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【完結】ふたりぼっちの聖騎士団  作者: さき
第一章『ふたりぼっちの聖騎士団』
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 現状、残された聖騎士の家系はアランのコートレス家とヴィグのロブスワーク家のみ。当人達こそ『代替騎』『スケープゴート』と陰口を叩かれ蔑まれてはいるが、両家は大きく、社交界での地位も高い。

 だからこそ地位と栄華を保つために『聖騎士』というマイナス要素を二人に押しつけて見て見ぬふりをしているのだ。ゆえに両家がいかに大きくてもその権威は彼等を守ることなく、大きな括りでは国に仕える騎士でありながら、聖騎士の二人は騎士団・社交界共にヒエラルキーの最下層にあり鬱憤の溜まる上流階級のはけ口とされていた。


 ズザッ! とアランが盛大に転んだのは平坦な道に躓いたから……ではない。悪意のある数人の男達に道を塞がれ、ならば道を変えようとしたところ背中を強くおされてバランスを崩したのだ。

 いや、押された、というよりは突き飛ばされたと言った方が正しいか。

 その衝撃で持っていた本が散らばり、フィアーナから貰った菓子も転がる。慌てて拾おうと手を伸ばすも、指先が掠る寸前にその一つが無惨に踏み潰された。


「あっ……」


 小さくアランが声を漏らせば、それに対して笑い声があがる。

 悪意のこもった声。下品だ、とそう心の中でアランが悪態をつきつつ立ち上がろうとし……再び背を強く突き飛ばされ地面に顔を打ち付けた。

 チカチカと瞬く視界の中、散らばった菓子がまた一つ踏み潰され、誰かが本を拾うのが見える。


「魔物の討伐録……聖騎士様は随分と勉強熱心だな」

「もう倒すべき魔物なんていないのに。おっと、用済みなんて言ってないからな」


 嫌みしかないその言葉に、ゲラゲラと下卑た笑い声が続く。

 二度も地面に這い蹲らされたアランはその声を聞きつつ、恐る恐る伺うようにゆっくりと起き上がった。幸い今回は背中を突き飛ばされることなく、立ち上がると同時にパタパタと服の汚れを払う。

 極力動じていないように振る舞わなくては、怖いけれど、痛いけれど、逃げたいけれど、聖騎士として逃げてはいけないのだ。……同じ騎士が相手なのだからなおのこと。

 ここで無様に泣いたり怖がれば聖騎士への視線は更に冷ややかなものになり、社交界でも笑いの種にされるだろう。コートレス家にもロブスワーク家にも迷惑はかけられない。

 それがなおのことアランを惨めにさせても、だ。

 いったいどうして、押しつけられたこの称号と、そして見限った家のために我慢しなくてはいけないのか……。


「……返してください」

「は?」

「その本、返してください」


 俯きつつ手を伸ばせば男の舌打ちが返ってきて、アランが僅かに眉をしかめた。舌打ちしたいのはこちらの方だ、もちろんそんなこと言えるわけがないのだ。

 だが目の前の男はアランと本を数度見ると、応えるようにスッと本を差し出してきた。意外だ、案外に素直に返してくれるのだろうか……とアランが男を見上げる。

 だが次の瞬間、まるでその考えをあざ笑うように男が本から手を離した。バサと音立てて本が地に落ちる。

 落とされたのだ。それも、わざとらしく目の前で。

 そんなあからさまな嫌がらせにアランが眉間に皺を寄せた。これが地位のある者の、騎士のやることか……と。


「あー、悪い代替騎、落っことしちまった」

「怒るなよ、俺達はお前等と違ってちゃんと(・・・・)任務について訓練して疲れてるんだ」

「おいおい、あんまり言うと聖騎士様が怒っちまうぞ。俺達が魔物なら一瞬にして殺されちまう」


 そう交わされる会話のなんと楽しそうで、それでいて嫌みたらしいことか。もっとも、いかに笑い声が響こうが当然だがアランだけは一緒に笑う気になどならず、ギリと唇を噛みしめながらも落とされた本を取ろうとしゃがみこみこんだ。ここで反論しても、嘆いても、ましてや泣いたところで彼等を楽しませるだけだ。

