1/22 日曜日 執筆活動七日目
2012.1/22 日曜日
この日記を始めてから一週間。
時は早いものだ、いや、遅いもの、かな? 何だか早かったような長かったような、そんな一週間だった。たかが一週間でしみじみするのもどうかと思うけれど、ここまで連日で投稿し続けられたのは、もう一つの奇跡のような気がする。何せ書いているのがこの私なのだ、当初は三日で破綻することだって覚悟していたぐらいなのに、それを考慮すればなかなかやるではないか、私。ちゃんと毎日四千文字も守っているのだから、一週間前の私と今の私を比べたら、確実に文章力は向上しているはずだ、いや向上していてほしい、これで何の足しにもなっていないのなら不毛過ぎる。まあ、そうやってグダグダ振り返るのはまだまだ先でいいだろう、一ヵ月後とか半年後とか、それだけ続けられれば実際大したものだと思うし、だから頑張れ私、駄目な人間だけれど、そんな自分の不甲斐なさにもめげずに頑張れ私。
昨日は、バトルファンタジーものの十八話目を更新した。だがなんだか最近、無駄に冗長になってしまっていて、全然ストーリーが進んでいないような気がする。気がするだけなのだろうか? いや違う、どう見ても予想していたのよりも長くなってしまっている、さすがにこれぐらいは私でも見て分かる。以前、このバトルファンタジーの一話目を投稿した時は、“読み易さ”が取り柄だと私は心の中で自負していたのだが、しかしどうだ、十話目辺りから十八話にかけて明らかに文章量が増えているではないか。それになんだか、内容が若干ぐだぐだなものになっているような気もする。これはどういうことかと言うと、おそらく私が一時、二ヶ月もの間執筆を放置していたことが原因だろう。二ヶ月ものスパンにより、内容もほとんど忘れてしまっていたし、どのような文章体だったかも分からなくなってしまっていたのだ、せっかく手塩に書けて育てた小説だというのに、なんて愛情の薄いことだろうか私は。どころか、当時はこのバトルファンタジーものはもう二度と更新しないつもりでいたのだから、なんとも育児破棄である。当時お気に入り登録数は十二件あったのだが、放置している間に五件にまで減ってしまっていたのだ、唯一絶対の存在である読者様に見限られる始末、それも仕方ないだろう、放置だなんておよそ小説に対して最悪の仕打ちをしてしまったのだから。このバトルファンタジーものは、私が書いている小説の中でも一番上手くいった作品であり、そして一番情熱を注ぎ込んだ作品だったのだ、初投稿からひたすら書きまくり十部に至るまで毎日更新を課していたぐらいだ、ちゃんと読んでくれる読者様がいるということが嬉しくて嬉しくて、一日中PCにかじりついていた。だからこそだろう、燃え尽きてしまったのだ。本来、人間とは思えないほどに怠惰な、前世は確実にナメクジかカタツムリだったであろうだらしなさを誇るこの私が、自我を押し殺して無理矢理キーボードを叩き続けたのだ、いつか限界が来るのは目に見えていた。そして一話目投稿から九日目だったか十日目だったか、ついに私の精神はピークを突き破り空の彼方へと消えていった。いわゆる挫折である。人間、一度気を緩めると、その後が悲惨なもので、ずるずるずるずる怠け者になっていってしまうのだ、それが気を引き締めていれば引き締めていたほど、一度のサボりが心地良過ぎて、徐々に徐々に駄目になっていく。やがてどこか遠いところまで逃避してしまう。そこから現世に帰るのは、かなり骨が折れる。特に私はこの特性が強くて、昔から最初の勢いばかり良く、後から目に見えて駄目になっていくのがしょっちゅうだった。それは例えば部活であったり、例えば中学生活だったり、例えば塾だったり勉強だったり。思えば、その全部が全部、最初だけ突っ走り褒められたはいいものの、時が経つにつれダレていき、しまいには自分を追い込んでいた、そんな十七年間だった。何もかも、だ。スタートダッシュばかりでいい気になり、調子に乗って手を抜き、そんな惰性を妥協してしまい、気が付けば他の走者に抜かれている。一人、また一人と抜かれていく。過ぎ去っていく彼らの目は冷たかった、劣悪な人間を見るそれであった、その目を恐れ私のスピードは更に失速していく。次第に私の周りには誰もいなくなり、列の最後尾を走っているのだ、そこには競う相手が居なくて楽だから、疲れなくて楽だから。そして完走し切ることなく、中途半端な場所でレースが終わる。そんなんばっかだった。何を始めても、最初で息を切らしてしまい、結局にゴールに辿り着いたことは一度たりともない。何も得られず徒労感と疲労感だけが残る。どころか、中途半端を繰り返すたびに、私の心は荒んでいった。今だから笑い話に出来るが、中学二年生の頃、私は不登校になりかけたことがある。何が嫌だったかって、中学生活全てが嫌だった、特に部活が大嫌いで、私はバスケ部に所属していたのだが、友達と呼べる人間が一人も居なかったのだ。というか一年の頃は一人二人居た気もするが、皆退部していった。気が付けば仲の良い者は一人も居なくなっていた……いや違う、それは言い訳だ、それがなかったとしても私はいずれ一人になっていただろう。