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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
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12


 メインになっている会場は天井が高く取られ、建物四階分の高さを使う豪華な作りになっていた。会場の隅では中二階の一角が迫り出しており、また外へと続くテラスにもなっているため季節によっては酒を飲みながら外の空気を楽しむことができると聞いたことがある。

 もっとも、パーティー自体に縁がなく今日に至っても気分の晴れないアランにとって会場内の作りなどどうでもよく、わざわざ中二階に足を踏み入れる気など無かった。壁の花に徹しようと端から決めていたのだ。

 だがこの状況ならば別である。騒動の直前までそこで話をしていて逃げそびれた者がいるかもしれないし、なにより騒動が起こって以降フィアーナの姿を見ていないのだ。そして彼女を最後に見たのが中二階の手すりに手をかけながら談笑しているところだったこともまたアランの不安を駆り立てていた。


 こちらに気付くと片手を振ってくれた姿が思い出される。

 あれから騒動が起こるまでにしばらく時間があった。彼女が一階に降りてきている可能性もあれば、たとえ中二階に居たとしても既に避難している可能性だってある。

 それでも不安は募り、それに駆られるようにアランが中二階の会場へと繋がる扉を開ければ、そこには顔色を青ざめさせたフィアーナの姿と、そして今まさに彼女を連れて行かんと強引に手を伸ばす男の姿があった。男の手にあるのは騎士のものとは違う長剣……。


「フィアーナさん!」


 短剣を手に、アランが地面を蹴って駆け出す……が、聖武器の加護は無く、出せる力など程度が知れている。それでもと体ごと男へとぶつかって行けば、フィアーナの腕を掴もうとしていた男の体が呻き声と共に転がっていった。


「アラン……!」

「フィアーナさん、大丈夫? 立てる?」

「駄目、足を怪我しちゃって」


 フィアーナの手が長いスカートをめくれば、彼女の白い右足首に赤紫色の跡がついているのが見えた。どこかでぶつけたのか、それとも騒動で乱雑とする机や椅子に挟まれたか、痛々しいその跡に思わずアランが眉間に皺を寄せ……


「アラン、後ろ!」


 と響いたフィアーナの声に慌てて振り返ろうとし、自分の左腕に走った激痛にその場に崩れ落ちた。

 骨まで響くような痛み、痺れが伝い左手が上手く動かない。一拍おいて血が止めどなく溢れ、左腕を伝って落ちていく。切られたと、そう理解するより先に激痛が訴える。

 更に追い打ちをかけるように「このガキが」と吐き捨てられた声と同時に真っ赤に染まった腕に男の足が蹴りおろされ、その衝撃と激痛にアランの口から高い悲鳴が漏れた。


 痛い。痛みで視界が霞む。


 それでもここで引くわけにはいかないと自分に言い聞かせ、男と僅かに距離とり手摺にしがみついて立ち上がる。

 その際に自分の左腕を見れば、真っ赤なドレスと同じように赤い血が一文字についた傷から止め処なく溢れていた。だが幸い筋をやられた様子はなく、激痛こそ走るが指先はしっかりと動く。

 刃こぼれでもしていたかそれとも日頃の手入れが悪かったのか、男の持つ剣に鋭利さはさほど無かったようで、腕を切り落とされなかっただけマシと言えるのかもしれない。


 それでもアランの不利に変わりはない。人間の男が相手なので聖武器の加護は働かないし、左手は短剣を握ることこそ出来ても活発には動いてくれそうにない。

 まずいな……と響く痛みの中で自分の状況を恨めしげに呟いた瞬間、男が大きく踏み込むと同時に剣を振りおろしてきた。

 それを寸でのとのころで右手に構えた短剣で受け止める。反動で左腕に痛みが走り呻きがもれるが、それでも受け止めただけ上出来だと歯を食いしばって自分に言い聞かせる。聖武器の加護が働かない今、男のたった一撃で命を落とすことだってあり得るのだ。左腕の傷も数秒待てば回復……なんて甘い考えは出来ない。

