表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/15


「……眠った、かな?」

 瞼を閉じた白い顔を見おろす。

 瞳が隠れると途端に作り物めいた印象になるから、不思議なものだと思う。

 儚げな……一夜しか咲かない花のような、頼りない風情の“人形”。

 実のところ、青年を容れる他の人形もあったのだ。

 男性型もあれば、もっと顔かたちが美しい女性型もあった。

 その中でナギはこの人形を選んだ。どうせ近くで見ているなら、あんまり煩くない、自己主張しないのがいいなあと思ったのだ。

 男性型はまず却下。派手派手しいのも同じく。

 そして端整ではあるが、個性に乏しいこの人形を選んだ。女性、というより、少女といえる、人形を。

「ごめんね。この上あのことまで言ったら、きっとまた怒るだろうね。さてどう言ったものやら」

 ささやきに腕の中の体はぴくりと反応するが、目を覚ますことなく眠り続けている。次に目覚めた時は、多分。

 それを思うと少し気が重かった。

 また泣かれるのは嫌だなあと思ってしまったから。

 行うであろう諸々の行為については、喜々として仕掛ける自分が想像できてしまう。

 ……涙の膜が張った目は、光をはじいて宝石のように煌めいて見えた。

 それに束の間見惚れていたと思う。

「こういうのも、一目ぼれって言うのかなあ」

 何しろ初めに気になったのは“眼”だしねえ。

 細い体を抱きかかえ、寝台へと運び、横たえる。乱れた黒髪を指で梳き、整えてやった。首元まで上掛けを掛けてやり、離れようとした時。

 つん、と何かに引っ張られ、視線を下に向けた。

 自分の上着の裾を掴む、細い指先。

 まるで、行かないでと引き留めているような。

「男の腕は嫌なんじゃないの?」

 囁いて頬を撫でてやると、くすぐったさに首を竦めながらも、温かい手の方へと顔を擦り寄せてくる。

「あれれ……ふふ、本当に可愛いね。この人形にして正解だったかな。でもきみにとってはとんだ災難だろうねえ」

 白い顔の上に、二度だけ会った青年の顔を思い浮かべる。

 くすんだ金の髪と、青い目をした青年が、最後に呟いた言葉を、自分は確かに聞いた。

「覚えてないんだよね、ま、私が覚えてるからいいかな」

 言葉も、失くしてしまった姿も、全部覚えているよ。

 きみがいつか忘れてしまっても。

 魔術師なんて皆何処かが歪んでいる。何かに強く執着する。自分はさして何にも執着しない方だと思っていたのだが。こんな落とし穴が待っていようとは。

「運が悪かったと思って諦めてよ。その分大切にするから」

 今は届かないとわかっていても、ささやき続ける。

「きみの目が覚めた時が勝負だなあ」

 もちろん、負ける気はないけどねと、魔術師は不敵に笑った。



 なんだか背中があったかくて気持ちいい。ゆうべ、姐さんとこに泊まったんだっけ?いや、それなら姐さんの体を俺が抱きしめてるはずだから、何で背中があったかいんだろう。

 疑問に思いながら身じろぎしようとして。体の前に回された腕に気付く。 何だろう、これ。

 うっすら目をあけると、引き締まった二本の腕が見えた。うしろから抱き込まれるようにして眠っていたらしい。……誰に?

 そこで一気に目が覚めた。うん、こんながっしりした腕、姐さんのじゃありえないし。

 シエナは少しずつ思い出した。自分が今どんな姿になっているかを。

 そして、自分を抱きかかえるようにして眠る魔術師のことを。

 すうすうと寝息をたてて、魔術師は眠っている。カーテンの隙間から光が差し込んでいるから、どうやら朝であるらしい。

 確かに温かいが、なんとも落ち着かなくてシエナは何とか腕を外そうとする。

「……外れないし。ちょっと、起きろって!何であんたが一緒に寝てんだよ!」

 肩越しに後ろを振り向き、シエナは大声をあげる。魔術師は顔をしかめながらも瞬きをして、ぱちりと目を開けた。欠伸をしながら呑気に挨拶を寄こしてくる。寝起きからにこにこと機嫌がいい。

