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三十章:「姉貴って馬鹿?」



逃げれなかった。

彼に会えなかった。

その気持ちで私は狂いそうだった。




明朝、私は空港におり出発を待っていた。

ロビーのソファーで座り込む私の隣に立つのは唯一の家族 桐。

機嫌の悪さも隠そうともしない彼にいつもなら苦笑するが今はそんな気にもならない。

それほどまでに私の精神は衰弱していたし、何よりも彼に……音樹くんに二度と会えないことに絶望していた。

「……音樹くん」

「会いたいのかよ?」

「…………」

桐の言葉に私は小さく頷く。

会いたくないわけがない。

出来ればずっと傍にいたい。

でも、私の立場がそれを許さない。

“デザインチャイルド”

その名前が私を許さない。

「……逃げないのかよ?」

「無理よ

あの頃はお母さんのお兄さん……叔父さんが居たから私たちは逃げれただけよ」

今はその叔父さんの連絡先さえ分からない。

そんな状況でお父さんから逃げれるはずもないのは私が一番よく分かっている。

……分かっていてても彼に会いたいと思うのは罪なのだろうか?

黙り混む私の耳には桐のため息が聞こえてくる。

見ると呆れたように眉を寄せている彼がいる。

「姉貴って馬鹿?」

「はあ!?」

聞き捨てならない言葉を聞いた私は思わず立ち上がり弟を睨む。

桐は私の睨みをものともせずに言葉を続ける。

「姉貴は少しは我が儘になるべきだ

姉貴が逃げたいって言えば俺は姉貴をここから連れていくことだって覚悟の上だ

姉貴が望めば俺はそれを叶える」

「……」

「音樹に会いたいなら言えよな!」

「桐……」

桐は普段私にキレることはない。

弟がキレるのは私の為を思ってこそだ。

「……姉貴は最上司が怖いから逃げれないんだ

臆病者すぎる」

「……逃げたら音樹くんにも迷惑かかるわ

彼は普通なんだから」

「その普通に惹かれたのは姉貴じゃないかよ!

第一音樹は!「用意はいいか」

桐の言葉に被せるように言ったのは最上司だった。

彼は何を考えているのかわからない無表情で私たちを見ている。

それに私は恐怖し、桐は忌々しげに舌打ちをした。

「行くぞ」

「……はい」

「姉貴!」

絶叫する桐に心を痛めながらも私は無表情を貫く。

確かに桐の手を借りれば逃げれるかもしれない。

だけどそれと引き換えに音樹くんにこれ以上の被害をもたらしてしまうかもと思うと動けなくなる。




最上司に続いて搭乗口に入り座席で離陸を待つ。

あと数分で日本を離れることになる。

思うのは短い学校生活での音樹くんとの会話。

残酷なまでに優しく愚かな彼。

それはこの先の彼の印象に変わらないだろう。

『ピンポーン

お時間になりましたので発進します

シートベルト……』

「(お別れね……

貴方に会えてよかったよ、音樹くん)」



飛行機が離陸しアメリカに向けて発進した。




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