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再びパーティー会場へと戻れば、いまだ幸せな夫婦を祝うムードで溢れかえっていた。賊との繋がりだのギルドだのといった物騒なやりとりがまるで嘘のようではないか。
そんな幸せな空気にのまれることもできず、かといって逃げることも許されず、アランはしばらく会場内をふらふらと彷徨い、結果的には壁際に陣取った。ひと目から僅かに離れた会場の隅、ここしか居場所がないと考えれば惨めさが頭をもたげる。
小さく溜息をつけば、こちらに気付いたヴィグがグラスを二つ手にとって寄ってきた。
「あいつらは?」
「ちょっと席を外すって」
「相変わらず自由だなぁ」
「まぁ、魔物ですから」
人間ではない彼等にパーティーのマナーなどあるわけがない。
たとえ今からクロードとリコットが挨拶しようが、それどころか国のトップに立つ者達が祝いの言葉を述べようがお構いなしなのだ。
「外の空気が吸いたい」だの「食べ過ぎたから動いてくる」だのといった、まったく勝手な都合で臆することも周囲の視線を気にすることもなく出て行ってしまう。その自由さのなんと羨ましく目映いことか。
一緒に行くかと誘われても首を横に振るしかなかったアランが眉尻を下げて壇上を見上げれば、来客に挨拶をする父の姿が見えた。ついていけば良かった、お構いなしに外に出れば良かった、と出来るわけのない後悔が募る。
そうして告げられる挨拶はさすがコートレス家当主と言えるものだった。
今日を祝うために集まった者達への礼を告げ、自分の手を離れる娘、そして夫となるクロードへ祝いの言葉を告げる。そして改めて来賓に感謝を述べると共に二人を見守ってもらえるように告げて締めの言葉で終わらせる。
礼儀を欠くことなく、それでいて在り来たりな言葉を使うでもない。まさに胸の内から出たというその言葉にリコットはもちろんクロードも目頭を押さえ、それどころか会場内からも啜り泣く声が聞こえてくる。
それほど父親の挨拶は感動的で、そしてこの会場内が祝いの空気で満ちているということだ。
もっとも、壁の花に徹して取り残されていたアランには当主の挨拶もまったく胸に響いてこない。むしろ自分の惨めさに泣きたくなるくらいだ。
だが隣に立つヴィグはそうでもないらしく、感銘を受けたと言わんばかりに「すばらしい」とポツリと漏らした。
自分の家はもちろん、コートレス家も嫌っている彼が珍しい……と思わずアランが隣に視線を向ける。
「俺もアランが嫁に行くときは立派な挨拶で見送ってやるからな」
「父親ですか」
「あ、でももちろん相手が挨拶に来たときは一発殴るから」
「頑固な父親ですか」
「……聖武器はめて殴る必要があるかもな」
「……は?!」
ニンマリと笑うヴィグの言葉に思わずアランが声をあげる。
その反応すらも楽しいと言いたげなヴィグの笑みのなんと憎らしいことか……。自分の考えを見透かされているような居心地の悪さにアランがわざとらしく咳払いをし「挨拶中のおしゃべりはマナー違反ですよ」とヴィグを窘めた。
もちろん、熱をもちはじめた頬をハタハタと仰ぎながら。
そんなアランの動揺もお構いなしにパーティーがすすみ、ちょうどクロードとリコットが家族と共に国内の上位権力者達に挨拶し始めたとき。
ガタン!
