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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
27/90


 見張りの男に銃口で背を押されつつ手荒い場へと向かう。

 廊下がシンと静まっているあたり会場外に居た者達は既に逃げたか、それとも他の部屋に押し込められているのか。前者であればすぐに救援を望めそうだが、後者であればこの事件が外部に知られているかすら定かではない。


 そんな事を考えつつ歩き手荒い場にたどり着けば、気弱な令嬢を前にしてか調子にのった男が「手伝ってやろうか?」と下品な冗談を言って寄越してきた。これに対してロッカが「そんな!」とわざとらしく、そして令嬢らしく声を荒らげて首を振る。このパッションピンク、名女優である。

 そうして何度か「そんな」だの「イヤだわ」だのと声をあげた後、まるで恥ずかしがる令嬢と言った様子で両手で頬を押さえながら


「そんなはしたない冗談、仰らないでっ!」


 と、見事な踵落としを繰り出した。


 そう、踵落としである。


 右足を高らかに上げ、迷いなく一直線に落とす。哀れ男はロッカの踵を脳天にくらい、そのまま地面に叩きつけられた。

 えげつない……とは、その一部始終を見ていたアランの心からの感想である。それほどまでにロッカの踵落としが綺麗に決まったのだ。


「キャー! パンツ見られちゃったかな!?」

「本人はそれどころじゃないと思うけど……耳から血が出てるし」


 ぴくりとも動かず床に倒れ込む男を念のためにと手荒い場へ引きずりこめば、ロッカが「最後に見た光景が僕のパンツなら悔いは無かろう」と一切の同情も慈悲もない判定を下す。

 もっとも、アランとてその過程こそ終始呆れてはいたが、男の結末に関して言うならば自業自得の一言である。


「咄嗟に出てきちゃったけど、どうしようか?」


 倒れている男から銃やら何やら頂戴しつつロッカが尋ねてくる。どうやら抜け出しこそしたが無計画だったようで、それでも普段通りの明るさで尋ねてくるのだからこれにはアランも拍子抜けである。

 思わずキョトンと目を丸くしてしまう。ロッカの場違いなまでの明るさに、危うく床に倒れて耳から血を流す男に同情し掛けてしまうところだ。


「全員無事に逃がせれば良いんだけど。まぁ、最悪騎士達は自分で戦って自力で逃げだせって感じかな」

「アランちゃん、そういうとこ捻くれてるよね」

「お財布の中身を確認している魔物には言われたくないなぁ」

「当分は美味しいものが食べられそう!」


 やったぁ!と傍目から見ればまるで咲き誇る花のような愛らしい笑顔を浮かべ、ロッカが男物の財布を自分のポケットにしまう。その仕草に思わずアランが冷ややかな視線を送るも、まぁこれも自業自得かとあえて咎めずにいた。

 ――けっして「アランちゃんなに食べに行こっか!」と誘われたからではない……――


 そんなロッカに呆れつつもアランが「それで」と話を改めたのは、冗談も長く続けてはいられないからだ。時間がかかれば不審に思って男の仲間が呼びにくるかもしれないし、会場内で何か動きがあるかもしれない。

 ロッカも同じ事を考えたのか、アランと顔を見合わせると一度深く頷いて返した。


「せめて戦えない人達を逃がす方法を……でも早く戻らなきゃ逃げたと思われるし」

「もしくはこの状況下でもお腹の調子がいいって思われるかだね」

「早急に行動に移さなくては!」


 年頃の少女として、聖騎士として、そんなもの関係なく一人の人間として、不名誉なイメージを抱かれることは避けなくては!とアランが慌てて考えを巡らせる。

 何か、今の身動きのとれない状況を打開する作戦を……。そう考えつつスカートを巻くし上げて太股に括り付けた聖武器に手を掛ける。もちろん、ロッカには背を向けさせ、こちらを向かないように告げるのは忘れない。

