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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
25/90



 一部では哀れな男を出しつつ、パーティーは華やかに、そして穏やかな雰囲気の中まさに”楽しく・めでたく”進んでいった。

 元々重要な関係者や親族には事前に婚約を伝え、懇親を深めるための場は幾度となく設けられていたのだ。堅苦しい挨拶を抜きにしたこの空気は、なんとも若い二人らしく楽しげなものである。

――もちろんだが、設けられた懇親の場の一度たりとてアランは呼ばれていなかった。なにせ祝いの場に聖騎士は縁起が悪く、なにより両家の親達はアランとクロードの仲を知っていたのだ。呼べるわけがない――

 それが分かっているからこそアランも家族には近付かず、リコットにも場の混雑に紛れるようにして一言二言告げて囲む輪を後にした。


 次兄の申し訳なさそうな視線が胸に刺さる。どうして自分一人だけが家族の輪を離れなければならないのか……。

 本来であれば(次兄)が聖騎士を継ぐはずだったのだ。それが事情が変わり、本来聖騎士を次ぐと共に受けるはずの恩恵も何もなく聖騎士を押しつけられた。

「代替騎」の由来……それを考えれば押し込め隠していた惨めさが頭をもたげはじめ、アランが逃げるようにその場を去ろうとし、ドン!と盛大に誰かにぶつかった。

 それも、鼻先をぶつけるように。

 思わず「ふぎゃ!」と間の抜けた声をあげてしまう。が、不思議とぶつけた鼻は痛くない。勢いよくぶつかっていったのに……と、そこまで考え、それよりもぶつかった相手に謝らなくてはと慌てて顔を上げ、


「デルドアさん……」


 と、見知った人物の名を呼んだ。


「どうしたんですか?」

「そっちからぶつかってきたくせに」

「あぁ、そうでした。申し訳ありません」


 ペコと頭を下げて謝罪すれば、元々怒ってもいなかったのだろうデルドアが小さく頷いて返す。

 なるほど、彼が相手だったからぶつかっても痛くなかったのか……と、そんなことを鼻をさすりつつ考えながら彼を見上げれば、どういうわけかこの華やかなパーティーにおいても彼は浮かれることなく赤い瞳でじっと一点を見つめていた。

 その視線を追えば、二人の男の姿。恰幅の良い男と、その隣には使いだろうか細身の小柄な男。恰幅の良い男は見て分かるほど質の良い服や装飾品を身につけているが……まぁ、アランからしてみれば若干くどいというのが正直な感想である。むしろはっきり言ってしまえば成金趣味と言えるだろう。

 といっても成金趣味は社交界ではさして珍しいわけではなく、彼がいったいどうしたのかと再びデルドアに視線を向けた。


「知り合いですか?」

「あんな趣味の悪い知り合いはいない」

「魔物の感覚でもあれは趣味が悪いんですね」

「人間共の物の価値はいまいち分からないが、あそこまでギラギラしてれば流石にな。まぁでもロッカの友人は喜んで飛びつきそうだ」

「へぇ、それは変わった趣味の方ですね」

「黒くて羽があってよく空を飛んでる」

「カラスか」


 なるほど、とアランが頷く。確かに光り物を集める習性のカラスであれば、これでもかと金属を身につけたあの成金男はまさに好みだろう。飛びつく……というよりは群で襲いかかるに近いが、それでも堪らないはずだ。

 しかし、カラスが友人って……。


「お、移動するな。行くぞ」

「……え?」


 返事を待つこともなく当然のように歩き出すデルドアに、アランが「私も?」と目を丸くさせる。

 だがそれで彼が考えを改めることも、ましてや立ち止まってくれることもない。品の良い革靴でスタスタと先を歩いてしまう。おまけに「さっさとしろ」の一言。

 これは異論を唱えても無駄か、とアランが判断し「待ってくださいよ!」と彼を追いかけた。



「仕事であの人を調べてるんですか?」

「ギルドから依頼があってな。パーティー潜入だからそこいらのゴロツキには頼めないだろ」

「なるほど、確かに貴方とロッカちゃんなら見た目は上流階級だし、パーティーに潜り込むにはもってこいですね」

「それにコートレス家とロブスワーク家に知り合いがいるって言ったら話がまわってきた」

「ひとの家名を!」


 そんな会話を交わしつつ、件の二人を追うように歩く。


 ギルド、というのは簡単に言えば組合。騎士が家柄だの身分だのに拘るのに対して、ギルドはどんな人間でも――デルドアとロッカが所属しているあたり、どんな人間(・・・・・)どころではないが――実力があれば登録できる。そして依頼される仕事もぴんからきりまでと言う、いわば何でも有りの斡旋所である。

