1/31 火曜日 執筆活動十六日目
バイトのシフト今週の分も入れてなかった。
バイトのシフト、今週の分も入れてなかった!
入れ忘れてたああああああああよって今週もずうっとフリーだああああああああうわあああああ。なんという間抜けな失敗。昨日、重い身体に鞭打ちバイトの事務所行ったら社員の人に“お前どうしたの? 先週も今週も入ってないじゃん。何かあるの? それとも馬鹿なの?”と言われ、二週連続で入れ忘れました、と返し大笑いの赤っ恥。うわあ、私凄い痛い子みたいじゃない、アホの子みたいじゃない、いやその通りなのだけども。しまったなあ、これじゃあ今月は給料全然もらえない、おそらく二万いくかどうか。兄に三万以上借りててその上携帯料金も払わなくちゃならんから一円も残らない、というかそれでも返しきれないか。金いらねとは言ったけども、言ったけども、これはちょっとどうなのだろうか。いくらなんでも、である。
まあ、実際は物凄いラッキーだと思ってるのだけれど。またもや一週間も執筆に集中できるではないか、来週の火曜まで作家への道を邁進できるではないか、作家志望にとってこれ以上ないぐらい嬉しい。
あれだ、朝登校したら実はゴールデンウィーク中だったみたいな、そんな間抜けだけれど最高の気分。いやあ、よかった、まだ一週間もあるのか、この間にバトルファンタジーものの第一章を書き上げてしまおう、そうしよう、出来ればいいのだけれど。
で、昨日はバトルファンタジーの番外編(ヒロインの過去話)三話目を書き上げ、それから新しく日常もの(?)の連載を新しく始めた。で、日記と合わせて、昨日の合計執筆量は一万七千文字。日に日に増してきている。かなり順調だ。このまま二万文字書けるように努力しよう、後プラス三千文字だぞ、私。
この日常というのが、『ダブル・ノベル』という名前で、内容は男女の二人組が一緒に作家を目指していくというもので、ぶっちゃけ私の願望を体言したようなふざけた小説である。だからダブル・ノベル。二人で討論しながら小説のストーリーを作っていくという、実によくわからん雑談小説だ。何がふざけてるかって、この主人子二人組が、“二人で一人の作家になろう”という馬鹿な夢を見ていることである。二人で一人の作家ということは、つまり二人で一つの小説を書こうということだ。ぶっちゃけアホである。小説は一人で書くものだし、というか一人でしか書けないものだ。そんな漫画じゃないんだから。でもとりあえずやるだけやってみた。何がやりたかったかって、仲良し二人組に、笑いを交えながら、小説について色々討論させたかったのだ。二人のこの無謀な夢は、その討論をやらせるためのものである。ううん、誰得なのだろうか、これ。私得か。まあ、実際は、最初からそういう話しを書こうと思ったのではなく、“無性に何か新しいの書きたい! 日常コメディ!”という謎の衝動を爆発させ、特に意味も突拍子もなく男女に雑談させてみたら、いつの間にかこんな小説が……。我ながら意味わからん。プロットも何もない、行き当たりばったり通り魔に遭って死亡しました感バリバリの連載小説です。とりあえず、今鋭意執筆中のバトルファンタジーもの――――特に題名隠す必要もないから普通に明かすけど(いつまでもバトルファンタジーものと呼ぶのはなんかあれだろう)――――『最強の無能力者』を書きながら、隙間隙間に書き進めていていこうと思う。ラブコメだから楽しく書けるだろうし。
まあ、既に日常コメディものはあるのだから、そっちの続きを書けというものだが。また目処の立っていない小説を意味もなく立ち上げてしまった。せめて連載中のを一、二作品終わらせてからにしろよと今頃になって突っ込んで見るも後の祭りの後悔先に立たずである。
ところで最近気付いたのだが、私の文章は、時間を掛けたものよりも、ぱっぱぱっぱ勢いで書いたものの方が読みやすいっぽい。昨日、一時間足らずで書き上げた日記と、何日か前に四時間ぐらいかけた日記とを見比べてみたのだが、それはもう、凄い差だった。前者はすらすら読めたのに、後者は誰が見ても分かるような物凄い駄文だった。あれだろうか、下手に上手いもの(変な言い方だが)を考えて書こうとするよりも、頭の中にある思考をそのまま文章として書き写した方がより自然な言葉が出てくるから、だから読みやすくなるのだろうか。どうなのだろうか。まあとにかく、下手に考えるより、一気に推敲無しで書き上げ、後から矛盾点や誤字脱字を直した方が効率は断然良いし良質なものが出来上がる、とそういうことだと思う。ようは執筆速度だ、執筆速度。確かに、中級者上級者になってくれば執筆速度だけでなく、様々な技術などが必要とされてくるのだろうが、だが初心者の内は無理してあれこれ工夫しようとしたりせず、ひたすら執筆速度を上げていった方が断然効率が良いような気がする。とにかく経験を積むのだ、初心者の内は。