1/20 金曜日 執筆活動五日目
2012.1/20 金曜日
今日も駄目な一日だった。
まず、予定通り四時に起床したのはいいものの、しかし午後二時辺りから八時まで惰眠を貪ってしまっていた。六時間の惰眠である。朝寝た分と合わせて十時間だ。こちらが少し気を緩めるとすぐこれだ、睡魔は常に私の目蓋の裏に潜んでいる。何がいけないのだろうか? やはり、寝ながら本を読むのがいけないのか? というか絶対それが原因だ、寝ながら本を読めば眠くなるのは当たり前だろう、まあ分かっててやっているのだが。ちゃんと椅子に座って姿勢を正して読めば、そんなことはなくなるだろうに、私は懲りずに毎回寝ながら本を読む。
というか、この癖さえ直せば惰眠はほとんど無くなるのではないか? いや、それはずっと前から分かっていたことだし、そんなに簡単にやめられないから困っているのだ。座って読もう座って読もう、寝転ぶと必ず夢に落ちるぞ、と言い聞かせるも、この耳は馬の耳なので聞く耳をもってはくれない。十分、いや五分だけ、と身を横にし、そして五時間はまどろみに身を任せている。
どうしたものか。携帯のアラームをセットしても、結局止めて寝てしまうから意味が無い。
何が私にここまでの惰眠を許す原因になっているのかと言うと、ずばり“時間が有り余っているから”だろう。人は時を持て余すと、その多くを無為に過ごしてしまう。多くの富を得ると、金銭感覚が無くなり財布の紐が役立たずになってしまうのと同じように。小説を書く時間をもっと欲しいとほざくわりには、その大半を娯楽と惰眠で費やしてしまうのだから救いようが無い。何を言っても私の根本が変わるわけではないのだから無駄だろうが。とにかく、以降気を付けたいと思う、が、これほど説得力の無い決意も無いだろう、もう自分で自分が信じられない。
まあ気長にやろう。
今日は、バトルファンタジーものの十七話目と、謎の恋愛|(?)ものの一話を投稿した。バトルファンタジーの方は、既に十六話目から場面を引き継いでいるくせに、結局また中途半端なところで区切るはめになってしまった。自分でも意味不明で予定外の複線を張ってしまったし、どう回収したものか今から億劫である。あまり複線を張り過ぎるのもよくない、私の悪い癖だ、もう少し自重しなければ。
恋愛|(?)ものの方は、ほとんど衝動で書いてしまったものだ。前述した通り、私は昼の二時に寝てしまい、午後八時に目を覚ました。その時の睡眠で、とても嫌な夢を見てしまったのだ。いや、内容自体は幸福なものだったのだが、起きてみて、それがいざ夢だったのだと知り、胸に来るあの虚無感は筆舌に尽くし難い。現実と夢の差を突きつけられ、しばらく放心状態に陥った。あの感覚を、あの筆舌に尽くし難い感覚を、なんとか筆舌しようとした小説である。
まあ、私の人生を元にしたものだから、ぶっちゃけ読み返してみてもあまり面白いとは言えなかったが。そりゃそうだ、まるまる現実にあった話をベースにしているのだから。
現実は妄想とは違ってストーリー性も御都合主義も皆無だし、脈絡もなく唐突で、ひどくありふれている。それがましてや、この私の人生なのだ、つまらない物語りになるのは当たり前だ。美しく素晴らしい、面白おかしい人生も、あるいはどこかにあるのだろうが、しかしそういった物語りの主人公のような人生を送れる人間は極々僅かで、それは誰もが知っている知名人や、歴史の中で出てくる、嘘みたいな一生を歩んだ偉人、そういった人間に限る。ほとんどの人間は、ありふれ、平々凡々とした大して珍しくも無い人生を送らなければならない。地球には六十億(今はもう七十億だっけ?)の人類がひしめいているのだから、そう簡単に、普通の人とは別格の、特別面白い人生を歩めるはずがない。
自分は特別な人間では無い。
多くの人が、大人になるにつれその現実を自覚していかなければならないのだろう。だが、特別で無い、ありふれた人生もそんなに悪いものではないと悟っていくのも、また人生だ。普通で何が悪い。平々凡々、結構ではないか。だったら私達は、私達なりに幸福を掴み取り、目立ってばかりの、物語りの主人公のような人間を逆に見返してやろう。お前らのように、特別な何かなんか持っていなくても幸せになることぐらい、こんな私にでも出来るのだと。
でまあ、大層な御託もどきを並べて結局何が言いたいのかと言うと、要はリア充が妬ましいだけである。リア充爆発しろ、などとまでは言わないが。
くそう、私が友達一人作るのに、それはもう多くの労力と勇気、精神力を振り絞らなければならないのに、なぜやつらは、ああも易々と集団の中心に立って和気藹々と出来るのだろうか。あれか、私がこんなにもひねた性格だからか。というかそもそも、そんなことにいちいち目くじらを立てなければいられない、この矮小な心がいけないのか。あるいは、咄嗟のアドリブが利かない、機転の利かない、この脳の悪さが原因なのかも知れない。
