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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
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 コートレス家当主。

 体躯の良い外観、厳しい眼光、圧迫感にすら近い威厳を感じさせるこの風貌に安らぎを覚えていたのは数年前までのこと。今ではこの世の誰を相手にするよりも緊張し、思わず逃げ道を探すようにアランの視線が泳ぐ。

 体中に突き刺さるこの居心地の悪さはまさに針のむしろ。いや、この屋敷の空気と思い出全てがアランにとって重く伸し掛かるのだから、針の城と言った方が正しいか。

 そんな城の王の姿に、アランが萎縮するように俯いた。

 リコットのように嬉しそうに抱きつくことも出来ず、独り立ちした兄達のように堂々と握手を出来る立場でもない。どちらにもなれないアランは、それでも押しつけた父を相手にせめてと頭を下げた。返ってくる言葉は……無い。


「アルネリア」


 そんな二人の空気を見かねたか、父親の横から顔を出した女性が窺うようにアランに声をかけた。

 母親、そしてコートレス家婦人。母性を感じさせる穏やかな顔には深い皺が刻まれ老いを感じさせるが、それでも気品と美しさは損なわれない。


「アルネリア、わざわざ来てくれてありがとう」

「いえ、そんな……今日は非番でしたから。それで話とは?」

「あのね、お姉様!」


 いよいよ話す時だと考えたのか、それとも我慢が出来なくなったか、リコットが嬉しそうに笑ってアランの腕をとる。

 そうしてはにかみながら「あのね、私婚約したの!」と嬉しそうに告げた。


「婚約……リコット、貴女が?」

「えぇ、お父様がとても素敵な方と話を決めてくださったの!」

「……お父様が?」


 自分の婚約がよっぽど嬉しいのだろう、頬を赤く染めて話すリコットに、対してアランは体の中で血が冷えきっていく音を聞いた。

 妹の婚約。別段不思議な話ではないし、リコットの年齢であれば順当とさえ言える。父親が縁談をとりまとめるのも歴史ある家柄なら当然のこと、父の決めた相手と寄り添い更なる繁栄を家にもたらすのが娘の役目なのだ。


 だがそう分かっていてもアランが呆然と話を聞いていたのは、自分にはまったく縁談の話も誘いも来ていなかったからだ。通常であれば年齢の高いものから話を決めていく、とりわけ父親が取り付けるのであれば尚更だ。

 だが何一つ話がこなかった。父親の口から縁談のえの字も出たことがなく、コートレス家当主であれば簡単に結べそうなものを一切働きかけてくれなかった。


 理由は分かる。聖騎士だからだ。

 コートレス家の令嬢とあればどの家でも喜んで嫁に貰うだろう。現に聖騎士になる前のアランには山のように縁談の申し出が来ていた。

 ――もっとも、当時のアランには既に心に決めた相手がおり、家柄も才も申し分ない彼といずれ添い遂げるのだろうと考え、申し出には見向きもしなかったが――


「……お姉様?」


 窺うように名前を呼ばれ、アランがはたと我に返った。

 今は可愛い妹の婚約を喜ばなくては。たとえそれが父親に娘としての期待をしていないと言われたも当然だとしても、リコットには何の非もない、彼女は「姉が自ら聖騎士に名乗り出た」と伝え聞かされているのだから……。


「そ、そうリコット、それはおめでとう。相手はどんな方?」

「とても素敵な方なんです。今日も是非お姉様と会っていただきたくて……今お連れしますから、待っていてくださいね」


 そう笑いながらリコットが一室へと向かう。

 どうやら予め待たせていたようだ。ならば姉として挨拶しなくてはと、アランは自分の胸のうちに沸き上がり始める靄をなんとか押し込めカツンと響いた靴音と同時に顔をあげ……


