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 きみが入っている人形。これは愛玩人形って種類でね。その名のとおり愛玩用。

 あ、何か嫌な予感がするって?

 まあきみの想像通りだよ。いわゆるそっちの目的に特化した人形でね。

 うわ、カップ投げないっ、ああ、中身空でよかったよ。壊れものは投げないようにね。うん、なんでそんな人形に入れたのかって?急いでたからすぐ使えるのがこれしかなかったんだよ。取りあえず話すすめるよ?

 ええと、体の特性の話だよね、愛玩用だからまず刺激に敏感なこと。

 それからこれが大きい特性なんだけど、エネルギー源が男の体液だってこと。まあ、アレだよ。

 ええと、大丈夫……じゃないみたいだねえ。聞こえてる~?

 え、なんでそんな特性なのかって?そもそも人形とできるのかって?

 この前も言ったとおり、人形って便宜上言ってるけど、外見も体内構造も人間と変わらないからね。人間と違って、好きなように構造を弄れるってのもある。

 エネルギー源がアレなのもそういう設定にしてるからだね。

 理由はたぶん、所有欲の一種じゃないかなあ。

 あ~……それっていうのが、決まった人間のじゃないとエネルギー源にならないって設定の人形もあってね……あんまり一般的じゃないけど。それこそ所有欲の現れって奴だろうね。あ、すっごく嫌そうな顔してるね。

 で、いまのきみの状態なんだけど。

 エネルギー切れかけてて、飢餓状態になってるんだよ。

 エネルギーを取り込もうと必死になってる。

 このまま放っておいたらどうなるかって?人形にはそれぞれ性格とか条件付けしてる回路があるんだけど、それが焼き切れてしまう。いわば狂った状態になるね。

 きみの場合はその人形にもともとついてた条件……性格設定とか消したり、ある程度回路弄ったんだけど、何しろ時間がなくてね。エネルギー源を他のものに変える事までは出来なかったんだ。

 

「それで、ね」

 魔術師が椅子から立ち上がり、シエナの背後に回る。

 椅子に座っていても勝手に湧きあがる熱に目眩がしていた。肩を抱きこんで後ろからささやく。

「きみが頷いてくれたら、私のをここにいれてあげる。飢えがおさまるくらい沢山。で、すぐには無理だけど、体が安定したら、エネルギー源を変えるように体を調整するよ。それでどうかな」

