24話 勇者、緊急クエスト。 ●
地上に存在する者には人権はない。
強制されるマナーもなく、常識もなく、法もなく、一切の守護もない。
傷つけられようが、弄られようが、虐げられようが、犯されようが、殺されようが――何の保証もなく、それは全て当人が”弱者”だったからに過ぎない。
この地上という場所はそれが常であり、全てであり、理である。
息絶え、退場したものは墓を作ってもらえるだけで最高の待遇だ。
死人は語り継がれることなく、祭り上げられることなく、その存在は風となって消え失せる。
己を守る術は個人の力のみ、それがこの「地上を生き残る」鉄則だ。
しかし最後の盾として「ギルド」というものは存在する。
勇者・魔法使い問わず構成される集団が、それである。
集団で行動することで”怪物退治”を捗らせるほか、情報の共通化などであらゆる効率が大きく向上する。
それでも統率が取れなければ集団はすぐさま瓦解する、ふとした拍子に利害関係などが消失すればそれはギルドの崩壊が秒読みということでもある。
仲間ごっこはこの世界ではあまりにも能のない行動の一つといえよう。
例外を除けば成立しないからでもある。
勇者と魔法使いには守護はない、しかしたった一つだけ保険が存在する。それが『緊急クエスト』だ。
そもそもこの地上に存在している者の情報端末は同一の通信会社を介している――「Ground Connect」一社だけだ。
地下世界中央国立の組織の一つであり、同じ中央国国立の組織だと勇者や魔法使いに人からの改造を施す「国立救世主協会」というのが存在する。
国立で勇者や魔法使いを地上へと送り出して「地上を怪物から取り戻す」為に戦ってもらう、それが「国立救世主協会」だ。
もちろん両社は国から膨大な支援を受けておりGround Connect社は通信料が完全無料となっており、国立救世主協会からは勇者と魔法使い向けて食料や武具、金銭の支給が行われる。
しかし基本的に通信料を徴収しないGround Connect社がクライアントから料金を請求するのが『緊急クエスト』である。
緊急クエストは要請したクライアントの周囲四方四〇キロメートルに存在する勇者・魔法使いの携帯端末に一斉にクエスト内容が記述されたメールが送信される。
クエストというより「救助要求」と言った方がいいだろう、緊急時以外の使用を極力遠慮してもらうために通信料は高額になる上に、クエストを請けた方からは通常クエストの請求上限より約一〇倍の報酬を受け取ることが可能だ。
通常クエスト上限が一〇〇〇〇〇〇〇Gでありその一〇倍となると……完全な緊急時以外には手が出せない代物と言えよう。
しかし緊急クエストを発動したとしても助力が得られるとは限らない。
その四〇キロメートル圏内に勇者・魔法使いが存在しない。またはクエストを誰も請けなかった場合も含まれる。
ちなみに緊急クエストを発動したクライアントの死亡、全滅が確認されると、通信料金は社持ちとなる。
そのような事例が多いからして通信料が高額ということでもある。
「……ここから南西約三キロメートルで、準魔王クラスのモンスターに抗戦するギルド「アチスト」からのクエストのようです」
リンゴを剥くのを一旦やめて携帯端末に表示された文面を読み上げる神主。
タケルもいつもとは違う固く真面目な表情で古典式外装の携帯端末の画面を眺める。
「お兄ちゃん……?」
「……ああ、そうだな」
卓袱台前にあぐら座りしていたタケルはすっくと立ち上がり、
「ちょっと散歩してくるわ」
片手に携帯端末を持って、クエストを請けたことを知らせるメールを返信した。
自分の部屋に戻ったかと思うと”プリズムソード”を背負って玄関へと向かった。
「タケル様……向かうならば、私も」
「マイ」
タケルは口数少なく頷いて答える、マイはすぐさま戦闘服である巫女装束へと装いを変え日本刀「ナツメ」を腰に据えた。
「じゃあキリ、アイシア。ちょっくらマイと散歩してくる」
「き、気を付けてね」
「……行ってらっしゃい」
二人はそうしてお茶の間を出た――スクーターに乗りこみ、端末のクエストメールを再び開くとナビが起動する。
「行くか」
「はい」
ギルド「アチスト」の助力緊急クエスト――クエストメンバー、勇者タケル・勇者マイ。