「クロード様……?」


 と、かつて将来を誓い合った男の姿にポツリとその名を呼んだ。




 どうやって家を出たか、具体的には覚えていない。

 記憶の限りでは「仕事が残っている」だの「約束がある」だのといかにもそれらしいことを言って、用意されていた食事の場から逃げてきたのだ。

 リコットが残念そうにしていた。せっかくの婚約報告の場を台無しにされたのだから、彼女の胸中を考えれば申し訳なくさえ思える。

 だけど、それでも……


「うっ……うぅ……」


 グス、と鼻をすすりながらアランが城下を歩く。

 屋敷を出てしばらくは呆然と歩き、家柄を誇示するように大きく建てられた屋敷の屋根がようやく見えなくなったのを確認した瞬間、せきを切ったかのように涙が溢れ出したのだ。そこから先はもう止まることなく、ボロボロと大粒の涙が溢れていく。

 周囲の人がギョっとしたようにこちらを見てくる……が、今はそれを気にかけている余裕はない。息を吸えば吸った分だけ、息を吐けば吐いた分だけ、涙が頬を伝って地に落ちる。

 なんて情けない、なんて惨め。せめて嗚咽は漏らすまいと堪えるように歯を食いしばるも、それもまた涙をこぼさせる。


 そんなアランに対して誰も声をかけられず不安げに見送っていたが、一人の男がその姿に気付くや足早に近付いて「おい」と遠慮なしに声をかけた。

 アランが振り返れば、見上げるほど背の高い男が怪訝そうにこちらを見ている。涙で歪んだ視界でもわかる、赤い瞳……。


「デルドア、さん……」

「おい、どうした? なんで泣いてるんだ?」


 慰めることも気遣うこともなく、単刀直入に尋ねてくるデルドアに、アランがグズと一度鼻をすすって目元を強引に拭った。


「泣いてなんかいません」

「何言ってるんだ。あきらかに泣いてるだろ」

「私は聖騎士です! 国を守る聖騎士が、国民の前で無様に泣くわけがありません!」


 自棄になったように声を荒らげて告げるも、その間もアランの瞳から涙が溢れて頬を伝い落ちる。これではまるで意地を張る子供のようではないか……と、そう自分自身で分かっていても譲れない。

 コートレス家の娘として扱われないのなら、もう聖騎士に縋るしかないのだ。聖騎士が人前で泣くなんて許されない。

 そう涙ながらに訴えるも、人間の意地や虚栄を理解できないデルドアはただ首を傾げるだけだ。慰めも同情も、哀れみもそこにはない。


 それでもアランが「騎士は人前では泣かない!」としきりに訴えればさすがに理解したのか「そうか」と一度頷いて、次いで強引にアランの腕を掴んで歩き出した。


「デルドアさん!?」

「人前では泣かないんだな」

「そ、そうです……聖騎士たるもの、人前で無様な姿は晒せません!」

「……そうか、それなら」


 そう話しながらデルドアが足早に歩けば、腕を掴まれているアランもそれを追うしかない。いまだ涙は止まらず呼吸が震えるが、それでも彼はお構いなしなのだ。



 そんな状態で城下街を抜け、人工的な景色が自然溢れるものへと変わっていく。森への入り口と言ったところか。

 当然だが人の気配はなくなりシンと静まった空気が漂う。デルドアが足をとめ、引かれるままについてきたアランも同じように立ち止まって周囲を見回した。


「……ここは」

「人前で泣けないんだろ。ここなら誰もいない」


 人の気配はない、と念を押すデルドアに、言わんとしていることを察してアランが俯いた。頬を伝い落ちようとしていた涙が、睫毛からこぼれて地面へと吸い込まれていく。


「で、でも貴方が……」

「俺は魔物だ。お前(聖騎士)が守る人間じゃない。だから人前じゃない」


 そう告げられ、アランが僅かに目を丸くさせ……より一層大粒の涙を溢れさせた。

 もう我慢の限界だ。押し殺していた声が喉をひきつらせる。


「わ、私……私だって、リコットのようにっ」

「リコット? 誰だ?」

「聖騎士になんか、なりたく、なかったのにっ……! なのに、急に……どうして私がっ!」

「……さっぱり分からん。順を追って話せよ」


 泣きじゃくるアランの訴えに、デルドアが律儀に――そして空気を読まず見当違いな――相槌を返す。それがまたアランの中で渦巻いていたものを吐き出させ……と、悪循環だ。


 どうして自分が、どうして自分だけがこんなことにならなければならなかったのか、自分だってリコットのように、いやリコットのようにではなく彼女の今いる場所こそ、何もなければ自分が……!