あの頃、私はとても世間知らずで馬鹿で愚直で、それでいて極々稀に見るシャイボーイだった、とにかく変な目で見られるのが嫌だったから、失言して笑われないようにとしている内に、気が付けば私のクラス共通認識は“無口で何考えてんだから分からない暗いやつ”で通っていた。“いじめられっ子”、“無口で暗い”、“嫌われ者”のクラス三大浮き者の内の一つだったのだ。この三つのタイプには、決まって友達が少ない。実際、当時の私には友達が一人、二人しかいなかった|(相手が私のことを友達だと思っていたかどうかは今では知る由も無いが)。で、私は“無口で暗い”という称号に加え、サボり常習犯というスキルも持ち合わせていたのだ、これがどういう結果を引き起こすかというと、クラス三大浮き者の一つである“嫌われ者”である。そう、私は部活内で毛嫌いされていた、クラスではただ無口で暗いやつなだけだったが。それもそうだ、友達は居ないし、無断でサボるし、サボった理由を聞かれても何も答えずに下を向いているのだ、部活仲間が私にイラつくのも無理は無い。それでも諦めだけは悪かったので、というか優柔不断なだけだが、半数の部活仲間が辞めていくのにも関わらず、私はしつこくバスケ部に固着した。小学校からやっていたスポーツなのだ、そう簡単に見切りが付けられなかったのである。もっと早い段階で退部していれば、私があれほどバスケ部連中に毛嫌いされることは無かったのだろうけれど。大して頑張りもしないのに無為に引き伸ばすというのは限りなく愚かな行為だと思う、私は人一倍、その無為な引き伸ばしが得意だった。
でもまあ、人生そこまで悪いことばかりでもなく、最高学年に進級し、ついに部活を辞めた年、ようやく私にも少しばかりの運が回ってきた。三年の中盤辺り、その頃になり、ようやく私もそれなりにクラスに馴染むことが出来たのだ。めちゃくちゃ仲の良く、もうホモなんじゃないのか? と思えるほどの友人が一人、私の言葉で爆笑してくれるユニークで明るい友人が一人、馬鹿で阿呆な友人が一人、そして“まあ学校では喋るけど遊びはしない”という微妙なやつらが数人、出来た。特に、このユニークで明るいやつが私をクラスに馴染ませてくれた要因だと。なんというか、やつはなぜかこんな私に積極的に話し掛けて来たのだ、何だったのだろうか、私の下らないジョークで大笑いしていた。私はそれが嬉しくて、そいつに対して、次第に自分からジョークを模索し、発言するようになっていた。やはり人間は明るい方が好ましい。私は根だけはとても明るいと自負する高慢ちきな人間で、よくアホなことを言い兄や弟と馬鹿笑いして和気藹々したり、見知った友人に対しては強気であれやろうこれやろうと引っ張ったり、いわゆる内弁慶というやつである。超絶内弁慶である。人見知りだが、知りさえすれば割かし上手くやれる。そんなわけで、勇気を出して色々言葉を発するようになると、自然に友人も増えていった。さすがにかつての部活仲間とは目を合わせられなかったが……だってあいつら怖いし。こちらが一方的に怖がっていただけなのかも知れないが。そんなわけで、三年後期にはそれなりに青春出来た、ような気がする。持つべきものは友だ。あのまま嫌なだけの思い出を残し中学生活を終えていたら、さすがに後味が悪すぎる。私の黒歴史は中一、中二時代だ。高校に入学してからは、無難に隅の方でのほほんとやっていた。いや、というか高校はもっと考えて選ぶべきだったとちょっと後悔している。もう辞めてしまったからいいのだけれど、私の通っていた高校にはいわゆるヤンキー、チャラ男が圧倒的に多かった。その類とは馬が合わない。話題にも全然付いていけないし、やつらすぐに人を嘲笑うし、というか無闇に人の悪口を大声で語り笑い合うというのはどうなのだろうか? 別に私が高校でそれをやられていたというわけではないが、あれは見ていて気持ちの良いものではない。中学で経験があるから分かるが、あれやられる側は相当こたえるのだ、学校が嫌なものになってしまうぐらいには。やつらはもう少し痛みを知るべきだ、自分の発言でどれだけ人が傷つくのか考えろと言いたい、が私にそんなことを言う勇気は無いので、この日記にてこっそり主張させて頂きます。無闇やたらに人の悪口は言うもんじゃないよ? かつて口癖のように“キモいキモい”と連呼する友人が居たが、今ではその友人は一人クラスで浮いているという。いつか友達居なくなるとは思っていたが……まあ、そんな私も逆に、口の悪いチャラ男に対しては友達と一緒になって陰口を言いまくるのだが、いやでも自業自得だろう。安易に軽い気持ちで人を卑下するものではない。
なんだか、いつの間に説教臭い話しになってしまった。
昨日の日記で記した通り、自らの迸る魂を文章にして書き殴った結果です。
ううん、これはいい。八時半から書き始めたから、一時間で二千文字以上の執筆に成功している。なかなかの成果ではないか? これにはちょっと驚いている、今日は褒めてやろう、私。だが図に乗るなよ? 私。お前はそうやってすぐに調子に乗って気を緩めるんだからな、十七年間も同じことを繰り返しているのだ、いい加減学習しろというものである。
そろそろ、今日はこれぐらいで切り上げます。
今この文を目にしているあなたに最大級の感謝を。こんな、ただ綴るだけが目的の自己満足駄文を読み上げてくださり、本当に有難う御座います。
あなた様の視線が私の誇りです。
では、また会えることを祈って。




