20話 勇者、とメカ屋。 ●
コタツも十分に満喫し、模様替えを実施する。
コタツテーブルのこれはスイッチ一つで床や天板含めての毛布が収納され形状変化が起こる。
コタツテーブルが四角い形状なら、卓袱台は――そう丸く。
畳張りの床が表れ、なかなかに古びた様を再現したちゃぶ台が現れた。
上質な木と深く照る漆塗りの卓袱台に、イグサの頬擦りしそうなほどに心地よい畳の感触……これはこれで昔懐かし日本式茶の間というわけだ。
そんな卓袱台に湯呑を置きつつも、ふと俺は呟いた。
「……そろそろ呼んでみるか」
そう俺はこれ見よがしとは行かないが、同じく卓袱台前にくつろぐ他二人もその話題には食いついてくるもので。
「呼ぶって何をですか?」
「ピザでも取るの?」
「……この広大な地上でピザ配達サービスとか凄まじいな。まあそうじゃなくてだ、ブレッドメーカーの修理と自宅菜園の増設の件だ」
前に訪れた町で購入したレトロアイテムの「ブレッドメーカー」とそれに使う小麦粉を確保するのと、自給自足をそれなりに行うために菜園を作ろうとマイが提案してきていた。
「以前タケル様が仰っていたメカ屋さんですか?」
「そゆこと」
「メカ屋……? お兄ちゃんが言うように広大な地上で呼ぶって……来るわけないじゃん」
「いやぁ、それが来るんだなあ」
と俺が半分ドヤ顔で取り出したのは――何かの文様の書かれた薄い紙。
「これが……どうしたの?」
キリは首を傾げて聞くものの……おいおい魔法使いなのにそりゃねーよ。
「……魔法陣ですね」
一方で真剣そうに答えるのはマイ。
「これが魔法陣!? え、こんな紙に印刷してもいいの!?」
「……お前魔法使いになる気ねーだろ、それぐらい知っとけよ」
「ええ!? 学校でこんなの習わなかったよっ」
……まあ魔法陣ってのは基本イレギュラーなものだからな、相当な者じゃないと召喚とか発動に失敗するし。
「魔法陣を紙に描けるほどの……実力がメカ屋さんにはあるのですね」
「まーそういうこった。で、これは――」
「それぐらいは分かるよお兄ちゃん。移動の術式……だね」
さすがにこれぐらいは分かって貰わんと困る。
「で、これは術者からの一歩通行だ。この紙を持ったヤツが魔法使いでもこちらからは術式は施せないように術式が組み込まれている」
「……それでこの移動式術式で、その魔法使いのメカ屋さんを呼べるのです」
「そーいうことなんだ」
あっちの事情は連絡先があるから電話で話をつけるとして。
「金はいいんだが、高レベル魔法使いは魔物も寄せ付けるからな……少し覚悟が必要なわけだ。町の中なら別なんだがな」
「ある程度の準備も必要ですね」
「へ、へえ……」
キリはイマイチ状況が理解できないようだ。てかコイツ本当にいくら辛くとも地下に送り返した方がいい気がしてきた。
「だからちょっと電話するからな」
「……はい、少し”ナツメ”を研いでおきます」
「お兄ちゃんもマイもすごいからだ、大丈夫なんじゃないの?」
「数が問題なんだよ、見習い妹のキリさんよ」
「そういうことですね」
「そ、そうなんだ……」
そうして俺は携帯を取り出した、とてつもなく重く分厚い古典機を改造した俺の携帯端末でメカ屋に電話をかけた。
この地上では、これまた金がかかるものの電話の電波を飛ばすことができる。
『もしもし――こちらアイシアメイカーです』
「久しぶりだな、タケルだ」
電話口には相変わらずなのんびりした口調が返ってきた。
『タケルさん――? ああ、懐かしいなあ。久しぶりだね』
「ああ、それでお前に――」
頼みたいことがある、そう言おうとしたが遮られた。
コイツはひどくマイペースだからな。
『依頼? じゃあ丁度いいから、早速呼んでくれないかな?』
「……? そういや電話口が騒がしいけども、どした?」
雑音が多い、何か声やら金属の音やらがその電話口から聞こえてきていた。
気づくとコイツの息遣いも少し荒いように思えてくる。
『いやねー、今襲撃にあってて。死にそう』
…………はぁ!?
「どういうことだよ!?」
『魔法使い狩りかなー……ちょっと今ヤバ目』
「っ! 今、召喚すりゃいいんだな」
『たの……んます』
口調こそ変わらないが、息遣いは荒かった――これは時間を争う事態なのかもしれない。
俺は電話を片手で持ちながら、魔法陣の紙を卓袱台に伸ばして置き。
「――代償とともにイノウエタケルの召喚に応ずるべし、アイシア=ジェイシー」
俺は魔法陣を指で丸くなぞった。
すると魔法陣は赤い光を放ち始め、この茶の間全てに違う空気が流れ込んでくる――
「ご利用……ありがとうございます。アイシアメイカーで……す」
卓袱台に現れた彼女は片膝を付いて畳に前から倒れこみそうになる、それをなんとか受け止めた。
「アイシアっ! おいっ」
腕の中で荒く息をはく彼女は作業服のようなツナギを裂かれ、あちこちの部位から血を流していた。
「キリっ、インスタント救急治療術式持ってこい! 外のスクータの収納の中に入ってるっ」
「う、うん! わかったっ!」
キリはこの茶の間のガレージ口へと向かう。
「マイは包帯と消毒をっ」
「はいっ」
救急術式はあくまでも傷がある程度塞がっていないと危険だ。
「……何があったんだよ」
「…………たまたま集団で行動……していた僕たちのの集団に……突然――」
一人呟いたつもりが彼女に答えさせてしまった。
「悪かった。今は喋らない方がよかった」
「………………うん」
彼女はそうして俺の腕の中で気を失った、それにしても出血が酷い……でも呪いの術はかけられてないみたいだけが幸いか。
それでも魔法使い狩り……?
「お兄ちゃん、はいっ」
「……合ってるな。インスタント救急治療術式展開――」
そう唱えた瞬間にアイシアの体は緑色の光に包まれる。
この術式は使い方さえ知っていれば基本的に誰でも使える、それでほぼ万全の治癒力を誇る。
しかし周囲の魔力消費が大きいので一回しか出来ず、高価で入手も難しいので一つが個人で持てる限度だ。
お人よしではあると思う。
だが、コイツはこの地上でも数少ない「完全復元」魔法を使える魔法使いだ。
それに――アイシアには俺がギルド時代に何度も助けてもらったのは確かなことだった。
「…………」
キリはその光景を呆然と見ていた。
まるでこんなことがあっていいのか、というような信じられないといった表情で。
俺も何度かキリの前で傷を負ったことはあったが、回復薬を少し塗るぐらいで済むレベルのものだった。
俺に引っ付いて行動していて、その道中もこんな酷い怪我を負った人を見ることはなかった。運が良かった、良すぎた。
「キリ……この世界はこういうものでもあるんだ」
「っ!」
「俺たちが住むこの”お茶の間”だけが平和なんだ――」
そう、ここは侵されることのない平和の園。
絶対防御の温もりにあふれた生活空間。
周りの環境がなんだったとしても、その中は天国で。
それでもこの玄関戸を介して外に出た瞬間――そこは地上なのだ。だから、
「地上を絶対に甘く見るな」
――俺たちはたった一瞬で殺される。
いくら強くなった俺だって死ぬときは死んでしまうのだ、たった一瞬ですべてを失うんだ。
キリはその時、顔を手で覆って俯き声をなんとか押し殺してすすり泣いていた。