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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
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10


 そうして再び会場へと向かえば、その場はまさに悲鳴があがる阿鼻叫喚絵図へと化していた。

 遅かったか、とアランが心の中で悔やむ。武装した一人が持つ銃から微かに硝煙があがっているのだ。

 誰かが撃たれた。だが急くように周囲を見回すも倒れている者はおらず、ならば外したのかと真っ青になる皆の視線の追えば……


「服に穴があいた」


 と、不満そうに脇腹をハタハタと手で払うデルドアがいた。

 いやいや、そんなまさか……とアランが小さく首を横に振り、再度緊迫した中で周囲を一度グルリと見回すと改めて皆の視線を追った。仕切り直しである。

 そうして視線を追えば、その先にはきっと撃たれた被害者が……いない。やはり視線がデルドアに辿り着く。

 いやいや、でもやっぱり違うはず。とアランが再度首を振って周囲を見回し……


「デルドアさん、もしかして撃たれました?」


 と、流石に現実を見ることにした。


「あぁ、撃たれた」

「やっぱり……その割には平然としてますけど、大丈夫なんですか?」

「そりゃ聖武器じゃないし、俺は魔銃の魔物だからな」


 当然だろ、と答え、それどころか「服に穴があいたけど」と衣服の文句を言う始末。これにはアランも心配していいのか分からず小さく溜息をつき、ガチャ!と響いた銃を構える音と、次いで聞こえてきた「化け物」という罵声に慌てて顔を上げた。

 見れば一人の男がデルドアに銃を向け、それどころか彼に対して怯えの表情と共に「この化け物!」と声を荒らげている。

 いったいなにを! と、そう吠えようとしたアランをデルドアが止める。


「おい止めろ、なに突っかかろうとしてるんだ」

「だって! あの人、貴方を化け物って!」

「魔物も化け物も似たようなもんだろ。お前達(人間)が決めた括りだ。なんて言われても構うもんか」

「でも、あんな風に露骨に怯えて……」


 そう呟き、アランが視線をそらす。許せないのは彼を化け物と罵倒した男だけではない、部屋の片隅で怯えていた令嬢や騎士達でさえデルドアを冷ややかに見ているのだ。

 まるで異質な者を見るような目で、恐怖の色さえ浮かべて……。

 そしてなにより、初めて彼の正体を知った時に自分も同じ視線を向けてしまったのかもしれないと考えればこの場に居る者達はもちろん自分すらも許せないのだ。

 だがそれをデルドアに言えるわけがなくしゅんと頭を垂れれば、何かを察したのかポンと頭上に彼の手が乗った。


「自分と違う者に奇異の視線を向けるのは当然だ。俺達だって魔物でも種類が違えば最初は警戒する。大事なのはその後だろ」

「……その後?」


 どういうことですか? とアランが顔を上げて問えば、デルドアが苦笑を浮かべて脇腹を指さした。

 撃たれた箇所。弾丸が抜けていったのだろう、服が裂けて穴から肌が見えている。だがその肌に傷はなく、これではまるで(はさみ)で服だけ切り取られてしまったようではないか。


