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星薬師と秘密の騎士〜皇帝の命、助けます!  作者: 穴澤 空@4/11ドアマットヒロイン発売


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第22話 後宮のはなたち弐

(後宮の北側、ね)


 医師から思いがけない名前が出たものの、だからといって祖父と何か関係があるわけではない。

 それに、魂流祭(こんりゅうさい)の提灯に名前があったということは、『徐福商会』は今も大店として、存在しているのだろう。


(そもそも、本当に事件はあったのか)


 炎黎帝の寵姫でもある皇后の息子。第一皇子。

 どう考えても皇太子となるべく生まれた子に対し、九嬪の侍女が毒を盛るなんてことが可能なのか。


(あら……あらあら。あらあらあら)


 建物の建ち並ぶ区画から、少し裏に入っただけで、多くの草木が茂っている。


「後宮の尚花局(しょうかきょく)は何をしているんだか」


 尚花局とは、植栽を管理する部門を指す。


(薬草園は見事に管理されていたけど、ここは仕事をしていない……というよりも、もしかして)


 香凛が見てすぐにわかるほど、悪意に満ちた(・・・・・・)植物が植えられていた。


「これは(しきみ)曼陀羅華(まんだらげ)冶葛(やかつ)に……あぁ、水仙なんてかわいい方ね」


 水仙の近くに咲く秋水仙属(イヌサフラン)を見て、香凛は溜め息を吐く。


「殺意に満ちた植栽だこと」


 どれも猛毒を持つと言われている植物で、それが皇帝の子を生むために作られた後宮にあるとすれば、わざわざ植えているとしか思えない。


(知らなければ、どれも美しい花と言えるけど――)


 少なくとも、尚花局の責任者が知らない筈がない。


「あ、ここだわ」


 さらに奥に進むと、小さなあばら屋が現れる。

 簡素な木でできた建物が、先ほど医師が口にしていた『冷宮』だろう。

 ここに入れられたら、長くは生きられないといわれる程の場所。


「白樺の木、かぁ」


 多少煤茶けてはいるが、建物自体は白樺の白い樹皮が分かる程度にはしっかりとしている。

 屋根は瓦ではなく板が葺かれていた。小枝や茅のようなものだと、手を入れないといけない期間が短いからだろうか。

 あばら屋の周りには桃色と紅色の花を咲かせた夾竹桃が、いくつか植えられていた。


「中も失礼します」


 人の気配もないので、ついでに中を見てみるかと扉を開ける。

 ガタガタと音はするものの、引き戸はきちんと動いた。

 だが、中に入ってみると隙間だらけなのがよくわかる。


「こんなとこに、蝶よ花よと育てられた人が入れられたら、そりゃもたないわ……」


(後宮に植えられた数多くの毒草、皇太子毒殺疑惑、高修容とその侍女の処罰……そして祖父(じい)ちゃんと繋がりのある徐福商会)


「まぁでも、徐福商会は単なる客だったかもしれないから、そこは考えすぎない、として」


 土が剥き出しの地面を何度か足で蹴った。

 長い間使われていなかったここは、土自体はあまりかたくなく、すぐに踵の分だけ掘り返すことができる。


「皇太子……が、今二十二歳。少なくとも二十年ほどは昔の話と考えると、ここにいても何の情報も得られないか」


 実際にここに人が入れられたとしても、二十年も過ぎていたら痕跡などなくなっているだろう。


「ま、本当に入れられていたとしたらね」


 扉を丁寧に閉めて、冷宮をあとにする。

 いつも持ち歩いている皮でできた手袋をはめ、周囲に植えられている植物をそれぞれ一種類ずつ丁寧に切り取り、別々の布に包む。

 植えられている場所を確認し、記憶していく。


(そろそろ戻ろう)


 そう思ったとき。


「きゃあああああ!」


 建物の多い区画の方から、叫び声が聞こえた。


(何事?!)


 採取した植物を包んだ布を袋にまとめ、皮手袋を外しながら足早に向かう。

 草の多い場所なので、下手に走って転ばないように気を付ける。


「充容さま! 今医師を呼んでまいります!」


 一番近くの建物から、声がした。

 叫び声を聞いて、人も集まってきている。


「何がありましたか!」


 香凛は腰から下げていた木札を手に、騒がしくなっている部屋の前にいた侍女に声をかけた。


「わたくしは凌香凛。皇后殿下の信を得て、薬師をしている者です」


 木札に書かれた『礼部尚書傅府 養女』という文字と、裏面の皇后の印に、侍女はすぐに香凛を信用する。

 香凛を中に入れ、とにかく充容を見てくれと言った。

 歩きながら、予備で持っていた皮の手袋を着ける。


「王充容さま。薬師の凌香凛と申します」

「薬師……?」


 床には割れた鏡の破片が広がっている。

 うつむいていた女――充容が香凛を見上げた。

 香凛の目に映ったのは、顔中を赤く腫れ上がらせた皮膚。

 