 ――どんなに見た目が愛らしく花のような美少女とはいえ、彼は男。それも自分の外観を利用するという、ある意味でそこいらの男以上に男らしさを感じさせるほどだ――

 そうして小気味よい音を立てて対の短剣を抜き取れば、ロッカが「もういーい?」と間延びした声と共に振り返り、パッとその表情を明るくさせた。


「アランちゃんも戦うんだね」

「……うん? そりゃもちろん」


 当然でしょ、と返してスカートを整える。いったい彼はなにを言っているのか、どうして嬉しそうに「立派だね」と言ってくるのか、アランにはさっぱり分からない。聖騎士なのだからこの状況下で戦う以外の選択肢はない。

 もしかしてドレスだからだろうか? 確かに動きにくいし、出来れば着替えたいけれど……と、そんな明後日な考えすら浮かぶ。

 だが今はロッカの言葉の意図を確認している場合ではない。早くしないと会場は刻一刻と状況を悪くしているはずだし……なにより、時間がかかればお腹の調子がいいと思われかねないのだ。


「とりあえず、とらわれてる人達を逃がそう」

「それなら僕に任せて!」


 ピョコ! と勢いよくロッカが手を挙げる。その堂々とした立候補に思わずアランが目を丸くさせて彼を見た。


「何か策があるの?」

「うん、アランちゃんが一緒なら出来るよ!」

「……私も手伝うこと?」

「うぅん、僕がやるの。というか、僕にしか出来ないこと!」


 意気込むようにロッカが宣言する。対してアランは話がさっぱり分からず首を傾げるしかない。

 彼にしか出来ないことと言うのなら、どうして自分が一緒でなければならないのか。そう視線で尋ねれば、ロッカが柔らかく微笑んでアランの手を取った。

 暖かく、柔らかい細い指。まるで少女のようであり、それでいて実際に触れれば節が太く微かに男を感じさせる。デルドアやヴィグのような大きく逞しく男らしい手とは違う、それでも包み込むように柔く握りしめてくる男の手。

 キュっと軽く握られ、アランが呆然としたままロッカの顔を見た。赤い瞳、長い睫、まるで見惚れるような愛らしさと、その中に感じる包容力。


「……ロッカちゃん?」

「アランちゃん、僕の正体が何であっても、今まで通りでいてくれる?」

「……何であっても?」


 どういう意味かと問おうと口を開き掛け、アランが息を呑んで目を見張った。

 ロッカの瞳が赤味を濃くし、まるで獣のような獰猛さすら覚える深い色に変わる。グルル……と聞こえてくるのは獣の唸り声で、その音は間違いなく正面に居るロッカから聞こえてくる。

 視線を交わしているだけで喉元を喰い破かれかねない幻覚に襲われ、自然と体が強張る。亜種の熊を前にした時よりも、いや、あの時の感覚など今となっては鼻で笑えるほど、捕食者を前にした圧倒的な恐怖が体に絡みつく。


「ロ、ロッカちゃん……」

「アランちゃん、怖がらないで。あのね、これが僕の本当の姿……本当の獣の姿なの……!」


 そう告げた瞬間、ロッカの体からザワと毛が波打つような音が響き彼の姿が変わっていく。それは時間にすればほんの数秒、十秒にも満たない短さであっただろう。だがアランには一秒一秒が何分にも引き延ばされているかのように感じられ、まるで見せつけられているかのような光景であった。

 ロッカの栗色の髪がふわりと揺れる。その頭部にはピンと立つ獣らしい耳。首回りは獅子のたてがみのような柔らかな毛が覆い、繋いでいた手が逞しい――そして一部ふかふかの――獣の手へと変わる。

 その変わりようにアランが目を丸くさせ、繋いでいた手を思わず引いた。


「……アランちゃん、怖がらないで」


 クルルル……と小さく獣らしい声をあげ、ロッカがアランに手を伸ばす。

 だがそれを受け入れられるわけがなく、アランが振り払うように首を横に振った。赤い瞳が切なげに細まる、頭部の獣を模した耳がペタリと伏せ、全身で悲しみを訴えている。

 だがそれに気遣ってやれるほどの余裕は今のアランにはない。なにせロッカの姿が変わっているのだ。まるで美少女と言わんばかりの外観が、今は獣の耳と首もとにふわふわのたてがみ、手首から先はこれまたふわふわの毛で覆われ、伸ばされた手のひらにはピンクの肉球が見える……。