 もっとも、雑用三昧のあげく何でも屋と化している聖騎士団からしてみれば、何でも有りの斡旋所と言えどギルドの依頼の方がそれらしくもあるのだが……。


 ちなみにギルドと騎士団の仲は悪い。かたや「国の犬がお高くとまって」と、かたや「ゴロツキ共が偉そうに」と、こんなところだ。

 もっとも、騎士と言えど聖騎士団はお高くとまっているわけでもさして国への忠誠心があるわけでもなく、ギルドに対して嫌悪感や不信感もない。

 むしろ、よく足を運ぶ大衆食堂はギルド関係者も頻繁に顔を出す店だ。騎士から蔑まれる聖騎士団にとって、同じ騎士の名を名乗る者よりゴロツキの方が気が休まるのだ。


「それで良いのか、聖騎士団」

「それで良いんです、聖騎士団。むしろ働いたら働いた分だけ認めてくれるギルドの方が羨ましいですよ……おっと」


 前を歩く二人組がピタリと足を止め、入念深く周囲を窺うと一室へと入っていった。

 あからさまな怪しさに、曲がり角に身を寄せてその光景を見ていたアランとデルドアが顔を見合わせる。


「……なんなんですか、あの二人。そもそも、どういう依頼があったんですか?」

「賊と組んでるって噂があってな」

「賊!?」


 デルドアから発せられた不穏な言葉にアランが思わず声をあげ……慌ててパタと口を押さえた。

「すみません」と視線で謝れば、ジロリと睨み返してくるのは「気をつけろ」ということだろうか。


「……なんか、とんでもないことを聞いた気がするんですが」

「あのおっさんが賊の頭と繋がっているんじゃないかって話があってな、その取引が今日このパーティーに紛れて行われるんじゃないかと言われてる。それでギルドから協力者を探れと依頼が来たわけだ」

「さらっと説明してくれてますけど、それって他人に聞かせて良い情報じゃありませんよね?」

「関係者のみ情報開示が許されている」

「あ、なんか巻き込まれた感じ」


 聞かなきゃ良かった、と恨めしげに睨みつければ、それを察したデルドアがしてやったりと笑う。その笑みに対してアランは諦めにも似た感覚を覚え、ガチャンと音をたてて開いたドアに意識を向けた。

 件の二人が出てくる。周囲を気にしているあたりやはり何かやましいことを企んでいるのか。アランが身を乗り出して二人組の様子を窺えば、デルドアが「まずいな」と呟いた。


「こっちに来る」

「えぇ、来ますね。見つからないうちに私達も移動しますか?」

「そうしたいところだが、反対側からも人が来る。ロッカが追っているやつだ」

「つまり逃げ場なし?」


 それってまずくないですか? と見上げて問えば、返ってきたのは「まずいに決まってるだろ」の言葉。

 件の二人組は周囲を気にしており、とりわけここは人気がない。パーティーのにぎやかさから離れたこの場所は鉢合わせになれば疑われる可能性もある。

 参ったな、とこの期に及んでどこか余裕を感じさせるデルドアに、アランはどうしたものかと考えを巡らせ……「苦肉の策です」と小さく呟いた。そうしてデルドアの襟を掴み引き寄せる。


「アラン?」


 デルドアが僅かに目を丸くする。

 だがそれに答えず更にグイと彼を引き寄せ、自分の背を壁につけた。傍目には、まるでアランが彼に追い詰められているようにも見えるだろう。


「どうした?」

「良いですか、あの二人かそれとも反対から来る人か、どちらにしろ誰かがここを通って私達を訝しげに見てきたら……」


 こう言ってください、と、そうアランが告げた言葉を聞いて、デルドアが「なるほど」と笑みを浮かべた。

 そうして数秒すれば足音が大きくなってくる。アランの心臓が跳ね上がり、バレやしないか怪しまれやしないかと思考が回り出す。なにより、自分で提案したとはいえ、デルドアに迫られているようなこの体制が鼓動を更に速まらせる。

 きっと顔が真っ赤になっている……そう考えれば恥ずかしさが増し、せめて顔を見られまいと俯いた。


 そうして横目でチラと視線を逃がせば、道の先に二人分の靴が映り込む。

 来た。そう考えると同時に自然と体が強ばり、彼の襟首を掴む手に力が入る。

 靴が止まるのはやはり怪しまれているからか。逃げれば良かったと今更ながらな後悔が浮かび、アランが不安げにデルドアを見上げた瞬間、


「気の利かない方々だ」


 と、不満そうな彼の声が聞こえ、次いで背に腕が回りグイと強く抱きしめられた。ピッタリと体がくっつき、彼の心音が体越しに伝わってくる。

 端から見れば人目を忍んだ恋人達の逢瀬に見えるのだろう「おっと失礼」というどこか茶化すような声が聞こえ、足音が消えていく。

 それに安堵していいやら、それともこの抱擁に慌てればいいのか、真逆の感覚にアランの思考が容量オーバーを訴えだせば、再び背に回る腕が抱き寄せてきた。密着したデルドアの体はまさに男と言った逞しさで、ほのかに香る硝煙の匂いがなんとも彼らしい。


