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 一体何が起こったのだろう。

 驚くシエナを気にした様子もなく、蒼褪める王と魔術師に“契約の魔術師”は笑いかけた。

 紫の目は少しも笑っておらず、どこまでも冷たく凍りついていた。

「ふざけた真似してくれるね。支払い滞らせたあげく、契約の一方的な破棄?それだけでも許しがたいってのに、私にとんでもないモノ寄こしてくれたね」

 紫の目がシエナに向けられる。

 ぐったりと床に伏せたまま、何故と視線を“契約の魔術師”に向けた。

 吐き気が治まらない。それどころか頭まで割れるように痛む。

 王と魔術師は凍りついたように立ち尽くしていた。よく見れば、必死に逃げようともがいているが、足が床に縫いとめられてでもいるかのようだった。

「“毒”をひとの体に封じ込めて、害したい相手に送るって?起爆剤は手紙。私が手紙を受け取っていたら、“毒”が私を蝕むって寸法だったんだろう?お生憎様だね、書簡は燃やしたよ。そのうえで、私に寄こされた“毒”の行き先を変えてあげたよ。……ほら、返してあげる」

 王は喉の奥で引き攣ったような悲鳴をあげた。

「何故ここに現れることが出来たのじゃ!名を呼ばれたくらいでは、お前はここへ来る事は出来ぬはず!そのように取り決めがあったはずではないか!」

「そうだね、だから私はそこの彼に私自身の力を埋めたんだよ。同じ力は引き合う。そのうえで名を呼ばせた。目論見通り、ここへ来る事が出来たってわけだね。それにしても」

 “契約の魔術師”は魔術師を不快そうに見た。

「一体、この子に何をしたの。“毒”の器にしただけじゃ、こんな酷い有様にはならない。まして硬い殻である肉の器から、“毒”が漏れ出してたよ。ま、お前のする事だ、想像はつくけど」

「想像通りの事ですよ、わが師よ。それはえらく頑丈なうえ、力に対して耐性があった。毒も薬も散々試しましたね。そのうえで反応を調べるために体を切り刻みました。大抵いくらも経たないうちに皆耐えきれなくなって壊れるのですが、それは壊れもせずこの年まで生きております。ああ、それがもし女であれば、子を生ませてみるのも面白そうだと思ったのですがね」

 “契約の魔術師”は嫌悪感も露わに吐き捨てた。

「私を師と呼ぶ事は許さないよ。お前とはとっくに師弟の縁は切っている。しかし、お前の話は反吐が出そうだ。お前の悪癖はとうとう治らなかったようだね」

 何を言われますかと魔術師は大仰に肩を竦めた。

「私の行った事は、すべて更なる発展のためには必要な事ですよ。何故師が嫌悪されるかわかりません」

 師と呼ぶなと顔をしかめてから、“契約の魔術師”は反論した。

「お前はただ残酷な実験がしたいだけだ。ただ生き物を痛めつけて、のたうちまわる姿が見たいだけだ」

「それが何だと言うのです。もう師でないあなたに非難される筋合いはありませんね」

 そうか、と“契約の魔術師は大きくため息をつくと。

 動けない二人に向かい、言い放った。

「それなら、これはお前たちに返してやろう。さあ、遠慮せずに受け取るといい」

 どくり、とシエナの体の中でふたたびせりあがるモノがあった。

 またあんなふうに苦しくなるのかと怯えた。

 魔術師の力が解け、動かせるようになった腕で、自分の体を抱きしめる。 吐き気が酷い。頭が割れるように痛む。

 どくどくと煩いほど鼓動が鳴っている。

 ごぽり、と再び喉の奥から溢れてくるものがあった。悲鳴も上げられないほどの苦しさが襲う。体が海老のようにびくびくとのたうちまわる。呼吸するたび奥から奥から溢れて、広い空間を覆い尽くしていった。

 見開いた目で、自分が吐き出したものを見つめていた。

 これは何。うねうねと蠢く、吐き気すら感じるモノは。これが自分の体の中に仕掛けられていたと?

