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1/18 水曜日 執筆活動三日目

2012.1/18 水曜日

 誰もが誰も、容易に努力が出来るほど世の中は甘くない。大半の人間は、それなりの努力でそれなりの幸福か、またはそれなりの不幸を手に入れるものであって、並々ならぬ努力を実行し、大成することの出来る成功者は、ほんの一握りだけである。

 努力とは、それ即ち才能だ。むしろ、努力こそが才能そのものだ。人間は、何の積み重ねも無しには何も生み出せない、何もしていないのに成長することは有り得ない、最初から能力のある人間などいない。やった分だけ見返りがもらえるし、努力した分だけしか成長はしない。サラリーマンは多くの業績を上げた分だけ出世するし、業績を上げるには地道で的確な努力を重ねるしかない。それは熱血理論や根性理論でも何でもない、当たり前の事実だ。

 “天才は九十九パーセントの努力と一パーセントの才能で出来ている”と言うが、あれは“天才は百パーセントの才能で出来ている”と言っているのとなんら変わりない。才能がある人間というのは、努力が出来る人間のことであり、才能の無い人間というのは、努力が出来ない人間のことだからである。生きている内にどれだけの努力が出来るのかと言うのは、生まれながらにしての才能である。

 努力=才能。

 だがしかし、ひたすら闇雲に努力をすればいい、というものではない。“効率良く経験を積み、一度により多く吸収し成長すること”、それが正しい“努力”である。何の考えも工夫も無しに突き進むのは、努力ではなく“徒労”と言うのだ。人は徒労をも吸収することが可能だが、しかしそれは正しい努力には敵わない。世の中には、努力を積み重ねることの出来る人間、徒労を積み重ねることの出来る人間、何も積み重ねることの出来ない人間の三タイプが存在する。この、“努力を積み重ねることが出来る人間”が特に成功する確率が高く、より良い充実した人生を送れる。“徒労を積み重ねることの出来る人間”でも、あるいは成功者が出ることがあるのかも知れないが、だがその多くは失敗し、平凡な人生を送ることになるだろう。いや、別に平凡な人生が悪いとは言えないし、生まれ付いての環境により、それ以下の人生を強いられる人が数え切れないほど居るのだから、だから平凡な人生を卑下にすることは出来ないが、それでも成功者の人生と比べれば見劣りするだろう。

 そして、どうしようも無いのが“何も積み重ねることの出来ない人間”である。このタイプは、十中八九充実した人生は送れないだろう。中には、家庭の事情や周囲の環境などの、たまたまの運によって、やむを得ず努力することの出来ない人間もいるだろう。だとしても、“金にも時間にも環境にも困っていないのに、性格的に努力出来ない”というだらしのない人間と、タイプとしては同じだ。それはもう、生まれついての運なのだから仕方が無い、“努力の出来る環境があるかどうかの運”も、生まれ持った才能の内の一つである。運も才能だ、“生まれ付きのもの”なのだから、才能とは“生まれ付いて持っているもの”なのだから。

 だから私は、とても才能の無い人間だ。三つのタイプの内でも最悪な、“積み重ねることの出来ない人間”なのだから。しかも“金にも時間にも環境にも困っていないのに、性格的に努力出来ない”方の、だ。人間的にも救いようが無い、本格的な駄目人間である。

 それを昨日、再度強く実感することになった。なるほど、やはり私は、そう簡単に変われるほど出来た人間ではないようだ、と。当たり前だ、ただ一時の決意で上手くいくような性格ならば、こんな情けない生活は送っていない。根性の無い、すぐに現実から逃避する甘ちゃんだからこそ、私はいつまで経っても負け組みなのだ。

 で、結局何が言いたいのか。

 正直に言おう。というか言うしかあるまい。

 “1/18”分の日記更新が、これほどまでに遅れてしまったのは、更新出来なかったのではなく、しなかったのだ。有り体に言えばサボりだ。気が乗らないからサボったのだ。

 存分に嘲笑ってほしい。どうしようもなく純粋に、ただのサボりである。身も蓋も無い言い方をすれば、めんどくさかった。だからとりあえず寝ていた。

 本当に駄目な人間だと思う。開き直る気も無いし、言い訳もしない。というか言い訳なんて出来ないし、それをしてしまったら、あまりに自身が惨めだ。正直に白状することだけが、せめてものプライドである。

 度々思うのだが、私は才能の無い人間だ。センスが無いとか、要領が悪いとか、それ以前の問題で、まず根本的に、努力が出来ない。どうしても頑張れない、強いられないとやらない、どころか強いられると逃げてしまう。そのくせ逃げるのも隠れるのも下手で、無駄な迷惑を掛けながら尻尾を巻く、社会不適合者である。いっちょ前に口だけはよく動く、言い訳をする時だけだが。だからいくらでも言い訳をしよう、私は才能の無い、努力の出来ない人間なのだと。

 おそらく、私が夢を叶えることは到底不可能な話だろう。いや、“おそらく”ではない、誰がどう見ても、客観的に自身を見てみて、無理だと思えるほどだ。こんな私が小説家になれるのなら、世界は文豪で溢れかえるし、サルが筆を持つ時代が来てもおかしくない。

 だけれど、私はそれを受け入れることの出来ない、とても要領の悪い人間なので、何度決意しても、決意した数だけ意思は揺らぐだろうが、それでも懲りずに作家を目指し続けるつもりだ。これからも、こういった“サボり”は度々やらかすだろうが、だけれど諦めることだけはしないと思う。だって私から“作家志望”を取ったら何も残らない、いや、何も残らないどころではない、ただ私という迷惑なだけの人間が残る。文章を書くこと意外にやりたいことが無いし、何もやれないだろう。