 だが今はそんなことを気にかけている場合ではない、なにせ別の靴音が聞こえてきたのだ。そうだ、この靴音に意識を向けなくては……と、頭の中の混乱を思考の隅に追いやれば「頑張れよ、色男!」という冷やかしの声が聞こえ、どこか足早に靴音が消えていった。

 今度の人物は気が利いていたようだ。

 そうして靴音が完璧に聞こえなくなると、アランはすぐさまデルドアの腕からすり抜け、後ずさるように距離をとった。その早さ、まるで逃げる野良猫のごとく。


「その拒絶ぶり、割と傷つくんだが」

「すみません、自分で言い出しておいて許容量を越えました」

「だが上手くいったな。やりすごせた」


 デルドアが満足げに頷く。その表情に先程の抱擁を気にする様子はなく、アランが小さく溜息をつきつつ彼を見上げれば「あれ、二人ともどうしたの」と覚えのある声が聞こえてきた。

 見ればロッカが首を傾げてこちらを見ている。頭にまだ白い花が飾られているのは、果たして気に入っているからか、それともまだ哀れな男を増やすつもりなのか。


「ターゲットを追跡してた、お前だってそうだろ?」

「んー、そうしたいんだけどねぇ」


 それがねぇと間延びした愛らしい声色に困惑の色をみせつつ、ロッカがチラと背後を振り返った。

 いったい何だとアランとデルドアがそれを追えば、僅かに距離を置いた先でチラチラとこちらを見る男が数人。おかしなところで立ち止まって髪を直したり上着を払ったりしている。「たまたま通りかかった」とでも言いたげなその白々しさと言ったらなく、漏れ無く先程ロッカに骨抜きにされた男達だというのは言うまでもない。


「ロッカちゃん抜きすぎだよ、返してあげなよ、骨」

「土に埋めちゃった」


 えへ、と誤魔化すようにロッカが笑う。その表情は愛らしいの一言に尽きるが、ゆえにこの有様なのかと思えば恐ろしくもある。


「そうだ、デルドアさんがロッカちゃんを抱きしめたらどうですか? 恋人がいるって勘違いして諦めるかもしれませんよ。なんて……」


 ザァ…と冷ややかな風が吹き抜けた。ような気がした。

 冗談めいたアランの提案に対し、デルドアとロッカの表情のなんと酷いことか。眉間に皺を寄せ、怪訝そう引きつった口元は「なにを言ってるんだこいつ」と口に出しているようなもの。

 その冷ややかさに慌てて「冗談ですよ」とフォローを入れたのは、訂正しなければ無理矢理にでも医者に連れて行かれかねないほどだからだ。


「薄ら寒いこと言うな、どうして俺がロッカを。俺だって相手を選ぶ」

「うへぇ、想像しちゃったよぉ」


 二人揃ってげんなりと表情をしかめ、互いに「ありえない」と完全否定する。

 見た目こそまるで理想のカップルのような美男美少女だが、中身は二人ともしっかりと男なのだ。抱き合うなど冗談でも想像したくないのだろう。

 そんな二人の反応にアランが苦笑をうかべつつ「会場に戻りましょうか」と促した。

 追っていた二人組もどこかへ行ってしまったし、ロッカも今の状態ではろくに尾行もできないだろう。

 そうして先導するように歩き出せば、パタパタと駆け寄ってきたロッカがひょいとアランの顔を覗き込み、不思議そうに首を傾げた。


「アランちゃん、どうしたの?」

「な、なにが?」

「顔が真っ赤だよ」

「……そう?」


 気のせいじゃない? と誤魔化しつつ、アランが歩く足を早める。隣ではロッカが頭上に疑問符をとばしながらもこちらを眺め、背後からはデルドアがゆったりとした足取りで着いてくる。

 高い身長と、なによりその長い足。ゆったりとした足取りながらもその足の長さがあってか距離が開くことはなく、彼にまで顔を見られたらたまったものじゃないとアランが更に足を早めた。


「俺だって相手を選ぶ」


 そう告げたデルドアの声が頭の中で繰り返される。

 抱きしめられた感触、背に回された腕の逞しさがいつまでも残って、それに併せて硝煙の匂いまでもが鮮明によみがえってくる。


 少なくとも、自分は彼にとって抱きしめても良い相手なのだろうか。

 だけどあの状況なのだから仕方なくという可能性だってある、男は嫌だけど女なら誰でも良いという可能性だってある。

 でもあの瞬間、僅かだけど彼は自分から私を抱きしめてきた……。


 そんなことを考えればアランの思考がよりいっそう混濁しはじめ、期待と――そもそも、何に対しての期待なのか――それを押さえつけようとする冷ややかな意見が頭に浮かんでは消えてまた浮かぶ。


「アランちゃん、やっぱり顔が赤いよ?」


 大丈夫?と再び顔を覗きこんでくるロッカに対してなんとか笑みを取り繕って

「自分でかけた吊り橋が思った以上に揺れてるの」

 と誤魔化した。



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