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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第一章『ふたりぼっちの聖騎士団』
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「普通、自分だけ避けるか!?」

「普通なんて知るか、俺は避ける。おいロッカ、俺のコートで顔を拭くな」

「くひゃい、はにゃがきかにゃい」

「可哀想に、またロッカちゃんが口半開きになって。おいアラン、お前もこっち来てなんか訴えろ!」


 ほら! と促すヴィグに、つられるようにデルドアが振り返る。

 三人のやりとりを眺めつつ顔や体を拭っていたアランは、突然話を振られたことにキョトンと目を丸くさせ……ついでデルドアと目があうと小さく彼の名を呼んだ。


「……デルドアさん」


 窺うように発せられた声は、自分自身どこか他人行儀に聞こえる。対してデルドアは呼ばれるやその声色も構わずにこちらに歩み寄ってきた。

 高い身長、銀色の髪、たなびく茶色のロングコート。

 ……そして赤い瞳。

 魔銃は既にしまったのか――どこに、と問わないのは彼の中だと知っているからだ――その手になく、それでもアランの脳裏には鮮明に焼き付いている。

 禍々しく、獣の唸りのような轟音を放つ魔銃。そしてそれを操る彼は、かつて聖騎士団を恐怖に陥れた……


「デルドアさん、魔銃の魔物だったんですね……」

「……あぁ」


 否定するでもなくかといって何かを説明するでもない。その彼らしくシンプルな返答に、アランが小さく「知らなかった」と呟いた。

 彼等がどこに住んでいるのかも、元々どこに居たのかも、それどころかデルドアとロッカの繋がりも、考えてみれば自分は何一つ知らなかったのだ。彼等は魔物で、それでも無害で、きっと自分たちのようなポンコツだと思っていた。

 それがまさか、かつて聖騎士団を苦しめた魔物だったなんて……。


「……アラン」


 ポツリと呟くような小さな声に名を呼ばれ、それと同時にアランが顔を上げた。


「どうしてそんな隠し玉があるって言ってくれなかったんですか!」

「……は?」

「そもそも、貴方が出し惜しみしなければ、私達もっと早く黒騎士を倒せていたかもしれないんですよ!」


 キィキィと喚くアランに、デルドアが僅かに目を丸くさせ……ついで、その赤い瞳をやんわりと細めて苦笑を浮かべた。その表情には微かに安堵の色があるのだが、あいにくと彼に対して喚いているアランは気付かなかった。

 なにせいまだ体が痛むのだ。聖武器の加護で重傷こそ免れたものの、それでも所々に残る痛みは無視できるものではない。――この中途半端な回復力もさらにアランの怒りを増させる。……つまり、八つ当たりである――


「仕方ないだろ、そう簡単に出せるものじゃないんだ」

「そういうものなんですか?」

「あぁ、気分による」

「気分!?」

「あと、昼飯食ってなかったのも大きい」

「ご飯! けっこう単純な扱いなんですか!?」


 魔銃なのに! とアランが訴える。だがデルドアは「単純と言われても……」と困ったように頭を掻くだけだ。彼からしてみれば魔銃を出すための何よりの条件なのだが、文献を読みあさり『魔銃の魔物』がいかに恐ろしく驚異であったかを記録として見せつけられたアランからしてみれば肩すかしを喰らったようなものである。

 そんな二人の明らかな温度差に、見兼ねたヴィグが「はい、そこまで」と割って入った。


 人の声が聞こえてきたのは、ちょうどその時である。

 見れば騎士達がこちらに向かってくる。胸に輝く金糸の刺繍は、数いる騎士の中でも選ばれた者のみで構成される精鋭部隊第一騎士団だろうか。寸分違わず足を進める規律のとれたその姿に、ヴィグが「おせぇ」と文句を言いつつ彼等の元へと向かった。

