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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』
19/90

 賑やかな会場は絢爛豪華に彩られ、一等の楽団が軽やかに音楽を奏でる。誰もが朗らかに談笑を楽しみ、年若い者達は意中の相手をチラリと見ては頬を染める。極平凡な社交界のパーティー。

 そんななか現れた自分を見て、誰もがうっとりと感嘆の声を漏らす。美しい、なんて綺麗なんだ……と、その賛辞に傲るでも謙遜するでもなく微笑んで返し、ゆったりとした足取りで階段を下りれば、途中で待っていた彼が柔らかく笑って手を差し伸べてきた。

 その手に応えるように自分の手を重ねる。白い肌、傷一つなく美しい指で彼の指をキュッと掴めば、包み込むように握り返してくれる。

 逞しく、勇ましく、優しく、そして愛しい人。その愛を込めて彼の名を呼べば、彼もまた微笑んで返してくれる。


 代 替 騎 ( ア ラ ン )


 その非道な響きを聞いた瞬間、世界が音をたてて崩れはじめた。

 先ほどまで目映く輝いていた明かりが炎にかわり燃えさかり、楽団の奏でる音楽がけたたましい笑い声に変わる。思わず後退ればグニャリと足下が歪み、振り返れば上段から一段また一段と崩れていくのが見えた。

 夢だ、これは夢だ……。

 そう自分に言い聞かせ、破けていく深紅のドレスを手で押さえる。

 夢だ、知っている。これは夢だ、いつもみる夢……でも、


「それならせめて、夢の中ではアルネリアで居させてくれてもいいじゃない!」


 そう叫ぶ声とともに崩れかけていた世界が一瞬にして闇へと変わり、差し出されていた彼の手も遠のいていく……。


「クロード様!」


 悲鳴のように呼んだその名も伸ばした手も、何一つ掴めず闇の中へと消えていった。




「…………」


 カーテンの隙間から目映い光が射し込み、チチ…と鳥の鳴き声が聞こえてくる。そのいかにも朝といった空気を纏う部屋の中、アランはぼんやりと虚ろに目を覚ました。

 眼前には自分の手。まるで何かを追うように天井へと伸ばされ、そして何も掴めずにいる。

 またあの夢だ……と溜息をつきつつ起き上がれば、汗をかいていたのだろう寝間着が肌に張り付く。その不快感に眉をしかめて強引に脱ぎ去れば、それと同時にコンコンとノック音が部屋に響いた。次いでゆっくりと扉が開く。


「アラン、起きて……あら、着替えてたのね」


 ごめんなさい、と謝罪を口にしつつ、それでも出直すでもなく待つでもなく部屋に入ってくるのはフィアーナ。

 男子禁制のこの女の園(女子寮)において、アランの部屋を訪れる物好きなど彼女しかいない。そして彼女にならば着替えを見られても構わないのだ。

 たとえば、これが他の令嬢や王宮で働く女性であったならば、彼女達の白くきめ細かな肌に嫉妬し、自分の裸体を恥じるかもしれない。

 だが相手はフィアーナ、才女の集うこの寮で最たる美しさを保つ女性だ。勝負にならない、美を競うことは最早愚かだ。

 もっとも、本人にそれを誇る様子はなくそれどころか華美に着飾ることを嫌い、数多の男の熱い告白や山のような婚約の申し出を受けても「私の恋人は図書館の本と、まだ見ぬ本達よ」と一切を断っている。

 勿体無いと誰もが思うだろう。だがアランにとってフィアーナのそんなところもまた魅力の一つだと思えていた。この棘の城(女子寮)において、唯一心許せる相手だ。

 それが分かっているのだろう、フィアーナもさしてアランを気にかけるでもなく部屋に入ると、手近な椅子に腰掛けた。そうしてふと顔をあげ、凛々しさすら感じられる美しい顔を僅かにゆがませる。


「……アラン、それどうしたの?」

「それ?」


 何か? と外出用の服に着替えながらアランが首を傾げる。

 そうしてフィアーナの視線を追うように自分の体を見下ろし、あぁ、と小さく呟いた。

 痣だ。アランの少女らしく細い右肩がまるで覆われるように青く変色している。それどころかポツポツと内出血の跡すら見られ、誰だって顔を背けたくなる痛々しさである。

 もっとも、アランはあっさりと「これのことかぁ」と返すと軽く指でさすった。ジンワリとした痛みが滲むが、もう慣れた。


「この間、騎士の訓練に出たんだ。そこで」

「そこでやられたの?」

「剣の柄でね、こう……ガツン! って」


 そう苦笑を浮かべつつ青く染まった肩を竦めた。

 聖騎士団が騎士の訓練に呼ばれるのは今にはじまったことではない。といってもそれが同じ騎士として共に高めあうだのといった純粋なものではなく、ただたんにアランとヴィグを蔑んで鬱憤をはらすためだ。