「さあ、どうぞお受け取り下さい。愚かさの報いを受けるといい」

 王は言葉もないほど震え、助けてくれと目で懇願していた。それを“契約の魔術師は黙殺する。

「それで、あなたはそれを助けたおつもりですか?」

 魔術師は薄暗く笑った。なに、と“契約の魔術師”は眉を潜める。それ、とはシエナの事だろう。

 苦しさの中、シエナは顔をあげて彼らを見た。魔術師は笑いながら告げた。

「もう手遅れですよ。ほら」

 ぐうっと喉の奥からせり上がってくる熱がある。

 それをごほごほと咳き込みながら吐き出すと。

 ぱたぱたと音を立てて床に散ったものは。シエナの口からあふれ出た鮮血だった。あとからあとから零れおち、たちまちまわりを真っ赤に染めあげてゆく。どくりどくりと鼓動が不規則に跳ねる。

 もう掠れた悲鳴しか零れなかった。

「……脆くなっていた所へ、私が駄目押ししたみたいだね。……わかった」

 王の目が喜色に輝いた。助けてくれると思ったのだろう。魔術師も強張っていた顔を緩めたが。

 次の言葉に打ち砕かれることになる。

「いかようにも手段はあるよ。さ、コレはお前たちに返そう。もう二度と顔を合わせぬよう餞別がわりだ」

 

 うねうねとうねるモノが王を呑みこむのを見ていた。

 魔術師が呑みこまれ、腕や足から溶かされ、悲鳴をあげながら消えていくのも。

 ……ただひとつ、残った目で。

 全てを吐き出したあと、シエナの体は目玉一つを残して飛び散ってしまったのだ。

 苦しさや痛みから解放された後、気付くとシエナは高い所から王たちを見ていた。その場で起こった すべてを眺めながら、シエナはああこれで全部終わったんだなと何処か他人事のように思った。

 もう苦しくないから、それだけでもいいか。

 さあ、これからどこへ行ったらいいんだろう。

 ふと“契約の魔術師”を見ていると、彼は血に濡れた床に転がる目玉を拾い上げていた。そっと手のひらに置き、疲れたような声で呟く。

「とんだことに巻きこんでしまったね。悪かったよ」

 それは、ちゃんとシエナ自身に言われた言葉だった。

 それだけで少し嬉しいと思う。

 うん、終わりがこれなら悪くないとさえ思った。

 でも、と彼は言葉を続けた。

「もしきみが今後を望むなら、手助けしてあげる……どうする?」

 え、と首を傾げる。もちろん今のシエナに首なんてないけれど

 彼はまっすぐにこちらを見て言ったから。

 ないはずの心臓が跳ねた気がした。

「まだこちらに居たいと望むなら、手段がないわけじゃない。きみの望むようにするよ」

 わからないと首を振った。苦しいのも痛いのも、二度と味わいたくない。

 それくらいなら、ここで終わる方がいい。

 でも。ここからどこへ行けばいいのか、少しもわからないのだ。

 どこかへ行ったとして、そこでも自分はまた一人きりなんだろうか。

 それも嫌だった。

「どうする?」

 彼は尋ねてくる。シエナの方に手を差し伸べてくる。

 シエナはただ首を振り続けることしか出来なかった。

 どうしたらいいかなんて、ちっともわからない。

 ただ、道に迷った子どもみたいに心もとなくて寂しくて、たまらない。

 どうしたらいいの。誰か教えて。誰か。

 彼はじっとシエナを見て、手を差し伸べ続けていた。

 シエナを見てくれた、“誰か”。

 彼に自分の声は届くのだろうか。もし、そうなら。

 シエナが覚えているのはそこまでだった。

 何か大きな波に浚われるように……すべてが渦の中に巻き込まれて、何もかもわからなくなってしまった。



 




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