「君なら平気だろう」と浮気相手を優先した婚約者様。ええ、平気です。あなたの浮気の証拠をすべて公証役場で確定させてきましたので。
「君なら平気だろう」
婚約者だった拓海は、私の手を振り払い、熱を出したという浮気相手の元へと走った。土砂降りの駅前。彼の背中を見送りながら、私は小さく呟いた。
「ええ、平気ですとも」
嘘偽りはない。私はいたって冷静で、平気だった。元会計専門職の私にとって、感情の昂りは業務のノイズでしかない。拓海は私のことを「自立していて、一人でも生きていける強い女」と都合よく解釈していたようだが、それは「踏みつけにしても泣き寝入りする女」という意味ではない。
自宅に戻った私は、濡れた服を着替えるよりも先に書斎のデスクに座った。
待機させていた暗号資産のウォレット、探偵事務所からのクラウド共有フォルダ、そして拓海のクレジットカードの利用明細データを次々と展開する。
「ざっとこれくらい、ですか」
密会のホテル領収書、深夜の通話履歴、SNSの裏アカウントでの生々しいやり取り。それら全てを時系列に並べ、日付、時間、場所、そして拓海が費やした金額をExcelに打ち込んでいく。数字は嘘をつかない。
翌朝、私は有給休暇を消化し、あらかじめ予約していた公証役場へと向かった。
厳格な面持ちの公証人と対面し、用意した「事実実験公正証書」の作成手続きを進める。彼らの密会写真や、私が拓海から送られた「今夜は残業」という嘘のLINE画面が、国家資格を持つ公証人の手によって「言い逃れの Establish された証拠」へと昇華していく。
さらに、彼の浮気相手の身元、勤務先、実家の住所までを網羅した書面も、確定日付を取得して完全な法的効力を持たせた。
それから一週間後。
拓海から「あの時はごめん。機嫌直してよ」と、呑気な連絡が入った。私は彼を、格式高いホテルのラウンジへと呼び出した。
現れた拓海は、私の前に座るなり「やっぱり凛は大人だな。あいつ、メンタルが弱くてさ」と笑った。その顔の前に、私は厚みのあるレターケースを静かに滑らせた。
「何これ? 結婚式の見積もり?」
「いいえ。公証役場で確定させてきた、あなたの不貞行為の証拠一式、および婚約破棄に伴う慰謝料請求書です」
拓海が中身を引き抜き、血の気が引いていく。
そこに並んでいたのは、言い訳の余地が1ミリもない精密なタイムラインと、算定根拠が完璧に示された請求金額だった。
「これ……どういう……っ」
「『君なら平気だろう』とおっしゃいましたよね。ええ、平気です。泣き喚く暇があるなら、あなたの資産からどれだけ確実に慰謝料を回収できるか、計算する方が有意義ですから」
私は席を立ち、怯える元婚約者を見下ろした。
「算定はお任せください。あなたの今後の人生の『損益通算』、楽しみにしていますね」




