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 腰が痛い。眠たい。腰が痛い。

 寝起きの頭の中は、そのふたつの単語がエンドレスで踊っている。

 出来るならまだ眠りの海に漂っていたかったし、何よりすっきり爽やかな目覚めを希望するけれど。

 さてそれは自分だけの希望が通るかは非常に微妙と言える。

 背後から自分を抱きかかえて眠る“元凶”を振り仰いでも、寝息に乱れたところはない。

 面白くないと思いながらも、いささか邪険に絡む腕を解き、渋々と温かい寝床から這いでて、身支度を整える。


 一応それが“お仕事”であるから、朝食の準備なぞしているわけだが。


「なんで酷使させられた方が早く目、覚めるんだよ……」

 腑に落ちないなあと思わずぼやきが口をついて出た。

 ついでに大きなためいきもこぼれる。自分の体を見下ろせば、胸の下から膝上までを覆う、ふんわりとしたモノが目に入り、頭まで痛くなりそうだ。

 いや慣れたけど、慣れざるをえなかったけど……出来るなら慣れたくはなかった。

「……あ~腰いてえ。も、最悪。これも何だかな……」

 レースで縁取られた白いエプロンの裾を摘み、はあ、と再びため息をこぼしてしまう。確かにエプロンが欲しいとは言った。

 しかし、何やらイイ顔でこれを寄こされて、困惑したのはそう昔の話じゃない。

 なんでこんなのを着せたがるんだか。ちっとも実用的じゃないのに。

 汚れ目立つし洗濯にも気を遣うっていうのに。

「センセイの嗜好はわかんねえな~……これ俺が着けてたって~……まあ見た目がコレだから違和感ないけど、それがまた嫌だわ……」

 つるりと“自分”の顔をなでる。まだ鏡見るたびぎょっとするってのに。

 ぶつぶつと独り言を言っているうちに、段々と眠気も飛んできて頭がはっきりしてくる。

 そうすると今度は、まだ惰眠を貪っていると思われる相手に対し、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

「ひとが痛む腰おして、朝飯作ってるってのに、まだ寝てんのか……」

 よし、今朝はセンセイの嫌いな物づくしにしてやろう。それくらいの意地悪は許される筈だ。

 頭の中でメニューを決め、ふらつく足取りに舌うちをしつつ、食材庫の方へと行きかけたのだが。

 背後から腰を掴まれ、あげく耳元には低い囁きを落とされて、体が硬直した。後ろから襲うなと言いたいし。

 朝っぱらから、あからさまに誘うような声、だすんじゃないっ!

「おや、足がふらついてるじゃないか。ゆうべ此処に沢山あげたのに、まだ足りない?」

 いわゆる“腰にくる”響く声で囁かれると、幾分かは(不本意にも!)慣れた今でも何やら背中がぞくぞくするし、足から力が抜けそうになる。それをわかってやっているのだから、本当に性質が悪い。

 ただ。茫然としているわけには、いかなかった。このまま流されでもしたら……考えるだに恐ろしい。

 流された結果のアレコレが頭をよぎる。

「ちょっとセンセイっ、朝っぱらから盛るんじゃねえよっ。どこ触って、うひゃあっ」

 体を捩ろうとしてもがっちり拘束されていて、逃げられない。

 何で魔術師のくせにイイ体してんだよと半ば妬み混じりで、センセイの顔を上目遣いに睨んでも、どこ吹く風とばかり悪戯な手は止まらない。

 ゆうべ弄られ過ぎた胸はまだじんじんと疼いているし、たくさん……そりゃあ沢山センセイのを受け入れた場所も同じくで。

 まだ何か残っているような気がするのだ。

 その両方を淫らがましく触られると、ただでさえ敏感な体はたちまち熱がこもってくる。渦巻く熱を散らして欲しくて、仕方がなくなってくる。

 絶対、わかってて悪戯してるだろうっ?

「やあっ、手、離さないとセンセイの嫌いな、もんばっかり食わしてやるからっ」

 下着の上から、指が中へ沈み込んでくる。片方の胸は服越しに手のひらで包まれ、捏ねられている。

 酷いな、と低い声が囁くが、手は止まらない。

 それどころか腰まである髪は項で一纏めにしているため、晒されている首筋にかぷりと噛みつかれた。びくびくと体が勝手に震えるのが、もう居たたまれなさすぎる。

 なんで体が勝手に反応してるんだか、もう泣きたい。

「じゃあ、止めてあげるから君を食べてもいいかな?」

 まったく解決になっていない事をセンセイがしらっとした顔で提案するけど。答えは勿論。

「却下っ!俺は食いもんじゃねえっ」

「仕方ないね。じゃあ普通のメニューでいいよ。もちろん私の嫌いなものは抜きでね」

 わざとらしいため息つきで、センセイはそう言って体を離してくれた。でもそれって、譲歩してあげるといわんばかりに言うことじゃないと思うんだけど。

 ようやく腕が放されてほっとしたのも束の間。くるりと体の向きを変えられ、頤をとられて。

「ん、んんん~~~っ」

 ちょ、酸欠になるからっ。

 抗議しようにも口、封じられちゃあ、ね。そりゃ抗議もなにも。

 涙目で睨んで拳で胸、叩いても。いかんせんこの腕は非力すぎた。そして自分が睨んでもセンセイはちっとも堪えた様子がない。ああそうね、このカオで睨まれても怖くないだろうな、そりゃ。

 しばらくして、やっとのことで解放され、咳き込みながら必死に呼吸して、見たものといえば。

 憎らしいほどすがすがしい顔をした、センセイだった。なにその満足した猫みたいな顔は!

「取りあえずはごちそうさま。すぐ着替えてくるから、ご飯、用意してて」

 身支度のために出ていく背に、もう文句を言う気力もなく、ふらつく足をだましだまし朝食の準備を再開するのだけど。

「なんで毎日毎日、朝っぱらから疲れなきゃなんないんだよ……」

 それが、ここ最近の、大いなる疑問である。

 でも。次に零れおちた言葉は、自分でも笑えるくらい頼りなかった。

「……いつまで、こんな日が続くんだろうなあ……」




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