2
「あのね! 今日はサンドイッチとシチューとプリンを作って……す、すごいことになってる!」
自分のランチボックスの惨状に悲鳴をあげる美少女に、隣に座った男が「だから振り回すなって言っただろ」と冷静に言い放った。そんな二人に対してヴィグは「ロッカちゃんらしいな」と苦笑を浮かべ、アランだけはこの長閑な空気に混ざることなく、むしろ不満だと言いたげに目の前の光景を睨みつけていた。……もっとも、四人で円になるようにシートに座っているあたり、その不満アピールも程度が知れるのだが。
端から見ればなんとも長閑で、そして誰もが見惚れるような光景だろう。もしかしたら見目の良い若者のダブルデートと思われるかもしれない。
ヴィグはまさに騎士と言った爽やかな風貌をしており、正面に座る男もまた負けず劣らずな魅力を持っている。
涼しげながらどこか影のある雰囲気、アランより頭一つ二つ近く高い身長、いつも着ているロングコートが更に彼のスタイルの良さを感じさせ、銀の髪に赤い瞳が人ならざる蠱惑的な印象を持たせる。かっこよくて、凛々しくて、そして時折ゾクリとさせるほどに獣じみた色香を感じさせる、そんな男だ。
事情を知らぬ女性なら、一目見ただけで心を奪われるだろう。もっとも、どんな女性であっても「食べれなくもない!」と湿り気を帯びたサンドイッチを頬張る美少女を見れば白旗をあげそうなものだが。
「どうしたアラン、お前も食えよ」
「ヴィグ団長、いつも言ってますが今日も言います。のんびりと食事をしている場合ではありませんよ、彼等は魔物なんですから!」
ビシ!と指さすアランに、三人が目を丸くさせ……ることもなく「なにを今更」と言わんばかりに食事を再開させた。
アランの言うとおりこの二人の男女……もとい、この二人は魔物である。
殆どが獣や小動物、居ても半獣といった魔物の中で数少ない人型の魔物。もちろん擬態ではなく、誰もが当然のように人間として扱うほど、どこにでもいる――その見目の良さはけして『どこにでもいる』レベルではないが――普通の人間の見た目をしている。
もっとも、二人とも魔物らしく赤い瞳をしているのだが、それを見たところで誰が恐怖を覚えるだろうか。むしろそれすらも魅力的だとうっとりと見惚れそうなものだ。現に、彼等の赤い瞳は片や愛らしさを増させ、片や獣じみた蠱惑的な魅力を感じさせる。
――アランからしてみれば、魔物のくせに可愛いくてかっこいいなんてズルい、というのが本音なのだが、口が裂けても言えるわけがない――
「アランちゃん、まだ魔物がどうの言ってるの?」
いっそ完璧にミックスさせることにしたのか、ランチボックスを激しく振りながら美少女……もといロッカに問われ、アランが唇を尖らせた。だって本当のことだもん、と。
そう呟きながらも自分もランチボックスに手を伸ばすのは、アランも自分で言い出しておきながら今更な空気を感じているからである。彼等との仲は長く、魔物だのは確かに今更な話。そもそも彼等は無害な魔物なのだから、いかにアランが聖騎士であっても倒す必要はない。
……あと、本格的にお腹がすいてきた。
そうして一口また一口と食べ進めれば、割とどうでも良くなってくる。
まだ土掘りの仕事が残っていることも、午後はハイキングコースの下見だということも、目の前で魔物が食事していることも、その二人の魔物がどちらも男だということも……美味しいご飯の前では些細なことだ。食事万歳。
「……お前、それでいいのか?」
「デルドアさん、ひとの考えを読まないでください。それにこれでいいんです、深く考えたって土に帰りたくなるだけ! 魔物とのご飯も今更! ロッカちゃんが性別詐欺のオスだっていうのも今更!」
「僕が性別詐欺ってどういうことかな!?」
「お黙りなさい、パッションピンク! 紅一点の私より色濃いくせに!」
ピィピィ喚くロッカに、対してアランも喚いて返す。
そう、この見た目は完璧な美少女、男が百人いれば百二十人が振り返り百五十人が後を追いかけそうな愛らしさながら、その正体は魔物、しかも男である。ふわふわと柔らかく揺れる栗色の髪に、長い睫と丸く澄んだ赤い瞳、鈴の音のような声色と無邪気な笑顔が輝かんばかりの……男なのだ。
その性別詐欺具合と言えば、アランが常々「紅一点のはずなのにパッションピンクが強すぎる!」と悲鳴をあげるほどである。
そうしてアランが「女のプライドが地に落ちる……やはり土に還れと言うことか……」と嘆けば、目の前にそっとサンドイッチが差し出された。
見上げれば同情の色を感じさせる瞳の青年。もちろん、魔物の片割れデルドアである。
「……魔物の栄養源を奪うのも聖騎士の仕事だろ」
「あ、それなんかかっこいい」
いただきます、と涙目でサンドイッチを受け取り、一口かじる。
うん、美味しい。相変わらず魔物ながら良いものを食べている。ハムと野菜のバランスが絶妙で、ほんのりときいた塩味がそれらをよりいっそう引き立たせている……このしょっぱさは泣いてるからなんかじゃない!