技術やらそんなもの以前に、まずは小説を書くということに慣れなくてはいけない。序盤は、質より量だ。最初が成長著しい時期なのだから、書けば書いただけどんどん文章力も上がっていくというものだろう。西尾維新なみになってしまえば、ただ単に書くだけでは駄目なのだろうが、今の私は初心者中の初心者なのだから、量をこなす事が何よりも成長に繋がるはずである。まあ、そりゃあ、出来うる限り考えながら書くが。執筆速度を上げるというのは、“雑でもいいから早く指を動かす”、ということではなく、“文章構成のための思考速度を早くする”、ということだと思う。指を早く動かすのではなく、頭を早く動かすのだ。そのためには、より多くの集中力と経験が必要とされてくるだろう。いつだったか“プロになるためには一万時間必要”と記したことがあるが、それは確かにそうで、いかに素早く多く積み重ねられるかが努力というものである。
で、さて、後千六百文字何を書けばいいのだろうか。もう何のネタもありやしませんよ。
ううん、……。
やばい、何も出てこない。
ついにネタぎれなのだろうか、私の脳。もっと頑張れよ、働けよ、回転しろよ。
……。
そ、そうだ、ギャップについて考察してみよう。上記した文章とは特に話題の関連性は無いのだけれども。
世の中にはツンデレやらクーデレやらヤンデレやらと呼ばれるものがある。それぞれ、ツンツンデレデレ、クールデレ、病ん病んデレデレ(|?)の略だが、これらに共通していることは、ずばり通常時とのギャップだと思う。普段ツンツンしているが、ほんのたまにデレる、というその上下差が人々に好感を与えるのだろう。低いところから上に持っていく、という手法だ。今まで嫌いだった相手が、ある日突然『今までごめんなさい、本当にすみませんでした、許してください、これからは友達としてよろしくお願いします』なんて言って来たらなんか凄く嬉しくなってしまうだろう。そんな感じのあれである。といっても、最近はなんだかツンデレの魅力が低俗なものになっていっているような気がするが。みんながこぞってテンプレツンデレキャラを連発するものだから、今ではツンデレキャラがネタとして扱われることが多い。真面目に『~~~~なんだからねっ!』なんて言われたら、なんかもう笑うしかない。ツンデレキャラを主要キャラとして出そうと思うなら、もっとこう、色々工夫するべきだろう。テンプレなツンデレなんて全然もえないし魅力がない。下手するとイラッとくる場合もあったりする。
ギャップと言えば、『メガネ萌え』というのがあるが、最近その捉えられ方にずれが生じているように思う。あれは、“メガネを掛けているから可愛い”という理由から流行ったのではなく、“普段は冴えない顔付きだけど、いざメガネを取ってみると実は凄い可愛いかった”というギャップから生まれた言葉なのだ。別にメガネを掛けたからって可愛いというわけではないだろう。逆だ、メガネ時と素顔時の差が萌えを産むのである。そりゃまあ、ファッションとしてのメガネもありではあるかも知れないが。安易にメガネを掛けさせたからって、それでキャラクターの魅力が増すかといったらそうではない。ちなみに、最近これは“良いメガネっ子”と思えたキャラクターは、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主要人物であるところの“沙織バジーナ”だ。この沙織というキャラは、普段はグルグルメガネのオタクルック(今時オタクルックなんてものはコスプレ以外のなにものでもないが)”を演じていて、その状態だと決して可愛いとは言えないのだが、むしろ初対面だと普通にひくようなルックなのだが、元々の清楚でお嬢様なキャラに戻ると途端に魅力が最高潮に達する。これは見事だと思った。普段あれだけアレな沙織の本性が、実は清楚なお嬢様だったのか、と。あれが本来のメガネ萌えというものだろう。
“萌え要素”というだけで安易に“もえーもえー”なんて言っているような連中は、そのキャラクターの本来の魅力を見出しているのではなく、それが萌え要素だからという理由だけでとりあえずもえもえ言っているのである。本来のキャラクターの魅力が見えていないのだ。萌え要素だけのテンプレで薄っぺらなキャラなんかただの量産品だ。量産型モエだ。アニメやらラノベやらではそういう風潮が強いから、だから変な目で見られたりもするのかも知れない、オタクというものは。いくら特定の層に売れるからって、もっと自重しろというものである。これでは本来の、本当に魅力的な作品が埋もれてしまうではないか。嘆かわしい。もっと頑張れ編集者やらなんやら。私は絶対、ペラペラなキャラを量産するだけの作家にはなりたくない。そんなものクリエイターでもなんでもない、既存の要素を上手く丸パクリしただけの“ただ文章が書けるだけの人”である。
さて、ではそろそお暇させていただきます。
また会えることを祈って。




