秋風-Shuhu-
はじめての短編となります。
読んでいただければ幸いです。
間違った表現や、感想など遠慮なく送っていいただけると嬉しく思います。
風が悪戯に木の葉を散らす。
大きな校舎の2階。窓枠から赤く染まった葉が流れ込み、僕の隣を通りすぎる。
窓からの景色は僕にとっては目を向けるに値しないものである。
しかし、その日だけは僕は椅子の上で膝を抱えたままそのひとつの絵画を眺めていた。
静まり返ったその空間には僕の存在を証明するものはなにもなかった。
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前ばかり見ていた。
自分の傍らの存在さえ目もくれず。
自分が何を踏んで生きているのか知らなかった。
木の葉が落ちているのにも気づかず。
だからこそ、窓から見える光景は僕には何も関係のないことだったんだ。昨日まで。
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鈴原君、とあの子が僕のなを呼んでいる。
依然として木々が風に吹かれサワサワと静かに泣いている。
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僕は自分が孤高の狼だと思っていた。
実際、そう思わざるを得なかったのだ。
小さい頃から人付き合いというものが苦手だった。
人前に出ると、急に言葉が喉の奥に隠れて出てこなくなってしまう。
新学期。最初は皆話しかけてくれるが、次第に僕のまわりは過疎化してしまう。疎密でいうならば、あの子のまわりはいつだって過密だった。
僕には幼なじみがいた。幼稚園から高校の今の今まで長い付き合いだったからこそ、僕にとってそれが唯一の繋がりだった。それがあの子だった。あの子は僕以外に大勢友人がいるのに、中学の頃もやたら関わってくる。
そんなあの子の彼氏の話を聞いたのは高校に入って数ヶ月たった頃。あの子は僕に何も言わなかった。
噂によると、相手はあの子の入ってる弓道部のひとつ上の先輩らしい。その話を聞いた次の朝のことだ。
「鈴原君、おはよう!」
家を出てすぐの交差点で、あの子に鉢合わせしたのだ。
いつもと変わらない笑顔が今日の僕には苦しくて仕方なかった。
「うるさい。近づくな。あと、ついてくんな。」
僕は、正面の信号を見たままあの子の言葉をはねのけた。
「えー!ひどーい。」
僕はあの子がこの程度でくじけないのを知っていた。
だからこそ、言ったのだった。
「彼氏と登校してろ。うざいんだよ。」
しかし、僕がいい放ったその言葉は今日は重みを持っていた。
「あ、そっか……。うん」じゃあいいや。
しかし、だからこそあの子のこの返答には僕は戸惑いを隠しきれなかった。
僕にとって重要な繋がりは、周りにとってどうでもいいのだという心の隅に浮かんでいた考えが確かなものとなって、僕の心を飲み込んだ。
それから僕はただでさえ素っ気なかったあの子も含む周りへの態度を強固なものにした。
勉強して自分を磨き回りの人間を見返してやろうという子供じみた考えしかそのときの僕の頭には浮かばなかった。
そうやって二年間を過ごしてきて、振り返ってみると、僕の後ろには何も残っていなかった。前だけみて誰よりも早く進んだはずなのに、何一つ足跡さえ残っていないのだ。
僕の二年間を後ろだてするもの何もなかったのだ。
昨日のことだった。その日は日直の仕事で遅くまで学校に残っていた。日直とは関係がないと思われる先生の仕事の手伝いまで頼まれ、下校時間は閉校時間の10分ほどまえだった。平生の僕ならばこんな時間まで残らないだろう。
この時分ならば、部活も終わる時間だ。どうやって彼らを避けて帰るか、そればかり考えて仕事をしていた。
バス停までは一本道で仕方なく、そのまま下り坂を歩いているとき、前にくくりあげた髪を揺らしながら歩くひとつの影を見つけた。つい先刻まであれほどどうやって避けるかばかり考えていたにも関わらず、長らく教師以外と会話をしていなかった僕は、秋の哀愁と孤独さからか目の前のあの子に声をかけようか迷った。かけたかった。しかし、声をかけていいものかと思った。実質、あのような僕の一言で会話をしなくなったのだ。向こうが怒りを感じていても仕方ないし、そもそも僕のことすら覚えていやしないのではないかとも思ったのだ。
「おい」
あの子は振り向いてこちらを見上げる。
「鈴原君……。」
どうしてそんなに悲しげな目で僕をみるのだろう
君は幸せだろうに。
一体僕もどうしてだろう。あの子の姿をみるだけでこんなに辛くて、嬉しいのは。
「聞いてもいい?」
バス停であの子に背を向けながら尋ねた。
「うん?」
アスファルトを見つめたまま、あの子が返事をする。
「僕のこと、怒ってないの?」
「怒ってる」
即答だった。その言葉にどう返せばいいかわからなかった僕はあの子の方へ振り返って口をパクパクさせた。
「ふふっ、怒ってる。
でも、あたしは、あたしはね。こうやって今喋って、笑っていられることの方が幸せなんだよ。」
それからは、あの子の一人語りだった。
あのとき 、僕の言葉にどれ程傷ついたか。
僕一人で悩んでいた頃、あの子もどれ程悩んでいたか。
僕の両親と相談していたこと。
どの話からも僕を心配していたことがひしひしと伝わってきた。僕は今まで自分があの子の思いをどれだけ踏みにじってきたのだろうか。
あの子と話せることの嬉しさと罪悪感が僕の脳内を満たしていた。虚無感に満ちていた僕の心の中を、紅葉で葉が色づくように赤や青の感情が染めていった。
ああ、こうやって生きていくんだ。人間は。
弱いから。一人じゃ何も出来ないんだ。
傷ついたり、傷つけながらも生きていくんだ。
バスに乗っているあいだ、あの子の話はそっちのけでそんなことばかり考えていた。
駅に着いて、車内アナウンスが僕らにそれを知らせる。
いそいそと鞄を抱え、足音をたてながら人混みを通り抜ける。
あの子はこれから学習塾へ行くためここで別れだ。
彼女は少し遠くで大きく口をパクパクさせながら手を振った。
僕は小さく手を振って、そのまま軽く目を擦った。
駅のホームに降り、二番乗り場の列の最後尾についた。
音楽プレイヤーを制服の右ポケットから取り出した時だった。
前のリュックの男が切符をおとし、拾おうと屈んだと同時に僕の体は後ろに傾き、転がっていった。横からガタンゴトンと電車の音がする。横をみると電話の正面の光が僕を照らしている。
ああ、まだ君に伝えていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕暮れ時のオレンジの光が教室に差し込み、僕をすり抜けあの子の髪を照らしている。もうお迎えの時間だ。
「最後にね、どうしても君に伝えたかった。」
あの子を前にすると言いたいことが溢れてくる。
謝ることは数えきれない。
でも、……どうしても最後に………別れる前に……
好きだったよ
僕の涙が机に落ちるとともに、僕は風とともに消えていった。
彼女にはちゃんと僕の言葉は聞こえただろうか。
聞こえなくても、きっと伝わっただろう。
さよなら、愛しい君