1/26 木曜日 執筆活動十一日目
2012.1/26 木曜日
昨日は、あれからなんとかバトルファンタジーの二十話目を更新することが出来た。曲がりにも更新はした。が、やはり何か腑に落ちない仕上がりだ。何度読み返しても言い訳臭い内容だし、一気に設定やら考察やらを放出してしまい、実に見るに耐えない、ごてごてとしたものになってしまった。これで読者様方に見捨てられてしまうのが怖くて仕方がないが、まあ、なるようになるだろう、このままのペースで一章を書き上げるつもりだ。幸い、一番つじつまあわせが難しい場面は終わったのだから、後はアレをああしてこうしてラストバトルに持ってってヒロインの回想を入れてやれば仕上がりである。そこまで何話かかるか分からないが。一応、予測では三十話ちょいぐらいでラストバトルまで持っていく手はずなのだが、しかし私のことだ、どうせまたグダグダいらんところを拡大して無意味に引き伸ばすのだろう。ああもう、早く書き上げてしまって他の小説の執筆に取り掛かりたいというのに……。
そんなわけで、昨日はバトルファンタジーものの二十話目を更新する以外は何も手につけていない。日記と合わせて、合計九千文字しか執筆していない。というのも、前にも記したと思うが、なにやら最近PCのネット回線の調子がすこぶる悪いのだ。上記した二十話目を書き上げた時だって、あまりにも接続が悪いため、投稿するだけの作業に二十分以上も掛かってしまった、とてつもなく無駄である。シグナルが“強”であったならば、投稿するだけの作業など、一分かそこらで終わるだろうに、実に無意義な時間を過ごしてしまった。現在はそれなりに良好なのだが、いつまた調子が悪くなるか分からない。そうなってしまうと、このサイト内で小説を執筆するのが大変手間になってしまうのだ。私は作家志望のくせにじっとしていると落ち着かない子供なので、執筆中、何度も違うページにいったりきたりする。いやまあ、資料や設定を確認するためなのだが、だがネット回線の調子が悪いとそれが難しくなってしまうのだ。どうにかして早く元の何の問題も無い状態に戻したところだけれど……放っとけばその内回復するだろうと安楽思考に逃げる私であった。ま、本当にインターネットにアクセスすら出来ない状態になれば、その時業者の人に相談してみればいいだろう。
で、昨日の執筆活動日記はそんな感じである。それだけである、他に書くことなんかない、つまらないいつも道理の惰性的な日常だった。一体、後三千文字も何を記せばいいのだろうか?
とりあえず小説についての話でもしよう。
ライトノベルを書くに当たっての手法やらそんなんだ。
で、私は最近知ったのだが、世にはアウトラインプロセッサなる便利なソフトがあるらしい。いや、その筋の人間なら誰でも知っているのかも知れないが、とにかく私はついこの間このアウトラインプロセッサの存在を知ったのだ。これがなかなかにイカした機能で、なんと言えばいいのか、“外堀を埋めながら次第に小説本文に迫る”みたいな機能だ。説明し辛いな。とにかく、小説の構成をツリー状に編集出来るようにするソフトである。
図で言うとこんな感じ↓
◆
一章 章の題名
①場面の簡易説明
・動きの簡易説明
α動きの詳細
β動きの詳細
・動きの簡易説明
・動きの簡易説明
②場面の簡易説明
・動きの簡易説明
・動きの簡易説明
二章 章の題名
①場面の簡易説明
・~以下略~
・
②場面の簡易説明
・
・
・
③場面の簡易説明
・
・
・
三章 章の題名
①
・
・
②
・
・
といった風に、章<場面<動き<詳細<本文、と、どんどん“開き”ながら小説を作成していくことが出来るのだ。おそらく、“執筆”するというよりは“構成”するという感覚に近いのではないか?
