02話 勇者、お茶の間を買う。 ●
「それなりに品揃えはいいのな」
「わぁー、凄い! 雷石も電石もこんなにたくさん……それにあんまり高くない!」
一応解説しておくと、魔法使いは魔法を使う。
攻撃魔法や防御魔法を使う為には自然に溢れるものを利用しなければならないのだ。
何のアイテムに頼らない場合は近くに水辺がある前提で、例えば水使いならばその水を利用して”aqua stream”と言う勢いづいた水流を相手にぶつけるような魔法を攻撃手段とすることもある。
しかし水辺がなければ、水魔法の場合は空気中から取り出すことになるのが、周囲の空気を乾燥させてしまう上に取れる量も微小なので非常に効率が悪い。
そこで登場するのが”石”であり魔法で各要素が圧縮されている、水ならば掌サイズで五百ミリリットルペットボトル千本分にもなるというから、ストックしておくに越したことはない。
石自体は時折自然に生成されるのを発見することもあるが、人気が高いこともあり発見次第誰かに取られてしまう、それ以前に希少であり、むしろ人工的に生成して販売することが多い。
人工石は天然石と効果のほどは変わらないものの、生成には強力な魔法と時間を要すのでコストがかかり値はそれなりに張るが、普通に水を持ち歩くことに比べればコンパクト故に持ち運びなど考えると効率はケタ違い――
……などとガラにもなく説明してしまったが、俺はその専門分野どころか魔法なんて使えない。
勇者は体力と気力と精神力と意地とかで出来ている……俺もそんなところで斬って殴るだけの一番アナログな戦い方と言える。
戦い方にもそれぞれあるのだ、そして俺がそんな勇者な一方で妹は魔法使いを目指している、と。
「うーん、どうしたものか」
そういえば手持ちの携帯寝袋がもうボロボロで風通しが良くなりすぎてたっけか。
”過去の技術”で作られたその寝袋は人が余裕で入れる余裕の大きさだが、持ち運び時には鶏の卵一つ分に満たないほどに圧縮することが出来る。
ギルド時代からお世話になっていることもあってか、長年の使用に耐えても相当にガタが来ている。
「まあ買い代えるとすっかな」
ヨレヨレのデニム柄ジャケット(注・勇者の服装はかなりにラフなもの)から一枚のカードを取り出す。
それが”ゴールドカード”で過去に存在した電子マネーを模倣し、様々なコンピューターを通さずに独立させたもの。
ようするにゴールドカードはこの世界で過ごす者には結構に必要で、もちろん現金を持ち歩くことも出来るがいかんせん効率が悪い。
盗賊や泥棒もこのカード狙いが殆どで、また別勇者やら魔法使いとの戦闘終了時に賭けをしていた場合は相手のカードに自分のカードをかざしてゴールドを受け取る。
時たま野獣がゴールドを持っていることや誰かが現金落とす(滅多にない)、それを貰って各それぞれの町でゴールドカードにチャージしてもらうことも可能だ。
そんなシステムで俺のゴールドカードには三十億と三千万ゴールドが貯まっており、これも魔王討伐時に発見する財宝を売ったり報酬を受け取ったりしている内に貯まったものだ。
基本的に薬草やら食糧を買うだけで追加装備も殆どしないのでゴールドは貯まって行く一方だ。
贅沢しても良いと誰もいうが、俺はそういうのに興味がなく、無理して使う意味もないと踏んだからこそ貯まる一方だ。
「どーしたもんかね」
寝袋はこういう市場ならどこで売っているかなー、と探している。
”過去の技術”を用いたアイテム各種の製造法は殆ど失われており、原則状態のいいものを発掘した上でこういった玉石混交な市場などで見つけ出すほかなかった。
そんなこともあり意識して探していたのだが、すると近くから野太い掛け声が聞こえてきた――
『掘り出し物市、始まるよー』
掘り出し物ねえ……確かに掘り出し物市はそれぞれの町で時折やっているが確かに掘り出し物で、言葉通りに掘り起こして見つけた代物も結構にある。
例えば”過去の技術”の内でおそらく娯楽用として使用されたであろう、今ではあまりにも前時代的な液晶二画面のゲーム機などが売りに出されマニアに買われる。
もう幾百年以上も前の骨董品で、その無駄なスタイルがそそるんだ! と、ギルドのメンバーの一人が力説していたのを思い出す。
しかし暇だ……比較的技術的には最近失われたらしいこともある寝袋は根気よく探せば買えることだろうし、ぼーっとしながら売りに出されるものを見て行く。
その中で――
『お次は大物――移動式住宅だぁー』
おおー、と辺りが沸いた。
そして俺もおお、と呟いた。
『太陽電池も風力発電も火力発電も完全装備! それにお日様サンサン照らない雲ばかりの日でも! ”悠久の陽だまり”がかかっているので十二分に発電してくれます! それでも足りなかったら風力も火力も動かしちゃって下さい!』
すげえな、デザインよりも機能美追求してるってか。
発電機構マシマシということは冷暖房含む電力設備も完備しているのだろう、俺もそれが気になってきた。
『中には寝室にキッチンにダイニングにバスにトイレも完備しました! もちろん全てが独立していてプライバシーも安全保障!』
やっべえ住みてえ……俺がこの世界に来てからはそんなゆったり過ごしたことなんてない、それだけに欲しいかもしれない。
俺もそれに次第に心動かされていく、かなりに魅力的だ出物だ。
『内装はコチラ! キッチンダイニングはこちら! ここでお料理して隣のリビング……というより茶の間ですね! そこでゆったり過ごせます』
魔法によって映し出される映像で内装を見せられる、基本的に清潔そうな作りなのがポイントも高い。
そこで俺はある物体に気付いた。”過去の技術”の中でも極めて原始的ながらも、その魅力はどこかケタ違いな”それ”を。
『敵からの攻撃があっても大丈夫! 防御力六〇〇〇〇〇の超防御仕様! 安心の一時をお約束します』
すげええええええええええ! どんだけ固いんだよ!? 見た目に騙されちゃ駄目だな……防御特化でもレベル八〇は必要だろ!
『そして”有馬冒険家具”の放出在庫の為、残り一品! お安くしてからの三〇〇万ゴールドからのスタートですっ!』
ピィーと笛が鳴った。その途端にカードを上へとかざしてゴールドを提示していく。
「三五〇万!」「いや三八〇万!」「四八〇万っ」
最後の数字におおーと太っ腹ぁーと歓声が沸いた、そして俺も”それ”目当てでカードを上げた。
しかしよく考えても見てほしい、移動式住宅にしてこれは家なのだと。
ギルドからの解放記念にマイホームを買う、と考えれば多少の散財もまったく問題ないのではなかろうか。
家を買うとなればお金がかかるものだ、それにこんな出物もうお目にかかれないだろう。
そんな気がした俺は――
「三億」
急激に静まりかえる会場で一人、カードを上げ続ける青年が居た。
「ゆ、勇者イノウエタケル様。お買い上げ~」
そうして俺はお茶の間を買ったのだった。