「――っ! 充容さま、失礼致します」


 充容の顔を、皮の手袋をした香凛の手が触れる。


(熱を持っている。これは何かの毒……? 体内からなら、顔だけに出ることはない。ということは、経皮毒)


「とにかく顔に付着しているものを落としましょう。どなたか、大量の水を!」

「は、はい!」


 さすがに九嬪の元には多くの侍女がいるらしい。

 その中には、先日の皇后の宴で香凛を見た者もいるのだろう。

 彼女の行動を止める者がいないのは、幸いだった。


「充容さま、このようになってしまった状況と、今の感覚を教えてくださいませ」

「今日はゆっくり起きたの。もうお昼も過ぎたし、と顔を洗ってから化粧前に皮膚薬を塗り込んで……小鳥の声が妙に騒がしかったから窓をあけたら、急に顔中が熱くなって痒くて……今も痒いの……」


 香凛は震える体を抱きしめながら、運ばれてきた水をいくつかの桶に分けるよう指示する。


(窓を開けたら反応した。光毒性のもの。光に反応し、腫れと痒み――西南花独活(せいなんはなうど)だわ)


 西南花独活とは隣国よりもさらに西にある国に咲くという花で、背丈は大人の男性よりもあるという。

 樹液に毒があり、触れたあとに光にあたると赤く腫れ上がり痒みが出て、二日後には水疱を生じさせ、黒い傷痕を残すものだ。


「大丈夫です。とにかく洗い流しましょう。今すぐ対処すれば、間に合うかもしれません」


 間に合う、とは言い切れない。

 それでも今反応したばかりであれば、痕が残らない可能性が高い。

 侍女たちに指示し、とにかく新しい水でざぶざぶと顔を洗って貰う。


「あれぇ、さっきのお嬢さん」


 緊張が走るこの場にそぐわない声が響く。

 後宮の医師だ。


医師(せんせい)、あとで説明します。今すぐ魚腥草(ドクダミ)蒲公英(たんぽぽ)を持ってきてください」

「え?」

「早く!」


 香凛の勢いと充容の顔を見て、医師は顔色を変えすぐに走り出した。

 その間に湯を沸かす指示を出す。

 医師がすぐに戻ってくると、それを少量の湯で溶き清潔な布に染みこませて顔に貼る。

 何度かそれを繰り返すと、腫れが引いてきた。


「痒みが引いてきたわ」


 充容の言葉に、部屋の中の緊張の糸が緩む。

 外はすっかり夕暮れになっていた。


「今日明日は、しばらく同じようにこれを繰り返してください」

「ありがとう」

医師(せんせい)、のちほど山帰来(さんきらい)を軟膏にして処方していただければ」

「ああ、わかったよ。お嬢さん、あとで詳細を」

「もちろんです」


 部屋の中を見る。

 割れた鏡の破片はすでに片付けられていたが、充容が使ったらしい皮膚薬が転がっていた。


「充容さま、これは新しいものですか」

「そう。いつもと同じものの筈なんだけど……」

「これ、調査のためにお預かりしてもよいでしょうか」

「ええもちろんよ。何か分かったら、教えて頂戴」

「かしこまりました」


 充容は侍女たちに箝口令を敷く。香凛は皇后にだけは伝えると告げれば、当然の如く了解される。

 気持ちも落ち着いたらしい充容に、この場を辞する挨拶をして医師とともに部屋を出た。


「お嬢さん、君は何者なんだい」

「黙っていてごめんなさい。私は薬師なんです」

「なるほどね」

医師(せんせい)、充容さまのあれは西南花独活という毒によるものです」

「毒……」


 医師は少し困ったような顔をしただけで、頷いた。

 

「おそらくもう大丈夫かと思いますが、気を付けて診察してください」


(さて、第三皇子の母親への毒、ね)


 医師と別れ、宮城の自分の部屋へと向かう。


(まずは纏めて――あぁ、どうやら黒幕さんは焦り始めているのかもしれない)


 後宮で拾った点と点を浮かび上がらせながら、香凛は瑛然の身を案じる。


「会いたいなぁ」

「誰に?」


 ぽつりと呟いた言葉に耳馴染みのした声が返され、香凛は思わず立ち止まってしまった。


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