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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
21/90


 それからしばらく……と行ってもさほど時間もたたず、ロッカがヴィグを連れてきた。

 よっぽど急いだのだろうヴィグの息は荒れ、そのうえ挨拶も無しに開口一番「アランは!」と家の中を見回す。


「さっきから声が聞こえない。気配はするから寝たんだろ」

「そうか……」


 デルドアの返答を聞き、ヴィグがホッと安堵の息をもらす。ここでようやく汗を拭い、今更ながらにデルドアに軽い挨拶をしてくるのだ。

 それどころじゃなかったと、そう訴えているようなその反応にデルドアが彼の名を呼び、目の前に座るように視線で促した。言わんとしていることを察してヴィグも頷いて返し、向かい合うように座ると差し出された酒に口を付ける。


「あいつはよく喚いてるやつだが、今日は普段と様子が違ってた」

「よく喚くってお前な……まぁ、確かにピィピィうるさい奴だけど。それに今回は流石にことがことだからな」

「こと? そもそもだな、なんであいつは代替騎なんて呼ばれてるんだ? アルネリアって誰のことだ?」


 矢継ぎ早に尋ねてくるデルドアに、ヴィグが「説明させろ」と苦笑を浮かべた。

 そうしてチラと横目でアランのいる部屋を見ると、溜息と共に話し出した。


「アランの本当の名前はアルネリア・コートレス。今から四年前、本来なら聖騎士を継ぐはずだった兄の替わりに聖騎士を押しつけられるまで、あいつは順風満帆な家の幸せな令嬢だったんだ」



 アラン・コートレスは聖騎士である。代替騎と呼ばれる哀れな聖騎士。

 だがそんな聖騎士になる前、”アラン”などという名前を口にしたこともなかった頃、アルネリア・コートレスの人生はまさに幸せそのものだった


 頼りになる父と優しい母、可愛がってくれる二人の兄に姉、それに自分の後を追ってくる可愛い妹。女学校での成績も良く、学年問わず誰もが慕ってくれる。

 気品があり、淑やかで、控え目でありながら芯はしっかりとしている。そんなアルネリアは年若い令嬢達の憧れであり、目標であり、そして誰もが完璧だと誉め称える模範的な令嬢であった。

 となればもちろん縁談が後を絶たないのだが、アルネリアはどの申し出も首を横に振った。心に決めた方がいるのです……と、無垢で麗しい令嬢に言われれば強引に話をすすめる者もおらず、誰もがみな「お幸せに」と身を引いてくれた。

 優しくて暖かい世界。誰もが優しくて、そして自分も優しく居られる。

 そんな中でもアルネリアの胸を誰より暖めていたのが、心に決めた人。


 クロード・ラグダル。


 ラグダル家の長男。誰隔てなく紳士に接する好青年。まだ年若いがその才は目を見張るもので、将来有望だと誰もが彼の未来に想いを馳せていた。

 そんなクロードと想いを寄せ合っていたのだ。もっとも、二人は若く初で、そのうえアランもクロードも互いに寮で生活していたため、デートもろくに出来ずせいぜいが手紙のやりとりであった。

 花が咲いた、美しい鳥を見た、今日は何があった騎士になるための訓練はどうであった……日常のささいなことを綴ったその手紙は大人が読めばまるで子供のやりとりだと笑ってしまいそうなものだが、アルネリアにもクロードにも何より尊いものであった。


「噂程度にしか聞いたことがなかったが、なんとも理想的な二人だと思ったよ」


 ふん、と投げやり気味に話すヴィグに、デルドアが首を傾げる。それならなぜ今のアランがこんな状況になっているのか……と。そもそも、順風満帆なら彼女がアランであることもおかしい。

 日頃長い髪を三つ編みに縛り騎士服をまとう彼女に貴族の令嬢といった雰囲気はなく、なにより彼女の話に『クロード・ラグダル』などという人物の名がでたことはないのだ。

 だがそれを尋ねるより先に、ヴィグが溜息をつきつつ再び話し出した。



 大切な家族に友人、そして愛しいクロード。

 アルネリアの人生は幸せで満ちていた。このまま令嬢としての人生を何不自由なく歩いていけるのだろうと、そう彼女も、そして彼女の周囲も考えていた。


 あの日が来るまでは……。


 その日、アルネリアの通う学校に一台の馬車が止まった。下りてきたのはコートレス家当主。

 女学校に似合わぬ風貌。だが多額の寄付をしている彼の訪問を学校関係者が拒否するわけがなく、喜んで歓迎し、すぐさまアルネリアの元へと案内した。その突然の訪問に周囲の令嬢達がざわついたのは言うまでもない。

 もっとも、とうのアルネリアは父の姿を見つけると、嬉しそうに表情を綻ばせて駆け寄っていった。ちょうどお気に入りの庭園でクロードからの手紙を読み、姉のように慕ってくれる可愛い後輩から冷やかされていた時である。