 アランはその背中を視線で追いつつ、ふと第一騎士団の中にレリウスの姿を見つけ、彼が無事だったことに安堵し……ヘタとその場に座り込んだ。

 デルドアが目を丸くさせる。ロッカが「アランちゃん?」と首を傾げつつ、しゃがみこんで目線を合わせてくる。


「アランちゃん、どうしたの?」

「……腰が抜けた」

「今更!?」

「聖武器の加護で恐怖心を紛れさせてたんだけど、それが切れると……」


 フルフルと震えだす手をギュウと握りしめ、アランが情けなさそうに説明をする。

 戦っている最中こそ聖武器の加護で恐怖心も多少和らぎ冷静な判断が出来るようになっているが、アランの根っこは只の少女。聖騎士になって間もない、まだ新米にすぎない。

 本来であれば、かつての聖騎士ですら恐れた黒騎士を前にまっとうに動けるわけがないのだ。怯えて逃げるか、それすらも出来ず死の恐怖に震えるのが関の山である。

 そのうえ聖騎士を押しつけられたアランには騎士としての志があるわけでも、覚悟があるわけでもない。

 それを補うのが聖武器の加護。そしてそれが切れた今、押さえつけられていた恐怖心が舞い戻ってきたのだ。


「アランちゃん大丈夫? サンドイッチ食べる?」

「ありがとうロッカちゃん。でもサンドイッチは食べない。絶対に食べない」

「聖騎士のくせに情けない」


 デルドアが盛大に溜息をつく。それに対してアランが何か言い返そうとし……ムグと口をつぐんだ。なにも言い返せない、なにせ事実だ。

 腕をさすってくれるロッカに比べ、彼はなんて容赦がないんだろう。そして彼の言葉の通り、なんて自分は情けないんだろう。

 己の不甲斐無さを改めて自覚し思わずアランの瞳が揺らぐ。だが次の瞬間、目線を合わせるようにしゃがみこんだデルドアと視線があい、思わず目を丸くさせた。

 面倒くさそうな表情。それでも「立てないのか?」と聞いてくる。


「いつ頃なおるんだ?」

「遅れてくる恐怖心を甘くみないでください。あと三時間は動けませんね!」

「なんで得意気なんだよ」


 デルドアが再び溜息をつく。それに対して、まるで自分の小心さを笑われているような気さえして、思わずアランが視線をそらした。

 だって仕方ないじゃないか、相手はあの黒騎士だし、まともに戦うなんて初めてだったんだから……。

 そう心の中で惨めな言い訳をしつつ、聞こえてきた「仕方ないな」という声に顔をあげ……


 ヒョイ、と抱き上げられた。


 一瞬にして体が浮かぶ。先程まで隣に居たはずのロッカがこちらを見上げている。なにより近くに見えるのが、デルドアの顔……。

 担がれた時に見た彼のロングコートではなく、見上げた直ぐ先に顔がある。体に触れる彼の胸板、背に当たるのは彼の腕、そして足元にも支えるように彼の腕が入り、両の腕で持ち上げられている……これは、まさに……。


 お姫様抱っこだ。


「デ、デルドアさん!?」

「ん?」

「な、なんで!」

「なんでって、お前が動けないからだろ」


 さっさと戻るぞ、とデルドアが歩きだそうとする。

 それと同時にアランの視界が動き出し、そしてこちらを見る第一騎士団の面々が見えた。思わず悲鳴が上がる。


「他の騎士達もいますし、流石にこの体勢は! あの、下ろしてください!」

「イチ、ゼ」

「大人しくしますのでぶん投げないで!」


 悲鳴をあげつつ降参宣言をすれば、デルドアが再び溜息をついた。

 まったく、とでも言いたげな表情。それでも降ろす気はないようで、抱き抱えられたまま流れていく景色にアランがどうしたものかと胸元で手を動かす。いままでの人生でこんな風に抱き抱えられたことなんて一度も無かったのだ、どうして良いのか分からない。


 彼の首に腕を回す?

 まさか、そんな抱きつくようなこと出来るわけがない。

 彼の服を掴む?

 それで、掴んでどうなる。


 やり場のない両の手を落ち着きなく胸元で動かすアランに対して、デルドアとロッカは暢気なもので「先に戻ってるぞ」「またあとでねー」と、未だ話し込んでいるヴィグに声をかけている。


 あぁ、こちらを見る騎士達の視線が痛い。


 そうしてしばらくは手持ち無沙汰の両手を動かし、さんざん持て余した結果、そっ……と両手で顔を覆った。

 何もかも恥ずかしくて、デルドアの顔を直視できなくて、そしてなにより、真っ赤になっているであろう顔を見られたくないからだ。




 そんな激闘の日から数日、聖武器の加護ですっかり戦闘の傷も癒え、聖騎士団は今日も今日とて雑用に励み……はせず、王宮にある大会議室の屋根裏に忍び込んでいた。

 本日、この大会議室ではレリウス・スタルスの処断について決議が下されようとしていた。もちろん、先日の黒騎士の件である。

 本来であれば正式な裁判として相応の場所にて行われるべきなのだが、ことがことなだけに王宮の会議室で、厳重な警備のもと傍聴人が誰一人いない中で行われていた。


 並ぶ面々は国内の政治に携わる者や、名家の中でも最上位に位置する重鎮達。各騎士団の団長までもが並び、その空気の重苦しさといったらない。

 だがそれほどまでに重大な事件だったのだ。

 かつて倒したはずの黒騎士の再来。それに関与したのが名家スタルス家の三男となれば、秘密裏に行われるのもこの顔触れも納得である。


「まぁ、最たる関係者である俺達が呼ばれてないんだがな」

「団長、シッ! ほら、スタルス家当主様が何か話そうとしてますよ」


 ブツブツと文句を言うヴィグを宥め、アランが床に開いた微かな隙間に意識を向けた。

 眼下の大会議室では今まさにレリウスの父であるスタルス家当主が直々に息子に決議を伝えようとしている。その重苦しく張りつめた空気が屋根裏にまで上ってきそうで、アランが小さく息を呑んだ。威圧感に喉がひきつりそうになる、見ているだけで緊張してくる。

 あの場に立たされ、そのうえ一切の発言も許されず味方もいないレリウスに同情さえしそうになる。自業自得とはいえ、これではあんまりだ。


 そうして下された決断は、レリウス・スタルスの処刑という、酷くあっさりと、それでいて過酷なものであった。


 といっても、彼が黒騎士に関与し再び暗黒の時代を招かんとしていたのは明白。意識が靄かかっていたらしいがそれでも本人が認めたのだ。

 なにより、亜種自体が未知の存在である以上、レリウス・スタルスが『亜種』である可能性もある……と。

 その発言にアランとヴィグが顔を見合わせた。「亜種かどうか分からないだって!?」と、そうして二人同時に走り出したのは、もちろんこの決議に異論を訴えるためであり、なおかつ屋根裏から登場するわけにはいかず正門から入り直すためである。



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