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1/16 月曜日 執筆活動一日目

2012.1/16 月曜日

 予定していた十一時よりも、更新が大分遅くなってしまった。この文章を書いている現在の時刻が十一時だから、書き終わる頃には、時計は確実に零時を回っていることだろう。なんたる失態、宣言しておきながらいきなりこれか。だけれど、一応言い訳だけでもさせてほしい。更新がこれほど遅くなってしまった理由、それは主に、主にというか普通に、兄のせいである。いや、兄だって特に悪気があったわけではないのだろうが、しかし原因は兄にある。どういうことかというと、私の家にはPCが一台しかないのだ。そして今日、先ほどまで兄がPCを使用していたのだ。私が何度も“頼むから早く終われ、十一時までに更新しないといけないんだから”と言うのに、野郎はその十一時になるまでPCの使用権を断固として譲らなかった。後で四時間でも五時間でもやらせてやると言うのに、やつは一歩も引いてはくれなかった。そして結局、こんな時間に更新。まあ、それはやはり言い訳で、実際は他に手の打ちようはあったのだし、そもそも“十一時に日記をつける”という行為が既にちょっと無理があったように思う。私は基本的に、一話につき四千文字~六千文字は書かなければ気が済まない性質であり、そしてそれだけの量を執筆するには、最低でも三時間以上を要する。つまり、十一時に日記をつけるためには、この小説を更新するためには、少なくとも午後八時から書き始めなければならないのだ。八時って……私、その頃バイトしてたよ? 家に帰ったのが九時半頃である。どう考えても間に合うはずがない。

 だから、日記をつけると宣言するならば、十一時などではなく、零時以降の深夜でなければならなかったのだ。九時半から三時間時計の針を進めると、必然的に、その日の内に日記をつけることは不可能だと、最初に気付いておくべきだった。やはり後先を考えることが苦手な脳みそである。まあ、いつも後先を憂えはするのだが、大抵、計画や予定が上手くいった試しが無い。あったとしても、覚えてないぐらいに僅かしかない。

 まあ仕方ない、一応、こうして日記をつけることは出来ているのだから、妥協しておこう(こういった妥協が積み重なり、私は今この生活環境に居るのだが)。というか、妥協するところはそこではなく、日記の文字数のような気もする。だって、たかが日記に四千文字も六千文字も使うのは、改めて考えてみると少し、というか大分多いような気がする。毎日の三時間以上を日記の執筆に費やさなければならなくなるではないか。アホか私は。日記など書いている暇があれば他の真っ当な小説を書け、と自分で自分に突っ込んでみるも、とりあえずは四千~五千文字での更新を、当面の予定にする。これはこれで執筆力の強化にはなっているのだから、無駄ではないし、それに日記を人生で初めて書いてみて思ったのだが、これがなかなか楽しいのだ。プロットもストーリーも設定もなく、ただ自分のことを書くというのは、これほどまでに筆が進むものなのかと、ちょっと驚いている。私は引っ込み思案なクセに、ひどく自己顕示欲の強い人間だ。それが小説家を目指す一つの理由にもなっているぐらいだ。いや、作家志望の人間は大抵自己顕示欲が強いものなのかも知れない、言ってしまえば作家と言うのは、自分の思想や妄想、自論や主張を世に提供する職業なのだから、必然執筆者の自己顕示欲は高い場合が多いのではなかろうか、と邪推してみるも、実際にはどうなのだろうか? そう思うのは私だけで、他の物書きの方々の自己顕示欲は至って標準なものなのだろうか? もしよければ、“俺(私)、物書きだから自己顕示欲強いよ”または“自己顕示欲って何? 美味しいの?”と言う意見があれば、参考までに教えて頂きたい。

 ……話が変な方向に進んでしまっている。

 閑話休題。

 さて、前置きはもういいから、さっさと今日の執筆記録をしろ、私。これでは日記ではなく、ただの独り言ではないか。

 まず、今日はバトルファンタジーものの十六話目を書き切る予定だったのだが、それは失敗に終わった。三千文字(五千文字以上が目標)の辺りまで書いたところで、バイトの時間である午後五時になってしまい、筆を置かざるを得なくなった。それから九時半に帰宅し、さあ執筆だ、と思ったら兄がPCを……。そして現在に至る。ううむ、なかなか上手くいかないものである。まあ、この日記を執筆したことにより、今日は一万文字以上の執筆に成功しているのだから、一応及第点ということで……という妥協が重なり、気が付けば一日千文字や五百文字で満足するようになってしまう。それが私という人間だ。一歩譲れば、次の日には百歩も千歩も譲っているのだから油断は禁物だ。譲りすぎて後ろの壁にめり込むほどだ。危ない危ない、これぐらいで妥協しているようでは駄目だ、一万執筆したからと言っても、その半分以上が日記によるもので、しかも本来の例のバトルファンタジー十六話を更新するという目標は達していないのだから、むしろ大いに反省するべきなのだ。これぐらいで妥協するようでは、お先真っ暗である。もっと頑張れよ、私。ちゃんと目標達成しろよ、このグズ私。

