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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第三章『小さくて可愛くて強いの!』
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 騎士団内はおろか、王宮に勤める者の中でも聖騎士団の扱いは悪く、何もかも全て後回しである。費用申請がことごとく通らず、アランとヴィグの机や椅子がギィギィギシギシと五月蠅いのが良い例だ。

 そんな訴えを聞き、デルドアが哀れみと共に「良いものを食わせてやろう」と差し入れを持って王宮を訪れたのが、なんとも長閑な平日の日中。

――余談だが、けして聖騎士団が薄給なわけではない。貰うものは貰っている。だが頑なに通らない費用申請に躍起になるあまり、備品に対して自分達の財布からびた一文出すものかと意地になっているのだ――


 とにかく、ケーキと総菜を手にしたデルドアがのんびりと王宮内を歩き詰め所へと向かい……ふと足を止めた。

 隣接して並ぶ建物の一つ。その出入り口に居るのは、なにやら数人と話し込んでいるアラン。彼女一人に対して男三人が向かい合うように立ち、その表情はお世辞にも穏やかな談笑とは言い難い。

 言い詰められているのか、とりわけアランの表情には切羽詰まったような色が見られる。


「そういや、内勤の奴らともぶつかってるって言ってたな」


 以前にヴィグが「頭の良い奴はこれだから嫌だ!」と喚いていたし、アランも「言い負かされるよぅ……」と涙目になっていたのを思い出す。なるほど、確かにアランと対峙している男たちの体つきを見るに、いかにも机仕事と言った様子だ。

 だからこそ、加勢してもなぁ……とデルドアが頭を掻いた。

 人間の決まりや事情に疎く、費用だの申請だのといった話になればそれこそ畑違い。加勢どころか話を理解出来るかすら怪しいところなのだ。

 それでも言いくるめられ顔色を悪くさせるアランを放っておくことが出来ず、仕方ないと溜息をついてデルドアが近付き……


「あんなよく分からないおっさんの像を建てるお金があるなら、うちに回してください!」


 というアランの訴えに、あと数歩というところでピタリと足を止めた。


「お、おっさん……あれは有名デザイナーが手がけた芸術的なモニュメントです!」

「モニュメント! あんなのどう見ても噴水でひとっぷろ浴びようとしてるおっさんじゃないですか! なにが芸術か!」

「なんて品のないっ……! 貴女には芸術というものが」

「分かりませんよ! こちとら腰とお尻に日々限界が迫ってるんです! 机と椅子の費用申請書突っ返されるなか、あんなおっさんの像が建つのを見た私達の身にもなってください!」


 キィキィと喚くアランに、対して男達が顔を見合わせる。若干気圧されつつあるのだろう。だがそれでも決定権は男達にあるようで、まるで突きつけるように一枚の紙をアランに押しつけた。


「とにかく、この費用申請は受け付けません」

「……そんな」


 訴えたことが無駄に終わったからか、反論も許さぬ拒否に傷ついたか、アランが僅かに瞳を細めてうなだれる。その姿は傍目から見れば男達に囲まれ一方的に言いくるめられた哀れな少女そのものだ。

 ……だが次の瞬間はねるように顔を上げる、キッと彼らを睨みつけると


「夜毎ひとの家の風呂に現れてはそっと浴槽に浸かる妖怪の銅像って言い触らしてやる!」


 と、まったくもって情けない負け台詞と共に逃走した。

 残された男達、そしてデルドアでさえも呆気にとられて追うことが出来なかったのは言うまでもない。




「団長! 聞いてくださいよ、団長!」

 とは、先ほどの見事な敗走からそのまま詰め所に飛び込んだアラン。

 対してヴィグは机に足を乗せるという不真面目極まりない格好で「おー、どうした?」と暢気に迎えた。


「聞いてください! またあいつら費用申請を却下して……あろうことか三対一で私を囲んで言いたい放題ですよ。私とても怖くて、なにも言い返せなくて……」

「とんでもない捨て台詞吐いたくせによく言う」

「震える私にあいつらは……デルドアさん!?」


 慌ててアランが振り返れば、当然だがそこには見知った男の姿。相変わらずの見目の良さといつもと同じロングコート、だが今日は普段より少し呆れたと言いたげな表情をしている。