 その声にも体は勝手に反応して、背筋はぞくそくするしヘンな場所は疼いてくるしで泣きたくなる。ちょっとどこ触ってるんだっ。

 それなのに頭の中は沸騰しそうに熱いし、短い間隔で吐き出す息も熱かった。あれが欲しいと体の奥で蠢く器官。体に何もかもが引き摺られている気がした。

 ねえどうすると再び魔術師はささやく。

 震える息を吐き出し、間近の顔を睨みあげた。ここで返せる答えなど、一つしかないと知っていて。

 選択を委ねているふうで、その実選択肢なんかない。


「それしか方法がないんだったら、いいよ。でも!ちゃんと……設定だっけ、変えてくれるんだろ?」

 もちろん、と魔術師は答える。なら仕方ないとシエナはため息をこぼした。



 抱きかかえられて寝室に運ばれる。ベッドに横たえられて、腕と足で囲い込まれた。真上から顔を覗きこまれてどうにも居たたまれなくて落ち着かない。

 こんな角度で男を見上げる羽目になるなんて、思わなかったな。

 そう思っていると不意に首筋を舐められて、変な声をあげてしまった。

「覚悟は決まったかな?」

「決まってるよ!早くすればいいだろ!痛いとかはないよな?」

「……うんまあ、したいのはやまやまだけど、ええと実はまだ言ってないことがあってね……」

「まだ何かあるのか?」

「愛玩人形の中でも、特殊な設定のがあってね。ほら、人間の女の子も、初めては痛いでしょ?それと全く同じ設定にしてるのがあってね。きみの場合、まさにそれ」

「……痛いのはいやだっ。他に方法ってないの?」

「うう~ん、じゃあ吸収率悪いかもだけど、飲んでみる?」

「……どこで」

「もちろん、口で」

 何故そこで笑えるのかシエナにはわからない。

「やだっ、もうやだ、離せよっ」

「ああほら、暴れない暴れない。ますますお腹減るよ。ここに欲しいでしょ?」

 足の付け根をやわやわと触られる。びくびくと身体が反応していて、それが少し怖かった。

 自分の意思なんか関係なくて、体に引き摺られているようで。

「も、やだったら、離せっ」

 胸を叩いても体は離れていかない。宥めるように頬や額に唇が触れ、抱きしめられる。

「気持ちよくしてあげるから。ね?」

 男の硬い腕や胸なんか願いさげだし、痛いのは嫌だけど。

 すごく腑に落ちない気がするけど。もういいかとも思ってしまった。

 拘束してくる腕が、あんまり温かくて。

 シエナが抱きしめて眠った、姐さんのようなやわらかさとはまったく違うのに。

「……痛くしたら蹴り飛ばしてやるから」

 魔術師は笑いながら、左目の上にも口づけをおとしてきたのだった。




 それ以来、シエナは魔術師の所で暮らしている。

 魔術師が今暮らしている家は、シエナが訪れた人も通わないような辺鄙な場所ではなかった。

 人里に近い山の中だ。

 とはいえ一番近くの村まで行くのにも、徒歩だと半日仕事になってしまうような場所だ。

 街で暮らしたいなら、そうするけど。

 魔術師はシエナに問うてきたが、首を横に振って答えにかえた。

 色んな事が起きたのだ、あんまり大勢の人がいる場所に行きたい気分ではなかった。

 それに。体が女になっていても、シエナの言動は以前のままだ。傍からみてとても奇妙であることくらい、シエナにもわかる。見た目に言動をあわせる気もない以上、人目の多い所は避けた方がいいだろう。

 

 人形の体も、違和感なく自分の体として動かせている。あれこれあった後、数日は動作がぎこちなかったが、(あらぬところは痛いし腰も痛いし、喉まで痛かった。痛くしないなんて大嘘つきと魔術師を詰って、最初に言ったとおり蹴り飛ばそうとしたのだが、返り討ちにあってしまった……それはあまり思い出したくない)それも少しの間だけの事だった。

 一応体が動くのなら、いつまでも寝ているのは落ち着かない。

 何か仕事はないのかと魔術師に尋ねると、驚いたように目を丸くした。

 別に好きなように過ごしてくれてていいんだけどと言うが、日々こき使われていたシエナとしては何にもしていない方が落ち着かない。

 好きなこと、と言われても、シエナには何も思い浮かばないのだ。

 それじゃあね、きみ、家事はできる?

 こくりと頷いた。片づけや掃除はいつもしていた。簡単な食事くらいなら作れると言うと、魔術師はとても嬉しそうに顔を輝かせた。

 じゃあ、これからきみにお願いしていいかな?ああ助かった、実は私、掃除も料理も苦手なんだよねえ。

 これには首を傾げてしまう。寝室は埃ひとつなかったし、出された食事もおいしかった。

 寝室は余計なもの持ち込まないようにしてるだけだし、食事は頼んで作ってもらった分を保存して、食べる都度温めてただけだから。あ、お茶くらいはいれられるよ!

 ああそう、とシエナはため息をつく。何を胸張って言うんだかと呆れてしまう。

 そして、初めてキッチンと寝室以外の場所に案内されて、ますます空いた口がふさがらなくなってしまった。

 何これ。

 もと書斎。こっちはもと寝室。

 あんた、たしかに片づけ能力皆無だな。一体どうやったらこんな酷い事になるんだ?

 さあどうしてだろうねえ。私にもさっぱりわからないよ。

 もと書斎も、もと寝室も、本やがらくたや衣類で埋まっていたのだ。これを片づけるのがとシエナは気が遠くなりそうだった。言いだした手前、遠慮したいと言いだせない。

 まあ気長にやってよと魔術師は笑う。

 他人事みたいに笑うな、もとはあんたがしでかしたことだろうと力なく詰る。俺が言いだしたことなんだから、片付けとか家事はするけど、あんたが研究してるとこだけは入らないからな。それでいいよな。

 あ、それやだな。

 なにが。

 呼び名だよ。ねえ、私の名前覚えてる?ずうっとあんたって呼んでるけど。

 覚えてるけど、それが何。あんたが嫌なら、どう呼んで欲しいんだよ。

 そりゃあね。

 あ、ちょっと待った、何か嫌な予感がした。じゃあ、センセイでいいか?それでいいよな。なんだよそのヘンな顔は。

 べっつに~。まあ今はそれでいいけどね。ああ、それもだったけど、きみは?

 俺がなに。

 きみは、どう呼んで欲しいの。まだきみの名前、教えてもらってないんだよ。教えてくれる?

 別に必要ないだろうと言いかけて、シエナは口ごもる。魔術師は穏やかな笑みを浮かべて、シエナが答えるのを待っていたから。

 ……シエナ。そう呼んで。

 シエナ、ね。わかった。これからよろしくねと魔術師は……センセイはにっこり笑ったのだった。




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