「どう思う?」

「どうって……」


 デルドアに問われ、アランがジッと弾丸の跡を眺める。

 質の良い濃紺の布が破け、糸が散り散りに解れている。焦げ目すら見えてこれが生身の人間だったらと考えると思わず血の気が引く。

 だがデルドアは魔物で、それも人間の使う銃では痛くも痒くもないようだ。

 それどころか彼の肌には傷一つなく、服を見ても血が出た痕跡もない。そのうえ破けた場所は刺繍にはかかっておらず……これは……


「血抜きの必要もなし、あて布で修復できるかもしれない!」

「あぁ、そうだな」


 アランの回答にデルドアが満足そうに頷いて笑い、グリと一度強く頭を撫でた。

 そうしてふと笑みを一瞬強めると、楽しげだったはずの赤い瞳がゆっくりと悪どく細まって周囲に向けられる。


「だけど、魔銃の魔物(こ の 俺)に安い鉛玉を食らわせたのは許せないな」

「……わぁ、嫌な顔」


 なんとも楽しげでそれでいて悪辣とした笑みに、魔銃の魔物の本領を見たとアランが半歩下がった。

 デルドアの腕が己の背へと回される。それと共に聞こえてくる骨が軋むような異音と、ゴツゴツと(いびつ)に歪み始める彼の背中。その希有な光景に周囲から小さな悲鳴が聞こえてくるが、アランは目の前の光景にだけ集中しようと意識を彼だけに向けた。

 そうしてデルドアが己の背から二丁の銃を取り出すと、まるで見せつけるかのように盛大な音を立てて構えた。

 魔銃。文献にのみ残されたその名を知る者は、はたしてこの場に何人いるだろうか……。


「安い鉛玉の礼に、世界で唯一の弾を食らわせてやろう」


 悲鳴すらも今は心地よいのだろう、ニタリと笑うデルドアのなんと蠱惑的なことか。

 その無慈悲な発言に、その場にあった銃すべてが彼に向けられる。

 怯える令嬢より、逃げようとするターゲットより、それどころか騎士達よりも、この場において何よりデルドアを警戒すべきだと判断したのだ。


 それは半分正解であり、そして半分間違いである。

 いや、この状況下ともう一人の存在を考えるのであれば、見当違いな不正解と言えるかもしれない。

 確かにデルドアは魔銃の魔物でおおよそこの場において――ただ一人を覗いて――誰より警戒すべき存在である。彼が魔銃を取り出したのならなおのこと。

 そして同時に、彼が魔銃の魔物だからこそ、聖騎士でもない人間がいかに警戒をしてもすべて無駄でしかないのだ。これもまた、魔銃を取り出したのならなおのこと。

 そして更にロッカの存在を考えるのであれば、ここで警戒することも、ましてや銃を構えることもまったくもって無駄。むしろ自分の敵意を表しているのだ、これは愚策とさえ言えるかもしれない。

 現にロッカはアランとデルドアに銃を向けられていることが不満なのか、獣らしく唸るとカッと目を見開き空気を震わすほどの咆哮を上げた。


「ヴグゥルァアアアア!!」


 肌に触れる空気が痺れに似た振動を伝える。

 それほどまでに低く、腹に響く唸り。耳を痛めかねないほどの声。

 これが彼の口からでているのかと目の前で見ても信じられないほど、その声は勇ましく獰猛で、威圧感に体が竦む。

 誰もが悲鳴すらあげることも許されず、一瞬にしてその場にいる人間の顔から血の気が引いていった。


 この咆哮、もしも文献の通りなら……。

 そうアランが考えたのとほぼ同時に、何十もの、いや何百もの獣達の唸り声が会場内に響きわたった。圧迫されそうなほどの鳴き声、それでいて獣一匹の姿もない。

 この状況に誰もが恐怖すら覚える中、アランだけは静かに「やっぱり」と呟いた。


 獣王のみに許される、王だからこその一手。

 彼は亡き同胞すらも統べる王、そして周囲には王の咆哮を聞きつけた魂のみの獣達が集っているのだ。

 目の前の光景と、周囲に満ちる獣の唸り声と見えない気配にアランがゴクリと喉をならした。と、そんなアランの肩が小さく叩かれる。

 見ればこの事態に表情を強張らせたヴィグが、ロッカに視線を向けたまま「どういうことだ」と説明を求めてきた。


「ロッカちゃんは獣王の末裔だったんです」

「……えーっと、うん」

「分かりますよね、獣王の末裔です。聖騎士なら知っていて当然の魔物ですよ」

「わ、分かる。分かってる……も、持ち歩きやすくて美味いよな」

「掠りもしていない! 団長はもう少し資料を読むべきですよ!」

「歩く魔物図鑑が居るから大丈夫だ。で?」


 それで? と再度説明を求められ、歩く魔物図鑑( ア ラ ン )が溜息をつきつつも倣うようにロッカへと視線を向けた。

 グルグルと唸り声をあげる彼の周囲に白く濁った(もや)が集まり始めている。まるで指示を仰ぐように、忠誠を誓うように、周囲に集う靄はそれでいて一つたりともロッカの頭の高さを超えることはない。さながらそれは平伏しているように。


