15話 勇者、でも舞の方。/お茶煎れ勇者。 ●
二本立て?
「……うーん」
こんにちは、神主舞です。
井上タケル様の御好意により、このお茶の間に住まわせていただくことになりました。
といってもタケル様には「俺に毎日しるこをつくってほしい」というお誘いなのは……少し勘違いしてしまいそうになりましたが。
一応私はおしるこで雇われたことになっているのですけれど、流石におしるこだけで居候というのは何か違いますし――
『洗濯は私がやるから!』
と、桐様に手伝いを申し上げたものの断られてしまいました。
『いや、風呂洗いは俺の日課だから』
と、タケル様にまで断られる始末。というかお風呂ぴっかぴかでしたけどタケル様がやっていたんですね!?
ということで料理当番ではあるのですが――
「(本当にこれだけでいいのでしょうか……)」
ここに住んではや一週間、暇な時間は緑茶をすすりながらテレビジョンアプリを眺めていることが多くなりました。
それもこのコタツと言う名の魔窟に入って!
「なんなのでしょうこの中毒性は……」
心のの奥底で「一生出たくない」と叫ぶ自堕落な私がいる。ダメです! 目標の為にはこの平和も惜しいですが!
「(私は、言い伝えられてきた美しかった地上を取り戻したいのです!)」
そうと決まれば……!
「ああ、でももう少し……」
本当にコタツとは恐ろしいものです。
そしてテレビジョンアプリを埋め込んだお茶の間のテレビとは、どうしてこう釘づけになってしまうのでしょう――
* *
窓の外には草茂る森と夕日、そしてコタツには一人俯いてすやすやと眠るマイの姿。
それに向かい合うようにタケルがコタツに入っていた。
「お、起きたか」
「え、あ……あの、私。寝ていたのですか?」
「ああ、コタツで寝ると風邪ひくぞ」
まあ、それが答えってことで……すると途端にマイは焦り初め――
「あああ! もうこんな時間!? 夕ご飯の支度を――」
「まあマイ、茶でも飲んで落ち着こう」
と、タケルは昔ながらすぎる急須でお茶を湯呑みに煎れてぐぐっとマイの方へと押し出して言う。
「でも、ですが! もう夕方で、それで」
「煎れたばっかだからさ、飲んでくれるといい」
「……は、はい。それでは頂きます」
湯気がほんのりとたつお茶は薄く綺麗に透き通った優しい緑色。
それをこくっと口を付けてマイは気付く。
「……お、おいしいです」
「そりゃ良かった」
「こんな美味しい茶葉があるのですね、驚きました」
「んー……いやそれいつもの茶葉」
「え」
マイは驚いたように香り立つ湯呑みを覗く、見た目こそ変わらないが香りと味の深みは段違いだという。
「タケル様が煎れたのですよね……?」
「まあな、なんか料理ベタなんだけどこれだけは上手く出来てさ。キリもよく昔は煎れろ煎れろ言ってきたもんだよ」
「そうなのですか……そういえばキリ様は?」
「桐は部屋に籠って携帯端末弄ってると思う」
マイはお茶を音をたてないようにすすりながらタケルを見据えて、
「あの、タケル様」
「ん?」
「お聞きしたいことがありまして。その……タケル様はこのお茶の間を入手する前はどうしていたのですか?」
「おー、そんなこと聞きたいの?」
「はい! かなり興味がありますっ」
正直最強勇者がこれまでどう過ごして来たかってのも、気になるかもしれない。
「じゃあお茶うけ代わりにはならんけど話すとしますか、じゃあとりあえずは――」
* *
それは半年前のこと、タケルを訪ねて地上にやってきたキリと再会して一緒に行動するようになってからの直後。
月の照らす薄暗い夜空の下で、タケルは剣を振るっていた。
「……面倒臭いな、数だけは多いんだから」
タケルは”プリズムソード”振るって目の前に湧き続ける狼男を退治していた。
「っ……ぁ……!」
そのタケルの背後に隠れるようにしてキリはその狼男の群れに怯えて、震えていた。
「ったく、進みたいだけだってのに……こぉのっ」
一振りで十数体は薙ぎ倒せるのだけども、その数はおおよそ数百体にも及んでいる。
「お、お兄ちゃん」
「……黙って隠れてろ」
「ぃ……」
タケルはそんな物言いで、キリに吐き捨てるように言う。
