空の島へ託す夢 ―若者は飛行魔法で飛び上がる―
設定上、人の死が出てきますので、苦手な方はご注意ください。
空には島がある。世界のどこにいても見える大きな島だ。
浮いていて、落ちてくる気配もない。落ちてくると心配することさえない。空にあるのが当たり前の「空の島」。
人々にとって、それは信仰の対象でもあった。「空の島神様」と呼んで崇めた。けれど、時代と共に、人の意識は変わっていった。
***
「ふー……」
若者は大きく深呼吸をした。少しでも緊張を解したいと思っても、こればかりは慣れない。
「ヴァン、がんばれよー!」
「六度目の正直だー!」
その場に集まっている人たちからの声援に、ヴァンと呼ばれた若者は笑顔で応える。そして顔を上に向けて、言った。
「行ってくる」
そして、飛行魔法を使って空へと飛び立った。
人々の信仰の対象である「空の島神様」。しかし、いつしか人は信仰ではない、「島」そのものへの興味を持つようになった。
どんな島なのか、なぜ浮いているのか、その頂上にはどんな景色が広がっているのか。
神に手を出すとは何様なのかと、罰が当たるぞと、言う人もいた。けれど、一度抱いた興味は、そう簡単には消えない。
人は空の島へ行く方法を求めた。そして見つけたのが、古い文献に書かれていた「飛行魔法」だ。研究・実験が重ねられて、ついに一人の人物が、飛行魔法を復活させた。
そしておよそ三十年前、初めて空の島へ飛び立ったのだ。
***
ヴァンは、上へ上へと上がっていく。雲の高さも超えて、さらに上がっていく。
まだ大丈夫だ。ここは序の口。それでも初めての挑戦の時は、ここで飛行魔法が切れてしまった。それからさらに練習を重ねて、持続時間と精度を上げていった。
前回の五度目の挑戦では、島を眼前に捉えた。島の頂上まであと十メートルほどのところまでは行った。けれど、そこで力尽きてしまった。
(今度こそ、成功させる)
ヴァンは上を見て、目を細めた。島が大きく見えてきた。いよいよ近い。だが、その前に大きな関門がある。
スピードを落として、その場で浮いた。ヴァンのいる場所と、島との間に強い風が吹き荒れている場所がある。すなわち、乱気流だ。
ここを突破しなければ、島にはたどり着けない。けれど、強行突破しようとしても、風に押し負ける。だから大切なことは、風を読むことだ。
無秩序に吹き荒れているように見える風。だが、この中で島まで通じている風がある。その風を読んで、流れに乗る。それが唯一、この乱気流を突破する方法だ。
(焦るなよ)
ヴァンは自分に言い聞かせる。ここで焦って乗る風を間違ってしまえば、戻ることはできない。魔法の持続時間から考えても、やり直しはできない。呼吸を整えて、風を読む。
(――ここだっ)
見つけた風の流れに、ヴァンは飛び込んだ。
「ぐっ……」
息苦しさに声が出た。
通常、飛行魔法を使っていると周囲の空気も保たれるので、呼吸に支障はない。けれど風の流れに飛び込んだ瞬間、ヴァンは飛行魔法の力を限界まで落としていた。これが地上であれば、ほんの僅か浮く程度の力だ。
魔法の持続時間には限界がある。ここで力を落とすのは、その限界を引き延ばすためだ。だが、完全に魔法をやめてしまうこともできない。呼吸の問題もあるが、飛行魔法をやめてしまえば、風に乗れずに落下してしまうからだ。
酸素が薄くて風にも揉まれ、呼吸が満足にできない。頭がガンガン痛む。けれど、ヴァンは耐えた。この時間は、そんなに長くは続かない。
「――っ!」
体がポンと投げ出された感覚に、ヴァンは飛行魔法の力を上げる。乱気流を抜けた。
ヴァンの視界に、島の下部が見えた。島は下の方が細く尖った形になっていて、上に行けば行くほど太くなっていく。むき出しになった土壁を見ながら、ヴァンはさらに上へと上がる。
土壁がずっと続く。どこまで上がっても、見えるのは土の壁ばかり。けれどヴァンは知っている。必ずゴールはある。
上がっていく。上へと上がっていく。疲労が激しい。飛行魔法の限界も近い。けれど。
(見えたっ!)
土壁が途切れているのが見えた。あそこがゴールだ。前回はここで魔法の限界が来た。今回は……まだ行ける。まだ、上に上がれる。
(あと少し……! 三メートル、二メートル、一メート……っっっ!)
