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最期の葉巻

作者: 優雨
掲載日:2026/09/20

俺は今日、死ぬ。

確実に。


かつては龍殺しの英雄と呼ばれたこともある。

いくつもの修羅場を潜り抜け、そのたびに生き延びてきた。


だが、今回だけは違った。


眼前に立つそれは、強者などという言葉では到底足りない。

漆黒の巨体に、深淵みたいな四つの目。

こちらを見下ろす視線には、俺への哀れみすらあった。


仲間はみな倒れた。

残る敵はこいつ一体だけ。

それなのに――生きて帰れる未来が見えなかった。


「みんな、すまない。俺はここまでだ」


悔いは、ある。

故郷で待つ娘の成長を、この目で見届けられないことだ。

最後まで、立派な父親にはなれなかった。


覚悟を決め、剣を握る。

だが死ぬ前に、どうしてもやっておきたいことがあった。


「話が通じるとは思えないが……少しだけ、時間をくれ」


四つの目が、青と緑に明滅する。

了承、と受け取った。


俺は懐から葉巻を取り出し、手際よく火をつけた。

ゆっくり吸い込み、煙を吐く。

胸の奥にこびりついていた恐怖が、少しずつ薄れていく。


すると、唐突に奴が低く唸った。


「お……それ……な、んだ」


思わず目を見開いた。

こいつはわずかな情報だけで、俺たちの言葉を理解し始めているらしい。


「……これが気になるのか?」


四つの目が、また青と緑に明滅した。

俺は苦笑して、懐に残っていた最後の一本を取り出す。


「やれやれ。ほら、こうやって咥える。火をつけて……ゆっくり吸うんだ」


牙が並ぶ裂け目に葉巻を挟ませ、身振りで吸い方を教える。

そいつはぎこちなく煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「……ありが、と」


これから俺を殺す相手に礼を言われるとは。

なんとも奇妙な気分だった。


しばらく二人で煙をくゆらせる。

敵同士だということさえ、一瞬忘れそうになる。


どうせ終わるなら、こういう最期も悪くないか。


「さて、そろそろ——」


立ち上がろうとした、その時だった。

奴の全身が、ふいに光り始めた。

まばゆいほどの白い光。


「お、おい、どうした!?」


徐々に輪郭を失い、粒子のように崩れていく。

奴は四つの目を静かに細めた。


そして今度は、はっきりと、言った。


「ありがとう」


まもなくそいつは穏やかな光となって、跡形もなく消えた。

その言葉の残響だけを残して。


しばらく俺は動けなかった。

剣を握ったまま、ただ奴のいた空間を見つめる。


「……助かった、のか?」


そう口にした途端、全身から力が抜けた。

その場に膝をつく。


何が起きたのかは分からない。

だが、生きている。

それだけは確かだった。


「また……生き残ってしまった」


倒れた仲間たちに祈りを捧げる。

感謝と鎮魂を込めて、ただ、静かに。


それでも頭から離れなかったのは、あいつの最後の言葉だった。

あの「ありがとう」には、どんな想いがあったのか。


今となっては、もう知る術はない。


「もし生まれ変わりがあるのなら……次は友として会いたいものだ」


ふと空を見上げる。

いつの間にか、雲の切れ間から青空が覗いていた。


無事に帰れたなら、俺にも伝えなければならないことがある。


旅に出る朝。

禁煙中の俺が、こっそり持って行こうとしていた葉巻を、娘に見つかった。

全部取り上げられると思った。

だが娘は、その中から二本だけ俺の手に戻した。


『これで最後だからね。ちゃんと帰ってきてよ』


呆れながらも、笑っていた。

結局、二本とも吸ってしまった。


一本は俺。


そしてもう一本は、あいつが。


だからこそ――伝えなきゃならない。

ただいまと、そして――


ありがとう、と。



***************



「――っていうストーリーだったんじゃないかな? どう?」

「いや、長いわ!!」


テーブルを挟んだ向かいで、友人が盛大にツッコんだ。

僕らの前には、対戦を終えたばかりのカードゲームが広がっている。


【paradox flip】――通称パラフリ。


友人は一枚のカードをつまみ上げた。


「俺はこの装備アイテム《葉巻》って何なん、って聞いただけやで?」

「だから説明したじゃん」

「ほとんどお前の妄想やろ!」

「世界観は大事だって」

「壮大過ぎるわ」


友人はさらにカードを叩く。


「しかも装備させたら《深淵の虚神》が浄化昇天って……意味わからん」

「あいつ、スペックのわりに召喚コスト軽すぎるからね」


僕はあえて冷静に分析する。


「こういう変な制約が必要なんじゃないかな」

「……もっと他にあったやろ」

「そういうもんじゃん。深く考えたら負けだよ」

「お前が一番考えてるやん」


友人は呆れながら笑い、カードを整理していく。

やがて一つにまとめた山札を、自陣の位置に置いた。


「で? もちろんやるやろ?」


友人の言葉に、僕は思わず笑った。


「もちろん」

「次は妄想禁止やで」

「そりゃ無理な話やで」

「下手くそな関西弁やめぇや

」

くだらない会話をしながら、再びカードを配る。

窓の外には青空が広がっていた。

テーブルの向こうには、今日もこいつがいる。


「俺が先攻や。《深淵の虚神》いくで!」

「嘘でしょ!?」


友人が笑う。


僕も笑う。


そして今日も――


パラフリは意味がわからない。


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