第8話 後ろ盾
その日香凛は、宮城の客室に泊った。しばらくはそこが、香凛の部屋となるらしい。
(ここ、陛下の寝所にそう遠くないじゃない)
それに気付いた香凛は、ほんの少し前の皇后明陽とのやりとりを思い出し、自分のやるべきことを再認識する。
(明日は、陛下のお薬を確認しなきゃ)
香の件でわかった。
この宮城に関わる医局は、信用ができない。
「星薬師がどうの、じゃないわ。命に関わる立場として――最低よ」
香凛の中にある、薬師としての使命が燃え上がっていた。
***
翌朝、香凛は皇后の暮らす水明宮に呼ばれた。
皇帝の住む宮城は天空宮、皇太子の住む宮城は地晴宮というらしい。
天空宮の横に位置する水明宮は、その前に後宮を擁している。
皇后は後宮を掌握する立場であり、後宮の中にいるものではないという立場が、この国のあり方だった。
「ああ、良く来てくれたわね」
部屋に入り拱手をする香凛を、水明宮の主である明陽は快く迎える。
「そこに座って。私的な場所だから、いちいち許可を得ずに話していいわ」
そんなことを言われて、はいそうですかと切り替えられるほど、高貴な身分に慣れているわけではない。
それでも、拒否をすることもできないのだ。
「ありがたき幸せにございます」
如才なく答えると、それにも満足したようで、すぐ近くにいる侍女に何かを用意させた。
「これ、あなたを養女にする家の情報ね」
香凛の前に出されたのは、彼女を養女とする家の資料。そして皇城と宮城の通行証である木の札だった。
「あの――本気にございますか?」
「もちろんよ。あぁ、あなたの籍は残す在籍養女だから安心して」
在籍養女とは、名家の子女を養子にする場合に元の家門名を残すため、もしくは優秀な平民の後ろ盾はするが血族には加えたくない場合に使われる方法だ。
元の籍からは抜かず、養子先の庇護下であることを示し後ろ盾となる。
(私の場合は、間違いなく後者ね)
星薬師を復活させて貰うにしても、凌家という名が残るのはありがたい。
そんな香凛の考えを見透かしたのか。
明陽は目の前の茶を一口飲むと、笑った。
「凌香凛。あなたの名は、星薬師の名家の血筋ですよ。たとえ今は平民といえど、誇りをお持ちなさい」
その言葉に、はっとする。
「私の実家である月家は、前皇朝からの歴史を持った家なの。当然、凌家との関わりもあったわ」
星薬師として朝廷に仕えていた頃は、香凛の先祖たちもそれなりの家門として扱われていた。
その頃関わりがあったと言われれば、まったくの他人ということはなくなるのだろう。
香凛は改めて椅子を立ち、拱手する。
「皇后殿下、改めて御礼申し上げます」
「ほ、ほ、ほ。いいのよ。そなたには傅家の後ろ盾がつくことになるわ。傅家は学問に熱心なことで有名な家だから、自然でしょう?」
傅家は礼部尚書として、朝廷に仕えていると近くの侍女が補足すると、座るよう促された香凛は背中にじっとりと汗をかいてしまう。
(そんな名家が後ろ盾に……)
「これで、あなたは皇城内を好きに動けるわ。何かあれば、炎……瑛然に言いつけなさい」
(瑛然殿は、相当信頼されている侍衛なのね)
確かに言葉や表情は軽いがそれでも所作は美しく、さらに言えば香炉の件でも一歩先を見据えた動きをしていた。
皇帝の侍衛の中でも、よほど取り立てられているのだろう。
そんな男が星薬師を――これまで忘れ去られてきた存在を求めてやってきたのだ。
「――皇后殿下」
香凛は膝の上で軽く拳を握り、意を決したように口を開いた。
「わたくしは、陛下のお薬の他に何を見聞きすれば宜しいのでしょうか」
明陽は二人の間の机に置かれたままの木札へ手を伸ばす。
そこには『礼部尚書傅府 養女 星薬師 凌香凛』と掘られていた。それを裏返す。
「出入許可、宮内三門、月明陽……さまの印」
裏面に掘られたその文字を、香凛は思わず口にする。
宮内三門とは、皇城宮城にある廷臣が使うことができる門三つのことを纏めて言う。
それを通れるということは、他の皇族用以外の門全てが使えるということになり、さらに言えば礼部尚書と皇后の後ろ盾により、多少の無理も利くと言えた。
「瑛然からどれだけのことを聞いたのかは知らないわ。ただ、あなたは利口なようだから」
(竦むな、私。ここに来るときに覚悟したでしょ)
明陽の圧倒的な気配に、思わず気圧されてしまう。
それでも、今この場で背筋を伸ばし彼女を見つめ言葉を待つことが、自分に期待されていることだとも、理解していた。
「陛下を暗殺しようとしている者を、探して頂戴」
それは、香凛が天都山にある家を出る決意をしたきっかけ。
皇帝が暗殺され、朝廷が、政が乱れ、民に混乱が走ることを避けたかった。
もちろん、それを止めて星薬師の復活も願っている。
だが、一番は――。
「はい。わたくしは、星薬師です。わたくしが救える命はできる限り手を伸ばしたいと思いますし、それが皇帝陛下であればなおのこと」
香凛は、まっすぐに明陽を見据える。
「皇后殿下。どうぞ、わたくしにお力添えを。必ずや、陛下をお助け申し上げます」
彼女の言葉が綴られた、その直後。
「失礼致します。陛下がお呼びです」
部屋の外から声がかかる。
「凌香凛も連れて行きます。そう陛下にお伝えして」
「は」
明陽がそう指示を出し、香凛を立ち上がらせた。
「早速、陛下のお体を診て貰うわよ」
次の更新は本日12:30です
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