 なにより、今はフィアーナがいる。アランのすべきことは男を倒すことではなく、彼女を安全な場所まで逃がすことだ。もしくは、ここで耐え抜いて応援を待つか……。


 だがそんなアランの考えを叩ききるように、男が再び切りかかってきた。

 首を狙ったのか、先程より僅かに上に描かれる横一線。それを後ろに飛び退いて交わし……きれず、ザッと音をたててアランの胸元の布が裂けた。

 赤い布と飾りのレースが揺らぐと同時に切り裂かれ、丸みを帯びた胸元が露わになる。そこにゆっくりと赤い線が走り、次いでプツと赤い血の玉が浮き上がるや弾けると共に真っ赤な血が胸を伝って布へと染み込んでいった。


 しまった、と走る痛みにアランが自分の迂闊さを悔やむ。

 男の太刀筋はわかりやすく、アランでも見切れるものだった。真っ直ぐに横一線、剣が届く範囲を考え後方に飛び退けば交わせるはずだった。……通常であれば。

 そう、自分の今の状態を忘れて、今まで通りと勘違いしていたのだ。この日のため、今日のためにと……


 ……胸を寄せて上げすぎた。


「つらい! 現実がつらいぃー!」


 万物全てが私に厳しい!と悲痛な声をアランがあげつつ胸元をおさえる。

 致命傷というほどではなく、胸元も全てがさらけ出されたわけではない。動けばピリと痺れるような痛みが走るが、それだって左腕と比べるようなものではない。聖騎士としていうなら軽傷である。

 ただ心が痛い。寄せて上げて――あとちょっと詰めて――嵩増しさせた胸のせいで目測を誤って攻撃を受けたという事実が痛い。胸が痛い。二重の意味で。


「これは前向きに死を検討するほどの案件! 人生の選択肢として死を! 土にぃー、久々に土に還りたいぃー!」


 びぃびぃと喚きながら、それでも攻防を続ける。

 ――ちなみに、そんなアランの悲鳴を聞いたヴィグとデルドアが「よし、アランは無事なようだな」「酷い生存確認だ」と会話をしていた――


「アラン、あまり無理をしないで……」


 請うようなフィアーナの言葉に、アランがそれでも短剣を振るう。

 腕の痛みに熱が加わるが、それでもこの場をひくわけにはいかないのだ。どんなに怪我をしても、どんなに女のプライドが傷つこうとも、土に還りたくても、二重の意味で胸が痛くても、それでもフィアーナを守らなくてはならない。なかば自棄に近いその決意を新たに男を睨みつければ、鋭い検先が貫かんとこちらに向かってくる。

 これを避けて、体制を立て直して……と戦略を巡らせる。だがアランの考えを読んだのか剣先が一瞬揺らぎ、変わりに男の手が伸びてきた。

 咄嗟に身を捩って交わそうとするも遅く、男の手がアランの左腕を掴む。


「あっ、ぐぅっ……!」


 一瞬にして骨のきしみが脳に響くような激痛を覚え、アランの喉から動物じみた苦痛の声があがる。

 左腕が燃えさかっているかのように熱い、切れたところから引きちぎられそうなほど痛い。自分の意志を無視して声が漏れる。

 それでもと激痛に歪む視界で相手を見れば、腕を掴んだことで勝ちを確信したのか男の表情がニヤリと下品に笑っているのが見えた。そうしてそのまま片手で剣を構え……。


 その瞬間、最後の力を振り絞りアランが男の体へぶつかるように飛び込み、男もろとも手摺から落ちていった。



 中二階とは言ったものの、会場自体の天井が高くとられているため実質は建物三階ほどの高さに匹敵する。

 落ちたら即死とはいかないまでも、かといって確実に大丈夫だと断言できる高さでもない。とりわけ下の状況は散々たるものなのだから、乱雑する机や椅子の上に落ちて打ち所が悪く……ということもある。

