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結論としてレリウス・スタルスの処断は”保留”となった。
もちろん彼が今回の件で黒騎士と関わり、ましてや暗黒の時代を再び招こうとしていたのだから無罪になるわけはない。かといって何もまっさら素面で黒騎士と関わっていたわけではないのだ。
この件についてアランは詰め所にある資料室から古い文献を幾つも引っ張り出し――途中何度か本の雪崩にあい、資料室の掃除を決意した。実行されるかは定かではないが――そうして黒騎士には人間の思考を混濁させて操る魔眼の能力があると訴えた。
加護の働く聖騎士ならばまだしも、只の人間、それも心に迷いのある人間であればこの魔眼に抗うのは不可能。レリウスから甘い匂いがしていたのは魔眼に操られていたからに違いない、と、そう資料片手に――かつヴィグに半身隠れながら――力説したのだ。
「つまり、わざわざレリウスってやつを庇ったのか」
面倒なことを、と言いたげなデルドアにヴィグが肩を竦める。
「スタルス家の三男に生まれたはいいが兄二人が稼業も騎士道も完璧にこなして、やるべきことが見つからなくて焦りとか憤りがあったんだろ。そこを黒騎士に利用された……家の問題の重さは誰よりわかってるつもりだからな。まぁ、微妙に同情しちまったんだよ」
「兄弟だのなんだの面倒くさいな。お前はそれでいいのか?」
「あぁ、それに一発殴ったし」
「殴ったのか」
「全力でいった!」
晴れやかな表情で語るヴィグに、デルドアが眉間に皺を寄せつつそれでもと頷いた。
黒騎士にとどめをさした彼は、それでも人間の法に疎いからとレリウスに関してのいっさいを聖騎士に任せたのだ。功績もいらない、人間の名誉だの勲章だのといったものには興味ない、レリウスがどうなろうと構わないから好きにやってくれ……と。
その結果ヴィグの財布が軽くなったのだが、なんとも魔物らしい考えではないか。――ちなみに、この件に関してアランの財布は死守された。それどころか便乗してアランもロッカもお腹いっぱいである――
「それで、あっちは?」
あれでいいのか? とデルドアが詰め所の一角、四人掛けのテーブルが置かれている場所へと視線を向ける。一応の応接スペースであるそこにはアランとロッカと……そして向かい合うように一人の青年が座っていた。
「アラン嬢、貴女にはなんとお礼を言っていいやら……」
「いえ、別にそんなわざわざ来ていただく程のことではありません……」
「そんな謙遜しないでください。あの日、自らの危険を省みず僕を逃がそうとした貴女の勇ましい姿、そして議会室で庇ってくださった貴女の凛々しさ……まるで女神のようだ!」
「うぼぁ」
「アランちゃんから不思議な音が!」
ウットリとした表情でアランに言い寄るのはもちろんレリウスである。
対して向かい合うように座っているアランは心の底から引いていると青ざめた表情を浮かべ、彼の寒気がしそうな台詞に何ともいえない声をあげている。
いったいどうしてこうなったかと言えば、今日も今日とて雑務に励んでいたところ、突如レリウスが押し掛けてきたのだ。そうしてアランを見つけるや否や開口一番「僕の女神!」である。
すわ再び魔眼にかかったのかと危惧したものの、彼は議会から言いつけられたとおり監視を連れているし、居合わせたデルドアもロッカも甘い匂いはしないと首を横にふる。
つまり、本気である。
本気で口説いているのだ。
大人しく淑やかで麗しい、が良しとされている社交界で生きてきた彼にとって、真逆を歩む――歩まざるをえなかった――アランは新鮮で、そのうえ過ちを犯した自分を二度も救ってくれたのだ。命の恩人、ゆえに「女神」になってもおかしくない……の、かもしれない。
アランとしては「冗談じゃない!」と悲鳴をあげて鳥肌をおさえるのに必死だが。
「アラン嬢、もう一度僕との未来を考えていただけないでしょうか」
「もう一度もなにも、いっぺんたりとも考えたことはございません」
「あぁ、その冷たい態度が愛の炎をさらに燃え上がらせる……!」
「うげぅ」
「アランちゃんからまた変な音が!」
そんな三人のやりとりを眺め、「あれでいいのか?」と再度デルドアがヴィグに視線で訴える。
「アランは聖武器絡みで人生狂わされるのが見てられなかったんだ。死なれるよりマシだろ」
「だけどなぁ……見ろ、ついには小刻みに震えだしたぞ」
「口説かれ慣れてないんだ。あの初心さ、可愛かろう!」
「どうしてお前が胸を張る」
盛大に溜息をつきつつデルドアが「仕方ない」と三人が座るテーブルへと向かい、ヒョイとアランを片手で持ち上げると、その代わりにとヴィグを座らせ、次いで三人の前に湯飲みを置いた。