 代替騎になるまで剣など触ったこともなかったアランは勿論、自分の生まれた理由(・・・・・・・・・)を知るまでは騎士を目指していたヴィグでさえ、現役の騎士達の訓練に全うに参加できるわけがない。とりわけ二人とも訓練には長剣で参加させられる、本来使う聖武器でもない不得手なものを持たされれば動きも悪くなり、その無様な様を見て彼等が笑い時には手を出してきて……と、こんなところだ。


「でも、アランあなた……」

「魔物相手ならこんな傷も直ぐに治るんだけどね」


 人間相手だと不便だね、と、そう苦笑を浮かべるアランにフィアーナが何かを言い掛け、それでも口と噤むと「そういえばね」と話を変えた。


「ねぇアラン、赤ずきんって知ってる?」

「赤ずきん、童話の?」

「それじゃなくて、最近ここらへんに現れる”正体不明の赤ずきん”よ。その様子だとどうやら知らないみたいね」


 クスと笑って話すフィアーナに、赤い髪をとかしながらアランが頷いて返した。


 聞けば、ここ最近城下や王宮付近に一人の少女が現れるらしい。

 赤を基調とした衣服、まるで頭巾をかぶっているかのような真っ赤な髪、それらを風に揺らせば誰もが目を奪われる。愛らしい顔つきとその出で立ちから、ついた渾名が”赤ずきん”。

 だがその正体も、どこから来てどこへ行くのかすらも誰も分からず、まさに神出鬼没。とりわけ男除隊の騎士達の中では「他国の姫がお忍びで来ている」だの「没落した名家の血を引く町娘」だのと話が作り上げられているらしい。

 おまけに、正体を知ろうと赤ずきんに声をかけようにも足早に逃げられてしまうという。本人の愛らしさとその神秘性があわさり、一部では「赤ずきんを追うな」「愛でるだけにしろ」と言い出す者まで出ているらしい。


「へぇ、赤ずきんかぁ」


 誰なんだろう、とアランが髪を整えながら呟く。

 普段三つ編みに縛っている赤髪は、解くとその長さもあって緩やかに大きく広がる。その美しさから、咲き誇る薔薇の花のようだと誉められたこともある。もう何年も昔のことだが。


「かなり噂になってるのよ。ところでアラン、そのスカート素敵ね」


 そうフィアーナが告げれば、アランがクイと下を向いて照れ臭そうに笑った。

 細部にレースをあしらった真っ赤なスカート。その美しい色合いと、なによりふんわりと広がる愛らしいシルエットに一目惚れして購入したのだ。

 なんとも可愛らしく、それに大きく広がってくれれば足下に聖武器を隠し持つことが出来る。――休日だからと言って手放すことの許されないこの忌々しい相棒は、事ある毎にアランの私服を台無しにしてくれる――

 このスカートに茶色のブーツを履いて、コートを羽織る。

 まさに少女といったその出で立ちに、フィアーナが「あら可愛い」と声を漏らした。


「それでね、その赤ずきん神出鬼没なのよ。いったいどこから来てるのかしら……ところでアラン、どうして窓から出て行こうとしているのかしら」


 ニッコリと微笑んだまま尋ねてくるフィアーナに、机に乗っかり窓から出ようと半身乗り出していたアランがクルリと振り返った。

 そうしてさも当然と言いたげに「だって廊下には他の人がいるから」と答えるのだ。おまけに、最後に「行ってきます」と告げて窓から出て行ってしまう。

 その姿に「赤ずきんというより赤い猫ね」とフィアーナが溜息をついたが、あいにくと屋根を伝って歩くことに集中していたアランが気付くことはなかった。




 普段は三つ編みに縛っている髪を解き、騎士服とはまったく違う可愛らしい服に身を包む。ほんのりと化粧を施せばより印象が変わり、誰もアランに気付かない。

 それが気分が良く、それでいて少し悲しくもある。気付かれたくないと逃げる気持ちと、誰も自分を代替騎として見ない心地よさ、そして普段は少女として居られない憤り、それらをない交ぜにしたものが胸を占め、市街地を歩くアランの足取りは自然と速まっていく。

