08話 勇者、拉致。 ●
神主舞、それが私の名前です。
今年十七歳を数える「勇者」に属し、剣使いで使用武器は日本刀です。
私は……この地上に蔓延る異物達を討ち滅ぼす為に、勇者を志望し勇者となって三年前に地上に降り立ちました。
過去に記録された映像や祖先から言い伝えられた話しを聞いていると――綺麗だった頃の地上を私は見てみたいと思ってしまったのです。
だからこそ、今の地上を支配する異物を退治することでかつての地上を取り戻したと思いました。
それからはクエストは勿論、非クエストのモンスター討滅も行っていました。
後に意志を共にするギルドに入り、仲間とともに異物退治を進め、少しの無茶も気にせずに戦い続け蹴ました。
しかし私は……いえ私たちは魔王に挑み、私の所属していたギルドメンバーは私一人を残して魔王の部下の高レベルモンスターによって全滅させられてしまいました。
結局、私だけが生き残ったのです。
今でも仲間が地獄の炎で焼かれて跡形もなく燃え去って行く光景を覚えています。
経験値こそ減ることはありませんでしたが所持品はこの日本刀「ナツメ」を残して全て失い……ある種のトラウマのようなものが出来てしまいました。
高レベルモンスターに遭遇すると、自分は今度こそ殺されてしまうのじゃないか……そう思ってしまうことが多くなり、敵前逃亡ばかりになり、自然とクエストも無茶をすることはなくなってしまったのです。
たまたま訪れたDワールドゼクシズ国五百と三十五番の中継地点、そこで一番低いレベルのクエストが私の見つけたそれでした。
しかしそのクエストをほぼ同時に申請しようとした男がいて、その男の姿勢は最悪と行っても過言ではありませんでした。
格好はこれほどにも無く軽装で、態度も軽く……私は私情でこの低レベルクエストを志望しているとはいえ、その男があまりにも勇者としては、クエストそのものに向かう姿勢が悪過ぎたように思えたのです。
確固として勇者はそれも譲らない上に、クエストを請け負う理由が……飲み物一本。
あまりの不誠実さに怒りが爆発して、クエストの危険性やその意味を分かってもらおうと私は決闘を挑んだのです。
そうだというのに――
* *
「…………っ!」
「お、起きたか?」
私は目覚めると、言い知れない浮遊感を浴びていました……どうやら震動から移動物の上のようでした。
そして気付くと、その声の主はやはりやる気のない男性の声。
そう、おそらくは私の戦った木刀使いのものでした。
「な、なんなのですっ」
「いや、お前倒れてたし。医療室からは追い出されたし。あ、拘束してるのは落ちるとヤバイからな」
倒れた……?
そういえば部分部分に圧迫感を感じるのは、ベルトで何か布団のような物の上に拘束されているからでした。
「私は負けた……のですか?」
「まあ、そうだな」
木刀使いは呆気なくそう言いました。
やはりその態度が私は気に食わなくて仕方ありませんでした。
「ここは……どこなのです?」
「うーん、番地言うの面倒」
……何処まで適当なのですか、この剣使いは。
「まあ、お前と俺が受けようとしたクエストの場所に向かう道中てことは確かだな」
「クエスト……」
確かそれはゴーレムの掃除だったはずですが……。
「そ、それよりも! 何故私は負けたのですかっ」
「何故って……単純な実力差じゃないか?」
木刀使いはさも平然と、鼻に掛ける様子さえなく言いました。
「こ、これでも私はレベル――」
「あー、俺レベルとかどうでもいいから」
「っ」
高レベルモンスターのトラウマこそありますが、着実に低レベルモンスターのクエストを行って手に入れた経験値に値するレベル……なんです。
それを、どうでもいい……? こんな不誠実男に私の全てが否定されて気がしました。
経験値は勇者や魔法使いにとって地上でどれほどまでに貢献したかを示す数値でもありますのに……!