と、そんなことを考えながら食べていると、ふとヴィグが思い出したかのように顔を上げた。
「ところで、なんで二人はここに居るんだ? ここらへん立ち入り禁止のはずだろ」
「立ち入り禁止になってるのは人間達だけだろ。俺達は人間じゃないし、魔物が出るから立ち入り禁止なら家にも帰れん」
「だからピクニックに来たんだよ!」
「だから、の意味が分からない」
元気よく手をあげて応えるロッカに、アランがあっさりと言い切る。
それに対してあがるピィだのキィだのと言った抗議の声のなんと可愛らしいことか。おまけにプクと頬を膨らませて怒るのだから、そのまるで人間のような、そしてまるで美少女のような姿に、アランは拗ねたように「詐欺な生き物」と呟いた。
そんな長閑な昼食を終えて、再び仕事に戻る。
間延びした「頑張ってねぇー」という言葉も、「埋まるときは土をかけてやるから呼べよ」という意地の悪い言葉も、まったくもってアランのやる気には繋がらない。
もっとも、やる気をだしたところで所詮は土掘りなのだから、死んだ魚の目だろうとさしてスピードは変わらないだろう。
「いやでも、自分が埋まると考えればやる気がでるかも……」
ブツブツと呟きつつシャベルで土を掘り続け……グニャリと慣れぬ感触が手に伝い、アランがおやと首を傾げた。
今まで掘っていた土の感触とも、石にぶつかった時の手が痺れるような感触とも違う。まるで何か柔らかなものにシャベルの先を埋め込ませてしまったような、それでいて弾力から壊すまではいかない、何とも言い難い感触。
その慣れぬ手応えに、アランがはたと我に返った。
これはあれだ、ついに巣を見つめたのだ。
その期待に思わず瞳が輝く。
年頃の少女として害虫の巣を掘り当てて喜ぶのはどうかと思えるが、この作業から解放されることと、なにより巣を見つけるための自分の理論が正しかったと証明されたことが嬉しく、アランがゆっくりと土を退けながら中を覗き込み……
甲高い悲鳴をあげて走り出した。
「おぐぅ!」
とヴィグが呻き声を上げたのは、もちろん背後からアランが勢いよく飛びかかってきたからである。いかにアランが小柄とはいえ、不意打ちの突撃ならば誰だってよろけるというもの。
だが流石ヴィグは聖騎士である。バランスを崩すだけにおさえ、いったいなんだと振り返った。
「どうしたアラン」
「小さいツブツブがミッシリしててミチミチ動いていて……びあぁぁあ!」
「おい落ち着けよ……あ、もしかして巣を見つけたのか!?」
そうなんだな!とヴィグがアランに視線を向ければ、彼の腰にしがみついていたアランが真っ青になりつつコクコクと頷いた。
「でかしたぞアラン! これで来年は害虫駆除から解放される!」
「でも、でも、あれはあわわわわ」
「よし、さっさと巣を壊して次の仕事に行くぞ」
腰にしがみついてあわあわしているアランを引きずり、ヴィグが歩き出す。
流石は聖騎士、少女が一人しがみついていてもその歩みが遅まることはない。……もっとも、木の根やら石やらに足をぶつけてもお構いなしという遠慮のなさなうえ、あわあわしながらしがみついているのも聖騎士なのだが。
そうして、再び巣のある場所まで戻ってきた。
「結構深く掘ったな」と暢気な声でヴィグが功績を誉めながら穴を覗き込めば、彼の傍らであわあわしてていたアランもまた意を決したようにそれに続き……
二人揃って甲高い悲鳴をあげて走り出した。
なにせ土の中から掘り当てた巣はミッチミチなのだ。小さいツブが無数に詰め合いミッチリとしていて、そのうえ個々のツブがうねるように動いている。ミッチミチのツブツブがウネウネである。おまけに、外気に晒されたせいか先ほどよりも動きが活発化していた。
そのうえ掘り当てた巣はあくまで一部でしかなく、このミチミチのツブツブのウネウネが更に広範囲に広がっているとなれば、これに恐怖を覚えるなというのが無理な話。
「なんだあれ!なんだあれ!! きっしょくわりぃ!」
「びあぁああ! 土にも還りたくない!もう土にも還りたくないぃい!」
二人揃って同じスピードで喚きながら森の中を駆け抜ける。
そうしてガサ!と勢いよく茂みを突っ切り、ひらけた場所へと飛び出れば
「……お前等、少しは静かに仕事が出来ないのか?」
と、心底呆れたと言わんばかりの表情でデルドアが迎えてくれた。
ちなみにその隣ではロッカがうつらうつらと船をこいでおり、傍目から見ればまさに長閑なピクニック。優雅な食後のひとときである。
……この、ゼェゼェと息を切らせながら乱入してきた聖騎士二人を覗けば。
「ミッチミチでした!」
「なにが」
「ミッチミチでツブツブだった!」
「だから何が」
「ミッチミチでツブツブがウネウネですよ!」
「だから何がだって」
「ミッチミチで」
「少しは落ち着け!」
ヴィグの言葉を遮るようにデルドアが声を荒げ、同時にパシャ!と水音が響いた。
手元に置いてあった水筒のお茶をアランとヴィグにぶちまけたのだ。哀れ二人は顔面に冷えたお茶をくらい、ピチャン…と間の抜けた音をだしつつ「荒療治」と揃えたように呟いた。
だがそんな荒療治のかいもあってか幾分冷静さを取り戻し、かくかくしかじかと説明をする。途中二度ほどアランが悲鳴をあげたのは、勿論ミチミチのツブツブを思い出したからである。見るのも辛いが、思い描くのもまた辛い。
そんなアランの首根っこを掴んでデルドアが歩き出すのは、もちろん巣のある場所へと向かうためである。その掴みよう、歩き方、ヴィグと同様に容赦がないのは言うまでもない。