いやまあ、自分が多くの友達を作るのが難しい人間だという、その理由ぐらいは自覚しているつもりだが。そもそも、多勢の人間と付き合うのが好きくないのだ。心が脆弱だからである。人と話すのは大好きだが、実際よく見知った友達とではベラベラベラベラ飽きもせず喋るのだが、それ以上に、話し好きなこと以上に、妙なことを口走り変な目で見られてしまうことが恥ずかしくて、恐くて仕方がない。人と触れ合うことで傷付くことが、とても恐ろしい。現に、今も友達という間柄を継続し、遊んでいる知人は二、三人しかいない。それはお互い、いくら妙な言葉を口走っても気兼ね無く笑い合える、“煩わしくない”私の理想の友人だ。趣味が合う、または私の趣味を知っているという、理解者である。私は自分の趣味が公になることを極端に嫌う。昨日も述べたが、私はいわゆる“オタク”と呼ばれる種類の人間だからだ。別にオタクでいることを恥じてはいないが、だが変な目で見られるのは嫌なのだ。いくらオタクに対しての風評が昔よりも緩和されているからといっても、それでもオタクへのイメージは良いものではない。そりゃあ、“あいつはオタクだが面白いやつだ”と思わせられればいいのだが、そしてそれを難なく実行している“オタクなリア充”は結構居るのだが、だが私にそんな勇気は無い。だから私は自分の趣味をとことん隠す。オタクは決して悪いものではないと唱えながらも、自身はオタクであることを隠す、とても卑怯な人間だ。まあ、私は卑怯がモットーだから構わないのだが。だから、かつての私の友人達、もしくは知人達は、未だ私のことをノーマルな人間だと思い込んでいる。そんなわけで、私はとにかく見栄を張りたがる人間なので、同士か他人にしか自分の趣味を明かそうとはしないのだ。だから何だという話しだけれど。
ううむ。
まだ三千文字にも達していないのに、もう書きたいことを出し尽くしてしまった。昨日の執筆活動も記してしまったし、これ以上何を書けばいいのやら。今この場で書きたいことが思いつかない。というか本音を言うと、さっさと日記を書き上げてベルセルクの続きを読みたい。そもそも疑問に思うのだが、日記とは、その日あったことを記すから日記というのだろう。なのになぜ私は関係の無い話ばかりしているのだろうか? ついさっき、昨日一昨日の日記を読み返してみて思ったのだが、文章の大部分は私の下らない自論やら何やらで埋まっていて、肝心の執筆活動が記されている部分は極僅かではないか。意味が分からない。……んー……いやまあ、“毎日四千文字以上の執筆を自らに課せば、確実に文章力が向上するのではないか?”と思い、目標を“四千~五千文字”にしたのだが。……毎日これをクリアしなければならないのか。ぶっちゃけちょっと面倒くさい。ちょっとじゃないな、かなり面倒くさい。しかし、惰眠を貪る時間と余裕があるのだから、無理矢理にでもその無駄な時間を執筆するのに回した方が有意義ではあるだろう。まいいや。四の五の言わずになんか書け、私。そして早くベルセルクの世界に戻るのだ。
といっても、やはり書きたいことが思いつかない。
……。
そういえば、私は週三でアルバイトをやっている。あえて明記はしないが、とあるケンタッキー屋さんで働いている(ここツッコむところですよ)。去年の六月頃からだったかな? で、バイトをしてみて、社会の片鱗に触れてみて思ったのだが、バイトは高校生の内に、一度は体験しておいた方がいい。バイトで得られるものは、何もお金だけではないのだ。
私の場合は、自分がどれだけ使えない人間なのかと思い知らされたし、自分の働きに責任が付いて回るということが身に染みたし、職場の人間との付き合い方も学べた。それだけではなく、人との付き合い方、話し方も、以前とは比べ物にならないほど向上したように思う。バイトの場には様々な種類の人間が集う。本職の合間にバイトをしている人、海外から留学して来た苦学生、通信制に通う高校生、日々の暮らしを食いつなぐために働くフリーター、そして特に多いのが大学生。高校生の割合が少ないため、必然職場で話す人間は年上である場合がほとんどだ。差はあれど、誰もが等しく人生の先輩であり、彼らはとても参考になる話をしてくれる。世の中には色々な人間がいるもので、なかには“友達の五人が少年院上がり”だと自慢していた人も居たし、“昔とある事務所で働いていたが、あれは厳しいなんてものじゃない”と言う人も居た。就職と大学受験のことに関しては、大学生の方々に聞けば詳しく教えてくれる、就活の真っ最中なのだから。
バイトはやるべきだと思う。そういった経験が必要のない、出来た人間もいるのかも知れないが、一年間だけでも、短期でもいい、“労働”に触れてみることをオススメする。色んな人と職について話すことで、進路の参考にもなるはずだ。自分が引っ込み思案な性格だと思う人や、暗い性格だと思う人、人付き合いが苦手な人、引き篭もり、そういった人は特に、だ。
よし。四千文字いったぞ。ようやくベルセルクの続きを読める。
では、また会えることを祈って。