「というか何故あなたは私を拉致したのですか!」
「いやー、ジュースジュース」
「まさか……ジュース一本を奢らせるために拉致を?」
「うん」
こ、この男はっ!
「おお、見えてきたな」
「……私は空しか見えません」
「着いたら防御壁付けて、拘束は解くからさ。スクーターは止めてからな」
どれだけ首を動かしても木刀使いのTシャツ姿の背中しか見えませんでした。
膜の周りは砂煙が待っていて、横を向くと遠くには竜巻が巻き起こってもいました。
ここは砂漠のど真ん中でした。
「とーちゃく――っと、おお」
「はやく、はやくしてください!」
「急かすなって……ほいよ」
「……まったくジュース一本の為に拉致をするなんて、信じられま……せん!?」
私は砂の地上に降り立つと、その光景に絶句しました。
「あちゃー、こりゃ依頼主ケチったな」
木刀使いが頭を気力なしと言わんばかりにかいている一方で、目の前の光景をみて私は絶句しました。
確かにゴーレムがそこにはいました、岩だけで人型を作ったらこのようなものになるであろう、そんな姿。
しかし大きさが段違いで、数も段違いだったのです。
「個体それぞれが三メートル以上……それに十数体だなんて!」
「まあ、依頼主は知ってたなら詐欺レベルだな。こりゃ1000Gじゃないな、少なくともこの二十倍は請求できそうだ」
このゴーレムは知能こそ低く、ただ岩で出来た腕を振り回し、岩で出来た足で踏みつぶすだけです。
しかしその岩一つ一つが何トンも有り、だというのに足は遅くない。
それに成長体で、中レベルモンスターに分類されるのがそれらでした。
それが十数体もいる……ギルドメンバーで受けてもやっとのような物に、私は思えました。
「ぼ、木刀使い!」
「なに?」
「これは……無謀すぎます!」
「そうか?」
「そうです! これほどの相手無理ですっ」
「いやー……まあ、面倒臭くはあるが」
この男は自殺願望があるというのですかっ!
「悪いことは言いません! クエストは放棄するべきですっ」
「いやさ、お前は黙ってそこにいれば良いって。えーと、防御壁はスクーターの盾マーク押せば出るから」
「黙ってなどいられ――」
木刀使いは聞く耳を持ちませんでした、もし私がその集団の前に立てば……トラウマで足がすくむことでしょう。
そうだというのに、目の前の勇者は――――木刀を真正面に構えて笑みを浮かべていました。
「木刀使いっ!」
そう叫んだ瞬間でした、周囲に圧倒的な変化が起きたのは。
「”3/4ami斬り”」
勇者は斜め後ろへと剣先を向け、円を描くようにして木刀が振るわれました。
その剣の振り方は、遊びで剣を地面に向かって水平に振ったようにしか見えません。
しかし地に敷き詰められた砂が一斉に空へと巻き上がり、その砂は目の前を大きな音を立てて走り駆けてくるゴーレムに向かって行きました。
その砂がゴーレムを通過した途端、
「っ」
ゴーレムがスライスされたかのように上半身から下半身まで細かく切り刻まれ、まるで砂の城が崩れるように質量を持っていたはずのゴーレムは砂となって地面に崩れ落ちていきました。
それは一体だけでなく、後ろに連なる、横に連なる全てのゴーレムが一斉にそう粉砕されたのです。
そう、それはおよそ五秒にも満たない出来事です。
さっきまでのやる気のない木刀使いだとは信じられない、圧倒的過ぎる力を見せ付けられました。
三メートルあったゴーレムは跡方もなく、一面広がる砂漠の中で僅かに砂漠の自色と違う箇所が残るのみでした。
「木刀使い……あなたは一体――」
そう呟いた瞬間に、空中に現れた画面に経験値が表示され言葉が漏れました。
しかし木刀使いはそれに答えることなく――
「ああ、喉渇いた」
全ての桁に「九」が並んだ、いわゆるカンストした経験値表示。
この男はまさしく――レベル一〇〇の伝説の勇者でした。