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星薬師と秘密の騎士〜皇帝の命、助けます!  作者: 穴澤 空@4/11ドアマットヒロイン発売


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第5話 華都

 「人の星の定めたる状況、ということは、運命ということか?」


 思いがけない場所で己の命にまつわることを聞き、瑛然は香凛へと質問する。

 もちろん、香凛はここで自分が指した『皇帝』が瑛然を示すとは、全く思っていない。


「運命、とは少し違うわね。今このときに定められていること。つまり」

「行動次第で変えられるってわけか?」

「その通りです。陛下が伏せっておいでということは、命の尽きる時期が近いのかもしれない」


 その皇帝の命とは、実は瑛然の命である。

 瑛然は小さく唾を飲み込むと、香凛に頭を下げた。


「瑛然殿?!」

「香凛、頼む。皇帝(・・)を助けて欲しい」


 父である炎黎も、自分のことも。

 この国を自らの代で混沌につなげるわけにはいかないのだ。

 民の幸福のためにも、どうか。


「顔を上げてください。瑛然殿」

 

 それまで飄とした風情で、軽薄な笑みを浮かべていた瑛然の真剣な眼差しに、香凛は一瞬目を細め、そうして笑う。


「私ができる範囲になりますが、お助け申し上げます」


 その瞳には、星薬師としての矜持が宿っていた。


   ***


「は? 二人乗り?」

「ああ。香凛は馬に乗れないだろ」

「でも馬車とか」

「馬車じゃ遅いしね」


 香凛が必要そうな薬草や薬、それに器具を大きな布鞄に纏め家を出たときに、問題は起きた。


「それは……確かにそうだけど」

「じゃぁ決まり」


 ここは城から馬を駆けて数時間の場所だ。

 馬車で向かうとなると、一昼夜かかってしまう。

 そこで、瑛然の乗ってきた馬に二人で乗ることになった。


(う、馬に乗る練習しておけば良かった……!)

  

 皇帝の星に命の危険を見つけてしまった香凛としても、できれば少しでも早く城に向かいたい。


(今日会ったばかりの人と、二人乗りだなんて)


 ただそれと、初対面の人間と体を密着させることは、全くの別問題だ。


「ほら、早く」


(無駄にちょ、ちょっと格好いいから、問題なのよね。軽薄な感じだけど)


 瑛然は香凛の近くに寄ると、彼女の体を抱き上げる。


「えっ?!」


 あっという間に横抱きから馬の背に乗せられた香凛は、慌ただしく目を瞬かせることしかできない。


「よっ、と。馬の鞍の前、そうそこをしっかり握って」


 すぐに後ろに乗ってきた瑛然は、香凛の手を取り鞍の前にある支えに誘導した。

 耳元で囁かれる声に、香凛の心臓が慌ただしくなる。

 

「よし、じゃぁ飛ばすからな。舌噛まないように、気を付けろよ」


 その言葉とともに、瑛然の足が大きく馬の胴体を蹴り、手綱を緩めた。

 馬は大きく鼻を一つ鳴らすと、地を蹴って走り出す。

 途端、香凛の心臓は別の意味で速く動く。

 

(は、速い!)


 最初こそ体が強ばっていた香凛も、その速度にやがて慣れていく。

 そうなると、視界の端から端まで意識が巡るようになる。


(遠くに街が見える)


 木々の間から、遙か彼方に見えるのは首都である華都だ。

 その周辺からは、かまどの煙が立ち上っている。首都近辺の村々だろう。


「周りが気になるか? 寄ってやりたいけど、それは今度な」

「それはいっ……つ」

「ほら、舌を噛むぞ」


 楽しげに笑う瑛然の声は、香凛と密着する背中から響く。


(話しかけられると、体がくっついてるのがわかる……)


 落ち着かない、と香凛は再び周囲へ視線を巡らせ気持ちを誤魔化す。


(男の人なんて、家族か患者さんしかいなかったから)


 立派な体格の、それも身分の良い男性に触れたことなどない香凛は、ただただ落ち着かない気持ちを分散させるしかなかった。

 

   ***


 華都に入り、少しだけ馬の勢いが落ちる。

 行き交う人々の多さに、香凛は瞬きを繰り返す。


(すごい! こんなに人がいるなんて! さすが皇帝のおわす都だわ)


「馬の勢いが落ちたからって、顔をあちこち振るとバランス崩して馬から落ちるぞ」


 くつくつと笑う瑛然に、香凛は思わずムッとしてしまう。


「仕方ないでしょ。久しぶりに来たんだもの」


 ともに馬に乗ってきたこともあってか、口調が若干緩む。


「どのくらいぶり?」

「小さいときに一度だけ。ほぼ初めてみたいなものだわ」

「初めてか。そりゃいいね」

「なによ。馬鹿にしてるの?」

「そうじゃないって。かわいいなって思って」

「かわ……っ!」


(こ、声っ! どうせからかってるんでしょうけど、声が! 声が甘いじゃないの)


 耳まで赤くなる香凛に、瑛然はわざと体を密着させ笑う。


「さ、あと少しだ。中心部から少しずれたし、急ぐぞ」


 どうやら街中を通過しつつ、逆側の外れへと向かっていたらしい。

 馬は山中ほどではないが、徐々に速度を増していく。


「先に見える壁がわかるか?」

「ええ。白くて美しい、どこまでも続く……もしかしてあれが」

「その通り。皇城だ」


 白く塗られた壁の上には、真っ黒な瓦が敷かれている。

 その奥には、深い緑の屋根と朱赤の柱の建物が小さく見えた。


「皇城の裏門から入り、そのまま陛下の控えの間へと向かう」

「はっ?! い、いきなり陛下の?」

「控えの間だから安心しろ」


(安心なんて、できるわけないでしょ!)


 皇城は役人や廷臣たちの仕事の場。そして重臣たちの家が建ち並ぶ区域でもある。

 その奥――香凛が見た深い緑の屋根のつく場所は宮城(きゅうじょう)だ。

 そこは皇帝やその子どもたちが住む場所であり、後宮を抱える場所でもあった。

 

「俺を信じろって。悪いようにはしないから」


 見ないでもわかる。

 初めて会ったときから浮かべていた軽薄な笑顔。

 きっと、そんな顔をしているのだろう。


(変ね)


 なのに、何故か少しだけ信じても良いかと思ってしまった。

 衛兵のいる門で瑛然は何かを見せる。

 それを見てすぐに、門が開かれた。

 初めて入る皇城。


「すごい……」


 香凛の目の前には、夕日に照らし出された宮城がそびえ立っている。

 光りを浴びた屋根は、まるで天上絵の世界のようだ。それを支える丸い朱赤の柱は、海底にある珊瑚のよう。

 ここは間違いなく、この国を統べる帝の住む場所だと感じた。

 香凛はその皇帝の命の限界を考え、ぶるりと体を震わせる。

 瑛然の馬は静かに、宮城のなかへと踏み込んでいった。


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