「代替騎になんてなりたくなかった……アルネリアで、あのままでいたかったのに……!」

「そういや、そのアルネリアって何なんだ?」


 まったくもって空気の読まないデルドアの質問に、アランの瞳に更に涙がたまり、もはや喋ることもできないと声をあげて泣き出した。




 それから数十分後、城下から離れさらに森の中を歩いた先にある一軒の家でコンコンとノック音が響いた。次いで返答も待たずに扉が開かれる。

 この遠慮のなさこそ同居人の帰宅だと取り、リビングで待っていたロッカが「おかえりー」と声をあげ……その姿に「ひょ!?」と間の抜けた声をあげた。


「ど、どうしたのアランちゃん! デルドア、なにがあったの!?」

「泣いてる」

「見ればわかるよ!」


 先程のような泣きじゃくる程の勢いこそ収まったものの、呆然としながらハラハラと涙をこぼすアランにロッカが状況が分からず慌てだす。それでもアランを気遣い「大丈夫?」と声をかけてくれるのだ。

 その声が、腕をさすってくれる優しさが、更にアランの胸をしめつけて涙を溢れさせる。赤の他人、それどころか人間はない彼らの優しさが暖かくて、その優しさを家族からも得たかったと考えれば惨めさが募る。

 絢爛豪華なあの針の城に比べ、この質朴な家のなんと心地よいことか。

 それでも……とアランが踵を返して家を出ようとすれば、腕をさすっていたロッカがグイと今度は腕を掴んできた。


「アランちゃん、どこ行くの?」

「今は一人に……」

「一人になりたいの? それなら僕の……デルドアの部屋で休みなよ。疲れてるなら少し横になった方がいいよ」

「なんで俺の部屋なんだ」

「僕の部屋、いま野ウサギさん達の越冬大会議中なの」

「もうそんな時期なのか。そりゃ仕方ない」


 デルドアが納得したと頷けば、ロッカがアランの顔を覗き込みながら「こっちだよ」と優しい声でそっと腕を引いた。



 カチャン……と扉がしまる音に、ソファーに座りながら銃の手入れをしていたデルドアが顔を上げた。

 ロッカが困惑の表情を浮かべている……が、その隣にアランの姿がないあたり、多少強引だったが部屋に押し込めることはできたのだろう。

 良かった、と思わず安堵するのは、人間の事情はもちろんアランが涙ながらに訴えたことの何一つとして理解できなかったデルドアでも、さすがにあの状況の彼女を一人で放っておくのはまずいとわかるからだ。それはロッカも同様で「あいつは?」とデルドアが問えば苦笑を浮かべつつ「ベッドに寝かしたよ」と答えた。


「なにがあったの?」

「俺が知りたい。人前では泣けないだのなんだの言うから人間のいないところに連れ出したらあれだ、ろくに話も聞けなかった」

「ちゃんと慰めた?」

「なにを言ってるのか分からん奴をどう慰めりゃいい」

「抱きしめたりは?」

「俺が? なんで?」


 他意もなく照れ隠しでもなく、ただ純粋に「どうして」と首を傾げるデルドアの反応にロッカが溜息をつきつつ立ち上がった。

 その際の「55点」という評価は彼なりのギリギリ及第点である。


「僕、ヴィグさんに伝えに行ってくる」

「おう」

「もしアランちゃんが帰ろうとしても帰しちゃ駄目だからね。もし帰したら……」

「もし帰したら?」

「デルドアの部屋が今年の野ウサギさん達の越冬場所になる」

「やつらの食糞をひとシーズン見せ続けられるのは二度とごめんだ。安心しろ、縛っても帰さない」

「縛っちゃ駄目!」


 いつもの調子に戻りプクと頬を膨らませるロッカにデルドアが軽く手を振って返す。そうして彼が出て行きゆっくりと玄関の扉が閉まれば、シンと静まった部屋の中アランの啜り泣く声だけが小さく聞こえ、デルドアが溜息をついた。



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