06話 勇者、ジュースが飲みたい。 ●
勇者イノウエタケル、クエスト参加の為の準備を自室にて。
ちなみにキリは「もうちょっとコタツ満喫したい」と二ート状態。
壁にもたれ掛かるのは、透き通ったクリスタルのような輝きを放つ長剣で、それはタケルの主要武器で今回も――
「さて、と行きますか。プリズムソードは……重いから止めて、木TOでいっか」
――使わなかった、それも重いからって……まあ、その要素は大事かもしれないけおdも。
木TO……木刀っぽい刀、たまに料理包丁の代用として使ってるらしい。
「うーん服は……長袖の方がいいよな、うん」
え……長袖Tシャツとジーンズと超軽装。
「食料は……現地調達でっと」
なんというかワイルドすぎる。
「バリューカード持ってと……はい、レッツらごー」
やる気なさげに竹刀を、まさかのベルトとジーンズの隙間に挿入、装備完了――テキトーすぎるのでは?
勇者はキリに軽い別れ「ちょっと出かけてくるー」を告げて外に出る、というか散々怠け者言っておいて自分は出てこないキリのダブルスタンダードっぷり……。
勇者タケルは外に出てから改めて外から自分の購入した家を眺める。
「このプレハブ感がたまらん……」
見かけは本当に長方体のプレハブに窓がついているだけだった、本当にどんなスペースがあるのやら、と思えるほどで。
タケルは既にこの移動式茶の間を使いこなし物品の収納も終え、ガレージと思しき場所のシャッターを開けて、スクーターを取り出した。
プレハブ小屋の周りは、果てなき荒野。
砂埃が常に舞っているのを鬱陶しいように、バイクにかけてあったゴーグルを付けてアクセルを開けた。
「じゃ行きますか」
前照灯が点き、スクーターはゆっくりと浮き始めた。
そして爆発したかのような一気な加速、砂煙を撒き散らして飛び始めた。
ここで言うスクーター……普通のスクーターを思い浮かべて、そこからタイヤを取ったら出来上がり。
浮上式で地面から最大一メートル浮きあがり、最高時速は六十キロメートルほどである。
そうしてタケルは近くにあることが分かっていた中継地点へと辿りつく。
<中継地点:Dワールドゼクシズ国五百と三十五番。通称「サンドヘブン」>
そこは最近出来たばかりなのか、廃墟をリフォームして作っただけの簡素なものだった。
だから見かけは信じられないぐらいにボロい、だけども中に入れば粗不思議……じゃなくてあら不思議。
無機質な白いタイルが床には張られ、壁から天井にかけて全部清潔な白色で、手入れはかなり行き届いている。
タケルはスクーターを駐輪場に置いて(注意:滅多な事で”輪”を持った移動機械はない)早速中継地点の建物へと入っていった。
「……喉渇いたな」
クエスト完遂までの期限は、ものによるが一番簡単なものは今日中に。
例えば五百と十一番に発生したスライムの集団を掃除してこい、とか。
まあ、今は昼にもなっていないのでタケルにとって時間は余るわけで、別に急ぐ必要は無かった。
なので、ジュース一杯でも飲んでからクエスト受けようなどと画策していたのだろう。
「っと……あれ?」
タケルはポケットをまさぐると、バリューカードさえあるがゴールドカードがなかった。
まあ、ようは持ち合わせがないということで。
もちろん小銭なんてこの時代に持ち合わせるのは店側への嫌がらせか、重度の貨幣コレクターぐらいなのだ。
そういえばコタツにゴールドカードを置きっぱなしにしていることを勇者は改めて思い出してしまう。
「ジュースも買えないか……じゃあ、ちゃっちゃと終わらせて報酬で買うか」
この勇者は何を言っているのだろうか。
報酬である賞金を貰う目的がジュース一杯って……今そこらで自分のバリューカードとにらめっこしてる大きな重装備の勇者がブチ切れそう。
勇者というのは広域なことで、タケルは剣使い。槍も弓もハンマーも銃もミサイルも薬品使いも、全部この地上で戦ってさえいれば「勇者」ということになっている……ちなみに魔法使いはまたの機会に説明するとして。
タケルは天井までにゆうにあり、人十数人ほどもある幅の液晶画面の前に立つ。そこにはクエスト内容の記された画像が表示されている。
それをタッチしバリューカードをかざすことで、そのクエストを受けることが決定する。
「どれーにすっかなー(正直はやく終わるクエストがいい、ジュースが買えればいい)」
そんなあまりにショボい理由にクエストを受けようとするタケルが目を付けたのは――
<ゴーレム掃除:賞金一〇〇〇G、期限明日午前六時。>
ちなみに敵を倒す際で”掃除”と表現するクエストがある……それはもう跡形もなく、肉片の処理まで行うのが仕事内容。
今出ているクエストで一番安い。
とはいっても物品にはよるが、これでジュースは一ケース二十四本を二セットは買えるだろう。
「面倒だけど仕方ない……っか」
そうタッチしようとしたところ、
「あ」
「ん?」
同じクエスト内容をタケルとスロー判定でも同時なタイミングでタッチした者がいた。
「すみません、私に譲って頂けませんか?」
そう言うのは袴姿で日本刀らしき艶光する漆色に塗られた鞘を腰に携えた、なかなかに綺麗な声を持った若い女性。
おそらく美女の部類に入るであろう美麗な面持ちで、なんともつり上がった目と白い布の髪留めで結われた長いポニーテールが特徴的だ。
「いや、悪いー。俺がこれやりたいんだよー」
頭をボリボリ掻きながら、そう軽く返すタケル。
「……いえ、先にタッチしたのは私ですから、申し訳ありません」
「いやいや、俺が先だってー」
女性は口調こそ丁寧だが笑顔が引きつっている、方タケルは笑顔で……それも譲らない。
「剣使いの方、これは一番報酬の少ないクエストなのですよ?」
「知ってるよ、それでいい」
「よいのですか? きっとあなたならば、もっと上のクエストが妥当ではないのでしょうか?」
袴姿の女性は、まさかこのテキトー勇者がレベル一〇〇の経験値メーター振りきれの勇者とは思いもしないものの、まったくもって正しいことを言う。
「まあ、そうかもしんないけどさ……メンドウくさい」
「め、面倒……っ!」
そのあまりにテキトーな態度に袴姿の女性は、何かの琴線に触れたようで。
「そ、そんな姿勢であなたはクエストに望むというのですか!?」
「ジュース一本買いたいだけだからさ」
「の、飲み物……ですって」
それを聞いて彼女は怒りを覚える、少なくとも自分のレベルに見合ったクエストを受けようとしていただけあって不純な理由に納得出来ず。
「か、勘弁ならないです! そこの剣使い! 私と決闘しなさいっ」
ついに頭に血が上った袴姿の女性は言い捨てるように、そう言い放った。
決闘とは……勇者と魔法使い、勇者と勇者etcなど「モンスター」との戦闘ではなく、人同士の対戦を言う。アイテムやGを賭けたり、経験値稼ぎの為に行われる……感じ。
「俺が勝ったらジュース奢ってくれるならいいぞ」
相も変わらずテキトー勇者、彼女を更に逆撫でしているのがいい加減に分からない。
「も、もちろんいいでしょう! ただ本当にそれだけでよろしいのですか? 私が勝ったのならそのクエストを譲ってもらいましょ!」
「いいぜ」
しかし彼女もまた、その目の前のテキトー勇者をちょっと格上程度としか見ていないからこその――決闘申し込みだった。