 それはもちろんアランとて分かっている。分かっていて、男ごと落ちる道を選んだのだ。

 たとえ自分が地面に叩きつけられても、フィアーナが無事ならば、僅かに稼いだ時間で這ってでも逃げてくれればそれで良い。そう考え、アランがギュと目を瞑り地面に叩きつけられる衝撃に構え……地面というには柔らかな感覚と痛いという程ではない衝撃にピクと眉尻を揺らした。


 ……落ちたはずだけど。


 と、そう恐る恐る目を開ければ、目の前には紺色の質のよい布。ギュと掴めば皺が寄るあたり、やはり布である。一カ所に穴があいており、そこから見える肌色は何だろうと、何一つ理解できないこの状況に更なる疑問が浮かぶ。

 衝撃と激痛を覚悟したのに、何一つ襲ってこない。それどころか柔らかなものを敷いている感覚さえする。

 たとえるならばクッションに飛びかかってそのまま押し倒したような、いや、クッションというにはさすがに堅いか。それにクッションには抱きしめ返す機能なんて無いはず……と、自分の背を押さえる感触に更に疑問を抱く。が、次いで


「大丈夫か?」


 と頭上から注がれる声に顔を上げ、そこに自分を覗き込むデルドアの顔を見て、ようやく自分が彼に抱きつき押し倒しているのだと理解した。


「デ、デルド、アさん!」

「人の名前を変な風に区切るな」


 失礼なやつだ、と相変わらず飄々とした反応を返してくるが、アランとしてはそれに対して謝罪をしている余裕もない。なにせ彼を押し倒して上にのし掛かっているのだ。

 だが慌ててデルドアの上から退こうとした瞬間、左腕に走った痛みに邪魔され悲鳴ととも再び彼の胸板へと倒れ込んでしまった。


「どうした、どっかやったか」

「左腕を……。でも大丈夫です、まだ右腕があるし、私の最終奥義は捨て身タックルですから!」


 まだ戦えます!と右腕だけで起きあがろうとするアランに、デルドアが小さく溜息をついてそのまま立ち上がった。

 流石は魔物。上にのし掛かるアランを抱きしめたままである。

 ……そう、抱きしめたまま。

 それも先程よりも強く、むしろはっきりと抱きしめるように。これにはアランも彼の腕の中で小さく声をあげた。彼の腕に支えられているとは、抱き寄せられ爪先立ちという不安定さがより彼の腕に従わざるを得ない。

 心臓が跳ね上がる。触れる箇所全てから、それどころか体全体から、彼の熱が伝わってきて目の前が目映く光る。


「デルドアさん、な、なにを……」

「ボロボロだな」

「ボロボロって?」


 なにが、とアランがデルドアの視線を追って自分の姿を見下ろす。

 走り回ってあちこちが破けたドレス。とりわけ酷いのは腕と胸元だろう。白い肌に描かれた赤い傷は未だ生々しく血を流している。

 確かにボロボロだと改めて自分の惨状を自覚する。綺麗に着飾っていただけに変わり様は顕著で、思わずアランが苦笑を浮かべた。

 なんて情けない、聖騎士としても、一人の少女としても……。


「……せっかくデルドアさんが見立ててくれたのに」

「確かに、これはちょっと気分が悪いな」

「……え?」


 デルドアの声に不機嫌そうな色を聞き取り、アランが顔を上げ……息を呑んだ。

 銀色の髪がふわりと揺れ、彼の赤い瞳が燃えるようにその色味を濃くする。銀と赤、その明確な色の差のなんと美しいことか。

 そうしてその赤が向かうのは会場の天井。睨みつけるように見据え、彼がゆっくりと魔銃を向ける。



 次いで放たれた銃声は今まで聞いたどの銃声よりも低く空気を痺れさせ、騎士も賊も、そして死してなお唸りをあげる獣すらも、その轟音に動きを止めた。




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