と耳障りな音をたてて開かれた扉に誰もがが視線を向け、そして目を見開いた。
銃を構えた男が数人、パーティーの場には不釣り合いなほど武装した姿で扉を陣取っているのだ。
明らかに異質。まさに好まれぬ侵入者と言わんばかりのその風貌に会場内が一瞬にしてざわつき、次いで響きわたった銃声に悲鳴に変わった。
「あらまぁ」
とは、いつの間にか戻ってケーキを頬張っていたロッカ。隣で肉料理に舌鼓を打っていたデルドアが一転して面倒くさそうに舌打ちをする。
この状況下においてなんとも露骨すぎる反応ではないか。突然の乱入に目を丸くさせ、それでも条件反射で腰に下げた長剣に手をかけるヴィグや、同じように腰元の聖武器に手をかけようとし……手応えがなくパタパタとスカートを叩くアランとは正反対である。
「あれぇ、今日はなにもしないんじゃなかったの?」
「だよな。せっかく今から酒を飲もうと思ったのに台無しだ」
「お前達ちょっとは空気を読もうな。あとアラン、お前は落ち着け。パタパタしない」
まさに混乱といった中、壁際に陣取る三人だけが酷く冷静に会話を交わす。――アランは別である。なにせいまだ聖武器に手を掛けようとパタパタしているのだ――
だが再び銃声が響けば混乱も止み、三人も口を噤む。
天井に向けられた発砲は威嚇の意味なのだろう、パラと天井の一部が掛けて落ちてくる。その効果は絶大で、先程まで悲鳴や戸惑いの声で溢れかえっていた会場内が一瞬にして水を打ったように静まりかえった。
その間も武装した男たちが次から次へと会場内に入ってくる。
もっとも、会場内には騎士もいる。騎士の名家コートレス家とラグダル家のパーティーなのだから、歴戦の将から入隊したての新人まで、非番の者は全てこの場に顔を出していると言っても良い。
例え銃を持っていても、さすがに数の利はこちらに……と、そう誰もが考えただろう。だがそんな期待も、仲間に武器を突きつけられて顔を青ざめさせる騎士の姿に崩れていく。
つまるところ、裏切りである。それも数から見て相当数。
これには誰もがこの光景に目を丸くさせた。仲間だと思っていた人物から武器を突きつけられている騎士は尚更、信じられないと表情を驚愕に変え、中には悲痛そうに友の名を呼ぶ者すらいる。
もっとも、それでも壁際の三人はどこ吹く風。ロッカに至ってはいまだにケーキを頬張り、それどころか食べ足りないと追加を取ってこようとして流石にヴィグに止められた。
「どう考えたって国を恨んでて裏切りそうな聖騎士団には一切裏切りのお誘いがこなかったんだが、これって賊にもハブられたってことか?」
「それは今考えることか?」
「仲間外れはいけないよねぇー」
「なー、ロッカちゃんもそう思うよな。あとアラン、だから落ちつけって。パタパタするな。本当、人間相手だと使えないな」
いまだパニック状態で聖武器に手を掛けようとパタパタとスカートをはたくアランに、ヴィグが盛大に溜息をつく。
そうしてデルドアの腕を掴むと、アランの頭上まで掲げて手を離した。叩いたりぶったりするような威力もなく、ぽふと軽い音をたててデルドアの手が赤い髪に落とされる。
それを受けてアランがパチパチと瞬きをした。同様にデルドアもわけが分からないと不思議そうにヴィグに視線を向けるが、彼から発せられたのは「もう一回」という言葉だ。言われたデルドアが怪訝そうに、それでも再度ぽふとアランの頭に軽く手を置く。
「おいヴィグ、いったい何だ」
「あ、私今日ドレスの下に聖武器を仕込んでたんだ」
「……なんで今ので冷静になる」
パタパタしていたのをやめ冷静に「下着が見えちゃうなぁ」と話すアランに、当然だがデルドアが眉間に皺を寄せる。そうして彼が「叩けば直るのか」と結論付けるも、さすがにこれにはアランも訂正をかけた。
混乱するたびに叩かれてはたまったものではない。……まぁ、デルドアならばその通りなのだが。
「別に何でも叩けばいいってわけじゃありませんよ。たださっきまで私は武装した人間相手に混乱してたんです」
「だからって何で俺が頭を……あぁ」
言い掛けた言葉を飲み込み、変わりに「そうか」とデルドアが呟く。
「聖武器の加護か」