「お父様、突然どうなさいました?」

「アルネリア……」

「来ると仰ってくだされば門までお迎えに参りましたのに」

「アルネリア、家に帰るぞ」

「……え?」


 突然の父親の発言にアルネリアが小さく声をあげる。

 だがそれに対しての返答はなく、まるでその代わりかのようにグイと強引に手首を掴まれた。驚いて見上げれば父親の表情は随分と険しく、今まで見たことのない冷ややかな瞳をしている。まるで自分の父親ではないようで、ジッと見据えられると心臓が凍てつくような感覚さえ覚える。

 掴まれた手首が痛い。もしかしたら自分は何かしでかして、それで父が怒っているのかもしれない……そうアルネリアは、自分の非などまったく思い浮かばないのに、窺うように父を呼んだ。


「お父様、もしかして私なにか失礼をしてしまったのでしょうか? もしそうでしたら……」

「事情が変わった」


 遮るように被せてくる父親の声に、思わずアルネリアの肩が震えた。

 今まで何度も名を呼ばれ数えきれぬほど言葉を交わしたが、どれも暖かな声色だった。だが今の声は随分と冷ややかでまるで他人を呼ぶようではないか。いや、他人を呼ぶときでさえもっと親しみを感じさせるであろう、それほどまでに突き放すような色があった。

 その声色が、今まで一度たりとも感じたことのない父親からの圧迫感が、アルネリアの胸の仲に不安をわき上がらせてる。


「事情、ですか?」

「アルネリア、おまえが聖騎士を継ぐことになった」


 だから家に帰れ、と強引に腕を引く父に、アルネリアは言われたことが分からず無意識でその場にとどまろうと足に力を入れた。このまま連れて行かれてはきっととんでもないことになってしまう、そう胸の内で警報が鳴り響くのだ。だが父親の力は強く、ズリと靴底が滑り手首が痛む。

 周囲には異変を感じて数名の生徒が集まっているが、誰も声をかけてくることなく不安そうな表情で見守ってくるだけだ。さすがは名家の令嬢が通う学校だけあり他家の問題ごとに口を挟むことができないのだろう。もしくは、聖騎士という不穏な単語に臆しているか。

 ――年頃の令嬢達にとって勇ましい騎士は憧れの的だが、対して聖騎士はまったくの別物であった。アルネリアも同様に、騎士見習いのクロードはもちろん王宮に勤める素敵な騎士達の話は何度もしたが、ロブスワーク家のスケープゴートについては一度も口にしたことがなく、むしろ彼の名前すら知らぬほどであった――

 そんな状況なのだ、アルネリアに味方などいるわけがなく、日頃彼女を模範生と誉め称えている教師達でさえも、今だけは見て見ぬ振りを決め込んでいる。


「お父様、どうして私が……聖騎士はお兄様が継ぐというお話ではありませんか!」

「だから事情が変わったんだ。だが……アルネリア、おまえは聖騎士を継ぎたくないのだな」

「誰があんなもの、継ぎたくなどありません!」


 きっぱりと拒絶を口にすれば、ふっと手首が楽になった。

 見れば今まで掴んでいた大きな手が離れそのあとがうっすらと赤くなっている。二度と掴まれまいと慌てて腕を引き、継ぐ気はないときつく睨みつけて返した。

 聖騎士など誰が継ぐものか、あんな蔑まれるだけの称号、女の身で継いだら最後どこにも嫁げなくなってしまう。

 そう瞳で訴えるアルネリアに、対して彼女の父親は小さく溜息をつくと視線をそらし……


「小等部はどこにある」


 とだけ告げた。

 アルネリアの瞳が大きく見開かれる。小等部には妹のリコットがいる……つまりアルネリアが拒否するならリコットに継がせると、そう言いたいのだ。

 可愛い妹。いつも「アルネリアお姉さま」と自分の後を追って歩いていた妹。きっと彼女が最後の候補。断る術もなく、ろくに事情を知らされることもなく、幼い彼女は聖騎士を押しつけられてしまうのだろう。


「案内を頼む」


 そう手近にいた職員に声をかけ歩きだろうする父の腕を掴み、アルネリアが彼を睨みつけた。


「私が、私が聖騎士を継ぎます……!」


 その悲痛な声に誰もが小さく息を呑み、それでも連れて行かれる彼女を誰も追うことはなかった。




「元々コートレス家は次男に聖騎士を継がせるつもりだったらしい。領地の半分と、それと聖騎士を勤め上げた後にはそれなりの地位につけるように手配して……まぁ、聖騎士を押し付ける用に子供をつくるどっかの家よりはマシな考えだよな。だけどそう上手くも行かなかった」

