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1/19 木曜日 執筆活動四日目

2012.1/19 木曜日

 またもや、日記の更新が次の日に持ち越されてしまった。まだまだ私の文闘物語はこれからだというのに、さっそくグダグダである。幸先が悪すぎる、なんとも私らしいスタートダッシュだ。だがまあ、今回はちゃんとした理由があるのだ、決して惰眠を貪っていたから更新が遅れてしまったというわけではない。そんなわけで、いつもの言い訳をほざかせて頂こうと思う。

 今日は(もう昨日のことなのだが、便宣上“今日”と表記する)朝五時に起床した。就寝したのが一時だから、現在チャレンジ中の“四時間~四時間半睡眠”を達成することが出来た、のだが、前日かなりの時間を惰眠で無駄にしてしまっているので、そんなものに意味はない。というかむしろ、あれだけ無駄に寝たのに、なぜ私はしっかりと通常の睡眠も欠かさずに取っているのだろうか、どれだけ自分を甘やかせば気が済むのだろうか。まあ、過ぎたことは仕方が無い、あの情けない一日は無かったことにして、この日から新たな惰眠撲滅撃滅殲滅の覚悟を心に決め、これから先のことを考えよう、過去を振り返っていては何も始まらないのだから(およそ何百回目の覚悟になるのだろうか?)。

 でもって、四時に目を覚まし、さっさとやることを済ませて執筆に取り掛かろう、と己の意欲を駆り立てるため、起き抜けに携帯から小説サイトを軽く覗き、昨日までの汚い私を汗と共に洗い流そうとシャワーを浴び、“時は金なり”という名言に乗っ取って朝食を一気に掻き込み、そしてノートパソコンを立ち上げ、……いつの間にかベルセルクに手を出していた。あ、あれ? おかしいな、PCの前に来たまではいいのだが、しかしなぜ私は今ベルセルクを読んでいるのだろうか? と、二十二巻を読み上げ、ようやく自分が現実からベルセルクの世界に逃げ込んでいたことに気が付いたのが十一時半のことである。しかも漫画を読む合間、ちょいちょい意味もなくボケーっと謎の思想と妄想に耽っていた始末。たかが漫画を三巻分読み進めただけなのに、なぜ時計の針が四時間以上も進んでいるのか、いやはや不思議なことがあるものだ。このブタ野郎! 自らの頬を叩き、だがブタもおだてれば木にだって上れるのだ! と開き直り、自らの心を褒めちぎり慰め、執筆意欲を沸き立たせる。やはり単細胞を扱うにはアメとムチが手っ取り早い。

 そんなわけで、ノートパソコンを開き、前日サボってしまった“1/18日”分の日記を執筆する。いつものように勢いに指を任せ、ノルマの四千文字まで書き、キリの良いところで区切り投稿したのが、確か午後三時半辺りだったような気がする。午前十一時半から書き始めたから、四千文字で四時間の執筆時間か、千文字につき一時間だ、まあ及第点ではある。さて、お次はバトルファンタジーものの十七話を書き進めようと思い立ち、財布とカードを携行し、ゲーセンに向かう。よっしゃ当たりカード来た! と、『戦国対戦』なるアーケードゲームに使用する“武将カード”の当たりを引き当てたところで、ようやく自分が騒音の中、ゲームセンターの筐体前で金を散らしていることに気が付く。あ、あれ? おかしいな、サボった分の日記を書き上げたところまではいいのだが、しかしなぜ私は今ゲームセンターに居るのだろうか? たまにあるのだこういうことが、身体が勝手に動き、秘めていた欲望の赴くままに行動している時が。そしてその間の記憶は無くなっているのだから、おそらくあれは、何か得たいの知れない怪異か悪魔か魔物か、それともそれ以外の何かが私の心の隙間に入り込み、好き放題に操っているのだろう。くそ、俺はまだ“やつら”を飼いならせないでいるのか! こんな様では魔王バアル・ゼブルに復讐の一太刀を浴びせることはかなわぬぞ! ……嘘です御免なさい、しっかりと記憶も残っております、存分に思いのまま現実逃避していただけです許して下さい。なんというか、もはや病気である。ああやだやだ、これだから中二病患者は。大人しく妄想に取り殺されればいいのに、このグズ私。

