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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
33/90

15

 

 そんな日から一ヶ月程たち会場の掃除もダラダラながらに目処が見え始めたころ、アランはのんびりと市街地を歩いていた。

 赤いスカートに茶色のコート。普段とは違う余所行きの装いに相変わらずチラチラと視線を向けられるが、それでも休日の外出は多少気分が晴れる。

 なにせ長く使えずにいた左腕が本日をもってめでたく全快したのだ。以前通りに動かしても支障はないと医者のお墨付きである。

 それも合わさってご機嫌で市街地を進み、ふと一件の本屋の前で立ち止まった。


 女性が店先に集っている。

 それも大分賑やかで、年の頃ならアランと同年代くらいの少女達が殆ど。さらに次から次へと増えていく。


 なにか人気の本でも発売されるのだろうか……そうアランが吸い込まれるようにフラと本屋へ寄っていくのは、聖騎士だの何だのと言っているがアランも年頃の少女だからだ。同じ年代の同姓が集っていれば気にもなると言うもの、俗物的な吸引力には抗えない。万年騎士服と詰め所に引きこもりで流行廃りに疎いとは言え、それでも興味がないわけではないのだ。

 そうして店先に群がる少女達に加わりヒョイと背伸びをして店内を覗きこめば、店員がこの混雑を整理するように「予約されていた方は!」と声を荒らげて案内しているのが見えた。


 どうやら予約制になったうえでこの騒ぎらしい。よっぽどのことではないか。

 そのうえ予約できなかった者もいるようで、店の一角では別の店員が入荷数に対して余りは出るのかと問いつめられている。

 いったいどんな本なのか。そう興味がわく反面、あまりの熱意と、そして予約という単語に気後れしてしまう。もちろん初耳どころか未だタイトルも分からないアランが予約などしているわけがなく、一般販売分があったとしても争奪戦に参加する意欲もない。

 いずれ店頭に並ぶだろうからその時に買うか、そう早々と白旗をあげて踵を返して歩き出そうとし……


「アランじゃない、どうしたの?」


 と、背後から声をかけられた。

 振り返れば「奇遇ね」と笑うフィアーナ。休日なのか、普段より少しラフな服装はそれでも品が良く、ワンポイントの髪飾りが美しさを引き立たせている。


「フィアーナさん、今日は休み?」

「えぇ、アランもその服を見るにお休みなのね」


 可愛い、とフィアーナの白く細い指に頬を突っつかれ、思わず照れくささで俯いてしまう。

 だが次いで聞こえてきた

「休みの買い物なら誘ってくれても良かったのに」

 という言葉に慌てて顔を上げたのは、日頃彼女が積極的に外出に誘ってくれるのにアランがその殆どを断り、休日であっても詰め所に引きこもるか誰にも気付かれない散歩に出かけてしまうからだ。

 それを非難するようなフィアーナの視線と声色に、アランが白々しく「そういえば」と話題をすり替えた。


「あの、ほら……その、今日は何か発売されるの?」

「何かって? あぁ、本のことね」

「予約とか凄いことになってるけど、有名な本なの?」


 王立図書館の責任者であるフィアーナであれば、例え好みの本でなくても情報くらいは得ているだろう。そう考えてアランが尋ねれば、案の定フィアーナは「凄く有名な本よ」とニッコリと笑って説明しだした。

 聞けば、先日発売されたばかりの本が瞬く間に売り切れ、今日が第二版の発売日らしい。無名の新人ゆえに初版の数は少なかったが人伝(ひとづて)に知名度が高まり、今ではこの有様だという。

 それを聞いたアランが呆気にとられたと言わんばかりに店先へと視線を向けた。流行廃りに置いていかれているのは自覚していたが、まさか世間ではそんなことになっていたなんて……と、そう感心する一方で入手に対してあきらめの気持ちが募ってくる。


