1/27 金曜日 執筆活動十二日目
2012 1/27 金曜日
昨日はかなり充実した一日だった。いや、かなりどころか、今までにないぐらい、だ。この日記始まって以来の絶好調であった、ここ半年ほどの期間で、初めて理想的な一日を遅れたような気がする。ようするに、一日中ずっと執筆活動を行うことが出来たのだ、作家志望としてはこれ以上ないぐらい建設的な一日であろう。昨日の朝九時に日記をつけはじめ、それから二十一時まで十二時間もの間ぶっ通しで指を動かし続けていたのだから、さすがに合格点を付けても問題ないのではなかろうか。執筆内容は、日記を四千文字、バトルファンタジーものの二十一話目更新で四千文字、さらに二十二話目更新で五千文字、続けて二十三目を千文字書き進めたところで、兄にPCの使用権を譲った。バトルファンタジーについては、明日の分にまで手を出すことが出来たのだから、十二分な働きだろう。なんと言っても、既に今日投稿する分のバトルファンタジーものを書き上げているということが何よりも安心出来る、というか、心に余裕が出来たというか、夏休みの宿題を次の日の分までやってしまった感覚だ。この調子で、明後日の分も書き上げ、明々後日の分も書き上げ、とどんどんストックを増やしていきたいものだ、そうすることによって執筆意欲も増していくし、執筆が遅れてしまっても取り返しが利くようになる。
合計約一万四千文字だから、四百字詰原稿用紙三十五枚分か。……ううん、三十五枚か、改めて考えて見るとそこまで多くもないような……五十枚は書きたかった、というのは欲張り過ぎというものだが、いや実際それが本音である。私は、よく物語りなんかに出てくる私腹の肥えたエセ貴族もドン引きするほどの貪欲さが自慢なので、いささか物足りない感がある、一日五十枚以上は書けるようになりたいというのが私の願望なのだが、まあどうせ、もし一日五十枚書いたとしても“一日百枚は書けるようになりたい”とかほざいているのがオチだろう。それに、三十五枚でも、ちょっと残念な気持ちはあるけれど、達成感がないこともないのだ、冒頭でも充実した一日だと記しているのでそうでなければ嘘だ。で、十一時間で一万四千文字書けたということは、一日二十四時間の内、寝る時間やら飯の時間、休憩時間を合わせて六時間と考え、執筆時間を十八時間取ったとしよう、したらば一日二万文字(原稿用紙五十枚)も夢ではないのではないか? というかやろうと思えば出来るはずだ、今まで頑張ってこなかっただけで。そう、私に限らず、ある程度の執筆速度を持っていれば、誰だって一日二万文字を書けないこともないのだ、ただそこまで精神力が持たないというだけで、可能ではあるはずなのだ。ようは気合と根性、スマートに言えば自己統制力が重要なのであって、今日からでも一日二万文字執筆に挑戦は出来るのである。というわけで、当面の目標は一日二万文字、最低一万文字を目安に執筆活動を行おうと思う。……いや、分かってますよ? かなり無茶なことを言ってることぐらいは、分かっていますとも、承知の上です、私のような三日坊主がそう毎日毎日上手くいくわけがないということぐらいは。だけれど言うだけならタダなんでいくらでも言わせて頂きます、失敗するのは目に見えていても損することはないし、それに目標というのは、全力を出し尽くしても越えられるか越えられないか、いややっぱ越えられないか、というギリギリのラインで設定するのが一番努力出来る、というのを誰だったか有名な著者のエッセイで読んでことがあるような気がする。精神がもつかどうか分からんけどね。
いつもは一話書き上げた時点で力尽きてしまい、次の話を書く気力が萎えてしまうのだが、昨日三話とちょっと(日記合わせて)執筆し続けることが出来たのは、おそらく、とっととバトルファンタジーものの一章を書き上げてしまいたいという、切実な願いからなのだろう。それだけでなく、半端ない皺寄せによって一番グダグダする山場を乗り越えたためからというのも大きい。さらに、昨日執筆中に気が付いたのだが、やはりこの日記を毎日四千文字で更新するというアホみたいな日課は無駄ではなかったのだ。今までは、一話一話の最低ラインである四千文字執筆を結構無理して達していたのだが、この日記を毎日書くことによって、一話四千文字というのが、前とは比べ物にならないぐらいスムーズにこなす事が出来るようになったのである。上記した通り、一話書き上げるだけで精魂尽き果てていたのに、今では次の話を書き進めるぐらいには余裕がある。つまり、作家としての持久力がついたのだ、毎日四千文字の距離を走ることによって息切れがし難くなったということだ、何もロードワークはスポーツに限ったことではなく、こうした形でも似たようなことが可能なのだ、日記書き初めて良かったと今始めて素直にそう思える。