「そうです。さっきまで人間相手にアワアワしてパタパタしてましたけど、デルドアさんに頭を叩かれたことで対人間から対魔物に切り替わって聖武器の加護で冷静さを取り戻しました」
「つまり俺が叩いたら直るってことだな」
「むぐぅ……」
完璧には否定出来ずアランが口を噤む。認めるのは癪だが、事実その通りなのだ。だがそれを認めるのも不服で「今はそんなこと話している場合じゃありません」と話題をそらした。
事実、今はもっと話題にすべきことがある……というより、緊迫感に包まれているこの会場内の空気を考えると話をしている時ではない気もするが。
「それで、ギルドから仕事を受けてるデルドアさんとロッカちゃんはどうするんですか? ギルドから、仕事を、受けてる」
「押しつけるような言い方をするな。くそ、偵察だけだから引き受けたのに」
「追加料金とれるかなぁ」
相変わらず余裕を感じさせる二人のやりとりに盛大に溜息をつきつつもアランが会場内を見回す。
数人を名指しして前に出させ、あとの者は一角に集めているあたり今すぐに不要な人物を皆殺し……などという物騒な真似はしないのだろう。もっとも、騎士や体躯の良い男に対して監視を強めているあたり動きにくいことに変わりはないのだが。
と、そんなことを考えていると武装した男が二人、銃を構えて近付いてきた。
「そこの四人、こっちに来い」
そう銃口で指すように言われれば従わざるを得なく、促されるままに歩き……アランとロッカのみ令嬢や婦人達の集団に混ざるように命じられた。
いわゆる、無力な人質グループである。
「……まぁ、妥当な判断かなと」
「ぷぅ」
扱いが不服なのだろう、ロッカがプクと頬を膨らませる。見ればヴィグとデルドアは徹底警戒と言わんばかりに銃口を向けられているではないか。
もちろんそれは見た目から考えれば当然のこと。なにせヴィグとデルドアは体躯もよく、まさに立派な成人男性。ヴィグに至っては騎士の長剣を携えている。対してアランもロッカもドレスを着ている、だれが見ても良いとこのご令嬢、戦力はゼロだ。
「ところで、すっごい今更なんだけどどうしてロッカちゃんドレス着てるの?」
「それを今聞くの?」
「今以外だと聞き逃しそうだから。他に話すこともないし」
「別にドレスを選んだわけじゃないんだよ。でもデルドアと一緒に仕立屋さんに言って「パーティー用の洋服ください!」って言ったらこうなったの」
「店に罪はない。むしろそれで着ちゃうのはどうなの?」
「似合ってるから良いの!」
ドヤ!とロッカが誇らしげに言い切れば、アランが「そんなものなのか」と頷いて返す。確かにロッカのドレスは似合っているし、本人がこう言っているのなら外野が口を挟むことではないのだろう。
そんな会話を交わしていると、ヒョイとロッカが手を挙げた。等間隔に配置され、不振な動きをしないようにと銃を見せつけるように構えていた男達が数人気付き、こちらに視線と銃口を向ける。
「どうした?」
「あ、あのぉ……」
らしくなく俯いて言いよどみ、ロッカが頬を赤らめる。
そうしてモジモジと足を擦るその仕草の可愛らしさと言ったらなく、何かを察したのか銃口を向けていた男がクツクツと笑みをかみ殺した。
「これだからお嬢様は…」と、この期に及んで生理現象を言い出せない令嬢をあざ笑う。
「仕方ねぇ、立て」
男が銃口を揺らして命じれば、それに対してロッカが震えながらゆっくりと立ち上がった。その際にアランの手を握りながらなのは「怖いから一緒に着いてきて」ということなのだろう。
それに対して更に男の嫌みな笑みが強まるが、対してアランはなるほどと小さく心の中で呟いて、そして表情は弱々しく取り繕って立ち上がった。
不安げな表情でわざとらしくロッカと身を寄せ合えば、まさに只の令嬢、裏切り者の騎士達の中で「代替騎も所詮は女だ」と嘲笑が聞こえてくる。警戒するでもないその様子はアランを舐めている証だ。
もっとも、今だけはそれが逆に好都合であり、見張りの男一人に命じられるように会場を後にした。
チラと横目で見たヴィグとデルドアが俯いていたのは、きっとこの茶番に笑いを堪えるためなのだろう。