それでも狼男は中レベル一歩手前で、既にカンストなタケルにとって相手ですらないはずなんだけども、少し焦りが表れ余裕がないようにも見える。
「いい加減にっ……」
「お、お兄ちゃんっ!」
背後から迫る狼男は、声を出すキリに焦点を定める。一斉に襲いかかり、キリに牙を、長く伸びた爪を向ける。
「がっ……」
「お兄ちゃん!?」
「黙れって……言ってるだろ」
なんとかキリが牙にかけられることはなかったものの、タケルは負傷。
右腕を裂かれて、地面に滴る血……まったくもって最強の勇者らしくないケガ。
その傷を見たキリは震えて瞳から幾粒もの涙を流して、訴える。
「でも、血が……」
「今は……倒すことが先決だ……これ以上声を出すな」
キリは無言の頷き。
負傷した腕を庇うことはせず、左手に剣を即座に持ち替えて振るい続ける。
何回、何十回、何百回も振るったところで、
「はぁはぁはぁはぁ……」
狼男は全て地面に平伏した。キリが辺りを見渡せば何百体もの狼男の死体が敷き詰められている。
「お兄ちゃん! その傷っ、今治療するからっ」
「ああ……頼む」
タケルは肩で呼吸しながら、静まり返った森の幹に寄り掛かりながら座り込んでそうキリに頼む。
「ごめんねごめんね……私が足手まといだから、こんなだから……っ!」
そう泣きながら、自分を責め続けるキリの頭を優しく左手で撫でる。
「お前はまだまだひよっこなんだから……気にすんな」
「…………」
キリは撫で続けられると、その感情の昂りも治まってきたようで。
「……うん」
「治療ありがとな、見習いの癖にやるじゃん」
「これは……しっかり覚えて来たから」
自信がなさそうにキリはそう尻すぼみに呟いた。
タケルの腕にはキリが持っていたワンピースの服を破って包帯変わりに巻かれている。
「おお、そういや」
背負っていたリュックの側ポケットから長く円筒の形状をした金属光沢を放つ何かを取りだした。
「こういう時は茶に限る、ほい」
「あ、ありがと……お兄ちゃん」
それはお茶の入った魔法瓶だった。
タケルが今日朝起きて予め手に入れていたお茶を急須で煎れて魔法瓶に入れておいたものだった。
その蓋兼カップで、ずずとキリはお茶を飲む。
「……やっぱりお兄ちゃんのお茶は美味しいね」
「そうか?」
しばらくの休憩、二人お茶を回し飲みしながら静かな森の途中で月を眺めながらのこと――
* *
「そのようなことがあったのですか……今とイメージが違いますね」
「半年前だけども、なんか自分でも丸くなった気がするな」
丸いどころかゆるくなりすぎ。
「あれ? タケル様は、お相手的には弱いものだったのではないですか?」
マイは実は分かっているけども、わざとらしく真意を聞きだすようにそう問いた。
「いやさ、俺一人ならそりゃブンブン振りまわしてて良かっただろうよ……でもさ――守るものがいたからな」
「再会したばっかりのキリ様の動揺っぷりに影響を受けたのと、キリ様を守らなきゃと思って余裕がなくなった……そんなところだったりしますか?」
「おお、正解。まあでも、あの時の突き放しっぱなしでキリが俺を嫌いになってくれればそれはそれで良かったなー、なんて思ったりしてたけども」
確かに乱暴な口ぶりは、今とは全然違うもので。
今じゃテキトーを体現したようなゆるい喋り方だけに新鮮だ。
「……本当に突き放してたなら、放っておくと思いますけどね」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないですよ、妹大好きなタケル様っ」
「だ、大好きじゃねーし!」
”大”を否定しただけに聞こえるっていうね。
あの口調だったのはタケルを慕うことでやってきたキリを追い返せればとも思ったんだろう、この地上はキリには危険すぎると。
黙れと連呼したのも、狼男に注目されない為だろう……そしてキリを温かいもので落ち着かせる為にお茶を出すとかもう――完全にシスコン。
というか倒し終わってから、もうゆるんでたという。
「おはよー、マイ! あ、お茶飲んでるっ。お兄ちゃん、私にも私にも!」
「わかったわかった、お湯沸かしてくるから」
「やった! お兄ちゃんのお茶好きー」
なんというか、仲の良い兄妹だこと。