 冷静に、なんでもないふりをしなくては……そう自分に言い聞かせながら無惨に地に伏せる一冊に手を伸ばした瞬間、男の足がふいに浮いたことに気付いた。

 次いで後頭部に何かが触れる。押されるような、踏みつけられるような、その感触にアランがまさかと一瞬にして表情を青ざめさせ……


 グイ、と強引に押され、顔面から地面に叩きつけられた。


 視界が真っ白に輝く。咄嗟に目を瞑りこそしたものの、打ち付けた右目が火を灯したかのように熱と痛みを訴える。

 圧迫されるような痛みにアランが呻けば、後頭部に触れていた靴底の感覚が消えた。


「おっと、悪いな。まさかそんなところに寝転がってるとは思わなかったんだ」


 ゲラゲラと下品な笑い声が頭上から降り注ぎ、アランの瞳に涙が溜まる。

 痛くて、情けなくて、そしてなんて惨めなのだろうか。思わずグスと鼻をすすれば「泣いてやがる」と笑い声が更に強まる。

 その声に対して自棄になったように雑に目元を拭い、踏まれても構うものかと意地になって本へと手を伸ばし……



「ほら見ろ、やっぱりお前が一番危なっかしい」



 と、聞こえてきた声に顔を上げた。


 茶色のロングコートがたなびく。

 銀色の髪が揺れ、見目のよい顔つきながらどこか面倒くさそうに赤い瞳を細め、片手で構える銃を男のこめかみに押しつける。どこから現れたのか、それでも呼吸一つ乱さず、まるでここに居るのが当然だと言いたげなその堂々とした出で立ちに、男達はもちろんアランも目を丸くさせた。


「デルドアさん……」


 ポツリとアランが名前を呼ぶ。だが彼から返ってきたのはカチャと引き金を軽くいじる音。銃口が向かうのは先程アランを踏みつけて笑っていた男だ。その表情から笑みは消え、今では見るも哀れなほどに青ざめている。

 なにせこめかみに銃口。それもデルドアの口調は脅すようなものではなく、まるで世間話のような口調だったのだ。その掴み所のなさが更に恐怖をあおるのだろう。優位に立っていたはずがたった一人の登場によりすべてを覆され、男達の間に緊張が走るのが空気で伝わってくる。

 もっとも、彼等にとっては見知らぬ男であってもアランにとっては見慣れた相手、僅かに安堵を浮かべて彼の名を呼んだ。


「どうしてここに?」

「買い物。ロッカとはぐれて、迷子預かり所に行こうとしてたんだが、その途中で見つけてな」


 それで寄った、と軽々としたその口調に、アランが彼らしいと苦笑を浮かべた。

 先程までの惨めさが薄れ、安堵に変わる。それどころか、今頃迷子預かり所でお菓子を貰っているであろうロッカを思い浮かべてしまうのだ。そんな場合じゃないのに、惨めに嘆いていたはずなのに。


「デルドアさん、頭は撃っちゃダメですよ」


 苦笑を浮かべつつ告げるアランのまったく制止になっていない言葉に、デルドアが「熊とは勝手が違うな」と小さく肩を竦めた。


「一発ぐらいなら良いだろ」

「回数の問題じゃありませんよ。あぁ、でも……」


 そうか、とアランが一人ごちる。果てには「そうですねぇ」と納得するようなことまで言い出すのだ。

 その反応に男達がギョッとしたのは言うまでもない。普通ならばここは「人殺しは駄目!」と訴えるべき流れなのだ。だというのにアランはなにやらブツブツと呟き、果てには「それもありかなぁ」と折れそうなニュアンスの言葉まで口にしだす始末。

 これには男達も顔色をよりいっそう青くさせ、銃口を突きつけられている男に至っては涙目である。


 なにせ彼等は知らないのだ。

 銃を構えるこの男が実は魔物であり人間の法にも道徳にも縛られていないことを、そして実際に彼が何かしらの罪を犯したとしても裁ける者が聖騎士だけだということを、知りもしないし考えすらしていないのだろう。この状況下だ、デルドアの瞳を見て彼の正体に気付く者もいない……どころか、銃口を突きつけられ硬直する男はもちろん、それ意外の者も誰もが真っ青な顔で次の標的にされまいと視線をそらしている。


 そんな中、一人危機を脱して暢気なアランは「一発ぐらいなら」とついにはデルドアに同意しかけ、ふと男達の一人と視線をあわせてしまった。青ざめ、そして請うような視線に思わず小さな溜息が漏れる。

 そうしてグイとデルドアのコートの裾を引っ張り彼の名を呼ぶ。この状況下において「うん?」と首を傾げつつ視線を寄越す彼に脅しも緊迫の色も見られない。


「デルドアさん、やっぱりダメです。貴方が犯罪者になったら私達が追わなきゃいけなくなります」

「ポンコツ騎士が俺に追いつけるとでも?」

「なに得意気に逃げ切る宣言してるんですか。とにかく、銃をおろしてください」

「せっかく買った弾の試し撃ちができると思ったんだが……」


 残念だ、とデルドアが渋々と銃を下ろす。その瞬間に駆け出し、あっという間に逃げ去っていく男達の素早さと言ったらない。

 その背を見送り、アランがフゥと小さく一息ついた。


「デルドアさん、ありがとうございました。助かりました」

「ん? 別に」


 さも平然と、むしろ当然だとでも言いたげなデルドアの返答にアランが僅かに目を丸くさせた。

 なんだろう、今の彼は妙にかっこいいような……。

 当然のように助けてくれたことや、今も本を拾い集めてくれているところ。代替騎になっていこう冷遇しかされてこなかったアランにとって、デルドアの行動一つ一つが胸にとけ込み……。


「吊り橋!」


 と、自分を叱咤した。

 ダメだ、アラン・コートレス。これはいわゆる吊り橋効果、勘違いしてはいけない……!