「ロッカちゃんは獣王の末裔。すべての獣は死してなお、彼に平伏し、戦う為に集まるんです」

「そういや、以前に魂を呼び起こす魔物がいるって話をしてたな。そうか、だからロッカちゃんはあの時に膨れてたのか」

「薄気味悪いとか言っちゃったなぁ、私。あとでお菓子買ってあげたら許してくれるかな」

「しかし、ロッカちゃんが獣王の末裔か……」


 ロッカを見つめるヴィグの眉間に皺が寄る。信じられないとでも言いたいのだろう。

 だが現にロッカの周囲には異質な靄があつまり、周囲に満ちる獣の唸り声がそこから発せられていると分かる。更にその靄がゆっくりと形を作っていくのだ。

 白く、汚れ一つない、純白の獣。

 獅子や虎をはじめとする獰猛なものから、鼠や兎といった小動物まで、まさにすべての生き物がゆっくりと靄から姿をあらわし、たった一人の王を囲む。


「……凄いな」

「えぇ、圧巻ですね。まさか本当に存在するなんて」

「誰一人、獣一匹たりともパンツが見えてることに言及しないのも凄いな」

「この場の空気が一切その件についての発言を許さぬものとして重圧をかけてきますね。でも……」


 彼なら、とアランがチラと視線をロッカからデルドアへと向けた。

 唯一この場において平然としていた彼は、魔銃を手にしながらロッカを囲む靄の獣達を眺め……


「ロッカ、なんでさっきからパンツ丸見えなんだ。腹冷やすぞ」


 と、期待に応える一言を放ってくれた。

 その瞬間、アランとヴィグの心が一つになる。


「やった! 流石はデルドアさん、空気を読まない!」


 ……と。


「え!? なにパンツって……ひゃー! いつから、いつから見えてた!?」

「いつって、戻ってきてからずっと」

「気付いたらすぐに言ってよ! それもこんな大勢の前で言うなんて……もう! 虎さん、ちょっとあいつのことガブって噛んじゃって!」


 キィ! と喚きながらロッカが近場にいた靄に命じれば、靄は揺れながらもゆっくりと虎の形を濃くし、ゆらりと屈強な足を進めてデルドアへと向かう。低く唸る威嚇の声。一歩進むごとにその輪郭がハッキリとしていく。

 まさに虎、それでいて異質。

 流石にデルドアも身の危険を感じたのか、それともこんな馬鹿馬鹿しい流れで仲間割れなどしていられないと考えたのか「おい、ちょっと待て」と虎とロッカを制した。


「俺にけしかけてどうする、あっちだろ」


 ほら、とデルドアが魔銃の銃口で指すのは、もちろん銃を構えてくる賊達である。もとより血の気の引いていた彼らの表情が一瞬にして更に青ざめたのは言うまでもなく、まさにこの世の終わりを告げられたと言いたげだ。

 そんなデルドアの言葉にロッカがあっさりと「そうだったね」と返した。王の判断を汲んだのか、それと同時に獣達が一瞬にして唸りをあげて周囲を威嚇しだすのだから統率力はさすがの一言である。


 もとより静まっていた会場内が、物音一つ許されない一瞬即発の重さを漂わす。


 その口火を切ったのは、雄々しく尻尾をたててパンツを丸見えにさせるロッカの「くしゅんっ!」という可愛らしいくしゃみであった。

 


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