 そう言えば、最近とてもためになる情報を入手した。

 これはおそらく、小説家志望の人間ならば、特にライトノベル作家志望の人間ならば、知っておいて損は無い話だろう。ああ、ちなみに私は、一応はライトノベル作家を目指している。ライトノベルと聞いて蔑む人も少なからず居るだろうが、でもライトノベルをあまり馬鹿にしないでもらいたい。最近のラノベを、“萌え萌えしてるだけで、文章も構成も低俗なもの”だと思っている人間も多いが、そしてそれは実際、それなりに的を射てはいるのだが、だからといってライトノベルを馬鹿にしていい理由にはならない。確かに、萌え要素だけを詰め込んだようなあざとさ丸見えの作品や、テンプレ駄目主人公ハーレムな作品、文章も話もグチャグチャの、本当にプロが書いているのかと疑問に思ってしまうような作品も、数多く存在する。でも、だからと言って、全てが全てそうではない。粗悪な作品も数多く存在するが、いやむしろ粗悪なものの方が多いぐらいだが、それでも、“これぞエンターテイメント”と言えるような素晴らしい作品がたくさんあるのだ。それに、ライトノベルでも、文章力が卓越した作品だって少数ではあるが存在する。純文学や推理小説などの知性溢れる文章や内容から見れば、劣って見える部分は多かれ少なかれあるだろうが、それでも純粋に面白いと言える作品が多数存在するのだから、一重に“ライトノベルは低俗だ”と毛嫌いするのは筋違いだろう。というかそもそも、ライトノベルは文学ではないと思う。漫画やアニメに類されるものだ。言うなれば、漫画を文章だけで表現したようなものなのではないか? だからこそ読み易いというメリットがあるし、文章力が無いという批判意見も出てくる。いや、私はそんなことよりも、今のラノベ界は萌えをプッシュし過ぎだろうと思うのだが。そりゃあ、可愛い女の子は誰だって好きだろうが、それにしても酷い。安易に萌え要素を出し過ぎだ。萌え要素というのは、あくまで作品を面白くする一つの要素に過ぎないのであって、“萌えが売り物”というわけではないのだ。それなのに、特定の層に売りつけられるからと言って“萌え”を使いまわし、大量生産。ライトノベルが低俗と言われる最大の原因だと思う。読者側だって馬鹿じゃないのだから、そう何度も何度も媚を売られたら食傷気味になるのは当たり前だ。毛嫌いする人間が出るのも納得出来る。編集者側も生活が掛かってるのだから仕方ないのだろう、が、もう少しなんとかならないものか。萌えが武器のテンプレ小説よりも、独創性や意外性、ユーモアや文章力に溢れた小説の方が売れているというのは見れば分かるだろうに。まあ、私のようなうつけには到底想像出来ないような複雑な理由があるのだろう。厳しい出版業界の中ですが、どうかめげずに頑張って下さい、編集者の方々。

 ところで。何の話をしようとしていたのだろうか、私は。確か、“最近ためになる情報を手に入れた”という話だったはずだが……。……。

 というわけで、最近、とてもためになる話を入手した。作家志望の人には是非耳に入れておきたい。

 というのも、それは“何かの分野でプロになるためには、最低でも一万時間の修練が必要”というものである。誰だったか有名な著者の教えだが、覚えていないので著者の名前は省きます。鳥頭ですみません。なんでも、この“一万時間の修練”が出来ていないから、ライトノベル作家のほとんどが数年と持たずに業界から消えていくのだそうだ。文章が下手でも、執筆経験がほとんどなくとも、書いた小説がライトノベルとして面白ければ作家に成れてしまうのが、ライトノベルの世界である。だが、そういった大して修練を積んでいない作家に限り、二発目のヒットが出せずに、一発屋で終わっていく。これはどういうことかと言うと、その作家の元々の小説を書く地力が低いからである。小説を書くのが特別上手いわけでもないのに、書いてみたらヒットしてしまった。だがそんな不安定な執筆能力で二発目が上手くいくはずがないのだ。それに、一度ヒットしてしまえば、それで手に入れたものを失うのが怖くなり、保守的にもなる。そうすれば自然、発想の幅も狭くなる。そんな状態でやっていける地力も無い。やがて小説を書くのが嫌になり、ラノベ界から足を洗う。去っていく作者のほとんどは、書けなくなったからではなく、書かなくなったからだそうだ。いつでも、どんなプレッシャーにも負けない、執筆経験と能力、構成力、発想力、自己統制力を身に付けてこそ、初めてプロの作家足り得る。だから、小説家に限らず、何かの分野でプロになりたい、または夢を叶え、それを継続させたいと言うならば、“一万時間”の努力が必要なのである。

 ……というような話だった気がする。うろ覚えだが。覚えてないとこ、少しアレンジしたし。

 まあとにかく、要は“一万時間執筆に携わって、初めてプロの作家になれる”“プロでもないのに売れると、長続きしない”ということが伝われば嬉しい。

 仮に、一日三時間執筆活動を行えば、一万時間に達するまで九年、八時間ならば約三年半かかる。一日十六時間執筆でも一年半と少しだ。小説家になり、一発屋で終わらないためには、それだけ膨大な時間が必要なのらしい。

 ううん、まだまだ先は長そうだ。成人式までには売れることが私の夢だが、これはちょっと難しいかも知れない。二十歳になるまで後三年、毎日八時間以上執筆し続ければいいのだが、どうだろう、出来る気がしないというのが本音だ。いやまあ、頑張ろう。未来の努力を憂える暇があるのなら、とりあえず今を頑張ろう。……と、そろそろ四千文字いったか。いい加減、他の小説を書かなくては、だ。


 今日はこれぐらいで失礼させて頂きます。

 明日の日記は、おそらく深夜に更新することになるでしょう(今週はバイト多い)。

 こんなところまで読んで頂いて、誠に有難う御座います。あなた方の視線が私の栄養源です。見れば見るほどすくすく育ちます。ですが肥料をやりすぎると調子に乗って暴走するので気をつけましょう。いえ、気を付けます、でした。

 それでは、また会えることを祈って。 

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