「うう、もう朝か。おはよう、よく眠れたかな?」

「そうじゃなくてっ、何であんたと一緒に寝てんの?というか、この手をどけろって」

「ん~だってこれ私のベッドだし、この家、他にベッドないしね。二人で寝ても十分広いでしょ」

「広いなら、なんでくっついて寝る必要がっ」

「あったかいから。で、まだ返事してもらってないけど」

「なんの」

「おはよう」

「……おはよう」

「あはは、すっごい不機嫌そうな声だねえ。ま、いいや、そろそろ起きようか?何か口に入れた方がいいと思うしね。お腹すいたでしょ?」

 人形に空腹感なんてあるのだろうか。首を傾げながら腹の辺りを擦れば、確かにお腹が空いたような感じがある。

「やっぱりね。きみ、あれから三日も眠ってたし。そろそろ限界だろうなあって思ったんだ。何か用意するから、適当に着替えておいで」

 そこのクローゼットにあるからねと魔術師は言って、おもむろに首の後ろに吸いついてきた。

「ひゃ、何するんだよっ」

 思いきり振り払おうとする前に、魔術師はするりと身をひいてベッドから降り、楽しげな笑い声を残して部屋を出て行ってしまった。

 何だよ一体。シエナは首の後ろを手で擦りながらベッドに横たわる。そこでふと、自分が握りしめていたものに気付いた。それは落ち着いた色合いの上着だった。

「これって、あの魔術師が着てたやつだよな、何でこんなのが……」

 呟いた途端、あ、とシエナは思い出した。眠りに落ちる前、自分が魔術師に抱きしめられていたこと。

 おそらく、その時に無意識に掴んでいたらしい。

「何だかなあ……」

 頭を抱えたい気分だった。背中がやけにすうすうとして落ち着かない。それには気付かないでいたかった。




 適当に着替えて部屋の外に出る。

 クローゼットにあった衣装はことごとく女もので、まずそれに頭を抱えた。しかしワンピース一枚の心もとない格好よりはましだと自分に言い聞かせて、衣装のうちでも地味なものを着る。

 物音のする方へ行くとそこはキッチンで、魔術師がテーブルに皿を並べていた。示された席に座ると、目の前に湯気の立つスープやコーヒーが置かれた。簡単なものしかないけどねと魔術師は言い、シエナの向かいに腰かける。パンやサラダ、果物も並べられ、好きなもの食べてねとすすめてきた。

 そう言うからには、人形でも食事は出来るのだろう。

 シエナはおそるおそるスープを飲んでみた。美味しいと感じた。一口飲むと、ますます空腹感が酷くなった。スープを飲み、パンを食べ、サラダを食べた。よく食べるねえ、よかったらこれも食べる?魔術師は自分のパンも差し出してくる。それもありがたく貰う事にして、シエナはひたすら食べた。 そして果物まで食べ終えて、食後に魔術師はもう一度コーヒーを淹れた。

 それを飲みながら、ようやく落ち着いた頃に、魔術師は言ったのだ。

「実は、きみにまだ言ってない事があったんだよね」

「なにが」

「その前に。ねえ、きみ今ので、本当にお腹いっぱいになった?まだ足りないんじゃない?」

 え、とお腹をさする。

 あんなに沢山食べたのに、そう言われればまだ物足りない気がする。

「でも、お腹が空いたって感じるの、本当は違う場所なんじゃないかな?」

 何を言われているのかわからない。違う場所?その時下腹部がずくりと疼いた気がして顔をしかめた。

 痛いのとは違う。それは次第に下腹部全体に広がっていった。

「え、なにこれ?なんで?」

 下腹部と、そして体の奥がずくずくと疼いている。魔術師はごめんねと言ってから、話しはじめた。


「ふつうの食事じゃあ、きみのエネルギー源にはならないんだ。実はね……」


 続く言葉に、シエナは気が遠くなりそうだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