 なに、第二版がこの状態でも三版あたりになれば流石に手に入るだろう。なんだったら次は予約をしておけばいい。

 そう考えてアランが暢気に殺到する少女達を眺めていると、フィアーナが小さく笑って一枚の用紙を差し出してきた。


「……なにこれ?」

「予約用紙。支払い済みだから、あとは受け取るだけよ」


 はい、と軽く紙を揺らすフィアーナに、思わずアランが目を丸くさせて彼女を見た。

 この流れで『予約用紙』と言えば話題の本のもので間違いないだろう。もっとも、アランはいまだタイトルも知らないのだが。


「読みたいんでしょ、あげるわ」

「そりゃ、気にはなるけど……でもこれはフィアーナさんが買った分でしょ?」

「いいのよ、もう持ってるから貴女にあげる。初版も持ってるし、無理に買わなくても良いの。それとも初版の方がいい?」


 どっちが良い? と平然と尋ねてくるフィアーナにアランが驚いて首を横に振った。

 読書家の中には初版だの何だのと拘りを持つ人がいるのを知っている。あいにくとアランは「本は読めればいい」という軽い思考の持ち主だが、そういった人達からしてみれば発行時期の違いで本の価値が桁一つ二つ変わってきたりもするのだ。

 これだけ人気の本となれば、初版を欲しがる人は大量にいるだろう。とりわけ初版の数が少ないと言っていたのだから、マニアとは得てしてそういうものに熱を抱くのだ。だからこそ「読みたいから」等という軽い気持ちで受け取れない。


 そんなアランの考えを後押しするのが、先程から羨ましそうに予約用紙を見つめてくる少女達の視線と、何冊予約しただの既に初版を持っているだのとあちこちから聞こえてくる自慢合戦。

 そんな中で「よく知らないけど読みたいから初版ちょうだい」などと言ってみろ、少女達の視線で殺されかねない。スカートの中に仕込んだ聖武器はこの状況下ではまったく役立たないのだ。


「私はまた今度読むから良いよ」

「アラン、貴女に読んでほしいの」

「……私に?」


 フィアーナの言葉にアランが首を傾げる。だが問うよりも先にフィアーナが手の中に用紙を押し込んできた。

 随分と強引なそのやり方に、振り払うことも出来ずにアランが受け取った用紙に視線を落とす。

 もとより興味はあったのだ。それに彼女がここまで言ってくるのだから、きっと面白い本なのだろう。ならばここは好意に甘えてしまおうか……そう考えてアランが礼を言えば、フィアーナが「私の方こそお礼を言いたいくらいよ」と笑って返した。

 アランの頭上に更に疑問符が浮かぶ。どういうこと? と、だがその問いかけは販売が始まったことにより沸いたざわつきで掻き消されてしまった。


「ほらアラン、受け取ってきなさいよ。それでお茶をしましょ、奢ってあげる」

「え、いいよそんな」

「私とお洒落な茶店でお茶とケーキを楽しむより、ヴィグ・ロブスワークと詰め所で安いお茶を飲む方がいいのかしら」

「……だから、なんでそこで団長が出てくるのさ」

「それなら私とお茶をしても良いのよね。さ、早く本を受け取ってきて!」


 ほら、と背を叩かれて少女達の群へと向かわされる。有無を言わさぬ強引さではないか。

 だが文句を言う気にもならず仕方なくフィアーナに促されるまま店先へと向かい、案内している店員の指示に従いキャッキャと嬉しそうにはしゃぐ少女達と共に列に並ぶ。そうして受け取った本は、読み応えのある厚みと質の良い作り、表面には箔押しで『硝煙(しょうえん)の王子と(いばら)城の赤ずきん』とタイトルが記されており、それはそれは立派な……。


「……ん?」


 おや? とアランが首を傾げた。

 だが疑問符を頭上に浮かばせた瞬間、矢継ぎ早に訪れる客をさばく店員にあれよという間に店の外へと追い出されてしまつ。そのあまりの流れ作業ぶりに呆然とすれば、店内から出てきた少女達が次から次へとアランを追い抜いていく。

 みんな手には同じ本を……『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』を持って。


「……うん?」


 あれ? とアランが再び首を傾げる。

 が、今度はフィアーナがその肩を叩いて頭上の疑問符を打ち消してしまった。


「アラン、受け取ったならお茶をしに行きましょ」

「……え、あ、うん」

「ほら早く!」


 グイと腕をとられ、アランが呆然としたまま、それでも引かれるままに歩き出した。

 もちろん手には『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』を持ったまま……。



…第二章 end…

第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』はこれにて終わりです。

お付き合いいただきありがとうございました。

次話から第三章『小さくて可愛くて強いの!』が始まりますので、そちらもお付きあい頂ければ幸いです。


相変わらず、たまにずれる奇数日9時更新です。

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