ヴァンは目を見開いた。体がガクンと落ちる。何が起きたのかなんて、分かりきっている。
――飛行魔法の限界だ。
(ここまで来て、マジかよー……)
もう笑うしかない。あと少しで掴めたはずのその場所は、見る間に遠く離れていったのだった。
***
三十年前、一人で島へ向かって飛び立ったその人物は、空から落下してそのまま命を落とした。「空の島神様へ手を出そうとした罰だ」と、人々はこぞって噂した。
空の島へ近づいてはならない。近づけば天罰が下ると言われるようになり、それで一時は空の島への興味を口にする者はいなくなった、ように思えた。
けれど時がたてば、また空の島への夢を抱く者が現れる。以前とは違うのだ。「飛行魔法」という、現実的な手法がそこにあるのだから。
そして、飛行魔法を学ぶ者が激増した。天罰がどうだとか言われても、言われてやめるなら最初から習いはしない。
だがそれは同時に、落下による死亡件数が増えることにも繋がった。「空の島神様」を信じている人はその都度天罰だと騒いだが、飛行魔法を学んでいる人には分かっていた。
飛行魔法は永遠に持続できるわけではない。効果が切れれば落ちるしかない。
落下し命を落とした人たちが、どこまでたどり着いたのか。島までたどり着いたのか着かなかったのか、それも分からない。だが、「空の島を目指す」ことはすなわち「落下して命を落とす」ことだと言われるようになるまで、そう時間はかからなかった。
***
ヴァンは落ち続けていた。突破に苦労した乱気流も、落ちるときには一瞬だ。死を覚悟する落下スピード。けれど。
「来たぞ!」
「受け止めろ!」
聞こえた声に、ヴァンの口の端が上がった。それとほとんど同時に体に衝撃が走り、落下スピードが落ちる。
ヴァンの体を空中で受け止めたのは、柔らかい布だ。そうとは思えないほどの衝撃だったが、手に触れる生地の感触はとても柔らかい。
だが、その程度では落下の勢いは止まらない。若干スピードが緩んでも、受け止めた布ごと落ちていく。
「ぐおおおおおおっ!」
「ふぐぅぅぅぅうぅぅっ!」
「ヤベェーっ!」
「ふんばれーっ!」
布を持っている人たちが、必死の形相で支えてくれている。下へと落ちていく。けれど、そのスピードは次第に緩やかになっていく。
やがて、ヴァンは背中に固い衝撃を感じた。地面に着いたのだ。怪我することなくヴァンは立ち上がる。
「ありがとう、助かった」
いつものように、そう伝える。ヴァンが六回も空の島へチャレンジできているのは、彼ら仲間たちのおかげだ。そうでなければ、最初のチャレンジで命を落としていたはずなのだ。
「そんなんはどうでもいい。それより、どうだった?」
そして、ヴァンの感謝の言葉に言われることもいつも同じ。この瞬間が、いつもヴァンは心苦しい。
「……悪い、届かなかった。あと一メートルだったのに」
ヴァンは仲間たちの夢も一緒に背負って飛んでいるのだ。それなのに、言えることはいつも失敗の報告ばかり。申し訳ないと思う。今度こそ愛想を尽かされてしまうかもしれない。そう思うと、顔を見られない。
けれど、仲間たちの反応は、ヴァンの予想とは違った。
「一メートルっ!」
「すっげぇっ!」
「あと少しじゃねぇか!」
「次行けんじゃねぇっ!?」
盛り上がる仲間たちの様子に、ヴァンはポカンとして、すぐに嬉しそうに笑った。
「そうだな。次だ」
また練習すればいい。練習して、飛行魔法の精度と持続時間をさらに伸ばせばいいだけのことだ。
「おいヴァン、もしかして今日これから練習しようとか、考えてねぇよな?」
「――え」
「え、じゃねぇ! 図星かよ!」
「おい、こいつ押さえつけろ! 縛り付けて強引に寝かせるぞ!」
「マジでやめろ! 前それでトイレにも行かせてくれなかっただろっ!」
仲間たちに押さえつけられながらも、ヴァンは笑う。
学ぶ人が増えて、飛行魔法は発達した。だが、人による能力差はどうしても生まれる。だから、自力で空の島への到達を諦めた人は、別の人へ夢を託した。その人がいつかたどり着いてくれることを願って、力を貸すようになった。
今ヴァンの周りにいる仲間たちは、そうして集まってくれた人たちだ。
ヴァンは空を見上げた。その先に空の島がある。ヴァンの視線に気付いた仲間たちも、空の島を見上げた。
こうして見ていると、「空の島神様」だと言って信仰する人たちの気持ちも分からなくはない。けれど、ヴァンが「空の島」に見たのは、信仰ではなく夢だった。おそらく、飛行魔法を学ぶ多くの人が、そうなのだろう。
別に良いとか悪いとかじゃない。人によって、空の島に抱く思いが違うというだけ。
ヴァンは見たいのだ。島の頂上にあるものを、ただ見てみたいのだ。
「次は絶対、届かしてみせる」
ヴァンは、空へと拳を突きあげる。仲間たちもそれに習うように、拳を空へと突き出したのだった。
ラ○ュタではありません、念のため。
ですが、島の頂上の光景を考えようとすると、ラピ○タの映像しか思い浮かばず、こんな話になりました。