 もっとも、それも用のない休日の散歩に限ってのこと。今日は重要な用件のための外出であり、アランの気分はここ数ヶ月で一番といえるほどに落ち込んでいた。綯い交ぜにした気持ちなど優しいと言えるほどの憂鬱、まさにどん底である。


 なにせこれから向かうのはコートレス家。

 世間的に見れば娘の帰省である――帰省、というほど離れているわけではないのだが――

 もっとも、今のアランに久しくぶりに家族に会える喜びはなく、郷愁の念も欠片ほどもない。一歩、また一歩と近付くたびに足が重くなっていき、まるで処刑台に登っているような気分にすらなってくる。馬車でも呼べば良かったかと後悔が募るが、出来るだけ遅く家に着き、滞在時間を短くしようと考えたのも自分なのだ。

 ただでさえ家を避け、家族に会わないように努めていた。それでも呼び出されれば応じるほかなく、これでは首輪をつけられているようだ……とアランが自虐的に笑いつつ見えてきた屋敷に瞳を細めた。


 コートレス家、騎士の名家にして聖騎士の家系。

 現代当主はその勇ましさと卓越した能力により家柄に更に磨きをかけ、寄り添い支える妻は五人の子を産んだとは思えないほど美しい。

 長兄は家を継ぐに十分な才を持ち、次兄は王家の娘と縁談を結んだ。更に長女は両家の長男に嫁ぎ、三女も母に似た美しさゆえ縁談の誘いが絶えぬ……と、これ以上ないほどに順風満帆な家である。

 繁栄の道しか見えないと、そう豪語しても過言ではないほどだ。

 もちろん、次女(アラン)を抜かしてだが、それを口にする者はコートレス家にも社交界にも一人としていない。


「あぁ、嫌だなぁ……」


 盛大に溜息をつきつつ、アランが屋敷の扉を開ける。

 ギギ…と重苦しい音がまるで自分の心境を代弁しているようではないか。たまたま居合わせたメイドがそれに気付き、小さく声をあげると慌てて取り繕うように「おかえりなさいませ、お嬢様」と頭を下げた。

 そのぎこちなさがよりいっそうアランの居心地の悪さを強める。自分が帰ってこなければ、コートレス家は今日も昨日と変わらぬ”順風満帆な名家”だったのだ。


 それでも、自分は呼ばれてきたのだ。帰ってきたかったわけじゃない……そうアランが心の中で呟くのとほぼ同時に、廊下の先から「お姉様!」と声があがった。

 花の模様があしらわれた白いワンピースに身を包んだ少女が走り寄ってくる。母親の色を継いだ栗色の髪に、紫色の瞳。嬉しそうに駆け寄ってくる姿はまるで子犬のように愛らしい。


「リコット」


 その姿を見たアランが微笑んで応えれば、リコットと呼ばれた少女が飛びつくように抱きついてきた。


「おかえりなさいませ、アルネリアお姉様!」

「ただいまリコット」

「いつお戻りになるのかとずっと待ってましたの。私、何度も扉の前と自分の部屋を往復してしまいましたわ」

「道が途中で……その、仕事も、そう仕事も残っていてね」


 アランのしどろもどろな嘘に、リコットは疑うことなく「それは大変でしたね」と労いの言葉をかけてくる。三つ年下の妹は姉の言葉を一つたりとも疑わずに受け止めてくれるのだ。

 その信頼が、純粋さが、健気さが、愛しくもあり同時に眩しくもありアランが視線をそらしながら「ところで」と話題を変えた。


「リコット、お父様は?」

「多分、書斎にいらっしゃるかと。今メイドが呼びに行きましたよ」

「そう……それで、大事な話があるって聞いたんだけど」


 何か知ってる? とリコットに問えば、返ってくるのは嬉しそうな微笑みと「まだお話しできません」と嬉しそうな言葉。

 その態度から彼女が用件を知っているのは明らかだが、楽しそうに勿体ぶるあたり話しては貰えないだろう。気にはなるがリコットの反応を見るに悪い内容ではなさそうなので、ならば待とうかとアランが小さく頷いて返した。

 そうしてガチャンと扉の開く音が響き、数人の足音が聞こえてくる。

 中でもとりわけカツカツと小気味よく響く靴音に、リコットが「お父様」と愛らしい声をあげ、アランが表情を強ばらせた。



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