「それで、結局なにがあった。どうして次男じゃなくあいつが聖騎士を継いだんだ」

「その次男がよりにもよって王族関係者とくっついたんだ。コートレス家もまさか王族関係に聖騎士を押しつけるわけにはいかない、かといって縁談を蹴るには惜しい。で、本来なら聖騎士を勤めるかわりにつけるはずだった褒美をそのまま結婚祝いにして、聖騎士だけをアランに押しつけた」

「……そこまでして、どうして聖騎士を続けようとするんだ。不名誉な称号ならさっさと無くせばいいだろ」

「他の家がまっとうしたからな、途中で返還するのは見栄に関わるんだろ」

「くだらねぇ」


 不満げに言い捨てるデルドアに、ヴィグが同感だと肩を竦める。

 そうして互いに空になったグラスに酒を注ぎあい、グイと豪快にあおった。

 途中何度か聞こえてきた啜り泣きは今は聞こえず、今まで大人しく話を聞いていたロッカが「様子を見てくるね」と静かに立ち上がった。


「クロード・ラグダルが婚約したって噂が流れててな」

「相手は?」

「リコット・コートレス、アランの妹だ。きっと今日その話を聞かされたんだろ。注意してたんだが、まさか非番の日にこうなるとはな」


 ヴィグが盛大に溜息をつく。いつかは知るだろうと覚悟しその日のためにと色々と考えていたのだが、まさか家に呼び戻されて聞かされるとは思わなかったのだ。もちろんそれが一般的には当然だということは分かる、だがアランは事情が違うのだ。

 もう少し気をつかってやれよ、そう小さく呟きヴィグが目元を拭った。これではアランが余りにも惨めではないか。

 そんなヴィグを見て、デルドアが心の底からの嫌悪を顕に「くだらねぇ、めんどくせぇ」と吐き捨てた。


「家柄だの称号だの押しつけあって何になる。俺には理解できん、理解したくもない」

「はっきり言ってくれるな……」


 オブラートに包むこともフォローすることもない彼らしい発言に思わずヴィグが苦笑をもらす。

 次いでしみじみと「お前達の感覚が羨ましいよ」と告げるのは、彼もまた聖騎士を押しつけられた身だからだ。いつだったか、自分の生まれた理由を知った時に折れた心が、父や兄のようにと騎士を目指していたあの頃の純粋な憧れが、嫉妬と屈辱の奥底で彼等の単純さを羨ましがっている。

 だがそれを羨んだところでどうなる、そう自分の気持ちを切り替えるようにヴィグが酒をあおって飲み干した。


「そういうわけでアルネリアは聖騎士になった。吹っ切るためか家族への当てつけか、名前もアランと名乗るようになり、ついたあだ名が」

「代替騎か」

「そういうことだ」


 これで分かっただろ、と、そう苦笑しつつヴィグが立ち上がる。

 話の終わりを待っていたのか、それともたまたまタイミングがあったか、ピョコと顔を出したロッカに「あいつを頼む」と告げるあたり帰るつもりなのだろう。

 だがその足取りは随分とふらついており、誰が見ても危ないと分かる。頼るように酒をあおり、思い出したくない記憶を引っ張り出したのだ、どう考えても良い酒の飲み方ではない。悪酔いして当然である。

 それでもフラフラとたまに壁や家具にぶつかりながらも家を出ようとするヴィグに、溜息をついてデルドアが立ち上がった。仕方ない、と、そう考えてドアノブを掴もうとして宙をかく彼の腕を掴む。この際、聖騎士一人も二人も同じだ。


「もう遅い、今夜は泊まっていけ」

「その台詞を俺の可愛いアランに言ってみろ、ナックルはめてぶん殴るからな」

「わけわからないこと言うな」

「大丈夫だよヴィグさん、デルドアにそんな甲斐性ないから!」


 横から割って入るやさり気なく甲斐性なしのレッテルを貼ってくるロッカをデルドアが忌々しげに睨みつける。が、逆に「じゃぁ今の言葉のどこが問題だったか分かる?」と訪ねられると視線をそらして逃げるしかなかった。


「ヴィグさんは僕が送っていってあげる」

「大丈夫だよロッカちゃん、俺一人で帰れるから」

「駄目だよ、ここらへん最近物騒だよ! 僕もこのあいだお散歩してたら変な人に『ちょっと良いことしよう』って言われたもん!」

「その物騒さは俺には縁がない気がするけど……というかロッカちゃん大丈夫だったのか?」

「土下座三時間とケーキで手を打ってあげたよ!」

「やだこの子怖い」


 得意げに胸をはりつつヴィグの腕を引いてロッカが家を出て行く。

 ガチャンと扉がしまる音に、残されたデルドアが酒の残りを飲み干し「めんどうくせぇ」とポツリと呟いた。



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