 その冷ややかな視線に、それでもアランが「見ていたんですか」と不満げに彼を見上げた。


「見ていたんなら助けに来てくれても良かったのに」

「どこに助けにいく余地があった。ところで、ロッカはまだ来てないのか?」


 先に来てるはずなんだが、と周囲を見回すデルドアに、アランも倣うように詰め所内に視線を巡らす。

 が、そこにロッカの姿はなく、あの愛らしく元気良くそして高頻度でとんでもないことを言う声も聞こえてこない。

 そんなアランとデルドアに対し、ヴィグは何やら知っているようで「ロッカちゃんなら」と割って入ってきた。


「ロッカちゃんなら「通りにある噴水に面白い像が出来た」って教えたら喜んで見に行ったぞ」

「……おっさんか」

「時間的にそろそろ戻ってくる頃だと思うけど」


 ふぁ……と欠伸をしつつヴィグが扉へと視線を向ける。

 つられてアランとデルドアを扉を見て数秒後……


「なにあれなにあれ! なんで噴水でひとっぷろ浴びようとしてるおっさんの像を作ったの!? 噴水が太陽の光でキラキラしてたけど、おっさんの油分が浮いてるようにしか見えなかったよ!」


 と、興奮気味のロッカが飛び込んできた。

 瞳が輝き、フーフーと息も荒い。よっぽどおっさんの像に衝撃を受けたのだろう、栗色の髪にちょこんと乗るように獣の耳まで出ている。


「ロッカちゃん、いらっしゃい。おっさんの像がお気に召したようで」

「アランちゃんこんにちは! ねぇあのおっさん誰!? どこのおっさん!?」

「あれは国のために働く健気な騎士二人の腰とお尻を犠牲にひとっぷろ浴びようとするおっさんの芸術的モニュメントだよ」

「恨みがましい説明をするな。ところでアラン、おまえ足怪我したのか?」


 デルドアに話を変えられ、アランが彼を見上げる。

 先ほどのやりとりに呆れたと言わんばかりの表情だがどこか心配しているようにも見え、アランが自分の足を見下ろした。

 走り去った時に引きずっていたのだろうか、自分でも思い出せないほどだが、確かに左足を痛めている。先日の訓練で挫いて……と、それを思い出せば同時に嫌な記憶も蘇り、アランが眉間に皺を寄せつつ話し出した。




 話は数日前、第一騎士団から申し込まれた合同訓練の時に遡る。

 といってもヴィグはまだしもアランがまともに騎士の訓練相手になれるわけがなく、とりわけ相手が精鋭部隊である第一騎士団ならなおのこと。その戦力差はまさに大人と子供、むしろ大人と子猫。遊び相手にすらならないだろう。

 ならばどうして第一騎士団が聖騎士団に合同訓練の申し出をだしたのかと言えば、ひとえにその弱さを笑うためである。


「う、わわ! ふぎゃっ!」


 間抜けな声と共にズザァ! と豪快な音を立ててアランが地面を転がる。

 とっさに着いた手が痺れに似た痛みを訴え、起きあがろうとするも鼻先に剣の鞘を突きつけられる。顎の下に柄の先が触れ、グイと持ち上げられれば下品な笑みを浮かべる騎士の姿が視界に入ってきた。

 疲労と荒い呼吸でそれをボンヤリと見つめると、心配するでもなく労うでもなく「もうへばったのか」と鼻で笑ってきた。

 その嫌みたらしい笑みにアランが視線を逸らせば「おい、やめろ!」と声がかかる。もちろん、アラン同様この場に呼ばれたヴィグである、この場においてアランを助けようとする者など彼以外にいない。

 慣れぬ長剣での訓練に彼も体力の限界がきているのだろう疲労を露わに、それでもアランを庇うように男との間に割って入った。


「アラン、大丈夫か?」

「は、はい……なんとか」

「くそ、せめてナックルが使えればな」


 忌々しげに第一騎士団を睨みつける。そんなヴィグもまた満身創痍で、うっすらと血を滲ませる左頬がなんとも痛々しい。

 アランに比べれば戦えるとは言え、訓練が仕事の一つである騎士達の中でもとりわけ精鋭部隊の相手となるとヴィグにだって荷が重すぎるのだ。さらに言えばナックルの使用を禁じられ、そのうえ何十人も相手にさせられているのだから、これはもはや訓練という名を借りた一方的な暴行に近い。


