00話 勇者、睡眠を欲する。 ●
2018年07月18日 微修正(修正済みには黒丸が付きます)
勇者イノウエタケル、今年二十歳を迎え伴侶は無し。
勇者歴十五年にして日本大勇者コンテスト十連覇、依頼達成率九七%、勇者レベル<一〇〇>と殿堂入りナンバー五百三十三番。
攻撃力:五〇〇〇〇(参考:レベル一勇者”攻撃力一”)、防御力:六〇七〇〇〇(参考:レベル一勇者”防御力一”)。
主要武器:プリズムソード、勇者種別:”剣術特化”、所属ギルド:”イノウエファミリィ”。
出身地:”ニホン国カナガワ地区”、総移動距離:約一〇〇〇〇〇〇〇キロメートル、所持金:三〇〇〇〇〇〇〇〇〇ゴールド(日本円にして約三億円ほど)。
しかし、自発性〇にして測るならばその勇者の行動力は三〇(参考:レベル一勇者”行動力二〇〇〇”)
滞在地:移動式お茶の間、趣味:のんびり、好きな物:ひなた、嫌い物:喧騒。
これは、やる気のない最強の勇者をとりまく物語。
== お茶の間勇者 ー井上タケルー ==
ピピピピピ、と朝からけたたましい機械音が耳元で鳴り響いている。
朝の訪れを知らせ、目を覚ませる睡眠妨害装置が俺の枕元では鳴っているのだ。
かつてならその装置を右腕で払い除け、今眠るベッドから追いだすのだが……今はそうもいかない。
しかしまだ俺の体や脳は大量の睡眠を欲していて、布団の中で夢世界に浸りたいところである。
それは叶わず、耳元で鳴る睡眠妨害装置は次第に音量を上げ近所迷惑さながらまでの妨害行動へと進展する。
まあ、近所と言っても近所という定義が今の俺の状況にはあたはまらないわけだが。
しかしだ、その装置を整備・設置した当の本人がそろそろ意外にも強情な俺に腹を立ててやって来る頃だった――
「おにーちゃん! いつまで寝てるの!」
諸悪の根源とも、朝の起床時に限れば彼女は俺にとって絶対的悪となる――
「いくら凄い勇者だからって、寝坊はダメだよ!」
凄い勇者。
俺にそんな自覚ないのだが――今起床しにかかる俺の妹含め周りは口を揃えて言うのだ。
例えば「タケルは凄い勇者だ!」 「タケル以上に頼れる勇者はいねえ!」「タケルがいれば怖いものなしだぜ!」みたいな感じで
正直持ち上げられてうれしくない訳ではないが、正直そこまでか? と聞かれるとそうでもない気もする。
なにせ”魔王”を倒したのは俺に限った話じゃない。
前例ならいくらでもある、ただ俺はそれが早かっただけに過ぎない、過大評価されてると思う。
「俺は凄い勇者じゃなくていいから、あと五時間と三十五分七十秒寝かしてくれ」
眠らせてくれるなら、凄くなんてなくていい。
俺はたった今現在の幸せを探求させてもらう、そして今の睡眠時間こそ俺の幸せだ。
「だ、だめに決まってるでしょ! そんなこと言ったのが知れたらお兄ちゃんを色んなのが倒しにくるよ!?」
そもそもなんだこの世界は。
悪魔やら幽霊やら怪物やら魔王やらが”もうひとつの世界”からこんにちはしたせいで良い迷惑だ。
小さいころからオヤジに死ぬ思い……死ぬ間際の特訓を強いられて、六歳で魔王討伐に向かわせるとか意味わからねえよ。
魔王討伐って言うとパーティなら三ケタ、ギルドなら二ケタの人数は必要なのに、俺と数人のギルドメンバーだけで行かせるんだもんな……あれはひどい。
腕とか千切れまくった、治癒魔法なかったら墓が三桁は出来てた。
たまたま魔王の急所に俺の”プリズムソード”が刺さっただけで討伐完了・魔王撃退なのである。
俺はただ死にまくっただけなのにさあ、その後は祭り上げられて、依頼こなされて正直散々だった。
勇者歴十五年越え記念で、ようやくギルドのフリーメンバーに成り、晴れて自由の身だってのに……こいつは。
「キリ、いい加減にしてくれ。俺は眠いんだ、寝かしてくれ、頼む」
「いくらお兄ちゃんの頼みでもそれは聞けないわ……」
しかし俺の妹キリは譲ろうとしない、仮にも凄い勇者なら少しの睡眠ぐらい許されよう。
「そこをなんとか」
「だって……だって――お兄ちゃん、もう三〇時間も寝てるじゃないの!」
そんなにしか寝てなかったっけ? いやあ幼少期は徹夜依頼が多すぎて、今頃体は睡眠を欲しているようだ。
寝ても寝ても眠気がとれない……運よくスッキリする日もあるが、大半はダルダルでベッドインである。
これは病気ですか? 病気なら仕方ないですね、眠るとしましょう。
「じゃあ後二〇時間は余裕……」
「じゃないわよ! おきなさーい」
「ZZZ」
「このバカ兄はぁ! ……いいよ、わかったよお兄ちゃん。お兄ちゃんがそのつもりだったら、私にも考えがあるからね――」
ちなみにそんなことは聞かず寝息を立てるタケル。
その傍では杖を持った彼女が長い髪の毛を逆立たせて、バチバチと電気を弾けさせているというのに。
「この世に満ちるモノよ我に力を授けたまえ――”アン・ペティット・タイラント”っ」
その時勇者の移動式お茶の間に電気が走り、当の勇者は香ばしい匂い漂う黒焼きになっていた。