「怖い……」


 思わずアランが膝から崩れ落ちかけ……ギリギリのところで洗面台にもたれ掛かった。一応、ここは手荒い場、たとえ目の前で美少女がネコミミ美少女に変身したとは言え、さすがに床に崩れ落ちるわけにはいかない。

 ……精神的には崩れ落ちるどころか、穴を掘って下の階に逃避したいぐらいではあるが。


「パ、パッションピンクがいよいよをもって紅一点の私を殺しにかかってきた……なんて恐ろしい、このネコミミ美少女恐ろしい……」

「違うよ! ネコじゃないし、僕女の子じゃないし、何一つ合ってないよ! というか、今はそんなこと話してる場合じゃないし、アランちゃんなら僕のこの姿で分かるでしょ!?」

「ごめん、猫種まではちょっと分からないや」

「猫じゃないってば!」


 フー! と唸り声をあげてロッカが訴える。

 毛を逆立てるその姿もまた直視しがたい愛らしさである。……が、確かに頭部に生えた耳は一般的な猫に比べて厚みがあり、なにより首元のフカフカのたてがみは猫というよりまるで……と、その姿から想像できる動物に改めてアランがロッカの名前を呼んだ。


 まさか彼の正体は獣の中の王、それも……


「まさか、獣王(じゅうおう)末裔(まつえい)……?」


 ポツリと呟いたアランの言葉に満足そうにロッカが頷けば、先程まで寝ていた獣の耳がピョコンと跳ね上がった。


 獣王。全ての獣を統べる王。

 単独での戦闘力こそ獣の域だが、王たる統率力と、なにより獣王にのみ与えられた能力が集団戦において何よりの恐怖とされていた。

 獣王が敵と見なせば幾百の獣が死をも恐れず襲いかかり、そして一度の咆哮で死を恐れる必要のない獣達までもが牙を剥くのだ。

 その異質すぎる能力から信憑性すら疑われていた存在。その末裔を前に、アランが数度瞬きを繰り返した。

 ロッカが獣王の末裔、獣王の能力を正当に引き継ぐ現代の獣王……小動物のような愛らしさの彼の中にはとんでもない獣がいたのだ。


「アランちゃん、まだ僕のこと怖い?」


 小首を傾げて尋ねてくるロッカに、アランが呆然としたまま……それでもフルフルと首を横に振った。


「びっくりしたけど、怖くはない……かな」

「本当!?」


 パァ! と周囲に花が咲き誇らんばかりに表情を明るくさせ、ロッカが感極まったと抱きついてくる。

 飛びかかられ抵抗も出来ず、たてがみに顔を埋めたアランが「もふっ!」と声をあげた。なにせもふもふなのだ、もふもふのふかふかで、そのうえ太陽のような暖かな匂いもする。

 これはマズい! とアランが慌ててロッカから離れたのは、このまま顔を埋めていれば離れられなくなるからである。肉球なんぞ触ったら最後、三時間たっぷり堪能コースである。


「と、とりあえず落ち着いて……ロッカちゃんが獣王の末裔ってことで……だから、そうか、あれが使える」


 はたと我に返ったように呟けば、ロッカが「任せて!」と笑う。

 どうやら今の彼はやる気に満ちているようで、太くしなやか尻尾がビョン! と勢いよく跳ね上がった。……ドレスのスカートをめくり上げながら。


「ロ、ロッカちゃん……」

「行こうアランちゃん! 奴らを混乱させて、その間に皆を逃がそう!」

「う、うん。でもその前に尻尾が……」

「僕、久々にやるけどアランちゃんが一緒なら大丈夫!」


 ロッカが意気込めば、それにあわせて尻尾の先端にある毛の固まりがブワっと膨れ上がる。

 これもまた獅子のような尻尾ではないか。勇ましくそそり立つその尾はまさに獣らしく、王の威厳すら感じられる。……の、だろう。本来であれば。

 少なくとも、ドレスのスカートを捲り上げて下に履いているカボチャパンツを丸見えにさせていなければ。


 だがそんな自分の状況に気付いていないのだろう、グルルルと唸りをあげるやロッカがアランの手を掴み「行こう!」と手荒い場を飛び出した。

 ……パンツが丸見えのまま。



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[一言] 手洗い場が全て手荒い場になってます
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