜き取る。


 そうしてしばらく気配を窺えば、洞窟の奥から何かが這うような音が聞こえてきた。

 ズル……ズル…………と。

 その音から考えるにかなりの大きさだろう。それがゆっくりと近付いてくるのはなかなかに恐怖を誘う。正体が分からず、そのうえ自分の理解の範囲を超える亜種なのだから、ギルドから依頼を受けてこの地を訪れた者はさぞや恐怖を味わっただろう。

 もっとも、


「……遅い」

「ねぇ、こっちから迎えに行かない?」


 と、まったく空気の読まない二人のおかげで今はさほどの恐怖も漂っていないのだが。


 そうして誰もが音のする方向へと視線を向ければ、日が差し込んでいるとはいえ所々影が広がり薄暗い洞窟の奥から姿をあらわしたのは……


 家一軒分ありそうな、巨大な軟体。


 それがゆっくりと、時折は軟体の一部を伸ばし、ズルズルと地を張って近付いてくる。

 粘度の高い液体が地を伝うような、それでいてまるで人間が手を伸ばすように触手を伸ばして進む動きも見せる。それはまさに希有の一言。例えるならば巨大なナメクのようでいて、時にナメクジに捕らわれた人間が這い出ようと藻掻いているようにも見える。

 なんて気色悪い。と、思わずアランが小さく体を震わせた。


「……最近、軟体の亜種に縁があるな」

「あれ自体は強くもありません。ただ軟体なので剣での攻撃が通じにくく、逃げに徹すると早いので逃げられないように注意してください」


 そう告げて、アランが短剣を構える。

 あれが無地であれば倒し方は簡単、ひたすら攻撃を加え続けるのだ。その反面攻撃が通じにくく、厄介というよりは面倒と言った方が正しいかもしれない。

 それを聞いたデルドアが、己の持っていた銃をまじまじと眺めた。


「……人間の銃は?」

「通じません。デルドアさん、至急魔銃を出してください」

「ねぇねぇアランちゃん、ゴリラさんが戦いたがってるけど良い?」

「私たちが辛いから、今回はゴリラさんじゃない早い動物に来て貰って」

「……アラン、あれ触りたくない」

「ナックルを継いだ時点で諦めてください。毒とかなかったはずなんで大丈夫です。……匂いは知らないけど」


 順繰りに質問を受け、一つ一つ返していく。

 そうしてデルドアが魔銃を取り出しヴィグが観念したようにナックルをはめ直したのを見て、アランもまた亜種に向き直った。

 ――ちなみにロッカは「早いの、早いの……シャチさん!」と明後日なことを言っている――



 はっきり言えば、今目の前にしている亜種は弱い。攻撃が通りにくく倒しにくい相手ではあるが、倒せないというわけではない。現に魔銃から零距離で放たれる弾丸を受けては軟体の一部を削らせ、ヴィグが拳を埋め込めばその部分が抉れて飛び散っている。

 聖騎士どころか魔銃の魔物と獣王の末裔がいるのだ、勝敗など考えるまでもない。

 五分か十分、それで終わる。……もっとも、地面でビチビチと跳ねる靄かかったシャチに「シャチさん頑張って!」と応援しているロッカが使い物にならないので、十五分くらいかかるかもしれないが。

 とにかく、楽勝であるはずのこの戦いにそれでもどうしてかアランの胸中はざわついており、伸びてくる触手を短剣で交わしながら思考を巡らせていた。


 おかしい、妙に落ち着かない。


 だが伸びてくる触手は無地で、目を凝らしても柄は見られない。弱い方(・・・・)だ。大丈夫なはず。

 デルドアとヴィグの攻撃が効いているし、あと少し……と、そうアランが胸騒ぎの中でそれでもと勝利を確信した瞬間、


「助けてくれ!」


 と、突如現れた男に背後から抱きつかれ、瞬間、伸びてきた"斑点模様の触手”に胸を突かれた。チクリと走る痛みを最後に、全ての感覚が弾けたように鈍る。

 しまった、と思った時点で既に遅く、雲に包まれたように体から力が抜ける。意識は一瞬にして揺らぎ、夢と現実の境をさまよっているような浮遊間が襲ってくる。

 ギィイイ! と甲高く聞こえてくるのはあの亜種の鳴き声か。胸に刺さった斑点模様の触手がツプと音をたてて引き抜かれ、崩れようとした体を包み込んでくる。


 ……包み込む? いや、違う。これは捕獲、補食のための捕獲。


 抗うことも出来ず、触手に巻き取られるように体が浮かび巨大な軟体に引き寄せられる。トプン、と柔らかな感触に包まれた瞬間、軟体に捕らわれたのだと理解できた。だが体は動かない。

 次いで景色が流れるように変わるのは、軟体が逃げに徹したからだ。取り込まれ呼吸のために顔だけを出された状態でボンヤリとそんなことを考えれば、靄かかった意識の中「アラン!」と名を呼ぶデルドアの声が聞こえた。




「あれ?」


 と声をあげたのは、今まで自分が何をしていたのか分からなくなってしまったからだ。

 おかしな話だが、この日中という時間それも自室のベッドどころか屋外で夢を見ていたような、そんなおかしな感覚である。


「アルネリア様、どうなさいました?」


 横から声をかけられ、はたと我に返って振り返る。

 そこに居たのは黒い髪の美しい少女。濃紺の制服がよく似合っており、まさに清楚な令嬢である。髪と同色の黒い瞳が不思議そうにこちらを覗きこみ、再度「アルネリア様?」と名を呼んできた。


 ……アルネリア。

 そうだ、私の名前。あれ、でも、アラン……。


「……あれ、私」

「どうなさいました。疲れてしまったのでしょうか?」


 少し休みましょうか、と黒髪の少女が優しく手を取ってくる。

 ふわりと揺れる濃紺のスカートは女学校の制服……。「懐かしい」とポツリと呟けば、黒い瞳が丸くなった。


「何が懐かしいのですか?」

「いや、あの……制服が」

「あら、何を仰るんですか」


 ご冗談を、と品よく笑う。


「アルネリア様も着ているじゃありませんか」


 と、その言葉に視線を落とせば、足下で揺れるのは濃紺のスカート。

 目の前にいる黒髪の少女と同じ、女学校の制服……。

「懐かしいだなんて、毎日着ていて飽きてしまいそうな程なのに」

 そうクスクスと笑う声に、


「えぇ、そうだったわ」


 とアルネリア(・・・・・)が微笑んで返した。



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