そうして誰もがキョトンとしているなか、パン!と手を叩くや「よし、再開」と告げる。
まるで合図のような彼の言葉に、最初に我に返ったのはレリウス。
「アラン嬢! どうか僕と結婚を前提にお付き合いをしてください! なんだったら結婚してください!」
と、突然のプロポーズである。これに対してアランがまたも変な声をもらしかけ……ムグとデルドアに口を塞がれた。大きな手で押さえられては一言も漏らせず、いったいなんだとアランが彼を見上げる。
が、次の瞬間レリウスのプロポーズを聞いたヴィグがドンと勢いよく湯飲みをテーブルに叩きつけた。
「どこの馬の骨ともしれない男に、うちの可愛いアランを嫁にやれるわけがないだろ!」
そう怒鳴りつけるや、次いで隣に座るロッカに
「なぁ、母さん!」
と同意を求める。突然の展開に目を丸くさせていたロッカだが、この発言に何やら覚醒したのかカッ!と目を見開くや表情を厳しくさせ
「菓子折りの一つも持ってこないような男が、うちのアランちゃんに吊り合うとでも思っているのかしら!」
と厳しい口調で――そしてなぜか女性口調で――レリウスを叱りつけた。
「もう君と話すことはない、帰りたまえ! 母さん、塩を持ってきてくれ!」
「えぇ!」
強引に話を終わらせ、ヴィグとロッカがレリウスを立ち上がらせる。さすがのレリウス・スタルスもこの展開にはついていけないのか、それとも役柄的に追い返される流れなのか、「アラン嬢、僕はあきらめません!」だの「愛は障害があるほど燃え上がるのです!」だのと薄ら寒いことを言いながら詰め所から追い出されてしまった。
それを見るレリウスの監視役の濁りきった目といったらない。死んだ魚だってまだ目に生気を宿しているというもの。
そうして二人がレリウスを追い出しその背に塩を投げつけるのを見届け、アランがはたと我に返って自分の口を塞ぐデルドアの手を叩いた。
ゆっくりと手が離れ、思わずプハと小さく息が漏れる。そうして今度はゆっくりと、そして深く息を吸い込むと……
「なに父親みたいなこと言ってるんですか! 誰が誰のお母さんですか! ロッカちゃんなんでうちの詰め所の調味料置き場を把握してるの! ヴィグ団長、それは岩塩です監視の人に当たると可哀想なので止めてあげてください! レリウス様はいい加減にあきらめてください! そして監視の人に至ってはなんかもうとりあえずごめんなさい!」
「おぉ、溜め込んだぶんを一気に言ったな」
「そもそもはデルドアさんですよ! なんですか、あの茶番!」
「うまく追い出せただろ?」
「だからって! ……まぁ、そうですけど」
喚いたことで気が晴れたのか、それとも脱力なのか、あっさりとアランが認めればデルドアがクツクツと笑う。そんな彼を見上げつつ、アランが小さく溜息をついた。
「関係者以外立ち入り禁止って紙でも貼ろうかな」
「そりゃいい、あの男がまた来る前に貼っておけ」
「関係者以外、ですよ。貴方もロッカちゃんも入れなくなりますけど」
「人間の決まり事は俺の分野外だ」
楽しげなデルドアの発言は暗に「立ち入り禁止なんて知ったことではない」と言っているようなものだ。そのなんとも魔物らしい考えにアランが肩を竦め、改めて彼を見上げた。
ヴィグとロッカを見る楽しげな赤い瞳。なんとも魔物らしいその色合いは、彼が人ではない証。だけどまさか魔銃の魔物だなんて思いもしなかった。
だが不思議と恐怖感はない。文献で読んだときは絶対的な強さと「世界の果てにいても撃ち抜く」という記述に震え上がったのに。
文献に記されている当時の魔銃の魔物ではないからだろうか。
それとも聖武器の加護が働いているからか……。
そんなことを考えつつ、アランがデルドアのロングコートの裾を掴んだ。
クイと軽く引っ張れば、赤い瞳がこちらを見下ろす。どうした? と言いたげな彼の瞳をジッと見据え、改めて礼を告げた。
「デルドアさん、ありがとうございました」
「何が?」
「色々と、助けていただいて」
「あぁ別に、気にするな」
そう言い切るデルドアが妙にかっこよく、アランが小さく吐息をもらし……
「ただ、次あいつが菓子折り持ってきたら気をつけろよ」
つられるなよ、と、そう念を押され、吐息を盛大な溜息に変えた。
…第一章 end…
『ふたりぼっちの聖騎士団』第一章はこれにて終わりです。
お付き合い頂きありがとうございました。
引き続き第二章『硝煙の王子と棘城の赤ずきん』もお読みいただければ幸いです。
最初はちょっとシリアス気味ですが、結局はポンコツカルテットがわいわいする感じになります。笑
相変わらずの奇数日夜9時(たまに推敲が間に合わず遅れる)更新です。