だってこの日記、内容があまりに冗長な上に駄文でしかもオレオレ日記なため、読者様がまったくつかないのだ、覚悟していたことではあったが、凹まなかったり萎えなかったと言えば嘘になる、こんなことしても意味なんか無いのではないかと毎日のように考えていた、今だって毎日最新話を読んでくれている人なんか五人かそこらしかいないのだ、本音を言うといつ更新やめようかとタイミングを窺っていたぐらいである。やはり、目に見えての成果がない修練というのはかなり精神的にきついものがあるが、それでも得ているものはちゃんとあるのだと思い知った。あ、いやでも目に見える成果が無いわけでもないのか、確かに閲覧数は全く伸びずに平行線のままだが、それでも、こうやって書き記すだけでも、どれだけの量を執筆したのかというのはしっかりと積み重なっていくのだ、書けば書くほど、書いたという実績は目に見えて残っていく、だから全く無駄な執筆というのは絶対にないのだ。例えるなら、積み重なっていく使用済みのプリントの山を見て充足感を得るようなものである。というか早く、何でもいいから何らかの実績を残したいというのが私の切望だ、そのためには長編小説を一作品書き上げるのが一番良い、だからまずはバトルファンタジーものを書き上げてしまいたい。
私は焦っているのかも知れない。何度も言うが、私は野望と欲望を切望し、地位と名声を羨望する超強欲貪欲魔獣なのだ、将来小説家になって、その筋なら誰もが知る小説家として大成したいと夢見ていたりする。全身の一万パーセントが自己顕示欲と承認欲求で出来ていると言っても過言ではない。だから、こんなところでぐずぐずもたもたしていないで、一刻も早く、一文字でも多くの文章を書き、実績を残し、成長し、そして作家に近付きたいのだ。いや、だがしかし、この年代の多くの人間はそんなようなものなのではなかろうか? 将来大成して人々の記憶に残り続けるような、そんなビッグな人間になりたいと思うのは、多感な十代男子ならば自然なことなのでは? と邪推するも、実際はどうなのだろう? 人間は自己満足の塊だから、到底有り得ない将来を夢想するのは変なことではないだろう。
ところで、自己満足は悪いものではなく、むしろ人の心には自己満が満ち溢れていて当然なのだと私は想っていたりする。自己で満足するだけならば、別に誰かに不快な思いをさせているわけでもないし、そもそもエゴがあるから人は人に気を使うし、人のためを想って優しくなれるし、手を取り合って共生していくことが出来るのではないだろうか。相手のことを想うということは、つまり自分のことを想うということに他ならない。人は自分を好きになってくれた人を好きになるものだ、だから相手に優しくする、自分を好きになってもらいたいからだ、自分を満足させるためには相手を満足させればいい。……その逆も言えるのだから、いじめは無くならないのだけれど。
エゴと言えば、通常のライトノベル作家のエゴとサービスの割合は、およそ2:8~5:5|(エゴ:サービス)、小説家になろう! のエゴとサービスの割合は10:0~8:2ぐらいなのではないだろうか? いや完璧主観からの推測なのだが、こんなところだろう。だから、名声などはいらず、趣味の範疇で自己満足したいだけならば実際の作家よりもネット作家になるべきであって、必ずしも作家になることがいいというわけでもないだろう。むしろ作家になったらどれだけ自分の文章に制限が掛かってしまうのかと戦々恐々としている。まだ目処も立っていないのに気の早いことだ、皮算用するにも、せめて大賞用の原稿を書き上げてからにしろというものだ。
そういえば最近、PCをカチャカチャいじっている間、リビングから両親の話し声が聞こえて来るのだが、その内容がリアルに重いのだ。金が掛かるからあの契約はやめよう、とか、仕事がかなり苦しいだの残りの貯金がどうだの何を辞めただのなんだの……。本気で我が家が心配なのだが。大丈夫なのだろうか、家の家系。私は暢気にアイスなんか貪りながらPC弄ってても問題ないのだろうか? 腹も減ってないのに間食とか取りまくってて大丈夫なのだろうか? バイトの給料、全部自分の趣味に継ぎ込んでいていいのだろうか? 多少の食費ぐらいは負担するべきなのではないか?
私の家族は三人兄弟だ、食費や学費だってばかにならないだろう、父に苦しい思いをさせてまでこんな贅沢していていいのだろうか。父は、子供に対して凄まじく甘いというか、信じられないぐらい優しい人格者なので私が家にこもって毎日PCなんかにかじりついていても文句一つ言わないが、だからと言って今の生活に甘んじていいというわけではないだろう。いつまでも父の無償の優しさに甘んじていていいわけがない。情けない限りだ。父は毎日毎日、この寒いなか深夜に出て仕事しているのに、私は毎日毎日ぬくぬくと漫画やらゲームやらしながら過ごしているのだ、何様なのだろうか私は。いつの時代の貴族だという話しだ。……一日でも早く作家になって自立しなければ。そして、いい加減、父を休ませてやろう、もう十分過ぎるほど働いてくれたのだから。
それでは、また会えることを祈って。