「なんだ、どうした。三途の川でも見たのか?」

「渡りやすくなってどうするんですか。そうじゃなくて……べ、別になんでもありません」

「なんでもないで橋の形式を叫ぶのか。よく分からないな」


 理解しがたいと溜息をつき、それでもデルドアが集めた本を渡してくる。見ればあちこちに散った菓子も拾い集めてくれたようで、本の上に小さな山を築いていた。

 さんざん踏まれたおかげで崩れきったその無惨な姿にアランの眉尻が下がる。フィアーナがくれた菓子「おやつに食べなさい」とまるで子供に与えるような口調が嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。

 その思いも、そして彼女の優しさすらも踏みにじられたような気がして、アランの瞳にジンワリと涙が溜まる。

 だがここで泣けば、せっかく青ざめさせた男達に白星をやるようなものだ。そう自分に言い聞かせグイと目元を拭った。

 その際に小さく声をあげたのは、もちろん片目が痛んだからだ。幸い目を開けられるようにはなったが、ピリと痺れるような痛みが残るし違和感もある。立ち上がればクラリと大きく視界が揺らぎ、支えようとした左足から力が抜けた。


 倒れる。

 そうアランが判断するのと同時に目を瞑る。次いで体全体に打ち付ける痛みが走り……はせず、締め付けるような感覚が体に伝った。

 ゆっくりと目を開ければ、見慣れたロングコートと服。それも目と鼻の距離にある。

 これはデルドアさんの服だ……と、アランがボンヤリと考えれば、はたと我に返るように自分が彼の腕の中にいることに気付いた。倒れる瞬間に抱き寄せられたのだ、逞しい腕が背を押さえ、彼の胸板に体が触れる……。


「吊り橋!」

「うるせぇ。そもそも、お前はその直ぐに立ち上がる癖をいい加減に直せ」

「人生がなかなか立ち上がれないので、こういう時だけは直ぐに立ち上がろうと思いまして」

「それでフラついて倒れたら話にならないだろ」


 一刀両断しつつ、それでも支えながら立たせてくれるデルドアに、アランが「確かに」と頷いた。

 あの熊の時も、今も、それどころか今まで何度も。立ち上がろうとしていつもクラと視界が揺らいで倒れてしまうのだ。それで何度、頭や背中を打ったことか。

 今後はもう少し慎重に立ち上がろうか……そうアランが考えつつ目元を拭い、鋭い痛みに眉をしかめた。


「嫌だな、きっと痣になる……」


 目元に青あざを作る自分の姿を想像し、アランが忌々しげに呟く。

 なんとも間抜けな光景ではないか。とりわけ、同業者から受けた嫌がらせの末に負わされた傷とあれば二重の意味で哀れさが増す。

 そんなアランの表情を疑問に思ったのか、デルドアがひょいとかがんで顔を覗き込んできた。


「治らないのか?」

「治りませんよ。明日ぜひうちの詰め所に来てください、可愛いパンダちゃんがお出迎えします」

「そりゃ楽しみだ。だけど……あぁ、そうか、聖武器の加護は働かないのか」

「えぇそうです。聖騎士といっても、人間相手じゃこんなもんです」


 情けないでしょ、とアランが自虐的に笑えば、デルドアが小さく溜息をつき改めて念を押すように「気をつけろよ」と告げてきた。


「いくら美味そうな菓子だとしても、あんな男達について行くなよ」

「……はい?」


 どういうことですか? とアランが首を傾げる。対してデルドアはアランの持っている本を……その上に乗せられた菓子を指さした。今でこそ踏み潰されて砕けてしまっているが、元はそれはそれは美味しそうな焼き菓子だったのだ。柔らかそうなマフィンに、可愛らしく木苺が飾られたクッキー……。

 それらにを指さしつつ「これにつられたんだろ?」と言いたげなデルドアの表情に、アランは数度パチパチと瞬きを繰り返し……


「貴方の中の私、危なっかしすぎやしませんか!?」


 と声をあらげた。



 結果的にアランは七日ほどパンダだった。

 幸いなことと言えば痣で済んで腫れ上がらなかったことか。それでも年頃の少女として顔の傷は誇れるものではなく、人に見られないように眼帯をつけて生活していた。

 なんて情けない。なんて惨め。これが聖騎士の扱いか。

 それでも、ヴィグやロッカに「パンダちゃーん」と呼ばれると、元気よく「はーい!」と眼帯をとって返事をするくらいには気分は晴れていた。

 デルドアのおかげだ、とは、流石に恥ずかしくて言えないが。


3/2『スケープゴート』の表記を変更しました。

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