あいつら(魔物)とつるんでるのがバレたからか、よけいに風当たりがきついな」

「ひ、ひとの交友関係にいちゃもんつけるなんて、最悪ぅ……」

「はは、まだ軽口は叩けるのか。まぁ、そのうちあいつらも気が晴れて……ん?」


 第一騎士団を睨みつけていたはずのヴィグが、ふと何かに気付いたように言葉を止める。

 アランが追うように視線をやれば、こちらをあざ笑う第一騎士団の後ろに何か半透明のものがゆらゆらと揺れながら立っているのが見えた。

 大きさを言うのならば成人男性ぐらいか、対して細さは女性の体ほど。細長く半透明ゆえ朧気(おぼろげ)なその姿はどこかこの世のものとは言い難く、疲弊と目眩が激しい今はとりわけ幻覚を見ているのかと勘違いしてしまいそうなほどだ。

 それがゆらゆらと揺れている。軟体の、細長いゼリー。


 いったい何だとアランが目を凝らした瞬間、ザァ……と向かい風が吹き抜け、甘い、鼻にかかる匂いを運んできた。


「アラン!」


 咄嗟ながらにヴィグが長剣を手放し、かわりにナックルを填める。アランも同様、使えもしない長剣など要らぬと放り、腰元から対の短剣を抜き取る。

 二人に遅れて甘い香りを嗅ぎ取ったか、それでも亜種へと考えが繋がらない騎士達が「なにか匂わないか?」と暢気に顔を見合わせている。それでも一人が亜種に気付いて声をあげれば、流石は精鋭部隊と言える反射神経で誰もが警戒をあわらに剣を構えた。

 その瞬間、


 ポンッ!


 と、軽い音をたてて亜種の体が二つに分かれて上部が飛び上がり、


 パン!


 とまるで風船が割れるように飛び上がった上部が弾けた。

 周囲に、そしてその場にいる者達に、爆ぜて飛んだ液体が飛び散る。

 血ではない、透明な液体。粘度は低く、アランの足に飛んだ数滴がツツ……とゆっくりと伝って落ちていく。伝った後に痺れや痛みもなく、こんな状況下でなければ只の水、それこそ雨でも振ってきたのかと空を見上げていただろう。

 同じように、液体の掛かった騎士達も最初こそ険しい表情を浮かべていたが、害がないと分かると小さく息を吐き、ある者はかかった液体を拭い、ある者は剣を手に上部が弾けたことで子供大になった亜種へと近付こうとしている。


「やめろ! 不用意に近づくな!」


 と、それを制したのはヴィグである。

 聖武器であるナックルこそ填めてはいるものの様子を見るに留めているのは、魔物がいかに人知を超えているかを知っているからだ。

 大きさこそ上部が爆ぜて子供サイズになったが、かといって脅威が減ったかと言えばそういうわけでもない。むしろ何かしらの行動に出ようとしているのだと警戒しなくてはならないのだ。


「なんだよ、聖騎士のくせにあんな小さいのが怖いのか」

「魔物にデカさなんて関係ない、不用意に刺激するな! アラン思い出せ、あれはなんだ!」

「あれは、あれは……」


 騎士達をヴィグに任せ、アランが記憶の中の文献をひっくり返す。

 詰め所の資料室に山積みになった文献。高く積んだ本の山、今はもう誰も読み返さない過去の遺産。


 思い出せ、アラン・コートレス。

 あの本の山の中、この亜種の元になった魔物の文献があったはず……。


 グルグルと回る思考の中、アランが記憶を片っ端から蘇らせては要らぬ違うと消していく。そうしてふと、視界の隅で騎士の一人が腕に水をかけようとしているのが目に入った。

 亜種が飛ばした液体がかかったのだろう。彼の手の中、水筒がゆっくりと傾けられれば水滴がポタリと落ち……


「だめ! 水をかけてはいけません!」


 と、アランが声を荒らげた。



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