それと、携帯からだと意味不明な図になっているかも知れないが、どうかご容赦いただけたい。
ちなみに、このツリーの最下層にくるのが小説本文である。これならば場面の変更や置換も容易に出来るし、整合性の取れた、破綻しない物語りが出来るというわけだ。実に論理的かつ効率的な機能だと思う。私は今このアウトラインプロセッサが非情に欲しい。近い内に購入してみるつもりだ。アウトラインプロセッサを始めて知った読者様方(いたら)も、一度試行してみて頂きたい、きっと役に立つはずだ(立たなかったらごめんなさい)。
……。
ネットへの接続が途切れてしまったため、丸一時間PCを放置してしまっていた。今の三点リーダの点一つに十分経過の意味が含まれていたりする。六つ合わせて一時間だ。
この一時間の間に、読みかけだった『ライ麦畑でつかまえて』なる小説を読んだので、軽く感想モドキでも記そうと思う、他に話題もなし。
ご存知の方も多いだろうが、『ライ麦畑でつかまえて』とは、かの有名なJDサリンジャーの著書である。大雑把に、一言で、あくまで一個人の主観で、内容を一言でまとめると、ずばり“世間や大人に対する反撥”だ。私は文学作品をほとんど読まないので、過去の文学作品とは決まって“お堅い分かりにくい文章”などだろうと思っていたのだが、いや、堅くて難解な文章が悪いとは言わないが、この『ライ麦畑でつかまえて』に対しても同じようなイメージでもって読み始めたのだ。ライトノベル脳である脳みそを切り替え、大いに身構え『ライ麦畑でつかまえて』のページを捲った、のだが、いやはや参った。この本、信じられないほど文体が崩れているのだ。砕けている、と言ってもいい。最初から最期まで通して口語調で、だがこれがただの口語調ではない。語り部である主人公――――ホールデンの思考回路、性格が実にユニークというか、おちゃらけているというか、みょうちくりんというか、とにかく変わっていて、文体が終始妙な雰囲気なのだ。それも読者に語りかけてくる二人称視点で、今までに見たことのないタイプの文体だった、良くも悪くも。で、ストーリーの方なのだが……なんと言えばいいのだろうか? 簡単にあらすじを説明すると、問題児ホールデンが学校を退学になり、そこかしこをフラフラしながら、多数の知人と会い、家に帰り着く、というものだ。で、その間中、しょっちゅう捻たことを言ったり知人の悪口を言ったり、悲観的で自虐的な文句を垂れていた。そんな感じの物語り。ぶっちゃけ、結局ホールデンは何がしたかったのだろうか? 知り合いの女性に会って結婚を持ちかけたり、世間から隔絶された隠居生活を送りたいと思い立ち旅に出ようとしたり、結局最後はシスコンこじらせたり……この物語り、主人公の行動が実に読めないというか、変人というか、ホールデン自身も“自分は気違いなのかも知れない”などと言っていたし……なんだろう? まあ、彼の行動基準で一貫して言えることは、最初に述べた“世間と大人に対する反撥”である。おそらく、ホールデン言うところの“インチキだらけの世間”から脱却したかったのだろう。だからガールフレンドに“結婚し、どっか遠くでのんびり暮らそう”などと話しを持ちかけたし、一人で西部の方へ旅立とうともした、それが到底現実的ではない、不可能なことだと知人達に告げられても。うん、そんなところだろう、この話の中身というか、主張は。
で、この本を最後まで読んでみて思ったのだが……結局主人公はシスコンだったと。そういうことですよね? JDサリンジャーさん。中盤辺りからフィーヴィーという妹が出てくるのだけれど、最後の場面はフィーヴィーといちゃついてただけだもの、彼。この兄妹がとてつもなく仲がよろしくて、妹さん、ホールデンに接吻までしてたからね? ちょっとドキっときたよ? これをブラコン、もしくはシスコンと言わずしてなんと言おうか。いやあ、ホールデンは愛しの妹と結ばれてめでたしめでたしでした。ほんわか。
――――というのは冗談で、いや今述べたホールデンとフィーヴィーの話しは全部本当なのだが、私の考察の方が冗談という意味です。
真面目に解説すると、“最後のフィーヴィーといちゃついていた場面”とは、主人公が、妹を置いてまで旅立つという野望を諦め、機嫌を損ねていた妹を動物園に連れて行き、仲直りし、楽しそうに回転木馬に乗る妹を眺め、のどかな気持ちで終幕、というようなものだった。つまり、インチキな世間から隔絶された暮らしを追い求めるも、目の前に大切なものがあるということに気付いたのだ。ようは、ホールデン少年は大人への階段を一段登ったのだろう。非現実的な、世間からの脱却を諦め、楽しそうに回転木馬に乗る妹を見守ることで、成長したのである。とすると、もしかしたら“青い鳥”と似たようなことを言いたかったのかも知れない、筆者は。その証拠に、最後にホールデン自身も言っていた、“あのウザったらしいストラドレーター(元同僚)やアクリー(元同僚)でさえ、いなくなってみれば案外寂しいもんだ”、と。いなくなってから気付いたのだ、あれはあれで悪くないものだったと。
こんなところだ、私の『ライ麦畑でつかまえて』についての考察は。妹萌えしたい方は是非ご一読を。……冗談だってば。
あれだ、文学は奥が深い。……というか、色々考察する余地がある、と言った方がいいだろうか? 分かり易くまとめられたライトノベルの場合だと、こうもあれこれ考察や妄想、主張、賛否、評論は出来ないだろう。思うに、この“考察、評論する余地がある”というのが文学の醍醐味なのではないか? 実際、“名作”よりも、その名作に対しての評論本の方が圧倒的多い、らしい、よくは知らないが。逆に、とにかくカタルシスを追求したのがライトノベルというジャンルなのではないだろうか? 専門家ではないからあんまり込み入ったことは言えないが、というか分からないが。所詮、引き篭もりガキの戯言である。
それでは、調度キリの良いところでノルマ四千文字にも達したことですし、これにて失礼させていただきます。
また会えることを祈って。