 そんなこんなで、ゲーセンを出たのが四時五十分、そして今日のバイトは五時から。残り十分で現場に行き、制服に着替え、シフトインしなければならない。バイトの制服を家に帰って取って来てからでは確実に遅刻だ。だが心配御無用、このために鞄に制服を用意してあるのである。つまりバイトの時間まで遊ぶことを見越しての確信犯ということだ、ごめんなさいもうしませんゆるしてください。でも人生、遊び心を無くしたら灰色ですよ? 私の場合は遊び過ぎて、灰色どころか廃色なのだけれども。そのまま九時ちょい過ぎまで働き、九時半頃帰宅。シャワーを浴び、飯を食う。寄生虫の分際で一日に水浴びを二度もするとは何事か、と言われても仕方が無いのだが、しかし私は虫は虫でもバイキンだらけの害虫なので、しょっちゅう身体を洗浄しなければ家がもたないのだ、なら出てけよ、と言われても仕方が無いのだが、しかし私は害虫は害虫でも寄生虫なので、拠り所無くしては永眠するしかないのだ、なら死ねよと言われても仕方が無いが、以下略。

 そして、今度こそ、今度こそはバトルファンタジーの十七話を書いてやる、とPCに向かい……、……兄がPCを占領していた。無念極まりない。零時まで待つも、だが兄はいつまで経ってもスクリーンから眼を放す気配が無い。後ろからナイフで暗殺してやりたい衝動を抑えながら、しぶしぶアラームを朝四時にセットし、布団に入り目を閉じる私だった。

 あれから私はきっちり朝四時に眼を覚まし、執筆に赴こうとしたのだが、まさかのまさか未だPCに夢中な兄がそこに居たので、仕方なくシャワーと朝食を済ませた後、ベルセルクを読み耽る。六時半、ようやく兄が力尽き、PCが解放される。

 そういうわけで現在に至る。これが昨日の顛末と、日付が変わるまでこの日記をつけられなかった理由だ。なんとも腹立たしい、何なんだあいつは。まあ、私もそれ相応の時間PCを弄っているのだから文句は言えないのだが、それにしても、それにしてもである。ちなみに兄は、『リライト』と呼ばれるシュミレーションゲームをやっていた。俗に言うギャルゲだ。知っている人は知っているだろう、かの有名なkey作品の内の一つである。……今、“ギャルゲ? それってあれでしょ? 女の子達といちゃいちゃしてハアハアするだけのゲームでしょ? きんもー”と言う声が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか? 気のせいでないのなら徹底的に異議を唱えたいところだ。ギャルゲをなめないでもらいたい。何熱くなってんの? これだからキモオタは、すぐペラペラペラペラ語りたがる、押し付けがましい、てめらの汚い世界なんて知らねえよ、ブタはブタ同士でブヒブヒ言ってろ、などと思われてしまうかも知れないが、そんな先入観だけで人の好きなものを見下すのはいただけない。私は筋金入りの、いわゆる“オタク”と言われる類の人間だ。だがしかし、オタクの何が悪いというのか? 正式なオタクの定義などは知らないが、世間一般では“深夜アニメやギャルゲに精通する者”がオタクと呼ばれるのだろう、と思う。だが一体、なぜ深夜アニメを観たりギャルゲをプレイすることで変な目で見られなければならないのだ? アニメだってギャルゲだって、物語りを表現する方法の内の一つなのだ。人々に楽しんでもらうための、立派なエンターテイメントの内の一つだろう。それなのに、なぜドラマや映画は批判されないのに、アニメやギャルゲへの風評は良くないのか? そもそも、オタクという言葉の存在自体に疑問を感じる。常人とオタクに区切られるわけが分からない。今でこそ、オタクを毛嫌いする人間は減ったと思うし、オタクという言葉に対しての偏見も薄くなってきていると思うが、“オタク”という言葉は明らかに差別用語として発生した言葉ではないか。誰だ最初に言ったやつは。そういう言葉があるから変な先入観が湧いてくるのだ。そして、先入観に囚われた人間は、アニメやギャルゲをまともに評価することが難しくなる。確かに、誰が見てもアレな作品は数え切れないほど量産されているし、最近のアニメ業界は創作の体を成していない見るに耐えないものも見受けられるが、多くの人に“名作”と支持される作品に触れたにも関わらず、その作品の良いところを無視して駄作と切って捨てる人間が居るのは、“オタクっぽい”という、その先入観が原因だろう。それ以前に、そういう作品には触れないから分からない、という人が多いのも先入観によるものだ。言っておくが冗談ではなく、本当にギャルゲは面白いのだ、これは美少女が好きだからとか、三次元の恋愛が出来ないからとか、そんな見解で言っているのではない。もっと客観的に見て、一つの創作物として、特にkeyの作品は内容がとても魅力的なのである。ユーモアとウィットに富んだ文章、バトル漫画のように熱い展開、そして何より涙を流さずにはいられない、感動的な物語が内包されているのだ。まあぶっちゃけ、私は未だギャルゲは二、三作品しかやっていないから、そこまで語れるわけではないのだが、だがkeyというゲーム会社の作品には、まずハズレが無い。もしギャルゲというジャンルに興味を抱いて頂けた読者様がいるのなら、まずはkey作品に手を出してみることをオススメする。私は中学二年生の夏休み、兄の勧めであるkeyの作品『クラナド』というギャルゲを、“いいだろう、そこまで面白いというのなら仕方ない遊んでやるよ、果たしてギャルゲ如きに私を楽しませることが出来るかな?”という偏見と先入観を持ってプレイしてみたところ、あまりの面白さに一週間寝る間も食べる間も惜しんでプレイし続けた経験がある。これは事実だ、友達に言うたび一歩引かれるが。あの一週間は、クラナドを勧めた兄本人でさえ引いていたのだから仕方ない。