 そんなわけで、私は人並み外れて図々しい人間なので、この日記は続けます。しつこく新着一覧に上げます。経ったの三日目で早速サボりやがりましたが、まあ、代わりに今書いてるからいいやと開き直ります、存分に蔑んで下さい。心は痛みますが、私の心はハリボテなのですぐに作り直します。

 では、一通りの反省が終わったところで、そろそろ昨日の執筆活動を記そう。

 昨日は、ベルセルクと惰眠に時間を取られたため、あまり多くの執筆をすることが出来なかった。いや、ベルセルクは本当に面白いのだ、一巻一巻も分厚く読みごたえあるし。まあ、私は作家志望のくせに読むのが豚足並に鈍足なので、分厚いと、より多くの時間を取られて困るのだが。今ようやく十九巻目である。しかし、これからの物語作りで、ベルセルクは大いに役立ってくれることだろう。発想というのは、異なる知識と知識とが混ざり合って生まれてくるのだ。だから物事をインプットすればするほど発想の幅は広がるし、より多くの良作を読むに越したことは無い。何も無いところからは何も生まれないし、それがどんなものであっても、何かがあれば何かは生まれる。漫画を読むことも、作家になるための活動の一つではあるのだ。いや、それだったら文章力や語彙力を付けるためにも、大人しく小説を読んだ方が良いのかも知れないが、だが漫画が決して無駄なわけではないだろう。読み過ぎて執筆が疎かになってしまっては元も子もないけれど。インプットばかりにこだわって、肝心の執筆を忘れてしまうのは愚行だ。材料ばかりを集めても、家が建たなければ意味が無い。本末転倒もいいところだ。ちなみに私の兄は、その本末転倒の代名詞である。兄は私と同じ作家志望なのだが、執筆活動を全くと言っていいほどしない。一時書いていたこともあるのだが、徐々に書かなくなっていってしまった。多くの漫画とライトノベルを買い漁り、それらを読むことだけに明け暮れている。私の一点五倍ぐらいの量を読んでいるのだが、しかし、執筆もせずにどうやって作家になりおおせるつもりなのだろうか? 文章を書かなければ物書きとして成長することは不可能だろう。ノウハウばかりを勉強し、肝心の練習をしないのと同じだ。それとも兄は執筆をすることが嫌なのだろうか? 少なくとも好きではないだろう、好きならばインプット作業の合間に執筆するはずだ。というか、執筆もしないで執筆が好きになるはずがないのだ。作文が嫌いな人のほとんどは、普段から作文を書いていないのが原因だという。私も昔は作文が大嫌いだったが、曲がりなりにも文章を書くようになった今では、苦手意識はもう無くなってしまった。文章を書く楽しさを知ってしまったのだから。そこのところ兄は理解しているのだろうか? 兄は“設定とか物語は色々考えてる”などとほざいているが、それは物書きではなく、ただの妄想人間だろう。というか書かなければ、せっかく考えた設定も物語も先へ進まないだろう、もったいない。ふん、まあ、気長に見守ろう。進路はもう、小説家だと言ってあるらしいし、その内執筆を再開するかも知れない。それまで作家への志が萎えなければいいのだが。

 また話が変な方向に進んでしまった。

 閑話休題。

 何はともあれ、兄の今後は置いておいて、昨日の活動である。

 昨日は、またもや例のバトルファンタジー十六話の編集を行った。最大の矛盾点が見付かってしまったという、あれである。が、なんとかつじつま合わせに成功した。何度も何度も、諦めずに試行錯誤していれば解決策は必ず見出せるものだ。ばらばらだったピースが一つ繋がれば、後はすんなり合わさってくれる。あの、どうしようもなく絡まった紐が一気に解れる感覚は、正に至高の瞬間だ。問題は、悩んだ分だけ解けた時の快感は大きなものとなる。これだから執筆は止められない。まあ、問題が出てこないことが一番なのだけども。

 とにかく、多くの時を費やしたが、矛盾は解消し、ようやく書き進めることが可能になった。が、その話を書き終えることは結局出来なかった。展開的に、その場面はまだ中盤辺りだというのに、気が付けば八千文字に達していたのだ。中盤で、八千文字だ。書き終わる頃には確実に一万を越しているだろう、予定よりもかなりオーバーしている。やむをえず、それなりに切りの良いところで区切り、その場面を二つに分けることにした。つまり十六話は書き終わったのだが、場面は十七話に持ち越すという、かなり中途半端な結果になってしまったのだ。だがまあ一週間ほど更新が止まっていたので、これ以上冗長にし、読者様を待たすよりは、ここらで一回投稿しておいた方が良いだろうという結論だ。まだまだ力不足である。

 とまあ、そんなこんなが昨日の執筆活動の顛末だ。


 まとめ。

 インプット(知識、発想力向上)、ベルセルク二十巻まで読む。

 アウトプット(執筆)、バトルファンタジー十六話目を更新するも、中途半端な場面で区切る。


 そろそろバイトの時間が迫ってきている。今日はほとんど執筆活動を行えそうにないけれど、一応この日記は今日の分も更新するつもりだ。

 もし、未だ私のような底辺野郎を見捨てていないという、心の広い読者様がおいでなら、これ幸いに。

 では、また会えることを祈って。

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