 クリア後は丸一日放心状態に陥るので、あまり熱中し過ぎるのも良くない。思うに、あの時から私の世界観は驚くほど変わった。多分、あの頃は私も純粋だったから、物語りから受ける衝撃もそれだけ大きくなっていたのだろう、もしかしたら過大評価になっているのかも知れないが、それでもとにかく騙されたと思って、まずはクラナドをプレイしてみるといい、やらないと人生損する。私は、常人よりは多くの創作物に触れて来たと自負するが、未だあれを越える作品は見たことが無い。

 ギャルゲは恋愛を主軸にした創作物である。そこで思うのだが、恋愛ドラマもギャルゲもジャンルは同じなのではないか? “同じ恋愛を主軸とした創作物”なのだから。実写か二次元かの違いだけだろう、それなのになぜギャルゲはドラマと違って変な目で見られなければならないのだろうか? 一時、AKB48の恋愛シュミレーションゲームが発売されヒットしたが、あれは普通にテレビ放送でも見かけ、世間の矢面に出ていた。だがギャルゲがそんな扱いを受けたことは一度も無い。別に、その恋愛シュミレーションを馬鹿にする気は無いが、どう考えても差別ではないか。あれは名作ドラマになんら引けを取らない、本当に良い作品なのだ。ううん、いつか堂々と胸を張って、ドラマや映画に対して、アニメやギャルゲ、そしてライトノベルが張り合える時代が来ればいいのだが。

 どころで。私はなぜこんな話を?

 確か、兄がギャルゲの『リライト』にハマってて思うように執筆時間が確保出来ない、という話をしていたのだ。ちなみに『リライト』もkey作品だ。テーマは『地球、環境、自然』らしい。今からプレイが楽しみでならない。

 で、最近夜になると、兄がPCを独占しやがるのだ、それも日が昇るまで。そんなわけで、諸事情により日記の更新は、その次の日の朝から昼の間にしよう思う。というかそうせざるを得ない。一応、出来うる限り早く更新出来るように努力するが、まあ、とにかく兄が早くリライトをクリアすることを願う。


 さて、そろそろお暇させて頂きます。

 では、また会えることを祈って。

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